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ビルダーバーグと中国

2009年5月23日   田中 宇

 5月14日から17日まで、ギリシャの首都アテネの郊外(Vouliagmeni)にある高級ホテル(Nafsika Astir Palace)を借り切って、ビルダーバーグ・グループ(Bilderberg Group)の年次会議が開かれた。

 ビルダーバーグの会議は1954年以来、毎年1回、欧米のどこかのホテルを貸し切り、米国から30人、欧州から80人、国際機関から10人といった構成で有力な政治家、外交官、財界人、マスコミ幹部らが集まり、世界のあり方について完全非公開で議論する場である。参加者は、説明要員として呼ばれる国際機関の幹部の中にアジア・中近東・アフリカ・中南米の人々が混じる以外は、欧米人に限定されている。その意味で、欧米中心主義の超エリート会議である。 (Are the people who 'really run the world' meeting this weekend?

 会議で何が議論され、合意されたかについては、厳しい箝口令が敷かれており、うわさや未確認情報を超える内容のものは出てこないが、この会議で決まったことが、その後の世界の流れになるともいわれ、隠れた重要会議である。EU統合、テロ戦争、イラク侵攻、地球温暖化対策など、すべてこの会議を通してから実施されたという指摘もある。首相になる直前の英国のトニー・ブレアや、大統領になる直前のビル・クリントンなどがその年々の会議に参加し、イタリアで開かれた04年の会議には訪欧中のブッシュ大統領が参加、米国バージニア州での昨年の会議には米国のライス国務長官、ポールソン財務長官らが参加したという話だ。 (ネオコンは中道派の別働隊だった?

 今年のギリシャ会議には、米国からガイトナー財務長官と、ロバート・ゼーリック世界銀行総裁が参加したとされる。2人ともビルダーバーグに参加したとは認めていないものの、ガイトナーは会議と重なる2日間の予定が空白になっており、ゼーリックは会議の時期にギリシャにいるという日程が組まれていた。ゼーリックは、何度も会議に参加している常連だ。 (Geithner To Take Orders From Global Elite At Bilderberg

 本当にガイトナーが参加したとしたら、その理由は明白だ。今年のビルダーバーグ会議は、主要テーマが「米国の金融危機に始まる世界的な大不況にどう対処すべきか」だった。ガイトナーは、欧米の超エリートたちから経済政策について詰問されたのだろう。

▼世界政府の樹立が目標

 英国のタイムズ紙によると、ビルダーバーグ会議の事務局は、事前に参加者に対し、議論のたたき台となる論文を載せた冊子を送ってきていた。そこには、今回の世界不況に対する処方箋として2つの選択肢が掲げられていた。一つは、今後何十年も不況が続くことを堪え忍ぶという対応策。もう一つは、今の世界体制より効率的な、各国の国家主権がやや制限される新しい世界秩序を構築し、世界経済の構造転換によって大不況を早期に終わらせるという政策だった。 (Shadowy Bilderberg group meets in Greece

 ビルダーバーグ参加者の多くは、資本家とその番頭や顧問たちである。何十年も大不況が続いたら、資本家は参ってしまうので、当然、早く不況を終わらせる後者の政策の方が選ばれる。その意味で、選択肢は事前に結論が透けて見える茶番劇だ。会議に参加したガイトナーが、後者の政策をやりますと話したという指摘もある。今年のビルダーバーグは「今の世界体制より効率的な、各国の国家主権がやや制限される新世界秩序」を作っていくことを決める会議だったということだ。 (Bilderberg Wants Global Department Of Health, Global Treasury

 この新世界秩序は、ビルダーバーグが30年前から持っていた構想で、またの名を「世界政府」という。国連やその他の国際機関の権限を拡大して「世界政府」に近いものとして機能させ、その分、各国の国家主権は制限される。世界の体制を従来の国民国家制度から世界政府制度に転換すると、世界経済の効率が上がるという話になっている。

 ビルダーバーグ常連のスウェーデンのカール・ビルト元首相(Carl Bildt)は、国連のWHO(世界保健機関)を世界政府保健省に、IMF(国際通貨基金)を世界政府財務省にするような権限強化を行うべきだと主張しており、これらがビルダーバーグによる国連の強化、世界政府化の戦略の一端であると考えられている。

