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豚インフルエンザの戦時体制

2009年4月30日   田中 宇

 米国で豚インフルエンザの感染が大騒動になっている。この騒動を見て、米下院議員のロン・ポール(小さな政府主義者。リバタリアン。医師)は、1976年に米国で豚インフルエンザが発生して大騒動になった時のことを思い出したと話している。 (Ron Paul, MD, on the Swine Flu Scare

 ポールによると当時、米政府は大騒ぎして4000万人にインフルエンザのワクチンを予防接種したが、実際にはインフルエンザでは一人しか死亡しなかった半面、ワクチンの副作用(末梢神経が冒されるギラン・バレー症候群)によって30人(一説には52人)が死亡してしまった。当時、まだ新人の国会議員だったポールは、政府のワクチン接種政策に反対した2人の下院議員の一人だったが、当時を振り返って「あれは全くの金の無駄遣いだった」と話している。彼は、今回の豚インフルエンザについても「ことの重大性を軽視するものではないが、冷静に対応すべきだ」と、政府の大騒ぎを戒めている。 (Ron Paul Warns Swine Flu Scare Will Be Used As Precedent For More Big Government

 1976年当時、国防長官は史上最年少で就任したドナルド・ラムズフェルド(ブッシュ政権で史上最高齢で国防長官を再任)だった。ラムズフェルドは製薬会社との関係が深く、そのためか、豚インフルエンザの感染が問題になった後、国防総省の主導で、全米でワクチンの予防接種をする動きが起きた。そもそも当時、豚インフルエンザが最初に発症したのは米ニュージャージー州の米陸軍基地内で、新兵が集団で発病したところから感染が始まっている。製薬会社とつるんだ軍産複合体が、自作自演的にインフルエンザを蔓延させ、全国民に予防接種を義務づける政策にまで発展させたと疑われている。 (Previous Swine Flu Outbreak Originated At Fort Dix

▼30年後の再演

 それから30年、メキシコで発生した豚インフルエンザが再び米国に拡大し、世界へと広がりそうな流れになっている。国連のWHO(世界保健機関)が発表する国際伝染病に関する6段階の警告表示は、数日間で「3」から「5」へと上がった。この警告表示は、2005年に鳥インフルエンザが蔓延した時に新設されたもので、07年の鳥インフルエンザの発生以来、3が続いていたが、今回初めて4に上がり、そして4月29日に5になった。日米を含む世界各国では、ものものしい警戒態勢がとられている。 (Swine Flu Pandemic Declared Imminent as World Alert Raised

 WHOの警告表示は「3」が動物や人に発症がある状態、「4」は発症が拡大している状態、「5」は2カ国以上で爆発的に発症している状態、「6」は世界の2地域以上で爆発的に発症している状態を指している。 (How WHO measures a pandemic

 今回の豚インフルエンザは、北米とアジアで流行った豚インフルエンザのウイルスと、北米で流行った鳥インフルエンザのウイルス、それから人に流行するインフルエンザのウイルスという4種類のインフルエンザ・ウイルスが混じり合って全く新種のウイルスとなり、爆発的な発症を引き起こしていると報じられている。メキシコでは約150人が、豚インフルエンザではないかと疑われる発症によって死亡している。 (As Swine Flu Spreads, Conspiracy Theories of Laboratory Origins Abound

 香港で03年に流行した伝染病SARSを研究している学者は「もしインドや中国で豚インフルエンザが蔓延したら、大変なことになる」と警告している。米政府はワクチンの予防接種を検討し、ワクチンを製造する米国の製薬会社は全速力で開発製造に取り組み、関連する製薬会社の株価が上がっている。米政府は、CDC(疾病対策予防センター)のほかに本土安全保障省や国防総省が対策に乗り出している。事態は、911テロ事件後の米政府の対応を思わせるものものしさだ。 (World "counting down to a pandemic"

▼テロ戦争と同種の有事体制作りの戦略

 前代未聞の危険なウイルスが蔓延しているのだから、ものものしい対応は当然だと多くの人が無意識のうちに思っているかもしれない。しかし、911を契機に始まった米国と世界の「有事体制」が、実は軍産複合体による権限拡大・世界支配強化策の部分が大きかったように、今回の豚インフルエンザの件も、よく事態を見ていくと、有事体制を作るために必要以上の騒動を作り出している疑いがある。

 911を契機に起こされた米国主導の世界的な「テロ戦争」に比して言うなら、今回の豚インフルエンザや、03年のSARS、05年以来の鳥インフルエンザといった世界的な伝染病の騒ぎは、米国主導の世界的な「伝染病戦争」である。2つの戦争には、いくつかの類似点がある。

