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全ての不良債権を背負って倒れゆく米政府

2008年9月22日   田中 宇

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 アメリカでは、金融危機によって金融機関が抱えた巨額の不良債権を、政府が公的資金で買い取る金融救済の新法の制定が進んでいる。買い取り総額は2年間で7000億ドルが想定されているが、米住宅価格の下落ぶりから見て、米金融界の不良債権は今後さらに拡大することが必至だし、米民主党は「景気対策の財政支出もここに盛り込むべきだ」と言い出しているので、おそらく動き出したら総額は1兆ドルを超え、2兆ドルに近づくだろう。救済策の総額はすでに、当初構想の5000億ドルから、20日に議会に提示されたときには7000億ドルに増えた。

 米では毎年の軍事費が5000億ドル程度だ。救済策の予算は2年で1兆ドル強と考えられるので、軍事費と同じ規模だ。来月から始まる米の来年度予算の財政赤字は、すでに史上最大の4820億ドルだが、そこに初年度分の不良債権買い取り資金が上乗せされる。金融危機によって米の不況は悪化するだろうから、来年度の財政赤字は急増して1兆ドルに近づくかもしれない。米の財政赤字の総残高は、10兆ドルである。

 財政赤字は米国債の発行で穴埋めされるが、現在、米国債の半分近くはアジアや中東産油国などの外国の政府機関や投資家が買っている。彼らが、赤字が増えすぎて米は国債を返せなくなるのではないかと懸念して、米国債を買わなくなると、長期金利の高騰(長期国債価格の急落)が起こり、最終的に米国債の債務不履行となり、ドルは価値を急落させる。

 今のところ世界の株価は、米の新救済策を好感して上昇していると報じられている。だが株価が上がっているのは、新政策への好感よりも、先週9月19日から米当局(SEC)が開始した、800銘柄の金融株の先物売り禁止策によって、金融株の下落が抑止されている影響の方が大きい。この抑止策は2週間の時限政策で、もしかすると4週間に延長されるかもしれないが、いずれの場合でも、抑止策が切れた直後、株価が暴落する恐れがある。(関連記事

 先物売りは株価を過度に下げる悪役と批判される傾向が強いが、先物売りは同時に、企業が見かけだけの株価対策をやって実力以上に自社株をつり上げていることを見抜き、売りを仕掛けて企業の粉飾を暴露する利点がある。先物売り屋がおらず、現物株のみを買う人ばかりだと、市場参加者の全員が株価の上昇を望むから、企業の粉飾を見抜く力が市場に存在せず、株価は過度に高くなる。(関連記事

▼噴出するモラルハザード

 米政府案では、新救済策は米財務省によって実施され、ポールソン財務長官に絶大な権限が与えられる。金融システムを守るために必要だと思うあらゆる種類の企業の不良債権を、公金で買い取れる。2年間の新救済策の期間中、ポールソンが米議会に現状説明に行かねばならないのは4回だけと定められている。この政策の妥当性を、後から裁判所や議会などが精査してポールソンらを訴追ないし非難することが禁じられている。(関連記事その1その2

 後から精査されて訴追・非難されないようにした理由は、買い取り対象となる各種デリバティブ債券は、公開市場が存在せず相対取引だけの、複雑な仕組みの金融商品なので、各々の債券の今の価値を確定的に評価することが不可能だからだ。各債券には一応の参考価格指標が存在するが、その水準は現在、買い手が全くいないので極度に安く、その価格では銀行側が売りたくない。参考価格より高めに買うと、後から精査されて「高く買いすぎだ」と訴追・非難される可能性が増すので、後からの精査や訴追を禁じた。(関連記事

 しかし同時に、精査も訴追もされないと、必要な救済と称した政府お手盛りの大盤振る舞いが可能になる。近年の米議会は非常に腐敗しており「テロ対策」「ハリケーン被害復興費」などの名目で米政府が財政の大盤振る舞いを始めると、議会はそれを阻止するどころか、便乗して大盤振る舞いに拍車をかける。今回もそのパターンになるだろう。自動車メーカー3社や航空各社など「金融界だけでなく、うちの業界も救済してくれ」と議会に要求する勢力が、すでに列をなしている。選挙の前なので、2大政党とも、要求を断りにくい。マケインもオバマも、自動車3社の救済に賛成を表明している。(関連記事

