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米中は沖縄米軍グアム移転で話がついている?

2010年6月23日   田中 宇

 日本では「日米合意重視」の菅政権が就任し、鳩山政権時代に騒がれた「普天間基地の県外国外移転」は過去の話となった感じだ。マスコミも菅政権になって急に普天間問題を報じなくなった。しかし、米国の外交戦略を決める奥の院である「外交問題評議会」(CFR)が発行する論文雑誌「フォーリンアフェアーズ」の最新号(5・6月号)には「中国はいずれ東アジア海域において米国より強い軍事力を持つので、米軍は中国を刺激せぬよう、日韓の『いわゆる歴史の遺物的な基地』(so-called legacy bases)を縮小し、グアム島に移転するのが良い」と示唆する論文が掲載されている。

「中国覇権の地理学」(The Geography of Chinese Power。論文は中国の投資や外交の力を軍事力と並列分析しているので「Power」は狭義の「軍事力」でなく広義の「覇権」と解釈すべき)と題するこの論文は「新アメリカ安全保障センター」(Center for a New American Security、CNAS <URL> )の主任研究員であるロバート・カプランが書いた。 (The Geography of Chinese Power

 CNASは、米国の軍事や安全保障問題を扱うシンクタンクで、2007年に創設されてまだ3年しか経っていないが、2人の創設者のうち、カート・キャンベルはオバマ政権の東アジア担当の国務次官補に、ミシェル・フルールノアは政策担当の国防次官に抜擢されている。CNASは国防総省や国務省の高官に高く評価されており、米国の軍事外交戦略に大きな影響を与えている。CNASの名称は、ネオコンが自滅的なイラク戦争を起こす際の計画立案に使われた「アメリカ新世紀プロジェクト」(Project for the New American Century、PNAC)と似ており、CNASはPNACを意識した(米政界に多い強硬論者を煙に巻くための?)命名だろうが、PNACが「世界民主化」という理想主義を掲げたのに対し、CNASは「現実主義に立って米国の国益を守る」ことを掲げており、方向性は正反対だ。PNACはネオコンで、CNASはキッシンジャー的である(両者は、前者が自滅的なやりすぎを演じた後、後者が登場して敵に覇権を譲渡するという隠れ多極主義の「ぼけと突っ込み」の組み合わせだ)。 (Center for a New American Security From Wikipedia

 カプランの論文は、マッキンダーやマハンといった地政学の著名学者の理論を引用しつつ、前半が中国西方の内陸部を地政学的に分析し、後半で中国東方の海軍的な情勢を分析している。前半では、中国がここ数年、ロシアや中央アジアなど近隣諸国との国境紛争を次々と解決し、国境地域の緊張が低下したため、中国政府は陸軍に金をかけなくて良くなり、その分を海軍建設に回していることが指摘されている。冷戦時代の中国は、ソ連との対立のため北辺の国境地帯に膨大な陸軍兵力を配備せねばならず、海軍の建設を軽視していた。中国は、北朝鮮の政権が崩壊したら北朝鮮を併合するかもしれないし、インドで不測の事態(印パ戦争)が起きたら中国軍がインドに攻め込むかもしれないが、そうした予想外の事態がない限り、中国陸軍が国境を超えて外国に遠征することはなく、中国陸軍は人数的に160万人と世界最大だが脅威ではないと書いている。

(中国の東北三省には1億人が住むが、ロシア沿海州には400万人しかおらず、人口密度は62倍だ。もし今後ロシアが弱体化したら、中国は、極東、シベリア、モンゴル、中央アジアなどロシアの影響圏を併合すると予測するなど、本論文は地政学的な示唆に満ちている)

▼中国を刺激しない一石二鳥としてのグアム移転

 日本人にとって問題は、この論文の後半から末尾にかけてだ。中国東方の東シナ海、南シナ海、西太平洋には、朝鮮半島、千島列島、日本列島、琉球列島、台湾、フィリピン、インドネシア、オーストラリアと連なる、海洋の「逆万里の長城」(Great Wall in reverse 中国包囲網)がある。米国にとって、この列島の連なりは、中国の太平洋進出を阻む「第1列島連鎖」(first island chain、第1列島線)で、そのさらに東方のグアム島や北マリアナ諸島、オセアニア島嶼群が「第2列島連鎖」(第2列島線)である。

