他の記事を読む

解放戦争に向かう中東

2010年8月16日   田中 宇

 イラン初の原子力発電所であるブッシェール原発が、8月21日から稼働することになった。稼働(原子炉への燃料棒の挿入)にはIAEA(国連の国際原子力機関)も立ち会う予定だ。これはIAEAが認めた原発稼働である。 (Iran nuclear plant start date set

 ペルシャ湾の港町ブッシェールの郊外にあるこの原発は、1975年にシーメンスなどドイツ企業が受注して建設を開始したが、79年のイスラム革命後、イランが反米に転じたため、建設途中でドイツ勢が撤退した。その後、80年代のイラン・イラク戦争でイラクの空爆を受けて破壊されたが、冷戦後の95年にロシア企業が建設を受注した。当初は2007年の完成予定だったが、イランを敵視する米国の圧力で工事が遅れた。米国が各方面でロシアに譲歩するたびに、ロシアは理由をつけて工事を遅らせていたが、イランが核兵器を開発しているという米国の主張が濡れ衣であることが暴露されていく中で、ロシアのプーチン首相は今春、工事を進めることを決め、今夏の完成となった。 (Bushehr Nuclear Power Plant From Wikipedia

 米政府はこれまで、原発の使用済み核燃料からプルトニウムを抽出することが可能だという理由で、ブッシェール原発の稼働に反対してきた。しかし原発のウラン燃料を供給するロシアが、使用済み核燃料を全量引き取ることになったため、米政府の大統領広報官は8月14日、原発の稼働に反対しない方針を発表した。米広報官は「ブッシェール原発を得たイランは、もうウラン燃料を自前で濃縮製造する必要がないはずだ」と述べ、米国が核兵器開発だと疑っているイランのナタンズやコムの施設でのウラン濃縮作業を止めるよう要求した。米政府が原発の稼働を容認したのは、イランにウラン濃縮をやめさせるために有利だと考えたからのようだ。これに対しイラン政府は「自前でウラン燃料を濃縮製造する権利は、IAEAの全加盟国に認められた権利であり、原発の稼働とは別の話だ。米広報官は原子力について不勉強だ」と反論した。 (US doesn't regard Bushehr as a proliferation risk

 イランは、ナタンズやコムの原子力施設に対してもIAEAの査察を受け入れて合法と認められており、米政府を不勉強だと批判したイラン政府の主張の方が正しい。米国はイランを制裁しているが効果は薄く、空爆でもしない限り、イランの核開発を止められない。米政府がブッシェール原発の稼働を認めたことは、結果的に米国がまた一歩イランに譲歩したことを意味している。

▼8月21日がイラン空爆の期限?

 だがそんな中、爆弾発言を放った人物がいる。ブッシュ政権の国連大使だったネオコンのジョン・ボルトンである。ボルトンは8月13日、フォックス・ニュースに対し「イスラエルは8月21日までにブッシェール原発を空爆せねばならない。原発が稼働した後に空爆すると、放射能が空中やペルシャ湾に広く飛散し、不必要な被害を与えるので、空爆するわけにはいかない。イスラエルは1981年にイラクのオシラク原発を空爆して破壊したが、オシラクは稼働前だった。イスラエルは、同様のことをブッシェールに対しても行わねばならない。ブッシェールの稼働を認めたら、イランは使用済み燃料からプルトニウムを抽出し、核兵器を作るだろう」と述べた。 (John Bolton: Russia's Loading of Nuke Fuel Into Iran Plant Means Aug. 21 Deadline for Israeli Attack

 ボルトンの主張は、米政府の見解と食い違っている。だが、CIAや米軍関係者の中にも「イスラエルは、早ければ8月中にイランの核施設を空爆する」「中東で核戦争が起こり、それが(中国やロシアを巻き込んで)第三次世界大戦的なものに発展する」と予測する人々がいる。ボルトンは過激なことばかり言う茶番的な人だが、「大戦争が近い」という感触は、米諜報界の全体にある。 (Obama Warned Israel May Bomb Iran) (War Is Coming by Doug Casey

