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韓国軍艦沈没事件その後

2010年5月31日   田中 宇

 5月20日、韓国海軍の哨戒艦(コルベット)「天安」が3月に沈没した事件について、韓国と米英豪スウェーデンで構成する「軍民合同調査団」が調査報告書を発表した。調査団は、5月15日に沈没現場の近くで漁船が引き上げたとされる魚雷の残骸を公開し、北朝鮮が発行したとされる魚雷のパンフレットや設計図と、魚雷の残骸が「酷似している」ことから、天安艦は北朝鮮の小型潜水艇が発射したその魚雷によって撃沈されたとの結論を発表した。 (Investigation Result on the Sinking of ROKS "Cheonan"

 この発表を受け、日米韓などのマスコミは「これで北朝鮮の犯行が確定した」と報じた。日本では、ほぼ同じタイミングで鳩山首相が普天間基地の沖縄県外移転をあきらめたので、米国などでは「朝鮮半島が戦争になりそうなので、鳩山は、沖縄の米軍基地の県外移転は無理だとの判断に転じたようだ」という分析が出ている。

 北朝鮮政府の国防委員会は5月28日、平壌で記者会見を開き「北朝鮮は天安艦を攻撃していない。米韓の調査報告は作り話だ」と発表した。北の国防委員会は金正日が委員長で、北朝鮮で最も強い権力を持つ。この委員会が記者会見をするのは珍しい。記者会見は、平壌に駐在する各国の報道機関と外交官が招待され、全編が国営テレビで実況中継された。5月30日には、平壌で10万人の市民を動員した韓国非難の集会が開かれた。 (North Korea Accuses South of Faking Warship Sinking

 他の国々の政府が、自国に対する疑いをこれだけ強く否定すれば、世界のマスコミに「韓国の方が捏造しているのかも」という論調が出るだろう。だが、北朝鮮は札付きの風変わりな独裁国家なので、日米では「また北は、おかしなやり方でウソをついている」という報道が主流だ。「金正日は、息子の金正雲に後継したいので、北の国内を結束させようと、天安艦を撃沈した」といった「解説」も流布している。 (Theories why Pyongyang sunk S Korean ship

 とはいえ、韓米英豪の調査報告に対して疑問を呈しているのは北朝鮮だけではない。ロシアの外務省は5月27日に「北朝鮮が天安艦を撃沈したのだと100%考えられる証拠が出てこない限り、この件で国連が北朝鮮を制裁することにロシアは賛成できない」と発表した。ロシアはその前日、ソウルに専門家団を派遣し、韓国政府や在韓米軍に接触する独自調査を開始した。ロシアは、米英韓の調査報告に納得していない。 (Russia wants '100% proof' N.Korea sunk ship

▼調査結果に疑問を呈する中露

 5月29日、韓国で日中韓の定例首脳会議が開かれ、出席した中国の温家宝首相は、韓国の李明博大統領から、天安艦問題で北朝鮮の肩を持たず、韓国に味方してほしいと要請された。これに対して温家宝は「天安艦を沈没させたものが誰であれ、中国はその犯人を擁護しない」「朝鮮半島の平和と安定を破壊する者は許さない」と述べた。マスコミはこの発言を「温家宝は北朝鮮を擁護しないと言った」という意味に受け取り「温家宝は、まさに李明博が望んでいたコメントをした」と報じられている。 (China will not protect `whoever sank S Korean ship'

 しかし同時に中国側は、温家宝の訪韓直前に中国で開かれていた「米中戦略対話」の席上、米国に対し「国際社会を納得させるためには、韓米英豪の側だけで天安艦沈没の調査報告をするのではなく、北朝鮮の代表団も入れて、南北合同の調査団を結成するのが良い」と提案したと報じられている。この件について何の続報もないので、おそらく米韓の側は、中国の提案を受け入れなかったのだろう。 (North Korea Warns UN to Be Wary of False Evidence of Sinking

