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意外にブッシュと変わらないオバマ政権

2009年1月26日  田中 宇

 米国でオバマ政権が就任して1週間が過ぎようとしている。オバマは、経済面や軍事外交面で失敗した前ブッシュ政権の姿勢を脱却することを意味する「変化(チェンジ)」という標語を掲げて当選した。しかし、就任1週間後の現時点で、オバマはいくつかの点で、すでにブッシュ政権の悪しき政策を継承しており、意外と「変化」に乏しい、人々を失望させる政権になっていく懸念が増している。

 オバマは就任早々の1月22日、グアンタナモベイ米軍基地(キューバ島)にある悪名高きテロ容疑者の収容所を、1年以内に閉鎖することを命じる大統領令を発した。同時に、ブッシュ政権が世界各地の米軍のテロ容疑者収容所で容認した、テロ容疑者に対する尋問時の拷問を、米軍とCIAの係官に対して禁じた。

 戦時の捕虜人権はジュネーブ条約で国際的に保護されてきたが、ブッシュは「アルカイダはジュネーブ条約の対象にならない」とする大統領令を07年に出し、グアンタナモなどで拷問が行われていることを、米政府高官も認めていた。オバマは、07年のブッシュの大統領令を取り消し、米軍とCIAの係官に対し、拷問を禁じた米陸軍の行動規範(フィールド・マニュアル)に沿ってテロ容疑者の尋問を行うよう命じた。 ( Executive order: Interrogation

 ここまでの話では、オバマはブッシュの悪政から脱却したとも言えるが、実際には、米当局が情報をとるための拷問は、中東やアフガニスタンなどの米軍の施設以外の場所で、米政府の係官ではなく現地の軍諜報要員や下請けの民兵らによって行われており、米軍の施設内での米係官による拷問だけを禁じても、あまり意味がないと指摘されている。 ( Torture Ban that Doesn't Ban Torture ) ( Obama's orders leave framework of torture, indefinite detention intact

 グアンタナモ収容所には、これまで750人が収容されたことがあり、今でも200人前後が拘束されているが、その多くは、米軍が捕まえた時の根拠が薄く、何カ月も拷問つきで尋問してもテロとの関係が出てこない場合が多い。グアンタナモの拘束者に一般の法廷で裁判を受けさせると無罪になり、ずさんな政策がばれるので、ブッシュ政権はできるだけ裁判もせず、拘束者が「捕虜」(捕まる前は兵士)なのか「囚人」(捕まる前は一般人)なのかも定義せず、無期限拘束を続けてきた。(政治圧力を受け、名前の知られた一部の拘束者のみ軍事法廷に立たせたが、それも途中で止まっている) ( Guantanamo profoundly damaged US credibility

 オバマはグアンタナモ収容所の閉鎖命令を発したものの、それはとりあえずという感じでしかなく、閉鎖後に拘束者をどのように処遇するか未定だ。米本土にある米軍基地内の収容施設を作って移す手もあるが、そうなると米国の法律に基づいて裁く必要がある。これまでキューバ島の米軍基地という外国の収容所で拘束していたので、拘束者には米国の法律が適用されなかったが、米本土の施設に移送するとそうはいかない。拘束者をアフガンやサウジアラビアといった母国に送還し、母国の政府に裁かせる手もあるが、送還された翌日から拷問されるとか、釈放されてテロ組織に戻ってしまうといった懸念も出されており、処遇を決められない。オバマは、ブッシュの政策から脱却したくてもできない状態にある。 ( Gitmo: The Facility Will (Eventually) Close, But the Detentions Will Continue

▼イラクから撤退するのか

 オバマは、就任から1年4カ月以内にイラクから米軍の戦闘部隊を撤退する構想を選挙期間中から表明し、大統領就任の翌日、米軍首脳に対し「責任ある派兵削減計画」を作るよう命じた。これは選挙公約の実施であると報じられている。その一方で、イラクの外相は「今年は米軍の劇的な撤退が行われないようなので、安心した」と表明している。 ( Obama Asks for `Responsible' Iraq Pullout Plan ) ( Iraq FM: Obama Policy Will Be One of 'Continuity'

 私が見るところ、オバマのイラク撤退計画の隠れた要点は、撤退させるのが「戦闘要員」だということだ。オバマ当選後・就任前の昨年末、すでに、イラク軍の訓練や軍事顧問活動などをおこなう戦闘要員以外の米軍要員を3万−7万人の規模で、2011年以降もイラクに残す必要があるという話が出ている。「戦闘要員」の名札を「訓練要員」に変えるだけで、今の駐留米軍のかなりの部分を、今後も末永くイラクに残存させることができる。 ( Obama Doesn't Plan to End the Occupation ) ( Campaign Promises on Ending the War in Iraq Now Muted by Reality