 その一つは、事件が起きる何年か前から、米国など世界のマスコミで「いずれ大規模なテロが起きる。防ぐことは難しい。核兵器を使ったテロで、何百万人も死ぬかもしれない」「いずれ大規模な伝染病が発生する。防ぐことは難しい。何百万人も発病して死ぬかもしれない」と大々的に報じられてきた。もう一つ言うなら「地球温暖化」も同じパターンの誇張報道で「いずれ地球温暖化で海水面上昇や大災害が起きる。洪水などの天災で何百万人も死ぬかもしれない」と喧伝されている。 (The Next Pandemic? - Foreign Affairs, July/August 2005

 誇張・歪曲された当局発表やマスコミ報道が事実として流れ、ほとんどの人が誇張を事実と思ってしまう点も、テロ戦争とインフルエンザ・パニックで類似している。誇張や歪曲を指摘する人の方が、犯罪者扱いされてしまう。インフルエンザの場合は、第一次世界大戦中の1919年に世界的に蔓延し、世界で2300万人が死に、6億人が感染した「スペイン風邪」のような大流行がまた起きると喧伝されている。WHOの6段階の警告も、米国が911後に採用した「赤」「オレンジ」「黄」などのテロ警報と同類で、わかりやすさを重視しているが判定基準に曖昧さがあり、人々に恐怖感を植え付ける作用を持っている。

 今回の豚インフルエンザについては、メキシコでの確定している死者は7人である。約150人のメキシコでの死者数のほとんどは、豚インフルの疑いがあったというだけだ。WHOは「世界での死者はメキシコの7人のみ。152人という数字はWHOが発表したものではない」と言っている。また今回のインフルエンザは「豚2種と鳥と人のウイルスが混合した新種」と言われているが、豚の2種類のウイルスが混合しただけという検査結果も出ている。メキシコの豚の間では、インフルエンザの蔓延は確認されていないという調査結果もある。事態は不確定要素が大きいのに、重大さが強調された構図の方ばかりが、大々的に事実として報じられている。 (Only 7 swine flu deaths, not 152, says WHO) (Swine flu genes from pigs alone) (More Evidence Virus Manufactured In Lab: No Sign Of "Swine Flu" in Pigs in Mexico Yet

 二つ目の類似点は、テロは犯罪捜査当局、伝染病は公衆衛生担当が主導して解決すべき問題なのに、米国では、それらの当局(FBIやCDC)よりも、本土安全省や国防総省が主導権を握って対応にあたり、本質的な問題解決より、治安維持や社会不安の沈静化に力点が置かれることだ。しかも米当局は、意図的に人々を怒らせるようなことをやり、マスコミも不安を煽る報道をやって社会不安を起こしておきながら、その一方で治安維持が必要だという話になる。米本土安全省は、米国民に強制的な検疫調査を行う準備をしている。国防総省には、検疫業務にたずさわる権限はないはずだが、国防総省では検疫活動に参加する計画書をすでに作っている。 (Homeland Security Issues Alert On Mandatory Quarantine Procedures

 三つ目の類似点は、特定の大企業が儲かる構図が作られることである。伝染病問題では、ワクチン製造の米欧の製薬会社に大量の発注が来る。「全く新しい種類のウイルスだ」「タミフルなど既存の予防薬やワクチンが効くかどうかわからない」という報道と「米政府は国民に対する大々的なワクチン接種を検討している」「日本政府は新型インフルエンザに効果があるとされるタミフルを3380万人分用意した」という報道が同時に出てくる。テロ戦争では、米国の軍需産業への発注が急増した。地球温暖化問題も、欧米先進国がBRICなど途上国からピンハネする経済収奪的な構図となっている。

▼間違って配布されたインフルエンザ・ウイルス兵器

 今回の豚インフルエンザが、米日などの当局やマスコミが伝えるように、本当に世界的な疫病としてスペイン風邪以来の大惨事になるかもしれない。しかしその一方で、豚インフルエンザや鳥インフルエンザ、SARSなど感染病の国際的な騒ぎは、911テロ戦争と同様、米国防総省や軍産複合体による国際有事体制作りの戦略として、過剰な対策が採られている観も強い。

 すでに何回か繰り返された事態から考えて「何千万人も死ぬだろう」と喧伝された後、実際にはほとんど死者はいなかったという結果になっても「なぜ過剰報道になったか」を後で検証する展開にはならないだろう。これは、米国を中心とするマスコミ網が、軍産複合体の一部であることを示している。

 軍産複合体とインフルエンザは「生物化学兵器」という面でもつながっている。今年2月、米国の大手製薬会社バクスターの欧州オーストリアにある研究所が、実験用のインフルエンザのワクチンと称して、鳥インフルエンザのウイルスと人インフルエンザのウイルスを混合した危険なウイルスを、チェコやドイツなど18カ国の研究施設に送付してしまい、40人ほどが感染してしまう事件があった。 (How were bird flu viruses sent to unsuspecting labs?