 こうした提案をすること自体、少なくとも中国政府は、国際社会が韓米英豪の調査報告に対して納得し切っていないと考えていることがうかがえる。温家宝の「中国は犯人が誰であっても擁護しない」「朝鮮半島の平和と安定を破壊する者は許さない」という言い方は、犯人が北朝鮮でなく、たとえば米韓の軍艦が合同軍事演習中に間違って同士討ちしてしまったのが真相だとしても、十分に成り立つ発言だ。米韓の同士討ちが真相の場合「朝鮮半島の平和と安定を破壊する者」は、北の犯行だとウソを言って濡れ衣をかけて北を激怒させた米韓の方になる。 (Beijing suspects false flag attack on South Korean corvette

 北朝鮮側は5月28日の記者会見で「北朝鮮にとって、韓国や米英豪は朝鮮戦争以来の敵国だ。朝鮮戦争は停戦しただけであり、敵国である状況は変わっていない。敵国だけで集まって、北朝鮮が魚雷を撃って天安艦を撃沈したとする調査報告を発表しても、それは客観的に見て、公正であると考えられない」「韓国が公正な調査をしたいなら、北朝鮮は専門家の代表団を派遣するので、南北合同で調査をやり直すべきだ」という趣旨を述べている。 (DPRK Holds 1st Press Briefing on "Cheonan" Incident) (We didn't sink South Korean warship: North Korea

 北朝鮮は、5月20日に韓米英豪が「北朝鮮犯人説」に基づく調査報告を発表した直後に「専門家の代表団を派遣するので、証拠の品々を見せ、検証させてくれ」と申し入れた。だが韓国政府は「殺人犯が刑事になるようなもので、許すわけにはいかない。こんな申し出をしてくる北に対し、強い怒りを感じる」と強く拒否した。

 韓米英豪の調査結果が正しいものであるなら、韓国が北朝鮮の代表団を受け入れ、米英中露が監督する中で再調査をやれば「北の魚雷の残骸」という強力な物的証拠の正しさが改めて示せるはずだった。北朝鮮は反論しきれず、調査結果は世界の誰にも反論できない強いものにできたはずだ。調査報告を世界が納得できる強いものにすることは、たとえ「殺人犯に刑事をさせる」ことだとしても、遺族や韓国世論は納得するだろう。しかし韓国政府は、殺人犯に墓穴を掘らせることができたはずの、この良い機会を自ら拒否してしまった。 (What if North Korea didn't fire the torpedo?

▼米英豪だから正しいと思うのは危険

 ここまでの話をまとめると「北朝鮮が天安艦を撃沈させた」と米英豪韓が言い切ったのに対し、中露が疑問を発し、北朝鮮は強く否定した。「誰の発言か」だけに注目すると、日本のような冷戦型の対米従属の国是に固執する国の当局やマスコミ(学界、評論家など)は「米英豪韓が正しいに決まっている」という論調になり「中露朝の肩を持つのは、非国民(左翼)か敵のスパイか隠れ朝鮮人だけだ」という話になる。

 米英が今後もずっとダントツに強い覇権国であり続けるなら、このような「無条件降伏」を経た後に「鬼畜米英」を単にひっくり返したような日本人のあり方で良い。むしろ難しく考えない方が、覇権国に対する直裁的かつ自滅的な反逆を繰り返す可能性がなくなるので得策かもしれない。

 だがもし、米国が北朝鮮に対してやっていることが濡れ衣戦略だとしたら、イランに核武装の濡れ衣をかけて潰そうとしているうちに、国連(NPT)でイランではなくイスラエルの核武装の方が問題にされているように、覇権を振り回しすぎて(意図的に)自滅する米国の隠れ多極主義につき合いすぎることは、日本にとって危険なことになる。愛国的な日本人は、こっそりで良いから、本当に韓米英豪の調査報告が万全かどうか、いちど疑ってみた方が良い。 (U.S. sacrificed Israel for success of NPT conference

 そのような観点で、韓米英豪などが5月20日に発表した調査報告を見ると(困ったことに)かなり粗悪なものであることがわかる。まず形式的なことから書くと、あの調査報告書は「名無しのごんべ」である。誰の署名も入っていないし、そもそも各国の調査団のメンバーすら発表されていない。

 米英豪というアングロサクソンは、強力な公文書を作るとき、筆者の署名をつける。閣僚、軍司令官、議員、貴族(英国)などが、自分の名前の権威を賭けてその文書の正しさを主張すべく署名する(イニシャル署名だと権威が落ちる)。もし調査を行った韓米英豪などの人々の名前がずらりと署名されていたら、報告書の権威は高まった。だが実際には、署名がないだけでなく、調査団の名簿も発表されていない。無署名の報告書は、米英が「信憑性を疑ってください」と言っているようなものだ。 (The Sinking of the Cheonan: We Are Being Lied To