 ブッシュ政権では、ラムズフェルド元国防長官らが、軍事産業の代理人として米軍の戦略を軍産複合体好みに仕切った。オバマはこのような状況を批判し、産業の代理人(ロビイスト)の影響力は排除すると、選挙期間中に何回も力説していた。しかし実際のところ、オバマ政権の国防副長官に指名されたのは、米国第2の軍事産業であるレイセオン社の副会長をしていたウィリアム・リン(クリントン政権時代の国防次官)だった。オバマ陣営は、この人事は選挙公約違反だと認め、能力のある超党派の人なので選んだと釈明した。 ( Obama picks defense lobbyist as deputy defense secretary

▼イラクはブッシュの泥沼、アフガンは・・・

 オバマは、イラクよりアフガニスタンに注力する姿勢を打ち出し、イラク問題は新政権の「10大重要課題」に入っていない。 ( President Obama revs up Afghan fight; backseats Iraq at Clinton debut

 しかし、ならばオバマは、アフガニスタンに関してブッシュ時代の失策を脱却しているかというと、そうでもない。オバマ就任直後の1月23日、米軍は前政権時代から続けてきたパキスタンに対する無人戦闘機による空爆を挙行し、アフガン・パキスタン国境地帯で22人のパキスタン人を殺した。米軍はタリバン系のゲリラの拠点を空爆したはずだったが、殺された中には少なくとも4人の子供が含まれていた。 ( President Obama Orders Pakistan Drone Attacks

 パキスタンは現在、アフガン駐留の欧米軍に陸路で物資を運べる唯一のルートである。米軍が空爆で一般市民を殺すたびに、パキスタンの世論は反米に傾き、パキスタン政界では親米の政府が困窮してイスラム主義が強くなり、アフガン占領の成功は危うくなる。オバマは、パキスタンの怒りを扇動するブッシュのやり方を継承してしまっている。「ブッシュはイラク占領の泥沼に沈んだが、オバマはアフガン占領で泥沼に沈む」との予測も、すでに出ている。 ( Is Afghanistan Going to Be Obama's Iraq?

 ブッシュ政権では、政権中枢で「現実派」と「ネオコン」の対立があり、政策のぶれを招いたと指摘されているが、同様にオバマ政権も「現実派」と「ネオリベラル」の対立がある、という分析もある。中枢での対立があるがゆえに、オバマはブッシュの悪しき戦略からなかなか足を洗えないとも言えるが、私は逆に、ブッシュもオバマも「政権内の対立があるのでうまくいかない」という口実で、政権外からのさまざまな圧力を煙に巻く戦略が、歴代の米政権に定着しつつあるのではないかとも感じる。 ( Liberals, realists set to clash By Jim Lobe

▼なぜか増えた雇用創設人数

 金融救済問題でも、オバマ政権は意外と前政権に近い。前政権でニューヨーク連銀の総裁だったティモシー・ガイトナーが財務長官になったが、彼は就任前の議会の公聴会で、まだこれから巨額の公金を金融救済策につぎ込まねばならないと表明したものの、どこにどう公金をつぎ込んだらどのように金融危機が解消されるのかという具体策を何も言わなかった。危機だけ煽って具体策を明言せず、いつの間にか巨額の公金が使われ、金融危機は解消されないどころか悪化するという流れは、前任のポールソン財務長官が作ったもので、新任のガイトナーもこれを繰り返す可能性が強まっている。 ( Obama undeterred by common sense hesitation, has ANOTHER rescue plan

 オバマ政権は、失業対策としての財政出動計画も、効果があいまいだ。オバマは就任前、約8000億ドルの財政出動によって2年間で200万人の新たな雇用を創設する構想を発表したが、米国の失業増が予想以上の急ピッチで、200万人では足りないと言われると、財政出動額を増やさないまま、創設される雇用の人数だけを、300万人、そして400万人へとふくらませた。同じ支出額で、どうやって雇用創設数を倍増できるのか、中身については述べられていない。 ( Obama Calls For Sacrifices, Scales Back Campaign Promises, Ups Jobs Program To 4M

 まだオバマ政権は始まったばかりなので、これからうまくいく可能性もないわけではない。だが私が見るところ、金融危機と不況の深刻さは、もはやどんな対策を打ってもうまくいかないだろうと思えるほどのものだ。優秀な人材ばかり集めたという鳴り物入りで準備がなされていたのに、始まってみると意外と何も新たな戦略を打ち出さないオバマ政権には、あまり期待しない方が良いというのが、今の私に感じられることだ。



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