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オバマに贈られる中東大戦争

2008年12月28日   田中 宇

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 12月27日、イスラエル軍がパレスチナのガザ地区を空爆し、200人以上の死者が出た。空爆は、イスラエルがエジプト領だったガザを乗っ取った第三次中東戦争(1967年)以来の大規模なものだ。イスラエルのバラク国防相は、空爆だけでなく、近いうちに地上軍侵攻も行わざるを得ないだろうと表明している。イスラエル軍は、戦闘の拡大と長期化を準備している。今回のガザ戦争は、短期間に終わりそうもない。(関連記事その1その2

 ハマスは「第3インティファーダ」の民衆蜂起の開始を、パレスチナ人に呼びかけた。パレスチナのとなりのヨルダン(国民の6割がパレスチナ人)では、議員30人が同国に駐在するイスラエル大使の追放を政府に要求した。アラブ諸国の中でイスラエルと国交があるのはヨルダンとエジプトのみだが、アラブとイスラエルの関係も、ガザ開戦によって急速に険悪化しそうだ。イスラム世界では、マスコミが今回のイスラエル軍のガザ侵攻を「ガザ虐殺」と呼んで強く非難しており、反米反イスラエルのイスラム主義がさらに扇動されるだろう。(関連記事その1その2

 開戦によって、パレスチナ和平交渉を今後再開することは、おそらく不可能になった。米国のオバマ新政権は、パレスチナ和平の成功を外交面での最優先課題の一つにしているが、その実現は、就任3週間前の現時点で、すでにほとんど無理になった。

 パレスチナ社会は、親米のファタハ(パレスチナ自治政府。西岸)と、反米のハマス(ガザ)に分裂しており、しだいにハマスが優勢になっているが、米欧イスラエルはハマスを「テロ組織」とみなし、ファタハのみを正当なパレスチナ代表とみなし、交渉相手にしている。しかし、来年1月9日には、ファタハのアッバス大統領の任期が、後継者もいないまま終わる。選挙をやるとハマスに負けるアッバスは、大統領選挙をやれず、後継者を決められなかった。(関連記事

 アッバスは、任期満了後も米欧やアラブの承認を受けて続投する可能性があるが、今回のガザ開戦によって、アッバスは続投してもパレスチナ人に全く支援されなくなるだろう。今後、ガザ戦争が長引くほど、反米反イスラエルのインティファーダの蜂起が、ガザから西岸へと広がり、親米のアッバスは嫌われる。オバマ政権は、パレスチナ和平をやろうにも「テロリスト」のハマスを容認しない限りパレスチナ人の代表者がいないという、行き詰まりの状態になる。

▼国際軍に国境警備させる戦略

 今回のガザ開戦は、12月19日にイスラエルとハマスの間の半年間の停戦が終わり、停戦協定の延長交渉が失敗したために起きた。イスラエルの与党カディマは、本心ではハマスと和解したいと思っている。だがイスラエルでは来年2月に総選挙が控え、ハマスに対して弱腰だと有権者に思われたくないカディマは、エジプトが仲裁した停戦延長交渉で譲歩できず、ハマスからの短距離ミサイル攻撃が止まない中、開戦せざるを得なくなった。

 このまま戦争が続くと、戦闘はガザから西岸、そしてレバノン南部でのヒズボラとの戦いへと拡大し、シリアとも戦争になってイランも巻き込まれ、07年ごろから私が何度も書いている「中東大戦争」になりかねない。イスラエルは、核戦争や国家破滅にもなりかねない危険な綱渡りをしている。

 とはいえイスラエルは、何の目的もなく危険な開戦をしたわけではない。イスラエルはおそらく、06年夏のレバノンでのヒズボラとの戦争と同様の停戦戦略を考えている。それは、ガザでの戦争を国連の仲裁によって停戦し、国連もしくはNATOが編成する国際軍をガザとイスラエルとの国境沿いに展開してもらい、ハマスがイスラエルにミサイルを撃ち込むことを国際軍に抑止してもらって停戦を持続可能にした上で、ハマスと和解する魂胆と推測できる。イスラエルは、国際軍に国境警備させ、イスラム主義者(と米国の多極主義者)によるイスラエル潰しを不可能にして、国家存続する戦略だろう。

 イスラエルの新聞ハアレツは12月27日の記事で「国際的な介入によって停戦に至るまでに、何日かかり、どこで戦闘が行われるか(西岸やレバノン南部にまで拡大するのかどうか)予測が難しい」と、戦争の行き着く先が国際軍の呼び込みであることを、さらりと書いている。(関連記事