(ここで、韓国が米英とは違う文化だということを重視するのは間違いだ。朝鮮戦争をめぐる国際政治の枠組みでは、韓国は米英より格下の「傀儡級」である。北は1953年の停戦会議に出席したが、韓国は出ていない。だから北朝鮮は、韓国よりずっと貧しいくせに意気揚々と韓国を「傀儡」と罵倒する)

▼魚雷残骸の意味づけの確定不能性

 調査報告書が「北の犯行」と断定する、ほとんど唯一最大の根拠は、天安艦の沈没現場の近くの海底から引き上げられたとされる魚雷の残骸(スクリュー、シャフト、モーター)である。公開された魚雷の残骸は、調査報告書によると、北朝鮮が輸出用に開発した魚雷「CHT−02D」のパンフレットや設計図と酷似している。これが「北犯行説」の唯一最大の根拠である(報告書は、それ以外の根拠を示していない)。

 だが調査団は、この断定の根拠となったパンフレットや設計図を公開していない。北朝鮮はいくつかの国にこの魚雷を売り込み、その中には米国や韓国とも親しい国があり、そのルートでパンフレットや設計図が調査団に漏洩したという推測が報じられ、漏洩した国を北が特定する恐れがあるため、パンフレットや設計図を公表できないのだろうとされている。しかし、公表されないので、人々は「酷似している」かどうか確認できず、納得したくてもできない。

 韓国当局が公開したのが、本当に北朝鮮の魚雷の残骸であるとしても、それが5月15日に天安艦の沈没現場の近くから引き上げられたものだという確証も発表されていない。北朝鮮が主張する「魚雷の残骸は、米韓がどこか別の場所で拾ってきてでっち上げた」という説を一蹴できない状況になっている。

 北朝鮮や中露が提示する疑問に米韓の調査団が丁寧に答えていくなら、調査結果の信頼性が上がるが、今のところそのような展開になっていない。逆に、調査団に参加するスウェーデン人や韓国人の一部が、調査の結論に対して疑問を呈したが米英に無視されたとか、辞任に追い込まれたといった話が指摘されている。 (South Korea in the line of friendly fire

 このほか、魚雷の残骸に書かれていた「1番」というハングルの書き込みをめぐる疑問(「北朝鮮では1番と言わない」「いやいや言うよ」という論争。以前に韓国軍が入手した北の魚雷には「1号」と書き込まれていた)とか、1カ月しか海底に置かれていなかった割には、魚雷の残骸の腐食が激しすぎるといった疑問(天安艦の船体も1カ月でかなり腐食したから矛盾はないと当局が反論)などがある。

 報告書では、魚雷を発射したのは新型探知機を備えた小型潜水艇とされているが、北朝鮮の潜水艦は割と大きなサンオ級でさえ最新探知機を備えておらず、潜水艇が新型探知機を使いつつ魚雷を発射したとは考えにくいとの指摘もある。 (Questions raised about 'smoking gun'

 韓国当局が発表した、天安艦が写っているペンニョン島の監視所から撮った熱線画像データ(TOD)は、沈没前後の決定的瞬間が抜け落ち、非公開のままになっていることや、当時、沈没現場の海域では米韓軍事演習が行われ、最新の探知機を備えた13隻の米韓の軍艦や潜水艦がいたのに、なぜ誰も北の潜水艦の接近に気づかなかったのか疑問が解けないままになっているとか、私が以前の記事に書いた、KBSテレビが報じた「第3のブイ」の問題などが、韓国で指摘されている。 (韓国軍艦「天安」沈没の深層

 事件の生存者(天安艦の乗組員)が韓国当局の監視下に置かれ、自由な発言を許されていないことも、人々の懐疑心を煽っている。疑う者が「非国民」なのではなく、韓米当局の方が、人々に疑いを抱かせるような、まずいやり方をしている。 (South Korean religious leaders question conclusions of the Cheonan sinking investigation