 今、世界的な豚インフルエンザの蔓延を受け、WHOを強化すべきだという話が出ているが、これはWHOが各国政府の保健担当部局に命令できる強い権限を持つ構想につながり、ビルダーバーグ好みの流れだ。陰謀論的には、ビルダーバーグが傘下の製薬会社に強力な豚インフルエンザ・ウイルスを作らせて世界にばらまき、各国が別々に対応していては非効率だという事態を誘発して、WHOを強化するという話になる。ビルダーバーグはIMF権限強化のために国際金融危機をひどくしているという説も、米国の政治系ウェブログではよく見る。

 従来の国連は、各国からの上納金しか財政源がなく、そのため国家より上位に立てない。ビルダーバーグは、地球温暖化問題を利用して、世界中のガソリンスタンドでの石化燃料の購入時や、燃料を大量に消費する旅客機の航空券購入時に「炭素税」を課し、それを国連の財源とするという国連強化策も構想している。

▼世界経済の均衡拡大を望む資本家

 ビルダーバーグを非難する左右両極の人々は、世界政府や新世界秩序の構想について、世界の富を欧米資本家のもとに結集させ、貧しい人々をますます貧しくするものだと考えている。ビルダーバーグについて、左派は「(米国の資本家を代表する)ロックフェラーと(欧州の資本家を代表する)ロスチャイルドとの談合による世界支配体制」と考え、右派(欧州のナショナリスト、米国のリバタリアン)は「シオニストと共産主義者(という2種類のユダヤ人)の共謀組織」と考えている。

 しかし、世界の中枢にいる資本家たちがもっと金儲けしたいのなら、わざわざ新しい「世界政府」など作る必要はない。米国が、ブッシュ前政権が開始してオバマ政権が継承している間抜けな自滅策をやめて強い覇権国に戻り、G20などやらずにG7を再強化すれば、米英が事実上の世界政府として機能してきた以前の状態に戻れる。

 私から見ると、ビルダーバーグが以前からやっている「世界政府」の構想は、むしろ米英中心の世界体制を崩すためだ。その目的は、米英中心体制の外縁で抑制されていたBRICなど途上諸国を世界体制の中心の方に取り込み、世界経済の成長力を強めることだろう。

 ビルダーバーグは、国連を強化して世界政府の機能を持たせ、IMFを世界の中央銀行にすることを目論んでいるが、IMFでは今、中国の権限を拡大することが模索されている。今はIMFでの投票権は1番が米国の17%、2番が日本の6%で、中国は4%以下で下の方だが、これを2011年までに、中国の投票権が日本を抜いて2番目に来るように設定する計画が発表されている。米中で世界を支配する「G2体制」が、IMFで実現されようとしている(日本ははじき飛ばされている)。IMFでは重要事項の決定に85%の得票が必要で、17%を持つ米国に拒否権があるが、中国の要求でこの拒否権もなくす方向だ。「IMFを世界の中央銀行にする」というビルダーバーグの構想は、世界の覇権国を米英から米中に切り替えるという「多極化」である。 (China may have bigger say in restructured IMF

 IMF以外の国連組織、たとえば国連総会でも、これまで米英が持っていた決定権を、ロシアや中国、イスラム諸国、中南米諸国などが結託して奪取しようとする動きがさかんになっている。ニカラグア出身の反米的なデスコソ国連総会議長らが中心となり、そこに米国の著名な経済学者ジョセフ・スティグリッツらが入れ知恵している。スティグリッツは、中国が提唱する「ドルの代わりにIMFの特別引き出し権(SDR)を国際基軸通貨にする」という構想を具現化する計画を推進している。国連の世界政府化が進むと、ドル崩壊や、国際政治における米国の権限縮小、英国やイスラエルの影響力の劇的な低下が起きる。 (The dollar's last days?) (国連を乗っ取る反米諸国

 ビルダーバーグは、米欧中枢の資本家が集まっているにもかかわらず、やっていることは、米英中心の世界体制を壊すことなっている。これは奇妙な話にも見えるが、資本家が最も重視することが「米欧の発展」「米欧での儲け」ではなく「世界経済の発展」「世界的な儲け」だと考えれば、世界経済の体制が米英中心・途上国抑制の「小均衡」から、途上国の発展度を上げる「大均衡」への転換を好むのは納得できる。

