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ガザ・中東大戦争の瀬戸際

2009年1月3日   田中 宇

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 イスラエル軍が、ガザに地上軍侵攻しそうな感じになっている。イスラエル政府は閣議でイスラエル軍のガザへの地上軍侵攻を了承した。ガザのハマスは、早く侵攻してこいといわんばかりに、ヘブライ語でイスラエルを挑発する発表を繰り返している。(関連記事

【イスラエル軍は日本時間の1月4日未明、ガザに地上軍侵攻を開始した】

 イスラエルは12月27日からガザを空爆しているが、すでにガザ地区内でイスラエルが空爆の対象としていたハマスの拠点に対する空爆はほとんど終わり、もう空爆対象がない状態になっている。イスラエル軍はハマス幹部の居宅を次々に空爆している。イスラエルの世論調査では、85%が戦争継続に賛成している。(関連記事その1その2

 イスラエル側では、ガザに近い地域の病院に対し、患者を他の地域の病院に避難させるよう指示が出た。これは、ガザの近くの病院のベッドを空けておき、これからガザに侵攻して負傷するイスラエル地上軍兵士を、これらの病院に搬送するためであると、イスラエル軍が認めている。ガザに残っていた400人の外国人も、1月2日に、ガザからイスラエルに出ることが許された。これも、侵攻準備の一環と考えられている。(関連記事

 もともと、今回のガザ戦争を誘発したのは、ハマスである。ハマスは、12月19日にイスラエルとの停戦協定が切れた後、イスラエルへの短距離ミサイルの発射を再開し、イスラエルを苛立たせた。ハマスは、イスラエル地上軍をガザに侵攻させ、05年のガザ撤退以来やめていたガザに対する軍事占領を復活させた後、占領軍に対しゲリラ戦を展開して、イスラエルを占領の泥沼に引っ張り込むつもりだろうと、イスラエル軍の諜報機関であるモサド系の情報サイト「デブカ・ファイル」の記事が書いている。

 同サイトによると、すでにハマスの軍事部隊は、一般市民のふりをしてガザ地区内の一般のアパートに分散して入居し、ゲリラ戦の準備をしている。またイスラエル軍は、地上軍侵攻してガザ地区の全体を占領した後、ガザを5つのブロックに分割し、パレスチナ人が相互に行き来できないようにして占領すると予測している。加えてイスラエル軍は、ガザとエジプトの間の13キロの国境線沿いの「フィラデルフィア・ルート」と呼ばれる細長い地域(幅は数百メートル)を再占領する予定だという。この地域は2005年にイスラエルの前シャロン政権がガザから撤退した際、イスラエル軍からエジプト軍へと、管轄が委譲されている。(ガザの地図

▼停戦協定を破って空爆開始したイスラエル

 国際社会では、イスラエルとハマスを停戦させる努力が行われている。来週には、フランスのサルコジ大統領がイスラエルを訪問する。しかし、停戦が実現する可能性は非常に低い。(関連記事

 なぜなら、イスラエルが12月27日にガザを空爆し始めた時、イスラエルは前日にハマスと結んでいた48時間の停戦協定を破って空爆したからである。ハマスは、停戦期間中だったのでイスラエルの空爆を予測しておらず、無防備に集会を開いており、そこを空爆されて多くの死者が出た。空爆開始時、イスラエル軍の死者が異例に少なかったが、これはハマスが停戦の態勢で無防備だったからだろう。エジプトも、事前にイスラエルの空爆予定を知っていたが、自国のイスラム過激派の分派であるハマスに潰れてほしいと思っていたため、ハマスには何も伝えずにだました。(関連記事その1その2