 ボルトンの発言と前後して、ボルトンの「敵」に位置するキューバのフィデル・カストロ元首相も、4年ぶりの沈黙を破ってキューバ議会やテレビに登場し「米国とイスラエルが間もなくイランを空爆し、核戦争になる」という衝撃的な予測を発表して回った。カストロの情報源は米CIAだそうで、イスラエルは、自国がイランを空爆して悪者にされるのではなく米国にイランを空爆させたいので、イラン沖に停泊している米軍艦がイラン側に攻撃される事件を誘発し、米国とイランを戦争させようと考えているとカストロは説明した。 (Israel won't be the first to attack Iran: Fidel Castro

 7月中旬には、マレーシアのマハティール元首相が「米国とイスラエルがイランを軍事攻撃するのは、時間の問題だ。イランが制裁で弱体化したところを狙って、空爆するつもりだ」と述べている。米欧日などのマスコミは、カストロやマハティールの発言を軽視したが、長く国家指導者の立場にいた2人は、米国がキューバやベトナムを軍事侵攻した時の状況を肌身で知っている上、独自の諜報網を持っており、米英諜報界が感じている「大戦争が近い」という感覚を共有しているのかもしれない。 ('US attack on Iran a matter of time'

 米英諜報界やカストロらに共通しているのは、単に「米国またはイスラエルがイランを攻撃する」というだけでなく「核兵器が使われる」と予測している点だ。米英分析者は「米(イスラエル)がイランに勝つには、核兵器で何百万人かのイラン人を殺すしかない。通常兵器の空爆だけでは、イランの戦闘能力を破壊しきれない。イランの地上軍は、米国とほぼ同規模の45万人で、すでにイラクやアフガンに過剰派兵している米軍は、イランに地上軍で上陸侵攻しても勝てない。だから核兵器しかない」といった指摘すら発している(米英カナダ系の軍出身のGwynne Dyer)。こうした指摘は、イランやその周辺のイスラム諸国の人々の反米感情を煽って結束させる、米イスラエルにとって自滅的(隠れ多極主義的)な言い方という感じがする。 (Let's talk about an attack on Iran

▼イラン空爆より大統領暗殺?

 私の読みでは、イスラエル政府自身はイランを空爆したいと思っていない。米国が稼働を認めたブッシェール原発を、イスラエルが空爆するとは考えにくい。イスラエルの軍事諜報関係者の間からは、イランを空爆するのは中東全域の親イラン・反イスラエルの傾向を強めてしまうため逆効果であり、イスラエルの首相ら高官が、イラン空爆も辞さずというメッセージを発すること自体、悪影響の方が大きいという意見が出ている。 (Israeli Generals, Spies Oppose Attack on Iran

 イスラエル空軍は技術的にイランを空爆できるものの、イランまでかなりの距離があり、能力的にぎりぎりなので、やらない方が良いという考え方も出ている。 (3 Reasons Israel won't bomb Iran

 イラン政府系のパイプライン会社の高官は、パイプラインが地対空ミサイルで防衛されていることを指摘している。イランは最近、ロシア製の地対空ミサイルS300をベラルーシから輸入した。S300は以前から「これさえあればイランは米イスラエルの空爆を防げる」と言われていた高性能の地対空迎撃ミサイルで、ロシアがイランに輸出する構えを見せていたが、米イスラエルが強く反対していた。ロシアは、直接イランに輸出せずベラルーシ経由で輸出することで、米国との衝突を避けたのだろう。 (Missiles to protect Iran's oil pipelines) (Iran official: We have obtained the S-300 missile system

 以前の記事で「イランで石油ガス田の開発を手がけている中国やロシアは、イランの油田やパイプラインが空爆されることを好まず、イランの防空能力の向上をこっそり支援しており、すでにイランはイスラエル空軍機を迎撃できる能力を持っており、イスラエルもそれを知っているのではないか」と書いたが、この推測が現実のものになってきた観がある。 (◆中東の行く末

 イスラエルは、イランを空爆するより、イランの反イスラエルの急先鋒であるアハマディネジャド大統領を暗殺した方が早いと考えたらしく、8月4日にアハマディネジャド暗殺未遂事件が起きた。暗殺は成功しなかった。(イラン当局は、暗殺未遂をいったん認めた後で否定しており、暗殺未遂の情報自体が不明確だが) (MESS Report / The smell of smoke in the air all comes back to Iran