▼韓国政府を濡れ衣発表に誘導した米国

 全体として「北朝鮮の潜水艦が撃沈犯なのだが、その証拠をうまく米韓側が示せていない」という可能性もないわけではない。だが、天安艦の沈没当時、米韓軍事演習が行われ、米韓軍が北の潜水艦の潜入を察知できなかったとは考えにくいことや、米韓がこの件でまだ隠し事を続けている感じがぬぐえないことから考えて、やはり天安艦の沈没は、米韓の誤射による同士討ちの可能性が高いと私には思える。(米海兵隊の潜水部隊が、北との戦争を煽るため、意図的に天安艦に爆弾をセットしたとの説も出てきたが、信憑性は不明だ) (Beijing suspects false flag attack on South Korean corvette

 5月20日の合同調査団が北朝鮮犯人説を発表して以来、韓国と北朝鮮の対立が激化し、開戦一歩手前の状況になった観がある。しかしよく見ると、たとえば北朝鮮が韓国勢を追い出したとされる開城の工業団地では、追い出されたのは韓国政府の事務所の要員だけだ。開城で事業を展開している韓国企業の幹部や技術者はその後も毎日38度線を超えて開城に通勤しているし、開城市内からも北朝鮮の4万人の従業員が毎日通勤し、工場を稼働させている。「南北経済交流の象徴だった開城の工業団地はもう終わりだ」というイメージが喧伝されているが、実際には、開城の韓国企業はほとんど通常どおり操業している。 (In Korea, a Semi-Hopeful Sign

 天安艦が米韓同士討ちで沈没したと考える場合、その後の展開を主導しているのは韓国政府ではなく米国(米軍)である。韓国政府は、事件後の1カ月あまり対応を迷っていた。天安艦沈没の濡れ衣を着せたら北朝鮮は激怒して戦争になりかねず、韓国にとって危険すぎる賭けだ。しかし韓国政府は、同士討ちを発表することもできなかった。

 同士討ちの韓国側の当事者である天安艦は大々的に報じられているが、米国側(第3のブイ?)の存在は未確定だ。米韓軍事同盟は、米国の方が上位だ。韓国政府が同士討ちを発表したら、米国は怒り、米韓同盟は解体する。韓国政府は、北朝鮮に濡れ衣を着せるか、事件の原因を発表しないままでおくしか選択肢がなかった。だが、これだけ大騒ぎになり、韓国の右派が活気づいてしまうと、韓国政府が原因を特定しないわけにはいかなかった。韓国政府は、6月2日の地方選挙というタイムリミットの2週間前に、北朝鮮に濡れ衣を着せる発表をした。米国は、韓国政府が自ら北に濡れ衣を着せる発表をするのを待っていた。

 米軍の艦船が沈み、米兵に死者が出たことを、米政府が隠しておけるはずがないと考える人が米国にもいるが、米軍の情報管理力は、日韓政府よりずっと強い(逆に日韓の政府は、情報管理力を意図的に弱いままにしておくことで、自国を対米従属から出られないように自ら縛っている)。

 米国の潜水艦や特殊部隊は、世界各地で秘密作戦を展開しており、死者を出す事態が時々起きるはずだが、それらの一部でも報道されたら、作戦対象(敵)に勘づかれ、作戦そのものが失敗する。潜水艦が沈んだり、特殊部隊員がたくさん死んでも、米軍はマスコミも巻き込み、それが報じられない態勢を作っていると考えるのが自然だ(そんなことないよと言って笑う米国の研究者が、実は米軍の諜報機能の一部だったりする)。

▼イラン問題と似てきた

 米軍や米政府は、全体として情報管理能力が高いくせに、今回の天安艦事件の調査報告書のような、ずさんなことをやる。この手の奇妙な稚拙さは、イラク戦争やアフガン戦争、911事件の捜査、グアンタナモ収容所、イラン核問題などで、連続的に発揮されている(最近では共和党のカール・ローブが「オバマのカトリーナになる」と分析したメキシコ湾のBPの原油流出事件が、これに加わりつつある)。 (Rove: Yes, the Gulf Spill is Obama's Katrina

 諜報や外交の部分的な失敗はどこの国でもあるが、911以来の米国の大失敗の連続は、米国の覇権を根幹から崩壊させており、私には単なる過失と考えられない。この失敗の結果、世界の覇権構造が多極化している。そのため、米国の中枢には自国を意図的に失敗させて世界を多極化したい勢力(隠れ多極主義者。ネオコンなど)がいると、私は推察してきた。