 米政府の救済策は、金融界の自浄努力をも減退させている。バンカメに買収されることになっていたメリルリンチでは、急いで買収されて名前が消えるより、政府に救済してもらった方が良いと考える動きが出てきた。ワコビア(米大手商業銀行)に買収される交渉を始めていたモルガンスタンレーも、政府の救済策を見極めるため、交渉を棚上げした。政府救済策がなければ、安く買収されることを我慢しただろうメリルやモルガンは、一転して「モラルハザード」の状態になっている。(関連記事

 日本の政府と自民党は先週、米が開始する金融救済策に日本が金を出しても良いと表明した。しかし米政府は9月21日、他国からの協力は要らないと表明した。米は超大国なのだから、金融危機の後始末は米だけでやれると、ブッシュ政権は考えていると報じられている。ブッシュ政権は、独力でイラクに侵攻すると言って挙行したころと姿勢を変えていない。(関連記事

 しかも米政府は当初、救済対象は米に本社を置く金融機関だけだと言っていたのに、その後、外国の金融機関でも米で活発な取引をやっているところは救済対象にするという姿勢に転換した。外国の金融機関であっても、米で活発な取引をしていれば、破綻時の米経済へのマイナス影響が大きくなるので救済が必要だという理由だ。だが、外国に協力を求めない一方で、外国の銀行も救済するということでは、米政府の負担は大きくなる一方だ。

▼財政の大盤振る舞い

 ブッシュ政権は、不良債権の買収には米国民の税金を使うが、買った債権はいずれ再び値上がりし、最終的な納税者の負担は小さくなると言っている。しかし、これはウソである。(関連記事

 昨年来、米金融界の不良債権は、米の住宅価格が下がるにつれて、増加してきた。不良債権の中心をなすのがサブプライム住宅ローン債券で、そこから連鎖的に、優良住宅ローン債券、商業不動産債券、債券破綻保険(CDS)などが忌避され不良化してきた。米の住宅価格は、来年いっぱいは下がり続けると予測されている。

 米では現在300万件のサブプライム住宅ローン契約があるが、そのうちの3割は2006年に契約された変動金利型で、今後1年間に金利が、ローン初期の比較的低い時期(9%弱)から、高金利(15%台)の時期に入る。借り手は皆、金利高騰の前に転売して儲けるつもりだったが、今の住宅相場下落時には転売できない。貧乏なサブプライムの人々のほとんどは、15%の高金利を払えず、今後の1年間で100万件のローン破綻が出ると予測されている。一件あたりのローン額は平均18万ドルだから、総額1800億ドルの不良債権の増大となる。(関連記事

 そこに連鎖的な、優良ローンや商業不動産などの破綻が加わり、全体的な不良債権増は、さらにふくらむ。米民主党は、貸し手の金融機関を救うだけでなく、ローン破綻しても自宅を失わずにすむような、借り手に対する救済策も考るべきだと言っているが、それが実現すると、借り手もモラルハザードに陥り、ますますローンを払わなくなり、不良債権が増す。これらはすべて、ポールソンの救済策の対象に入る。

 金融危機の悪化を比較的正確に予測してきたNY大学のルービニ教授は、今後、何千とあるヘッジファンドや企業買収基金(プライベート・エクイティ・ファンド)が潰れていき、これらは破綻に対する備えがほとんどないので、米金融界の損失総額の増大が加速すると予測している。米政府による救済総額は増加するだろうが、大盤振る舞いに便乗する米議会はおそらく増額に反対しない。(関連記事

 米はもともと「自浄努力」「小さな政府」を好むお国柄である。すべてを政府の金が救済する今回の救済策は、平時なら実現しない。潰れるはずのない158年の歴史を持つ老舗の巨大金融機関であるリーマンブラザーズが2日ほどの交渉の中で潰れ、メリルリンチも買収され、世界最大の保険会社AIGも風前の灯火で何とか政府に救済されるという異常な状況下、議会もマスコミも動転する中で、ブッシュ大統領が「今こそ大々的な救済によって金融と経済を立て直そう」と号令をかけ、米マスコミも「それしかないんだ」と書き立てる中で、今回の大救済案が出てきた。