 イスラエルはオルメルト首相時代の06年、当時のチェイニー副大統領にそそのかされてレバノンに侵攻したが、イスラエルが侵攻したらすぐ参戦するはずの米国は参戦せず、騙されたイスラエルはヒズボラとの苦渋の停戦に追い込まれた。モサド出身の「鉄の女」リブニが外相でなかったら、イスラエルは停戦すらできず、大戦争で国家消滅していただろう。この経験から、イスラエルは米国が参戦を保証しても先制攻撃をしたがらない。米諜報界には「米国は、イスラエルが勝手にやった対イラン戦争の後始末をさせられそうだ」という声があるが、実際の話は逆で、米諜報界の方がイスラエルに自滅的な戦争をさせようとしている。 (Intelligence Officers Warning: The U.S Could be Drawn into yet Another Unwinnable war if Israel Attacks Iran

▼米中戦争の前に米国債が破綻する

 米国主導の対イラン制裁は、すでに破綻している。米マスコミでもロサンゼルス・タイムスが制裁失敗を指摘する記事を出した。制裁で欧米企業が放棄したイランの商権は、中国、ロシア、トルコなどに持っていかれた。制裁対象の中心であるイランのガソリンと金融の利権は、主に中国が取得した。ロシアの石油会社は最近、中国企業を通すかたちでイランにガソリン輸出を再開した。イランは丸ごと中国の利権になった感じだ。 (U.S. and EU fail to isolate Iran) (Sanctions Give China an Advantage in Iran) (Russia's Lukoil resumes gasoline supply to Iran

 米議会は、米国主導のイラン制裁に参加しない中国やロシアを制裁することを検討している。赤字増の米政府は中国に米国債を買ってもらう必要があり、対中制裁は実現しそうもない。だが米国は、黄海に空母を入れる件でも意図的に中国を怒らせている。黄海の問題がこじれると、中国は報復としてイラン問題で米国に協力しなくなり、米中対立が激化して対中制裁までいくかもしれない。 (US lawmaker calls for sanctions on China, Russia

 これが「第三次世界大戦」のシナリオだろうが、この戦いはおそらく米国の負けになる。中国は「米国債の売却」という武器を発動し、長期金利を高騰させて米国を経済的に潰せるからだ。現代の戦争は国連安保理を通す必要があるが、中国は拒否権を発動できる安保理常任理事国である。最近の国連は、親中国の発展途上諸国の影響力も強くなっている。米国が中国を非難しても、国連は動かせない。

 日本では「米中が戦争するだろうから、日本は対米従属を続けた方が良い」という考え方があるが、これは「米中が戦争したら、米国が勝つに決まっている」という、時代遅れの思い込みによる間違いだ。米中の対立激化は、核戦争ではなく、米国債とドルの崩壊を引き起こし、米国覇権体制の自滅と、世界の多極化につながる。 (Defeat In Iraq Will Quicken The End Of Western Domination

 イランは中露だけでなくトルコにも支えられている。トルコでは、イスラム主義系のエルドアン政権(与党AKP)が、反イスラム(世俗派)で親米の軍部の反対を押し切ってイランと親密な関係を築いている。イスラエルは、トルコの軍部をそそのかして政府転覆のクーデターを起こし、親イランの国際陣営を壊そうとしていると指摘されている。 (A Coup in Turkey Before Any Attack on Iran?

▼イラン制裁に乗らない韓国、乗る日本

 韓国も、中露やトルコと同様、イランとの経済関係を緊密化しており、両国間には原油を中心に年間100億ドルの取引がある。中露やトルコが米国との対立をあまり気にせずイランに接近しているのに対し、韓国は、国内への米軍の駐留継続を望んでいる対米従属の国であり、米国からイランとの関係を切れと圧力をかけられ、経済的国益と政治軍事的国益のどちらを優先すべきか悩んでいる。韓国には、イラン国営メラット銀行のソウル支店がある。米政府は韓国政府に、この支店を閉鎖しろと言ってきた。 (US puts Seoul under pressure on sanctions

