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沖縄から覚醒する日本

2009年11月4日   田中 宇

 昨年末、私は「世界的な政治覚醒を扇るアメリカ」という記事を書いた。それは、米国オバマ大統領の外交顧問である国際戦略家のズビグニュー・ブレジンスキーが米新聞に発表した「世界的な政治覚醒」という論文を読んで分析したものだった。私には、ブレジンスキーが米政府の隠れた戦略として、世界の人々の反米感情を煽って世界的な政治覚醒を進め、世界が米国の支配から独立していくように仕向け、世界体制を単極型から多極型に転換させようとしていると感じられた。 (世界的な政治覚醒を扇るアメリカ

 当時のブレジンスキーの論文を読み返してみると、興味深いことに気づく。そこには、世界的な政治覚醒が起きることによって、世界は(コロンブス以来)500年続いた欧米による支配が終わり「中国と日本が台頭する」(the new pre-eminence of China and Japan)と書いてあるのだ。日中台頭の後、いずれインドやロシアの台頭も起きるかもしれないとも書いている。つまり、BRICと同時に日本も多極型世界を主導する国の一つになるという意味のことを、ブレジンスキーはさらりと書いている。 (Zbigniew Brzezinski: The global political awakening

 昨年末、この記事を読んだ私は、ブレジンスキーは日本に関して全く頓珍漢なおやじだと思った。私は、世界が多極化していく中で日本が再生するには、対米従属から脱して国際自立するしかないと以前から思っていたが、当時の日本は麻生政権が何をやってもうまく行かないのに対米従属一本槍のままで、もし総選挙をして政権交代が起きたとしても、民主党はネオコン政党なのでたいした変化は望めない感じだった。私は「今回のブレジンスキーの『中国と日本は』というくだりは中国だけが本質的な主語で、日本はブレジンスキーの中国偏愛を読者に悟られないようにするための当て馬にすぎないのかもしれない」と書いた。

 しかし実は、市井の私なんかよりブレジンスキーの方が、はるかに日本の深層をよく知っていた。その9カ月後、総選挙で政権をとった民主党は、すぐに「東アジア共同体」の戦略を打ち出して中国や韓国との協調路線をとり、日中を軸とする東アジアの共同体が今後の多極型世界の中で台頭する道筋が急に見えてきた。おそまきながら民主党の過去の政策構想を漁ると、たとえば2004年の憲法提言の中に、すでに国際的な国家主権の共有、つまり東アジア共同体をEU型の地域統合にしていく方向性が盛り込まれている。鳩山政権の東アジア共同体は短期的な思いつきではなく、何年も前から考えてきたことがうかがえる。ブレジンスキーが属する米中枢の人々は、それを前から知っていたのである。 (創憲に向けて、憲法提言 中間報告 2004年6月22日

▼日本の怒りを扇動したゲーツ米国防長官

 とはいえ、ブレジンスキーの予測の中心は、国家間の統合ではなく、人々の政治覚醒である。日本人が選挙で民主党に投票しただけでは、大した政治覚醒でない。鳩山政権就任直後の9月23日に、米国務省の東アジア担当者であるキャンベル次官補が沖縄の普天間米軍基地の移転問題で「新政権は、前政権が決めたとおりにやってほしい」と言ったので、この問題がいずれ米国が日本と敵対するテーマとして使われ、反米感情を扇動して日本側の政治覚醒を煽るのではないかと思っていたところ、10月20日に来日したゲーツ国防長官が見事に爆弾を落としていってくれた。 (Japan's New Leader Adjusts Alliances

 来日したゲーツは、東京に着く直前の専用機内での記者会見で「普天間基地の移転先は辺野古しかない。日本は2006年に米側と合意したとおりにやってほしい。11月12日にオバマ大統領来日までの間にきめてほしい。普天間の代替先が決まらない限り、海兵隊のグアム移転もやらない」と述べ、日本政府を威嚇した。それまでも米政府はキャンベルやルース駐日大使ら高官が鳩山政権に、普天間基地の移転先は辺野古で変えないでほしいと要請していたが、高圧的な発言は初めてだった。普段は気さくなゲーツが突然語気荒く言い放った。日本のマスコミはいっせいに「米国は怒っている。鳩山政権が従わないと日米関係は悪化する。普天間の県外移転にこだわる鳩山と民主党は悪だ」といった論調を流し始めた。