 先週の木曜日(9月18日)に大救済の話が出て、今週の金曜日(9月26日)に米議会が休会に入る前までに、法律を議会に承認させたいと米政府は言っている。非常に拙速で、議会や世論に考える暇を与えず、決めてしまおうという魂胆がありありだ。リーマンなどの大金融機関の連続破綻の衝撃を使って、米政府が金融救済策を通す策略だったとも読み解ける。まさに、911事件を使って、米政府が国内の恒久有事体制の確立と、世界支配の強化を狙った構図と同じである。リーマンは「世界貿易センタービル」と同様のスケープゴートにされたことになる。

 米マスコミでは、ポールソンが9月18日のホワイトハウスでの緊急会議で、大救済策について「議会の反対は必至です」と言いかけると、途中でブッシュがさえぎって「緊急時なんだから、君は政治のことを考えなくて良い。君がやるべきことをやれば良いんだ」と言って、大救済策の実行を決めた、という美談的な「エピソード」が載っている。米マスコミは、読者の劇的な緊張感を煽る、この手の本当っぽい話を、米政府の担当者と結託して作って流す。米の「ジャーナリズム」は、今でも意外と多くの人に賛美されているが、その本質は、こうした本当っぽい話を作って政府や軍産英複合体に協力するるところにある。(関連記事

▼自滅的な「金融911」

 米政府がリーマンなどの破綻という「金融911」を誘発し、前代未聞の大盤振る舞いである金融大救済を開始したのだとしたら、その目的は、政府高官と議員たちによる壮大な私腹肥やしということになる。ポールソン財務長官は、ゴールドマンサックス会長からの転職なので、古巣を救済するための策略だという批判も出るかもしれない。

 しかし、今回の金融大救済は、米政府の財政破綻で終わる可能性が大きい。ブッシュ政権の任期中は、何とか持つかもしれないが、次の政権の期間中に、米国債の破綻、ドル急落などが起きるだろう。911が、イラクとアフガンの占領の泥沼化など、米の軍事外交面の覇権の失墜につながったように、金融911は、米の経済面の覇権の失墜につながる。

 中国のマスコミは、米の金融救済策について「ドル安を誘発するために、意図的に通貨を発行しすぎている」と非難している。米政府は以前から中国に対し、人民元の対ドル為替の大幅上昇を要求しており、中国政府から見ると、米の金融破綻と無理な救済策は、米側でドル安を誘発し、相対的に人民元の対ドル為替を引き上げる策略に感じられるのだろう。中国当局がドルの破綻を予期している以上、今後、中国が米国債を大量に買うとは考えにくい。世界最大の米国債保有国である中国が買わなくなると、米国債は破綻しかねない。(関連記事

 無限に発行できるドルや米国債は、米上層部の政財界人にとって「金の卵を生む鶏」「いくら食べてもなくならないプリン」だ。それをぶち壊しては、元も子もない。私腹を肥やしたい高官や政治家は、こんなことをしない。もっと上手く長期的に私腹を肥やす。私腹と国家の共存共栄を考えるものだ。米高官たちは、間抜けではない。間抜けなら、今回のような金融911による大救済策の実現という大仕掛けを実行できない。

▼多極化と米財政破綻

 今回の大救済策が、財政破綻やドル破綻につながる可能性は大きく、それでも大救済策をやるブッシュ政権は、破綻を意図的に起こしている、もしくは重過失的な未必の故意として破綻に向かっている疑いがある。米政府がこっそりと意図的に財政とドルの破綻を目指しているのではないかという疑いは「隠れ多極主義」の推論として、私の中に以前からある。

 英テレグラフ紙は9月21日に「米政府の財政破綻は、もはや考えられないことではなくなっている」と指摘する記事を出したが、その書き出しは「いよいよ新世界秩序(a new world order)の始まりだ。この2週間の大騒動の結果、世界経済の景色は不可逆的に変化した。覇権は明らかに、米や欧米から、急成長する東方の大国群(giants of the East。中国、インド、ロシア、中東産油国などのことか?)へと移転している」というものだ。米の金融危機によって、覇権の多極化が起きつつあると指摘している。(関連記事

 また、CFRが発行するフォーリンアフェアーズの最新号には、ポールソン財務長官が「米は、中国と対等な協調関係を強化せねばならない」と書いている。ポールソンは、米の金融財政を破綻させることと、中国を支援することを、同時にやっている。(関連記事