 07年秋の「アナポリス和平会議」以来、パレスチナ和平は、米国、EU、ロシア、国連という4者(カルテット)が仲裁する態勢になっている。米ブッシュ政権はハマス敵視で「ファタハとしか交渉してはいけない」という姿勢をイスラエルやEUに強要したが、もうすぐファタハが潰れ、ブッシュ政権も終わる。イスラエルとしては、オバマ政権がハマス敵視をやめることを前提に、カルテットにガザ停戦を仲裁させ、ハマスとの和解を行う腹づもりだろう。ロシア、国連、EUは、ハマスをパレスチナ人の代表とみなすことに抵抗が少ない。

 しかしそもそも、ガザの停戦が12月に切れ、大統領がオバマに代わるときにイスラエルが戦争に巻き込まれているように設定したのは、ブッシュ政権の謀略である。ブッシュ政権は、表向きはイスラエル支持だが、裏では06年夏にイスラエルとヒズボラをレバノンで戦争させ、中東大戦争を起こそうとするなど、イスラエルを潰そうとしてきた。こうした経緯を考えると、ガザ戦争がイスラエルの思惑どおり停戦できるかどうかは怪しい。失敗すれば、中東全域を巻き込む大戦争になる。

 オバマ新大統領の陣営は12月27日、イスラエルのガザ侵攻について「何もコメントすることはない」と表明した。ひょっとするとオバマは、ブッシュと同様、イスラエルを支持するふりをして、実際にはイスラエルの自滅を傍観するかもしれない。米国が本腰を入れて停戦仲裁をしない限り、停戦は実現しない。(関連記事

 今回の開戦に際しては、12月22日から「イスラエルはガザ侵攻を決定し、関係各国に通告した」という記事が出ており、私は記事の執筆を開始したものの、私事にかまけて時間がかかっているうちに、開戦してしまった。以下は、開戦前日の12月26日にできていた記事である。書き直してさらに時間を食うより、早く配信した方がいいと思うので、そのまま以下に貼りつける。(関連記事

▼中東和平をめぐるこの1年の流れ

 パレスチナのガザ地区における、イスラエル政府とハマス(ガザを統治するパレスチナ人のイスラム主義武装勢力)との間の6カ月間の停戦協定が、12月19日に失効した。6月19日にエジプトの仲裁で締結された、半年間の停戦協定の期間が切れた。(関連記事

 すでに停戦協定が切れる2週間ほど前から、ハマスはイスラエル領内に向かって短距離ミサイルを発射し始め、これに対してイスラエル軍は、戦車や攻撃用ヘリコプターで、ガザにちょっと侵攻しては撤退する手法で、再戦争の泥沼にはまらないよう警戒しながら報復的攻撃を再開していた。(関連記事

 イスラエル軍が大規模にガザへ侵攻し、本格的な戦争になると、イスラエルとパレスチナ人の間で和平を結ぶことは不可能になる。戦争はレバノンのヒズボラ(シーア派イスラム教徒武装勢力)との戦闘に飛び火し、イスラエルはシリアやイランとも開戦して中東大戦争になる可能性が高くなり、イスラエルが核兵器を使う懸念が強まる。イスラム世界と、それに同調する中南米など発展途上国(米欧日以外の国々)の全体で反イスラエル感情が強まる。イスラエルは追い詰められ、中東各都市やモスクワなどを400発持っている核兵器で攻撃する「サムソン・オプション」を行使した挙げ句、滅亡しかねない。(関連記事

 イスラエルの上層部は、自国の滅亡を防ぐため、何とか戦争を避け、パレスチナ和平をやりたいと考え、米政府に頼んで07年11月に米国アナポリスで中東和平会議を開かせた。だが、米イスラエルの右派(チェイニーやネオコン、リクード右派)が、対立を煽る妨害策を展開したため和平は進展しなかった。今年2−3月ごろには、逆にイスラエルがハマスやヒズボラとの対立が激化し、私が「中東大戦争が近い」と何度も書くような事態になった。(関連記事

 イスラエルのオルメルト政権は、何とか戦争開始を回避し、エジプトやサウジアラビアが仲介する和解策に乗り、6月19日のハマスとの停戦協定にこぎつけた。イスラエル政府は、半年間の停戦の間に、パレスチナ側との和平交渉を進めようとした。パレスチナは西岸のファタハ(親米派)とガザのハマス(反米派)が対立しているが、エジプトに両者を和解させた上でイスラエルとの和平交渉にはいるとか、ファタハにガザの再乗っ取りを成功させるべくテコ入れするとか、イスラエルはいくつかのシナリオを模索した。