 日本のマスコミは鳩山政権の就任以来、米国が怒るのを待っていた。ここ数年、対米従属プロパガンダ機関と化している日本マスコミの主軸は、鳩山政権が米国から叱責され、日米関係が悪化したところでマスコミが「鳩山のせいで大事な日米同盟が壊れた」と大々的に非難し、鳩山の献金スキャンダルも盛り上げて政権への支持率を下げ、鳩山が対米従属の方に戻らざるを得ないか、もしくは早々に政権の再交代を引き起こして対米従属の自民党政権を返り咲かせたいと考えていたようだ。そんなところにゲーツが来日して「決めたとおりに普天間移転をやれ」と威嚇したものだから、マスコミは喜んで飛びつき、ゲーツの威を借りて鳩山攻撃を展開した。

 しかし、そんな日本マスコミは、ゲーツの隠れ多極主義に乗せられた観がある。民主党は「沖縄ビジョン」で、以前から普天間基地は県外もしくは国外に移転することが望ましいと表明し、自民党政権が米国と合意した普天間の辺野古移転は、沖合案、沿岸案ともに地域住民や市民運動の反対が強く、すでに頓挫しているとみなしている。8月末の総選挙で、沖縄では4選挙区すべてで自民党が負け、基地の県外国外移転を求める民主党候補者が当選した。仲井真県知事は自民党系だが「基地問題は民意を尊重して決めたい」と前から言っている。沖縄の民意は「辺野古移転はダメです」ということだ。

 米国防総省は、軍事戦略の根幹に関わるので基地の地元民意にとても敏感だ。ゲーツや米政府は「辺野古はダメです」という沖縄の民意をよく知っている。それなのにあえて「移転先は辺野古じゃなきゃダメだ。先延ばしもダメだ」と、鳩山に言う前にマスコミに宣言した。もし、ゲーツが普天間移転問題をうまく進めたいのなら、こんなことをするはずがない。マスコミには日米協調を宣伝しつつ、鳩山ら日本の高官に物腰柔らかく接し、移転先について時間をかけて協議する態勢を組むはずだ。ゲーツはマスコミを利用して日本側の怒りを扇動した。

▼辺野古移転ごり押しで沖縄を団結に誘導

 ゲーツの高圧的な要求を受けて、沖縄の世論は反米的な傾向を強めた。琉球新報の世論調査によると、沖縄県民の70%が、普天間基地は県外か国外に移転するよう政府が米国と交渉してほしいと思っている。同時に県民の67%が、普天間基地の移転先を辺野古沖にすることに反対し、賛成は20%しかいなかった。99年の調査では賛成と反対が約45%で拮抗していた。 (県民世論調査、県外・国外移設70% 「辺野古」反対67%

 沖縄は経済面で米軍基地に負うところが大きく、基地は従来、経済的な「必要悪」だった。だが今後は、東京から地方への公共事業のばらまき自体が減ることが確実だ。安全保障の面では、沖縄の基地の必要はもっと減っている。以前は関係が悪かった米国と中国は今や「G2」などと銘打って日本の頭越しに戦略関係を結んでいる。米政府は最近、中国への武器輸出規制を大幅に緩和した。 (China hawks target US missile export sign-off

 北朝鮮問題は「軍事解決」ではなく6カ国協議での政治解決に向かっている。韓国では2012年に国連軍の指揮権が米軍から韓国軍に委譲される予定で、在韓米軍は出ていくことが米韓で合意されている。ゲーツは日本の後に韓国を訪問し、韓国政府に合意を念押しした。ゲーツは日本では怒った表情だったのに、韓国では満面の笑みを浮かべていたと報じられている。米中がG2で良い関係になり、日中も東アジア共同体で融合していき、在韓米軍もいなくなる方向なら、沖縄にも米軍は必要ない。全部グアムに移ってもらえばよい。沖縄の人々が「基地は県外か国外に移してほしい」と思うのは当然だ。 (Gates gets grumpy in Tokyo