 論文は、以下のように展開している。米国は従来、第1列島連鎖に属する日本や韓国、フィリピンに米軍基地を置いて中国を監視してきたが、今後中国が強くなるにつれ、中国はしだいに、米国が第1列島連鎖を軍事支配するのを嫌がるようになる。すでに中国は、東南アジアとの紛争海域である南沙群島(南シナ海)に面した海南島の南側に大きな海軍基地を作り、米軍がこの海域のことに口出しするのを許さない「モンロー宣言」的な姿勢をとっている。

 米国は75隻の潜水艦を持つが、中国は15年後に米国以上の多数の潜水艦を持つ。2020年以降、中国が軍事的に台湾を占領しようとした場合、米軍はそれを阻止できなくなるとも予測される。すでに経済面で、台湾は中国に取り込まれている。米国は緊縮財政を強いられ、軍艦の総数を280隻から250隻に減らし、防衛費を15%減らすことになっている。米軍が中国との敵対を覚悟して第1列島連鎖(日韓)に米軍基地を置き続けるのは困難になる。そもそも、米軍が太平洋で圧倒的な軍事力を維持せねばならないという考えは第二次大戦の遺物だし、在韓米軍は朝鮮戦争の遺物である。

 グアム島からは、空軍機が4時間で北朝鮮に到達できるし、軍艦は2日で台湾に行ける。日韓に駐留する米軍をグアムに移しても、米軍は台湾を守れる。グアムは米国領である上、第2列島連鎖に属し、中国が今後の自国の影響海域として設定する第1列島連鎖の外にある。米軍が日韓からグアムに移動することは、中国との敵対を避けつつ第1列島連鎖の同盟国(日韓台湾など)を中国の脅威から守れる一石二鳥の戦略だ。グアムの空軍基地は、すでに世界最大の攻撃力を持っている。

 日韓などアジアの親米諸国は、米軍に第1列島連鎖から出ていってほしくないので、日韓などの地元軍と米軍が渾然一体になる戦略を望んでいる(そうやって米軍の足抜けを阻止しようとしている)。だが、鳩山政権の日本が米軍基地の国外移転を望むなど、アジアの側でも米軍のグアム移転を望む声もある。在日米軍をめぐる日米のごたごたは、もっと前に起きるべき問題だった(が、日本が対米従属に固執したため延期されてきた)。

 米海軍は引き続き、中国海軍に対峙して日本やインドの海軍と同盟関係を続けるが、いずれ中国海軍が自信をつけて領土問題に固執しなくなった段階で、中国は(米国主導の)大きな海軍同盟体に入ることになる。米国は西半球の覇権国であり、中国が東半球の大きな部分を占める覇権国になろうとするのを妨害している。

▼米軍に贈賄して引き留めるしかない日本

 論文はこのような展開で、中国は東半球の大きな部分(おそらく欧州、中東、アフリカ、南アジア?を除く地域)を占める覇権国になる道を歩み、米国は西半球の覇権国なので最終的に日韓を傘下に置かなくなると示唆している。論文は、従来型の中国包囲網の戦略を踏襲しつつ、結論として西半球と東半球が別々になる多極型の覇権体制を予測する。中国が軍事的に台湾を併合したら、東アジアは真に多極型の軍事体制になるとも書いている(だから米国は、中国が台湾を経済的に取り込むことを容認しても、軍事併合を容認してはならないと書いている)。

 この論文が書かれたCNASがオバマ政権と結びついたシンクタンクであることと、論文がCFRのフォーリンアフェアーズに掲載されていることから考えて、日韓の米軍をグアムに移転させることは、米国中枢の長期戦略である可能性が高い。短期的には、日本が巨額の「思いやり予算」をくれると言っている以上、沖縄に駐留すればいいじゃないかという考えも強いだろうが、長期的にはグアム移転である。これは、以前の記事に書いた、宜野湾市の伊波市長が指摘する米軍グアム移転計画とも符合する。 (官僚が隠す沖縄海兵隊グアム全移転

 米国は、今からでもイラクやアフガン、イラン核問題などといった間抜けな自滅的戦争から足を洗い、中国包囲網を強化再編すれば、中国を東アジアの覇権国にすることを防げる。それなのにこの論文は、中国が東アジアの覇権国になることを防げない前提で、中国を苛立たせぬよう、米軍は日韓からグアムに退却するのがよいと、最初から負ける姿勢をとっている。米軍は表向き中国の脅威を喧伝するが、裏では中国の覇権拡大は防げないと言うだけでなく、米中軍事交流の中で「中国が空母を建造するなら米国が支援する」と米軍の将軍が言ったりしている。中国は、米国を押しのけて東アジアの覇権国になろうとしているのではない。米国が中国を地域覇権国の座に引っぱり出している。これは以前からの私の観察だ。今回の論文は、こうした米国の隠れ多極主義の傾向を改めて示している。 (アメリカが中国を覇権国に仕立てる