「メラット銀行は北朝鮮とイランの武器取引の代金を扱っている」と米国が指摘したので、韓国当局はメラット銀行ソウル支店を調査したものの、違法な取引は見つからなかった。韓国政府が、違法性がないのにメラット銀行に支店閉鎖を命じると、イラン政府から報復される。韓国は05年、国連のイラン制裁決議に賛成票を投じ、イランはその報復として半年間、韓国への原油の輸出を止めた。韓国政府は、迷った末の8月11日、米国の意に逆らって、メラット銀行支店の営業継続を認めることにした。 (South Korea Rethinks Potential Sanctions Against Iran

 韓国の李明博大統領は、米国にそそのかされて5月末に天安艦沈没を北朝鮮のせいにして以来、対米従属して北朝鮮と対決する姿勢をとっていたが、最近、北犯人説の濡れ衣がばれてきたので宥和姿勢に転じている。李明博は、北朝鮮を仮想敵にした米韓合同軍事演習を続けつつも、8月15日の演説で南北統一の構想を発表した。メラット銀行を制裁せず、米主導のイラン制裁に参加しないことにしたのも、対米従属が行き詰まっている李明博の政策転換の一つに見える。 (S Koreas Lee unveils unification plan) (中国軍を怒らせる米国の戦略

 イラン制裁問題で、対米従属より経済的国益を優先した韓国と対照的に「対米従属の優等生」とも呼ぶべき姿勢をとっているのは、わが日本である。FT紙によると、日本政府は8月3日、イランのメラット銀行のマレーシア子会社である「ファースト・イースト輸出銀行」(First East Export Bank)などイラン企業の日本国内の資産を凍結した。 (US puts Seoul under pressure on sanctions

 日本が政府肝いりでイランのアザデガン・ガス田の開発を進めていた06年、米国からジョン・ボルトンが東京に押しかけてきて「アザデガンを放棄しろ」と日本政府に圧力をかけた。日本側は、対米従属を重視して開発を止めたい外務省などが、経済国益を重視して開発を続けたい経産省などを抑え、アザデガンから手を引いた。あれから5年たった今、イラン核問題の濡れ衣性が露呈し、イラン制裁に非協力的な国が増え、米覇権が崩れ、イランを悪者扱いしない多極型の世界がより明確になっている。

 だが日本政府は今回、この世界の流れに逆行し、日本国内でイラン制裁の当否をめぐる議論が起きるのを避けるかのように、米国から批判される前にさっさとメラット銀行系の在日資産を凍結した。米国の覇権が持ち直しそうであるのなら、日本政府の脇目もふらぬ対米従属しがみつき戦略は良いこととも考えられるが、実際は逆だ。米国の覇権は、崩壊に向かっている。米国は、数カ月から数年以内に財政破綻するだろう。その後の多極型世界の中で、日本の経済的な利権はかなり減る。日本のような対米従属一本槍よりも、韓国のような対米従属から多極型対応に試行錯誤で切り替えていく国家戦略の方が、今の過渡期に適合している。 (米連銀の危険な量的緩和再開) (やはり世界は多極化する

(このままだと日本は貧しい国に戻っていくが、もしかすると日本人は、もう十分に先進国の豊かな生活は楽しんだので、今後は貧しくなりたいと思う「清貧志向」の潜在的な集団心理を持っており、だから日本政府は自滅的な対米従属一本槍をやっているのかもしれない。そう考えるよりも、日本の官僚機構が敗戦によって米英中心主義の傀儡にされ、60年たっても一本槍から抜けられないと考える方が自然だが)

 また日本ではトヨタ自動車が、おそらく政府の圧力を受けて、イランでの販売を6月から停止していることを発表した。これも制裁の効果はほとんどない。イランのペルシャ湾の対岸には、中東で最も自由な市場であるドバイがある。これまで、欧米などがイランを経済制裁するほど、ドバイから小型の船でイランに商品を密輸するルートが繁盛してきた。ドバイは中古車市場も大きい。正規ルートが失われてもドバイ経由の非正規ルートがあるので、トヨタ車はイランに出荷され続けている。 (Toyota suspends auto exports to Iran