 米英発の情報の中に最近、この手の指摘がしだいに増えている。だが、いずれも「中国やインドが覇権を欲しがっていないのに、どうやって東方の大国に覇権が移転するのか」という具体的な現状について、何も書いていない。単に預言者のように「覇権は欧米からアジアに移りつつある」と指摘するばかりである。

 米英発の英文情報を毎日たくさん読んでいる私は「多極化の預言」の声が最近非常に大きくなっているので「世界を動かしている人々は、覇権の多極化を画策しているのだろう」としだいに確信を持って感じるようになっている。日本のマスコミには全く転電されないので、ほとんど日本語の情報にしか接していない人(専門家の多くを含む)は「多極化なんかしていない」としか思わない。

 もう一つ、覇権と金融の関係で言うと、今回の米投資銀行の連続破綻は、ロンドンに数十行あった「マーチャントバンク」(英国式の投資銀行)のほとんど全てが1960−70年代に破綻したことと歴史的な類似性・連続性がある。マーチャントバンクは、ユダヤ人資本家が15世紀にスペインから追い出された後、オランダやイギリスなどに作った歴史があり、以前に書いた「金融ユダヤネットワーク」の一部である。(関連記事その1その2

 彼らは、第2次大戦後、英の覇権が終わった1960年代(1967年の英軍スエズ以東撤退など)に合わせ、ロンドンの店をたたみ、それ以前から店を出していた米ニューヨークに移転した。ロンドンのマーチャントバンクに代わって、世界の金融の中心となったのが、ゴールドマン、リーマン、メリル、モルガン、ベアスタといったNYのインベストメントバンク(投資銀行)だった。NY投資銀行は、1980年代の米英金融自由化によって、先日まで大儲けしていたレバレッジ式(債券型)金融業態を急拡大し、既存型(預金型)の金融システムと同規模の10兆ドルの「影の金融システム」(無規制で情報開示もなく実体が不明だから「影のシステム」と呼ばれている)を作り上げた。

 しかし9月22日には、生き残っている2つのNY投資銀行(ゴールドマンとモルガン)が「投資銀行の経営モデルは破綻した」と認めたとの記事が出た。6月にイギリス銀行協会の会長が言っていたことが、現実となった。(関連記事その1その2

 今、米の単独覇権が崩れ、中露などBRICとの覇権の多極化(共有化)が起こる中、NYの投資銀行が破綻し、影の金融システムが大崩壊している。NY投資銀行を引き継ぐユダヤ的金融資本の中心がないまま、米の覇権は崩壊していく。中国や産油国の「政府投資基金」(SWF)は登場したが、それらは非欧米の外国政府の所有であり、NY資本家が入り込む余地は少ない。ユダヤ的金融資本家たちは、何をしようとしているのか。(NY資本家にはユダヤ人が多いが、ロックフェラーなど非ユダヤもいるので、総称して「ユダヤ的」と書いた)

 おそらくNY資本家は、第二次大戦以来、米の覇権を牛耳ってきた軍産英イスラエル複合体を潰すため、いったん米の覇権を自滅させる策略をやっている。複合体が強い限り、中露や中東など多くの発展途上国の成長が阻害され、世界経済の成長が抑制されているからだろう。NY投資銀行を含む米の覇権がいったん潰れ、国際政治における軍産英イスラエル複合体の力が衰えた後、覇権が多極化された新体制(これが「新世界秩序」と呼ぶべきものだろう)になってから、ユダヤ的なネットワークが再構築され、世界経済の成長が再開されるのではないかと予測している。

 とはいえ、まだ複合体は生き残っており、今後、多極化がスムーズに進むとは限らない。暗闘状態で、いろいろ変則的な事態が続くのではないかと思う。国際政治に疎い日本としては、下手にどちらかの味方をせず、首を引っ込め、息を詰めて、静かにしていた方がいいかもしれない。

(どうしても国連安保理の常任理事国になりたいなら、これから強くなる中国やロシアの味方に静かに転じるのが良いが、それは複合体からどんな攻撃を受けるかわからないので、危険な道でもある。米英に追随している限り、今後の国連で影響力を発揮することはできない。リスクをおかしたくないのなら、常任理事国はあきらめるのが得策だ)



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