(中国海軍はロシアから中古空母を買って2012年から空母利用の練習を開始し、15年には国産空母を完成させて本格利用を開始する予定だ。中国の空母保有はアジアの海軍のバランスを変える) (China's navy changing the game

 本論文では、鳩山政権が経験不足であるがゆえに日米同盟をぶち壊しかけたように書いてあるが、これはおそらく意図的な誤解である。鳩山政権(小沢一郎)の沖縄政策は2005年の沖縄ビジョン以来、周到に用意されてきたものだ。それがとりあえず破綻したのは、官僚機構(とその一部であるマスコミ)の反撃が予想以上に強かったためだ。米国が隠れ多極主義的なグアム移転を試み、それを日本側(自民党と外務省など)が阻止しようと「思いやり予算」を積み増す対米従属延命の構図を壊そうとしたのが鳩山政権であり、米国の隠れ多極主義に同調したため、日本の官僚機構に潰されたのが田中角栄や鳩山の失脚原因である。 (日本の官僚支配と沖縄米軍

▼米中は話がついている?

 昨秋、普天間問題が持ち上がった後、中国の外交専門家と話す機会が何度かあり、私は、中国側が、在日米軍は最終的にグアムに移転すると考え、沖縄の米軍基地に対して傍観ないし寛容な姿勢をとっていることを知った。そのことと、今回のCNASの論文を合わせて考えると、米国が中国に、長期的に日韓の米軍基地をグアムに移す構想を伝え、中国側はその前提で自国の海軍戦略を立てているように思われる。米中間は、日韓の米軍がグアムに撤退することで話がついている観がある。

 米側はこの構想を、クリントン政権後半の1995年前後に立てたと考えられる。日韓は、当初から米軍が撤退していく方向性を知らされていただろう。韓国の金大中政権(98年から03年)が、北朝鮮に対する和解策を打ったのは、米国の対中譲歩構想への対応策だったとも考えられる。

 ニクソン政権時代の米国の隠れ多極主義戦略は、ウォーターゲート事件などで冷戦派(軍産複合体)に巻き返され、田中角栄は米軍産複合体からロッキード事件を起こされて失脚した。その教訓から、日本の官僚機構は、米中枢が暗闘状態で一枚岩でないことを重視し、米国の隠れ多極主義的な傾向を無視することにして、思いやり予算という賄賂で米軍の日本駐留を維持した。国内マスコミは、外務省発の歪曲報道によって日本人に実態を知らせないようにした。

 クーデター的な911事件の後、米国は軍産複合体の天下となったため、日本側は「米国は中露を封じ込める単独覇権主義を続ける」と思い込んだ。しかしその後イラクやアフガンでの過剰策の失敗で単独覇権主義が破綻し、ようやく日本でも対米従属の離脱を模索する鳩山政権が登場した。上述したように、日米の齟齬の発生は遅すぎたぐらいだとカプランは論文で書いているが、それも8カ月間の国内官僚との暗闘で潰れ、結局日本は思いやり予算の贈賄で在日米軍を引き留める策に固執している。

 カプランが指摘するように、中国が日韓を含む第1列島連鎖を自国の影響下に置くことを長期戦略としているとしたら、米軍をカネで引き留めておく今の日本のやり方が、この中国の脅威の拡大を避けることにつながるのかどうかを考えねばならない。その答えは、日本の対米贈賄策は間違っているということだ。カプラン論文に示されているように、すでに米国は「いずれ中国は軍事的に米国を抜かすので、早めにグアム撤退しておいた方が良い」と考える傾向を強めている。これは、裏を返すと「いずれ日本や韓国が中国の傘下に入るのはやむを得ない」と米国が考えていることになる。米海軍の司令官は「中国の影響力の拡大は良いこと(positive)だが、中国軍の透明性が確保されていないのが問題だ」と述べている。 (US fears Chinese aggression in Pacific

 日韓を中国側に引き渡すという米国の帰着点がある中で、いくら在日米軍を今年、来年、再来年と引き留めても、それは日米同盟の未来が確保されたことにならない。日米同盟は、中国の拡大によって自然解消されざるを得ないというのが米国の認識であり、すでに述べたように、中国もそれを知っている可能性が高い。米国では「沖縄の2万人の海兵隊は、カリフォルニアの海兵隊と統合すべきだが、それを実行すると、この2万人の海兵隊はそもそも必要ないものだということが露呈するので、沖縄の海兵隊を米本土に戻せないのだ」という指摘も出ている。 (Get Out of Japan by Doug Bandow

▼隠れ多極主義者は日本の反基地運動に期待?