 ハマスは、イスラエルとの停戦協定を信じたばかりに、だまし討ちの空爆を受けた。いったんイスラエルにだまされた以上、ハマスはもう簡単には停戦に応じないだろう。

▼リブニとバラクの政争

 なぜイスラエルは、わざわざ停戦協定を破って空爆を開始したのか。私の読みは「バラクとリブニの政争」である。イスラエルの国防大臣のバラクは好戦派で、労働党の党首である。外務大臣のリブニは戦争を抑止したい外交派で、カディマの党首である。イスラエルは2月10日に総選挙があるが、バラクの労働党は劣勢だった。ガザ戦争の開戦によって、リブニ支持を食うかたちでバラク支持が急増したと指摘されている。(関連記事

 バラクは、ガザで徹底的に戦争をしてハマスをやり込める戦略を主張している。リブニは早期に外交交渉に持ち込み、欧米など国際社会を巻き込みつつ停戦すべきだと主張している。だが、空爆開始時にイスラエルが停戦協定を破っているので、交渉しても停戦できない。バラクは、リブニの戦略を破綻させるために、わざわざ停戦協定を破って開戦したと推察できる。(関連記事

 バラクが今回、このような策略をやったのは、おそらく2006年夏のレバノンのヒズボラとの戦争の教訓からである。レバノン戦争当時も、バラクが国防相、リブニが外相だった。バラクは戦争拡大を希求したが、レバノンだけでなくシリアと開戦したら大戦争に発展して大変なことになるというリブニの主張が通り、開戦から1カ月後に国連の仲裁で停戦した。イスラエルは国家存続できたが、イスラエルと戦って負けなかったヒズボラは中東全域で英雄視された。(関連記事

 イスラエルは、シリアやイランと戦争になったら終わりである。バラクは、イスラエルを自滅させようとしている米国のネオコンやチェイニー副大統領ら「隠れ多極主義者」の一派であり、リブニは彼らの謀略によるイスラエルの自滅を防ごうとしていると、私には見える。

 もともと、米国の策略によってイスラエルが潰されかけていることを察知したのはシャロン前首相で、02年に西岸との境界に隔離壁を建設する計画を開始し、05年秋にはガザからイスラエル軍と入植者を撤退させ、パレスチナとの間を隔離し、イスラエルが戦争に巻き込まれるのを防ごうとした。だが、シャロンは06年初めに脳卒中で倒れ(暗殺?)今も植物人間である。リブニは、このシャロンが自分の後継者にするため、90年代末にモサド要員から引っ張り上げて選挙に出馬させ、政治家として育てた人材である。(関連記事その1その2

 一方、バラクの方はイスラエル軍のエリート特殊部隊(サエレト・マトカル)の出身で、1976年のエンテベ空港でのパレスチナゲリラによるハイジャック機からの救出作戦の成功で一躍有名になり、同じ部隊にいたネタニヤフ(リクード党首)と並ぶ、イスラエルの有力政治家となった。しかしエンテベ作戦は、モサドがゲリラを扇動してハイジャックを挙行させた、やらせ事件だったことが暴露されている。(関連記事

 もしかすると、労働党とリクードというイスラエルの伝統的な二大政党を率いているバラクとネタニヤフは、イスラエル愛国主義の象徴のふりをして実は正反対で、本当は両人とも、過激なネオコンや入植者集団と同じ「好戦的な戦略をやりすぎてイスラエルを自滅させる」という隠れた戦略を持った「ロスチャイルドのスパイ」なのかもしれない。(関連記事

 ハマスを武力で潰すことはできない。ガザの150万人のパレスチナ人は、イスラエルに封じ込められている限り、ハマスと一心同体であり、ハマスの現幹部を殺害しても、別の人々が幹部になるだけだ。ガザをエジプトや国際社会に押しつけるシャロンやリブニのやり方が妥当だ。ハマスを武力で潰すべきだと言っているバラクやネタニヤフには、隠された意図があると疑った方がよい。

▼焦点はラファ国境の開放

 イスラエル地上軍がガザ侵攻しそうな中、焦点の一つは、ガザとエジプトとの間のラファ国境が閉鎖されたままであるかどうかという点になっている。ハマスはイスラエルから経済制裁を受けていた08年1月、この国境の壁を破壊し、ガザの人々が自由にエジプトに行けるようにした。エジプト軍が国境の壁を修復し、自由往来は1週間で終わったが、今回の戦争で、再びハマスはエジプトに国境を開放せよと求めている。エジプトのムバラク政権は、ハマスの兄貴分に当たる野党のイスラム同胞団を活気づけたくないので、ラファ国境の開放を拒否している。(関連記事