 前回の記事に書いたように、米英中心の世界体制は、英国が19世紀に確立し、第2次大戦後は英国が米国の上層部を操作し続けて採らせてきたもので、米英が最も儲かり、次に欧州や日本が儲かり、他の途上国は貧困に押し込められるか「東側」として封じ込められる、という「小均衡」の世界経済体制である。この体制は、第2次大戦後の1960年代に米欧経済の成熟化が見えてきたころから、成長の限界を見せるようになった。

 そのため、ビルダーバーグの大資本家たちは経済体制の拡大、これまで押し込めてきた途上国や東側諸国を世界経済に取り込んで世界経済全体の成長力を強化する「大均衡」への移行の必要性を感じるようになり、70年代の米中国交正常化や80年代の冷戦終結につながったのだろう。

▼上から世界を騙したネオコン

 よく描かれる構図として、超エリートだけがビルダーバーグの秘密会合で、世界の本当のことを教えてもらえて、一枚岩の世界支配層として機能しているというイメージがあるが、私はそうではないと感じている。ビルダーバーグは1950年代に英国の諜報部員が作った組織だ。冷戦と欧米協調の構図の中で、英国好みの戦略をエリートの間に定着させるための組織だったが、今では正反対の、英国の影響力を薄める世界政府の推進機関となっている。この変節からは、ビルダーバーグの内部で、米英中心主義と多極主義との暗闘や騙し合いが続いてきたと感じられる。

 1990年代から毎年のビルダーバーグには、米国のネオコンが常連的に参加していた。今年の参加が確認されている世界銀行総裁のロバート・ゼーリックもその一人である。彼らはもともと70年代後半からの冷戦末期に、冷戦体制の再強化策を練るために軍産英イスラエル複合体に雇われた人々で、冷戦終結後は「第2冷戦」である「テロ戦争」(イスラム過激派との低強度の100年戦争)の構想を練り、それは911事件とともに実現した。

 ビルダーバーグは、ネオコンを常連の知恵袋として迎えることで、冷戦再強化やテロ戦争によって欧米中心の世界体制を維持するつもりだったのではないかと思われる。だが実際には、ネオコンの中には「やりすぎ」によって冷戦やテロ戦争の構図自体を破壊してしまう「二重スパイ」的な人々が入り込んでいた。ゼーリック自体、以前は「世界民主化」の構想を練った一人であるが、その後はブッシュ政権の国務副長官として中国を「責任ある大国」に押し上げる戦略を推進し、世界の多極化や大均衡化に貢献している。

 ネオコンは世界戦略立案の詐欺師集団といえるが、911の何年も前、テロ戦争の「企画書」となったハンチントンの「文明の衝突」がまだ構想段階だった90年代中ごろに、テロ戦争の計画についてネオコンから説明を受けて、米欧中心の世界体制を維持する方法として素晴らしいと評価し、実は真っ先にネオコンに騙されていたのは、ビルダーバーグの超エリートたちだったことになる。上の方が騙されてしまえば(もしくは騙しと知った上で賛同すれば)下の大衆を騙すことは簡単になる。

 ビルダーバーグは欧米人のための会合だ。米国のロックフェラーなどが1970年代に、日本人に何人かの招待枠を与えてビルダーバーグを「欧米エリートクラブ」から「先進国エリートクラブ」に拡大しようとしたが、総意を得られず、しかたがないので代わりに「米欧日3極委員会」を別組織として作った。おそらく英国系の勢力は、日本を入れたら次は中国も、という話になって多極化の方に流されることを嫌ったのだろう。(日本からは緒方貞子がビルダーバーグに招待されたことがあるが、これは日本代表としてではなく、難民問題を使った国際介入について検討する際、国連難民高等弁務官だった彼女が、説明要員として呼ばれただけだろう)

 ビルダーバーグは、中国の台頭を隠れた目標にしている観があるが、中国人を何人も常連として議論に招待することはしていない。このことは、中国の台頭という現状が、中国自身の戦略の結果ではなく、欧米資本家の戦略(資本の論理)の結果であることを示している。

 欧米中心のG7は影響力が低下し、BRICが強いG20に取って代わられつつある。欧米人しか参加させない態勢を貫いてしまったビルダーバーグも、影響力が低下していることは間違いない。今後は、アジア人も積極的に招待しているダボス会議や、中国・海南島でのボアオ会議などダボス会議系の他の諸組織が分散して影響力を持つ新態勢に移行していくと予測される。