 日本では、中国の軍事的拡大による脅威が喧伝されるが、中国の軍事的拡大を誘発しているのは米国である。「長期的に第1列島連鎖を米国が守り続けることはできないので日韓からグアムに移転する」と米国が言うことは、米国が中国に「頑張って軍事拡大して、第1列島連鎖を傘下に入れても良いですよ」と言っているようなものだからだ。米軍を買収して沖縄に駐留させ続けても事態の流れが変わるわけではなく、中国の軍拡は続き、財政難の米国は軍事縮小を続け、日本の経済成長が止まって米軍に贈賄できなくなれば、米軍は沖縄からグアムに移り、日本は無策で無知のまま放り出される。付和雷同者ばかりの対米従属論者は転向し、中国に尻尾を振り出すだろう。

 そんな事態になるぐらいなら、鳩山政権が提唱したように、中国との協調関係を早めに作り、同時に中国を良く分析して(中国の弱みを把握して)従属型の土下座外交ではない対等で自立的な関係を、日中間で締結する方がましだ。同時に、早めに軍事的な対米従属を脱し、有事の時には米軍に頼らず自衛隊のみで対応できるようにしておくことも必要だ。「外交」と「軍事」は表裏一体のものであり、外交で成功すれば軍事的解決(戦争)は必要ない。

 日本が米国とも中国とも対等な外交関係を持ち、自立した防衛力を持つことは、日本の外務省と防衛省にとって本領を発揮できる機会である。外交官や防衛政策立案者にとって、対米従属より自立体制の方がずっとやりがいがある。しかし実際には、戦後65年間の従属癖が染みついて自信がないのか、外務省は対米従属派の急先鋒だし、防衛省も対米従属色が強い。最近、日本の若手外交官の間に絶望感が強まっていると聞いたが、これは「日本には対米従属しかない」と思い込んでいるからだ。頭の良い人ほど、上司の指示をうまくこなすが、自発的な頭の切り替えが苦手なのかもしれない。

 それでは日本はもうダメかというと、そうでもない。変革は、高級官僚という「上」から起こるのではなく、草の根の市民運動という「下」から起こりうる。ウォールストリート・ジャーナル紙(WSJ)によると、日本における米軍再編の要諦は、グアム移転よりむしろ、米海兵隊が沖縄県の普天間基地から山口県の岩国基地に移転することである。しかし、沖縄で反基地運動が盛り上がった影響を受け、岩国でも反基地運動が盛り上がりそうで、神奈川県の厚木や横須賀といった首都圏の米軍基地周辺の反基地運動も盛んになる懸念があり、岩国市長など地元首長が基地利用の拡大に反対する傾向も強まりそうだという。これらの草の根の反基地運動が日本各地で同時多発的に盛り上がるという最悪の事態が起きると、日米安保同盟に致死的な悪影響を与えかねず(米軍が日本から撤退せざるを得なくなって)日本が軍事的に孤立する状況になりかねない、とWSJの記事は警告している。 (The Real Futenma Fallout

 私のような裏読み好きからすると、こうした指摘は、米国側の「懸念」を素直に表現しているというよりも「こうなると多極化が進む」という隠れ多極主義的な「予測」や「期待」に見える。「人類の政治的な覚醒によって、国際政治体制が大転換する」というブレジンスキーらの隠れ多極主義的な期待は、どうも過剰な期待であり、人類はそう簡単には決起しない(嫌な事象を見ないようにして、我慢して生きてしまう)と、ここ数年の展開を見てきた私には思われるところもある。日本の人々はそんなに簡単に決起しないような感じもするし、マスコミの対米従属プロパガンダも強いが、逆にWSJの「期待」どおり、意外と反基地運動が全国的に盛り上がる可能性もある。まだ事態は動いている。



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