 日本海側の人々が北朝鮮のミサイルが怖いと思うなら、日本海側に米軍基地を作ればよい。竹下登の政治力で無理矢理作ったものの大して使われない島根県の石見空港の軍事転用などいかがだろうか。本土の人々が米軍に守られたいなら、民間空港として「失敗」の烙印を押された成田空港、関西新空港、もしくは静岡空港あたりに米軍基地を移転するのも良い。「本土防衛」には、戦時中の「松代大本営」にほど近い松本空港も便利だ。日本には、日本航空にすら見捨てられた地方空港がたくさんある。利用率の悪い10カ所ぐらいの地方空港が持ち回りで米軍を迎え入れるのはどうだろう。

 いずれにしても、財政難の中で今から巨額の税金を使って沖縄の辺野古沖を埋め立てる必要はない。土建屋政治の時代は終わっている。ゲーツが辺野古移転にこだわったので、辺野古は反対派の座り込み2000日超にして、覚醒する沖縄の象徴的な存在になった感じがする。ゲーツの国防総省は、中東でイスラム教をことさら敵視することで、イスラム世界を反米で団結させてイラクでもアフガンでも自滅しているのと同様、沖縄の人々を怒らせる辺野古移転のごり押しをあえてやって、沖縄の人々を米軍基地追い出しで団結させている。冒頭で紹介した世界の人々の政治覚醒を煽るブレジンスキーがオバマ政権の世界戦略を描いていることと合わせて考えると、沖縄の人々を怒らせるのはブレジンスキーの多極化戦略の一環に見える。 (沖縄・辺野古で座り込み中!) (辺野古アクション

▼民主党沖縄ビジョンのラディカルさ

 実は、沖縄の覚醒を誘発してきたのは、米国の勢力だけではない。日本の民主党自身、以前から沖縄を覚醒にいざなってきた。その象徴は、民主党がこれまでに4回改定してきた「沖縄ビジョン」である。最も新しい沖縄ビジョンは2008年のものだが、これは鳩山(当時は幹事長)自らが「政権をとったらすぐに使えように改定した」と言っているように、過激だった2005年の沖縄ビジョンの言葉を曖昧にしたものである。 (民主党・沖縄ビジョン(2008)) (民主が沖縄新ビジョン 2008年8月12日) (民主党沖縄ビジョン【改訂】2005年8月

 2005年の民主党沖縄ビジョンの行間から湧き出てくる方向性は「沖縄独立」である。05年の沖縄ビジョンでは、まず琉球王国、島津侵入、琉球処分、という沖縄の歴史を紹介している。(以下、私なりの説明)沖縄では明代初期の1372年に琉球王国が建国されたが、王国は最初から中国の冊封国(属国)で、明の海外貿易の一部を代行して経済利得を得るために沖縄は統一王国になった。江戸幕府ができた直後の1609年に鹿児島藩(島津)が攻めてきて征服され、琉球は中国と鹿児島藩(日本)の両方の属国になる「両属」の状態となった。明治維新後の1879年、日本はアジア進出の第一歩として、琉球の両属状態を拒否し、琉球王国を廃止して沖縄県を置き、完全に日本の国内化する「琉球処分」を行った。 (沖縄の歴史から考える

 05年版民主党沖縄ビジョンは、こうした沖縄の歴史を簡単に綴った後、沖縄は中国などアジアとの深いつながりを利用した日本の先端モデル地域になれると書いている。そして、その具体策のキーワードとして「自立・独立」「一国二制度」「東アジア」「歴史」「自然」を掲げる。「独立という言葉を使ったのは、日本からの独立という意味ではない」と書いているが、私には「沖縄は経済面で日中両属(一国二制度)に戻り、琉球処分以前のように、日本本土とは異なる手法で、中国や東南アジア諸国との経済関係を築いて発展せよ。そうすれば、米軍が去った後の経済損失を埋めて余りある」と読める。沖縄の歴史を知る人は、私と同じことを感じると思う。だから、この沖縄ビジョンは右翼から「民主党は沖縄を中国に売り渡そうとしている」と批判された。