▼ビルダーバーグ創設者の素性

 上の方で、ビルダーバーグは英国の諜報機関が作った組織だと書いたが、この点について歴史を振り返って説明する。ビルダーバーグ会議は1954年5月に1回目がオランダの町アーンヘム(Arnhem)にある「ビルダーバーグ・ホテル」で開かれ、この初回の開催地の名前から「ビルダーバーグ会議」と呼ばれるようになった。会議の主催者はオランダのベルンハルト皇太子(Prince Bernhard。ベアトリクス現女王の父)で、ホテルは皇太子の所有だった。

 何十年も続く組織の名前を、初回開催地のホテルの名前からつけるのは安直すぎる感じもするが、実は欧米エリートはこの手の命名が好きらしく、たとえばパパブッシュ元大統領も参加する軍事・通信などの企業買収ファンド「カーライル」も、会合の開催地がニューヨークのカーライル・ホテルだったことから命名されている。

 ベルンハルト皇太子は、1976年に「ロッキード事件」のスキャンダルで収賄が発覚するまで、ビルダーバーグの議長をつとめていた(航空機売り込みに関してロッキードから収賄したのは、日本の田中角栄元首相だけではなく、オランダ、西ドイツ、イタリアの有力者もいた。皇太子は110万ドルを収賄したとされる)。

 ベルンハルトはドイツ生まれで、第2次大戦中にナチス親衛隊(SS)のメンバーだったが、ナチスのドイツ軍がオランダに侵攻するとともに、他の王族と一緒に英国に亡命し、積極的に英米の戦争に協力する態度に転換した。皇太子は、志願して英国MI6(軍事諜報部)の要員となり、ナチス占領下のオランダでの抵抗運動を英国から指揮した。また飛行機操縦が好きだった皇太子は英空軍に入り、戦闘機パイロットとして欧州の独軍空爆に参加し、連合軍がオランダを奪還するとともに母国に凱旋し、戦後は新生オランダ軍の司令官となり、KLMオランダ航空の要職にも就いた(その関係でロッキードが贈賄した)。 (Prince Bernhard of the Netherlands

 ベルンハルト皇太子は初期のビルダーバーグ会議のとりまとめ役だったが、会議の前提となった欧州内の要人ネットワークを形成したのは彼個人ではない。ビルダーバーグの源流は、第2次大戦中にドイツの侵攻を逃れて英国に亡命していたポーランドやベルギーなどの政治家らを英国の王立研究所(チャタムハウス)がとりまとめ、戦後の欧州政治のネットワークの原型を作ったところに始まる。英国は戦後、この欧州大陸のネットワークを使って、欧州経済統合を進めることを考え、その流れの中で、EUの前身である欧州経済共同体(EEC)が作られる3年前、英国諜報部員のベルンハルト皇太子を中心に、初回のビルダーバーグ会議が開かれた。

 英国は18世紀以来、諜報力を駆使して欧州各国の政界を巧みに操作し、欧州内で一国が台頭して、もしくは欧州諸国が団結して英国に立ち向かって来ないようにする「均衡戦略」(小均衡戦略)を採って成功し、これが英国覇権(パックス・ブリタニカ)の強さとなった。英国が、オランダのベルンハルトにビルダーバーグを作らせたのは、この戦略の流れをくむ欧州大陸に対する政治操作である。

 第2次大戦後、覇権は米国に移り、ロックフェラーなど米国勢は独仏が融和して戦争再発を防ぐ欧州統合を望んだが、英国は、米国の軍産複合体に持ち掛けてソ連との冷戦を誘発し、国際政治の構図を転換した上で、欧州統合を、冷戦の一部として機能させる英国好みの動きに変え、英国系の動きの一つとして、ベルンハルトがビルダーバーグを作ったと考えられる。 (覇権の起源(2)ユダヤ・ネットワーク

 そしてその後、76年のロッキード事件でベルンハルトがビルダーバーグ議長を辞めさせられたのは、欧米経済の成熟化が如実になり、世界経済体制の拡大(多極化)を望む声が資本家の間に強くなり、ビルダーバーグ内部での米英中心主義と多極主義との暗闘が強まったことと関係していると思われる。日本では、ロッキード事件で辞任した田中角栄は、ニクソンの意を受けて日中協調を強化する多極主義的な動きをやり出して、米英中心主義勢力(軍産複合体)から刺された。ベルンハルトの辞任は、それとは逆に米英中心主義者が刺されたことになるが、この点も暗闘的である。



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