 トヨタも日本政府も、そんなことは知っているだろう。日本にとって大事なのは、米国に批判されぬよう、イラン制裁に参加していることを米国に見せることである。イラン政府との関係を考えると、実際の制裁の効果は、むしろ少ない方がよい。そもそも自動車の対イラン輸出は、米国の制裁対象ではなく、米政府に対するご機嫌取り以外のものではない。ドバイからイランへの輸入ルートは、イラン革命防衛隊(特殊部隊的な軍隊)の利権であり、トヨタのイラン制裁参加は実際のところ、米国の敵である革命防衛隊を儲けさせている。 (Iran Guards making `astronomical profits' from sanctions: Opposition leader

 今年初め、米議会でトヨタのアクセル制御システムの欠陥隠し疑惑問題が持ち上がったが、結局、欠陥と思われていた案件の多くは、運転者の操作ミスが原因であり、欠陥ではないことが判明している。対米従属一本槍のわが国では、巨大企業であっても、無意味な屈辱を味わい続けさせられている。(当時、日本のマスコミ記者たちは、記者会見でえらそうにトヨタの重役を「叱った」が、実体は米国側による濡れ衣だった。浅薄な記者たちも、対米従属の現象の一つだ。私もかつてその一人だったが) (No evidence of Toyota throttle faults - Details point to driver error

▼拡大するイランの影響力

 イランは、米国の覇権崩壊をしり目に、中東から中央アジアにかけての地域で、影響力を拡大している。その一つはイラクだ。米軍は、イラクからの撤退を進めている。8月7日、有事指揮権が米軍からイラク軍に委譲された。米軍は最大で15万人がイラクに駐留していたが、今では6万5千人まで減り、8月末には5万人まで減る。この5万人は、戦闘ではなくイラク軍の訓練に従事することになっている。 (US Hands Over 'All Combat Duties' to Iraq Forces

 米国の反戦運動家の間では「9月以降、戦闘は米軍の主たる任務でなくなるだけで、米軍の任務の一つとして残る。これは撤退ではない」「戦闘は、米軍系の傭兵団に下請けされるだけだ」「軍産複合体がイラクを手放すはずがない」といった否定的な見方が出ている。だが私は、オバマ政権の、敵を利する隠れ多極主義的な傾向から見て、米軍がイラクから本当に撤退しているように思う。 (Obama drops pledge on Iraq - Gareth Porter

 米軍撤退後のイラクでは、イランの影響力が増すことが確実だ。シーア派もクルド人も、イラクの政治指導者の多くはイランと親密だ。中心的な存在となりそうなムクタダ・サドル師は、イスラム法学の勉強という口実で、ここ何年かイランの聖地コムに住んでいる。コムには、イランの最高指導者ハメネイら権力中枢の聖職者群も住んでいる。サドルは最近シリアに行き、CIA出身のイラクの親米政治家イヤド・アラウィと、米軍撤退後の連立政権樹立について話をした。 (Sadr Praises Iraqiya Amid Claims Iran Opposes Alliance

 この件はイラン上層部を怒らせていると報じられているが、サドルとイランの親密さから考えて、これは信じがたい。サドルは、イランの中枢と相談した後、アラウィとの連立話に入ったはずだ。シーア派の政治は隠密で裏表があるが、米軍撤退後のイラクがイランの影響下に入ることは確実だろう。イランは、自国の石油ガスをイラク経由でシリア、レバノンに輸出するパイプラインの建設を計画している。イラン、イラク、シリア、レバノン、トルコは、一つの大きな経済圏を構成するだろう。ここには、世界の原油埋蔵量の3割近くがある。 (Iraq Agrees to Iran-Syria Gas Pipeline Plan

 イランは、アフガニスタンからのNATO撤退を見越して、タジキスタンも含めた3カ国で「ペルシャ語圏同盟」を作り、経済や治安維持の面で協力していくことを提唱している。これは08年からイランが提唱してきたことだ。イランは、米軍主導のアフガン占領が失敗色を強める中で、米欧撤退後のアフガンから中央アジアにかけての地域の覇権の空白を埋めようとしている。 (Iran Wants Cooperation With Afghans, Tajikistan) (ユーラシアの逆転