 ワクチンは、病気を起こすウイルスを弱体化ないし無毒化し、それを人に接種することで免疫をつけて発病を防ぐ生物学的薬剤で、その開発には、実際のウイルスが使われることがあり、バクスターが送付したのはH3N2型ウイルスとラベルされていた。チェコの研究所でそれを実験用ウサギに接種したところ、H3N2では死なないはずのウサギがすぐ死んでしまったため、おかしいと思って調べたところ、致死性の高いH5N1型ウイルスの混入が発覚した。

 バクスターが「間違って送付してしまった」と言っているこの混合ウイルスは、人に感染するH3N2型の「人インフルエンザ」のウイルスと、人に感染しにくいが致死性の高いH5N1型の「鳥インフルエンザ」のウイルスを実験室で混合させた新種のウイルスで、混合することによって、致死性の高い鳥インフルエンザが簡単に人に感染する状態になっていた。これは、インフルエンザを使った生物化学兵器の開発と同じ意味を持つが、バクスターはこの「過誤」について処罰もされず、大々的な報道すら行われなかった。

 軍産複合体と製薬業界は、昔から深いつながりを持つ。戦場の無法状態を利用して、自国の病院では臨床試験を許されないリスクの高い新薬が、派兵された自国の新兵に投薬されたりする。1976年の米国の豚インフルエンザの感染の始まりが米国内の陸軍基地にいた新兵たちだったことは、偶然ではない。今年2月のように、致死性の高いウイルスが「間違って」世界各地の研究所に配布されてしまったのも、今回が初めてではない。バクスターが、国防総省の生物化学兵器開発の一環として、もしくは今回の豚インフルエンザの蔓延の予行演習として意図的にウイルスを配布したのではないか、という見方が出てくるのは当然だ。 (Swine Flu Attack Likely A Beta Test

 第一次大戦中の1918年のスペイン風邪も、初期の生物化学兵器の使用だったとも疑える。第一次大戦は、世界的な自由貿易体制(経済グローバリゼーション)を維持発展させようとする国際資本家の「資本の論理」と、自由貿易体制が発展するとドイツなど新興諸国が台頭して自国の覇権が失われるので阻止したい英国の「帝国の論理」との衝突であり、スペイン風邪のような世界的な疫病は自由貿易(人々の自由往来)の体制を毀損する意味で、英国好みの展開である。

▼インドネシア政府は人為説

 今回の豚インフルエンザをめぐっては、欧州諸国が国民に米国への旅行自粛を呼びかけて米国側の怒りをかい、米英中心主義の根幹にある欧米協調体制を損なう動きにもなっている。意図的な戦略だとしたら誰の戦略なのかということも、確定しにくい。海賊退治の名目でソマリア沖に世界の主要国の海軍を結集させ、国連傘下の「世界海軍」のようなものにしていこうという動きと似て、インフルエンザ退治のために国連の機能を強化しようという「世界政府」の策略があるとの指摘もある。これは「多極化」の一策であり、米英中心主義を潰そうとする多極主義者の策動であると読める。 (The global politics of swine flu ) (Swine Flu Pandemic Hype: Another Pretext for World Government

 鳥インフルエンザの流行でひどい目に遭い、その前にはテロ戦争のとばっちりでバリ島のやらせ爆弾テロ事件などを起こされ、米軍産複合体の世界戦略の被害者であるインドネシアでは、政府の保健大臣が、今回の豚インフルエンザの騒動について「人間が作ったウイルスかもしれない」と発言している。保健大臣(Siti Fadilah Supari)は、以前から「欧米が発展途上国にウイルスをばらまき、欧米製薬会社にワクチン販売で儲けさせようとしている」と非難していた。 (Indonesia floats idea of man-made swine flu) (バリ島爆破事件とアメリカの「別働隊」

 こうした発言を、日本人の多くは「無根拠な陰謀論」と一蹴するかもしれない。しかし911事件やイラクの大量破壊兵器など、米政府の重要な世界戦略のいくつかについて、政府発表より陰謀論の方が的を射ていたことがわかっている今、陰謀論と一蹴することの方が「間抜けな軽信」という間違った行動に近いと気づくべきである。対米従属の日本には、米国の戦略を疑わせないような自縛がかけられているので要注意である。



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