 隠れ多極主義者の常套策は、米国の覇権を恒久的に維持したい軍産複合体やイスラエルに近づき「テロ戦争」に代表される冷戦型の「米国中心の同盟体と、敵国との恒久的な対立状態」を作り出す戦略を手がけ、それを稚拙かつ過剰にやって失敗させ、逆に米国の敵国や非米的な諸大国(BRIC)を強化し、世界を多極化させることだ。

 北朝鮮犯人説が濡れ衣であるとすると、今回の天安艦事件は、この隠れ多極主義の作戦の枠組みに当てはまる。イランの核兵器開発と同様、米英と同盟国(イラン問題ではイスラエル、天安艦問題では日韓)の方が実は間違っているのだが、英米が動かしている世界のマスコミは、北朝鮮やイランが極悪だと喧伝する。しかしそのうちに、実は米英の方が間違っているということを、途上諸国や新興諸国の人々が気づき、欧米の世論も揺らぐ。国連など国際社会では、米英の方が間違っているという見方が強まり、その線に沿って中露が仲裁をかけようとするが、米国は拒否する。人類の善悪観を操作して覇権を維持する、大英帝国以来の戦略が崩壊していく。

 その時点で、米国の同盟国は、とことん米国に追随して、善悪が逆転する新世界秩序の中で悪者になることに甘んじるか、米国から同盟関係を切られることを覚悟で、非米側に方向転換するしかない(日本はこれ以外に「政治鎖国する」「いないふりをする」という手があるので危機感が薄い)。

 先行する中東問題では、すでに英国の政界が米国との同盟関係の持続に疑問を持っている。イスラエルは、米国との同盟を切ったらイスラム諸国から攻撃を仕掛けられ国家崩壊に瀕するので、窮している。米英に楯突いたのに優勢なイランは、長らく米英から抑圧されてきた中東イスラム諸国の人々に喝采されている。

▼隠れ多極主義に引っぱり出される金正日

 中東では善悪が逆転しつつあるが、東アジアで現体制の北朝鮮が他の国々から賞賛されることはない。日韓も米国に支配されているが、石油があるのに貧しいままの中東イスラム諸国と対照的に、日韓は米国の支配下で高度成長を経験して豊かになったので、米国支配への不満がわりと少ない(韓国では南北分断を米国の責任と考える人が多いが)。

 北朝鮮の金正日政権は、近くの日韓や中国にとっては、今後もやっかいな存在だろうが、遠くのイランやベネズエラなどの反米諸国からは、米国の覇権に楯突いて勝てる国として賞賛され、非米反米諸国が強くなる国際社会で、金正日らが従来より積極的に発言するようになりそうだ。その一つの兆候が、5月28日の北朝鮮の国防委員会の前代未聞の記者会見だったと見ることができる。イランのアハマディネジャド大統領は最近、金正日をイラン訪問に招待した。ベネズエラのチャベス大統領は、以前から北朝鮮の「主体思想」を、自国の「ボリバル主義」と同様の素晴らしいものと礼賛している。 (President Mahmoud Ahmadinejad looks far afield for diplomatic help

 筋金入りの反米指導者は世界的に少ないので、アハマディネジャドやチャベス、それから彼らを扇動する米国の隠れ多極主義者にとって、天安艦事件を契機に金正日が立ち上がって吼え出すのは大歓迎だ。従来、金正日はアジアの指導者らしく実利的で、国際社会で英雄になることより、自国の経済発展(自政権の儲け)を重視し、反米主義を叫ぶのも、米朝国交正常化を目的とした動きであり、チャベスやアハマディネジャドの英雄的反米主義とは一線を画していた。しかし今後は、米国が誘発した天安艦事件の濡れ衣が、世界における金正日の位置を変えていくことになるかもしれない。

 日韓の政官界では、北朝鮮を敵視している限り、米国との同盟関係が安泰だと考える傾向が強いが、米国の隠れ多極主義的な意図をよく観察しないと、イスラエルのようにいつの間にか米国にはしごを外された挙げ句、国際的な悪者にされかねない。注意が必要だ。



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