 イスラエル軍が地上侵攻したら、ガザとエジプトの国境線にあるフィラデルフィア・ルートをエジプトから奪還するだろう。このルートの警備は、もともとイスラエルのシャロン前政権が、05年のガザ撤退の際にエジプトに押しつけたものだ。エジプトは今回、イスラエル軍が来たらルートから自国軍を引き揚げ、奪還を喜んで黙認するだろう。ガザのエジプト側を封じ込めておく責任は、エジプトからイスラエルに戻る。

 エジプトはガザと同じアラブ人なので、ハマスがエジプトに「ラファ国境を開けろ」と求めて騒げば、同胞であるエジプト国内の世論が同調し、エジプト政府も何らかの対応をせざるを得ず、08年1月にハマスがガザの壁を破壊したときも黙認した。だが相手がイスラエルだと、同情や黙認など全くなく、ガザの壁を壊そうとする動きは銃弾乱射で容赦なく阻止される。イスラエルがフィラデルフィア・ルートを奪還すると、ガザは再びイスラエルによって完全に封印される。ハマスが再びラファの壁を壊し、ガザとエジプトをつなげる挙に出るなら、イスラエル地上軍によるガザ再占領が完了する前にやらねばならない。

 もしイスラエル地上軍のガザ侵攻が展開している間に、ラファ国境の壁がハマスによって破壊され、エジプト軍がハマスとの交戦を避け、ガザとエジプトがつながった場合、ガザ戦争はエジプトに波及する。エジプトのイスラム主義者の義勇軍が武器を持ってガザに流入する事態になりうる。米国傀儡のエジプト政府は、イスラエルに宣戦布告せず、優柔不断な態度をとるだろうが、国民は政府よりイスラム同胞団を支持する傾向を強め、エジプトは混乱に陥る。他のアラブ諸国やイランから、エジプトにイスラム主義の義勇軍が押し寄せるかもしれない。事態は中東大戦争に近づく。

 逆に、ハマスの行動がイスラエル軍やエジプト軍に抑止され、ラファ国境が開かないまま、イスラエル軍がフィラデルフィア・ルートを再占領し、ガザを分割占領した場合、ガザはシャロンのガザ撤退前の状況に戻る。ガザ戦争が中東大戦争に発展する可能性は減るが、ガザの諸問題はすべてイスラエルの責任になる状況が復活する。ガザをエジプトと、西岸をヨルダンとつなげ、アラブ諸国にパレスチナの面倒をみさせ、イスラエルは隔離壁を作ってパレスチナと縁を切るという、シャロン前首相からオルメルト現首相に引き継がれた問題解決策は破綻する。

 このシャロン案の前にあったのは、西岸とガザにPLO主流派(ファタハ)による親米・親イスラエルのパレスチナ国家を創建するという2国式(オスロ合意型)の中東和平計画であるが、もはやそれに戻ることも無理だ。ガザは反米反イスラエルのハマスが抑えており、西岸のファタハの人気が凋落しているからだ。和平の行き詰まりの中、ガザと西岸のパレスチナ人がイスラエルに苦しめられるアパルトヘイト的な状況だけが残る。

 前から書いているが、ガザの戦争が中東大戦争に発展するかどうかは、今後の世界全体にとって非常に重要だ。中東大戦争になれば、原油価格の再高騰でインフレが再燃し、ドル崩壊の引き金になりかねない。中東大戦争にならなければ、原油反騰は限定的となり、イランやロシア、ベネズエラといった反米諸国の窮乏が拡大し、世界の多極化に歯止めがかかる。対米従属を続けたい日本国としては、中東大戦争が避けられるよう、神仏に祈るしかない。



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