 最近まで、日本人が沖縄人に「両属」に戻ることをそそのかすのは、沖縄人にとって「いえいえ、何をご冗談をおっしゃっているのですか」と答えねばならない危険な「踏み絵」だった。私自身、沖縄の老知識人に独立心について尋ねて「本土の人はすぐ煽る」とたしなめられたことがある。だが、言語的に見ると、日本語には「やまと語」と「沖縄語」の2種類があるといわれている。沖縄語は「方言」ではなく、本土の言葉とは別の沖縄語だということだ。沖縄はもともと、日本(やまと)とは別の存在なのだ。沖縄とやまとを合わせたのが日本だとも言える。

 だから沖縄人の心の奥底には「独立」もしくは「自立」「自治」の意識がある。それをやまと人に見透かされないよう、戦後だいぶ経つまで「独立なんてめっそうもない。本気で日本に同化していますよ。心の底から日本人ですよ」と答えてきた。だが今後は、世界は多極型になり、各地で地域諸国の統合が進み、アジアでも「東アジア共同体」でEU型の国家統合が試みられるだろう。そうなると、沖縄の伝統たる「両属」的なあり方は、沖縄にとっても日本にとっても役に立つものになる。経済的な利益につながる。沖縄には、歴史を忘れている人も多いだろう。だからこそ、民主党は沖縄の有識者17人を集めて「琉球処分の取り消し」「両属への戻り」的な「沖縄ビジョン」を打ち出し、隠然と沖縄の人々の心を自立にいざなおうとしたのだと思える。

▼沖縄から日本を覚醒させて官僚支配を崩す

 この民主党の沖縄ビジョンの心理作戦と、ゲーツ国防長官ら米国の辺野古をめぐる敵視扇動策は、沖縄に対する「日米協調の隠れ多極化戦略」ではないかとすら思える。ゲーツは「辺野古移転じゃなきゃダメだ」と言うが、鳩山は「沖縄県民の意志を尊重する」と、宇宙人のようにとぼけて言い続けている。岡田外相はピエロの役回りをさせられ、日米関係を何とか悪化させないようにしようと焦り、嘉手納統合案を出して沖縄の人々を怒らせる。黒幕の小沢一郎の人事配置はなかなか絶妙だ。沖縄県民の意志は扇動されて「県外移転」に一本化されそうだ。

 岩国、横須賀など、沖縄県外の他の米軍基地の回りでも、沖縄と連携した反基地運動が盛んになっている。日本航空に捨てられた地方空港の地域の人々が米軍に来てほしいと思うこともないだろうから、県外移転はほぼ無理だ。米軍は今後、さんざん日本人の反米感情を煽った末に、最後は怒って日本から撤退をする。米政府は、そのつもりだろう。そのころには、北朝鮮6カ国協議も進展して「北東アジア集団安保体制」に衣替えする流れになるだろうから、日本の防衛には問題はない。

 民主党の沖縄ビジョンでは、沖縄の自立を「地域主権のパイロット・ケース」と位置づけている。地方分権は自民党も小泉政権の時からやっているが、地方分権の究極的な意味は「霞ヶ関官僚制度の大幅縮小」である。対米従属下の高度成長期の日本は、官僚制度が自民党というみこしを担いで日本を動かしてきたが、日本はもう低成長で、しかも多極化で対米従属も維持不能になる。日本の中枢たる官僚制度は大幅な改革が必要だが、官僚は権限を保持しようと謀略し、自民党政権下の地方分権は腑抜けにされていた。上からの地方分権ではなく、下から住民が革命的に権力を霞ヶ関から奪うような展開にならないと、地方分権は進まない。

 しかし、日本の住民は政治に対してすっかりあきらめている。下からの力は、ほとんど存在しない。そんな中で民主党の沖縄ビジョンが「沖縄を地域主権のパイロット・ケースにする」と言っているのは、ゲーツやブレジンスキーの「協力」も得て民主党が煽った沖縄の人々の「住民自治の精神」が、いずれ本土にも感染し、日本の各地で下から地域主権を求める動きが起きることを期待しているのだと読み取れる。うまくいけば、日本は沖縄を皮切りに覚醒していき、国連中心の多極化した世界の中で、指導力を発揮する国の一つとなりうる。民主党のいくつかの政策を勘案すると、それが民主党の国家戦略である。ブレジンスキーのオバマ政権も、日本の覚醒を待っているはずだ。



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