 来年までに米イスラエルがイランを空爆しなければ、来年夏の上海協力機構の年次総会で、今はオブザーバー格であるイランが正式加盟を認められ、イラン主導のペルシャ語圏同盟は、中露主導の上海機構の分科会のような色彩を持つようになるだろう。ユーラシア大陸では、着々と多極型の新世界秩序が作られている。 (SCO is to admit new members

 イランはまたトルコ、ロシアと組んで、アゼルバイジャン、アルメニア、グルジアというコーカサス地域の「宗主国」になることもめざしている。ただし、これを阻止する動きとして、米国がグルジアのサーカシビリ大統領をたきつけてロシアと再戦争させようとしており、これがどうなるかがまず注目される。 (Saakashvili prepares for war with Russia) (Welcome to the Post-Unipolar World: Great for US and for the Rest

 このように、イランは西アジアの地域覇権国の一つになりつつある。恐いものなしのアハマディネジャドは言いたい放題となり、最近では911陰謀論まで声高に発言している。 (Ahmadinejad: 9/11 scenario dubious

▼レバノンとパレスチナがイスラエルに復讐する

 このままイスラエルがイランを空爆しない場合、中東は戦争なしに平和になっていくのか。そうなれない大きな要因がある。それは、レバノンとパレスチナである。レバノンは06年夏の戦争でイスラエルに破壊され、しかもそれ以前の80年代にイスラエルがレバノン南部を占領していた時代に、イスラエルはレバノン政府内にスパイ網を構築し、それは今も存続していることが、最近になって暴露されている。05年のハリリ元首相暗殺も、米国が主張するようにシリアの諜報機関が犯人ではなく、イスラエルがスパイ網を使って実行したことがわかってきた。 (Lebanon PM: UN must probe claims of Israeli complicity in Hariri murder

 レバノン政府は、これらの件を国連に持ち込んで訴えている。イスラエルは、核兵器開発、ガザ封鎖問題、ガザ支援船射殺事件、ハリリ暗殺事件、レバノンスパイ事件という、少なくとも5つの案件で、国際社会から批判されている。 ('Lebanon to file UN complaint over alleged Israel espionage'

 かつて諸派が分裂していたレバノンは、今や反イスラエルで結束し、ヒズボラとレバノン国軍は統合を進めている。イスラエルはもうレバノンと戦争したくないだろう(シリア、イランとも戦争になってしまうので)。だがレバノンの方は、この30年イスラエルにやられ続けてきた復讐をしたいと思っている。先日、国境沿いでイスラエルとレバノンの兵士が小規模な銃撃戦を起こした。こうした一触即発の事態は今後も続く。 (Iran Warns Against Israeli Invasion of Lebanon

 米政府はブッシュ政権時代からレバノン国軍に大量の武器を供与している。レバノン国軍をヒズボラと戦わせる作戦だったが、逆に今では国軍とヒズボラが結託し、レバノン軍は米国からもらった武器でイスラエルと戦おうとしている。レバノン軍への武器供与は、チェイニー副大統領(隠れ多極主義者)の発案だった。イスラエルは以前から供与に反対していたが、無視されてきた。 (Israel: U.S. military aid to Lebanon could go to terrorists

 レバノンには50万人のパレスチナ難民もおり、市民権すら持っていない。彼らは、ガザや西岸、ヨルダン、シリアのパレスチナ難民と同様、イスラエルが今の状況である限り、難民のままだ。米国が中東から出ていき、イスラエルが弱体化するなら、パレスチナ人は、イスラエルを倒して祖国を再獲得しようと思う傾向を強めても不思議ではない。

 イスラエルのネタニヤフ首相は、パレスチナ自治政府との直接交渉で中東和平を進めようとしているが、まず無理だ。ネタニヤフは国内右派勢力を抑えられず、右派がパレスチナ占領地で入植地を拡大するのを黙認している。入植地を縮小しない限り、和平は進まない。その間にも、米国がイラクから撤退してイランの勢力が拡大し、米国は財政破綻に近づいて経済的にもイスラエルを支援できなくなっていく。 (Top ministers: Israel will reject any Quartet preconditions for direct talks

 これまでは、イスラエルがレバノンやガザなどを空爆して戦争を起こしてきたが、今後はレバノンやパレスチナの側が、イスラエルを倒す祖国解放戦争を起こす番になっていきそうである。



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