 しかしその直後、再び米イスラエルの右派からの妨害策が入り、オルメルトはスキャンダルを暴露されて検察に取り調べを受け、辞任を表明せざるを得なくなった。与党カディマでは9月に党大会を開き、オルメルトの後継党首としてリブニ外相を選び、カディマ単独では議会の多数をとれないので、リブニは新規連立政権の組閣を開始した。(関連記事

 だが、イスラエル政界では右派の力が意外に強く、リブニは10月末の組閣期限までに組閣できず、来年2月に総選挙を行わねばならなくなった。それまでの間、首相職は辞任表明した死に体のオルメルトが続投しているが、こんな混乱状態ではパレスチナ側との和平も進展せず、12月19日の停戦期限が来てしまった。(関連記事

▼和平したいのに好戦的にならざるを得ないイスラエル

 イスラエルは来年2月に総選挙を行うが、ガザで正式に戦争が始まると、野党リクード内の少数派である好戦的なリクード右派に人気が集まり、与党の中道的なカディマや、和平をやらざるを得ないと気づいて好戦右派から和平派に転換したリクード主流派のネタニヤフ党首が不利になる。すでにネタニヤフは、リクード内で右派の反乱的な台頭に苦戦し、総選挙の立候補者名簿の中に右派を多くせざるを得なくなっている。ガザが戦争になり、総選挙で右派議員が増えるほど、イスラエル政府は和平方針を採れなくなる。(関連記事その1その2

 イスラエル政府は、選挙で右派を勝たせたくないので、何とかガザで戦争しないですむようにしたい。停戦期限前からイスラエル軍はガザに侵攻しているのだが、イスラエルはガザにマスコミを入れないようにしているので、戦況はほとんど報道されず、ガザでは戦争が起きていないことになっている。イスラエル国内では「ハマスと戦争できない以上、和解交渉するしかない」という意見もあるものの、ハマスからの毎日のミサイル砲撃を受け、イスラエル国内の世論は好戦性を増しており、リブニら主要候補はみな「ハマスがミサイル攻撃を止めない限り、間もなくガザに侵攻してハマスを退治する」と言わざるを得なくなっている。(関連記事その1その2

 イスラエルは、半年前と同様、ハマスとの再停戦の交渉をエジプトに仲裁してもらっている。リブニはカイロに行ってエジプトのムバラク大統領と会談した。しかし、停戦延長交渉が行われている一方で、イスラエル政府は12月24日に開戦を検討する閣議を5時間にわたって開いた。(関連記事その1その2

 今年6月にハマスとの停戦を締結する前の時期にも、毎日ガザからイスラエルにミサイルが飛んできて「もうすぐ戦争だ」「いや、間もなく停戦協定を結べる」といった情報が何週間か交錯し、結局停戦できた。今回はどうなるか。半年ぶりに瀬戸際状態が再現されている。(関連記事その1その2

 ブッシュ政権は、金融危機やアフガンの戦況など、米国が抱えるさまざまな危機が、オバマ政権になってから全崩壊的にひどくなるような仕掛けを随所に作っている観がある。イスラエルとハマス・ヒズボラ・イランなどとの戦争も、オバマ政権の就任前後に勃発するような仕掛けにしてあるとも思える。ブッシュ政権の高官がイスラエルに対し、ガザ侵攻やイラン空爆を挙行するなら、オバマ就任後まで待てと言ったと報じられている。(関連記事

 米国の大統領選挙でオバマが当選する前後「オバマの就任直後に国際政治の大きな危機が起きる」という予測を、バイデン副大統領やパウエル元国務長官らが放った。この予測が正確であるとしたら、最もありそうなのがイスラエルがガザに侵攻し、それがレバノン・シリア・イランとの中東大戦争に拡大していくことだ。オバマ就任まで1カ月を切った現時点で、国際政治危機としてほかに起こりそうなことは、インドとパキスタンの戦争ぐらいである。(関連記事

 印パ間では、インドがパキスタンに要求したテロ容疑者引き渡しの期限が12月26日に過ぎており、インドは要求が受け入れられない場合、パキスタンをミサイル攻撃するかもしれないと言っている。すでに印パ両軍は、国境沿いなどで警戒態勢をとっている。パキスタンは陸軍の一部を、対アフガニスタン国境から、インド国境の方に移動させた。パレスチナと印パの両方で、オバマ就任に合わせて戦争が始まるかもしれない。(関連記事



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