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米中協調で朝鮮半島和平の試み再び

2011年4月25日   田中 宇

 米国と中国が協調し、韓国と北朝鮮を和解させようと動いている。この動きは、北朝鮮の核開発をめぐる6カ国協議を再開するために中国が発案したものといわれ、3段階の構想になっている。(1)韓国と北朝鮮との対話再開(2)米国と北朝鮮との対話再開(3)6カ国協議の再開、という3段階で、このうちの第1段階のための準備が今週、山場を迎える。4月26日から3日間の日程で、米国のカーター元大統領と、フィンランド、ノルウェー、アイルランドの元大統領が平壌を訪問する。 (Efforts to resolve N. Korea nuclear issue to intensify this week) (China proposes Seoul lead nuclear talks

 4人は北の権力者である金正日らと会談する予定で、その後、4月28日にソウルに飛んで韓国側と話し合う。その間に中国の6カ国協議の責任者である武大偉もソウルに行く。4人の元大統領は、07年に南アフリカのネルソン・マンデラ元大統領が提唱して作った国際問題を解決するための世界の元指導者の組織「Global Elders(The Elders)」のメンバーとして訪朝する。 (Carter begins tour of China, Koreas to reduce regional tensions

 6カ国協議を再開するための動きは3月から続けられていた。3月25日にドイツのベルリン郊外で、米国のシンクタンク・アスペン研究所のドイツ支部が北朝鮮核問題を議題とする非公式会議を開き、米国、中国、北朝鮮の高官や元高官が出席した。この会議で3段階の和解案が検討されたと考えられ、以前から米国との関係改善を望んでいた北朝鮮側は、この会議を成功ととらえている。同時期にカーターらの訪朝が決まった。 (North Koreans upbeat after talks with ex-US envoys) (3月26日の速報分析

 その後、4月7日に北朝鮮の6カ国協議の責任者である金桂寛(金桂冠)が北京を訪問し、中国の武大偉らと6カ国協議の再開に向けた話し合いを行った。北朝鮮は以前から、韓国と和解しないまま米国と関係を改善し、米国との関係をテコに韓国や中国に対して強い態度を取れるようにして、米中韓を振り回しながら国家の存続をはかろうとしてきた。これに対し、今回の米中による構想は、先に北朝鮮を韓国と和解させた後で、北朝鮮が欲する米朝関係の改善を行い、北と米韓が対立しない状況を作ってから、北の核を廃絶する6カ国協議を再開しようとしている。(北朝鮮は、自国だけでなく在韓米軍の核兵器も韓国から撤去しろといっている) (N. Korea's Nuclear Envoy Arrives in Beijing) (Will Seoul engage Pyongyang?

▼天安艦問題が難問

 韓国も北朝鮮も政府は「南北和解をぜひやりたい」と言っている。しかし、実際に南北和解が進むかどうか疑問がある。韓国政府は、昨年春の米韓合同軍事演習の最中に韓国の軍艦「天安」が沈没した事件について北朝鮮の犯行だと言い続け、南北和解の前提条件として、北が韓国に天安艦撃沈について謝罪することを求めている。北朝鮮は、自国軍の犯行でないと言い続け、謝罪などとんでもないという態度だ。 (Phased Resumption Still Facing Hurdles

 天安艦事件は、日米などのマスコミでは「北朝鮮の犯行」と断定的に報じられているが、実のところ、韓国政府の主張は「北朝鮮は悪いことばかりしている国なので、天安艦も北朝鮮が撃沈したに違いない」という程度の話(韓国当局が作った分厚い報告書も、それ以上の中身がない)で、誰が犯人なのか確定できないままになっている事件だ。米韓合同演習中に米軍艦などと間違って同士討ちしてしまった可能性もあるし、沈没した南北分界線周辺の海域に多く設置されている機雷に触れて沈没した可能性もある。沈没当時、米韓軍はこの海域で演習として海中の監視を続けており、北朝鮮の潜水艦が監視の目をくぐって接近し、天安艦を撃沈できた可能性は低い。 (韓国軍艦「天安」沈没の深層) (韓国軍艦沈没事件その後

 米韓が「北の犯行に違いない」と決めつけて「謝罪しろ」と言っているのなら、北が謝罪するはずもない。北朝鮮との問題で、米国は以前から、表向き問題を解決していく姿勢を示しながら、実は北朝鮮が拒否するしかない条件を提示し、交渉がとん挫する仕掛けを作るやり方を続けてきた。たとえば、米政府は03年ごろから「北が国連の核査察に応じ、核兵器の材料を全部出してきて廃棄したら、米朝国交を正常化してやる」と言っていたが、同時期にイラクのフセイン政権に対し、イラク側が査察に応じ、大量破壊兵器の材料を全部廃棄したのに「まだ隠しているはずだ」と言いがかりをつけて許さず、最後には米軍がイラクに侵攻した。 (北朝鮮とミサイル防衛システムの裏側

 この展開を見た北朝鮮が、米国の「全部出したら許してやる」という甘言を信じるはずがなかった。日本や韓国の政府も、米国が作ったこのような裏の仕掛けを知っていたが、日韓とも、自国に駐留する米軍の撤退と対米従属体制の終わりにつながる米朝和解を好まなかったので、米国のやり方を見てむしろ喜んでいた。このような経緯から考えると、今回も米韓は「北と和解する」と言いながら「天安艦沈没の謝罪」という、とん挫不可避の構造を仕掛け、朝鮮半島の恒久的な緊張状態と韓国の対米従属を維持するつもりなのかもしれない。

 米政界には、朝鮮半島問題を解決しようとする勢力と、それを阻止しようとする勢力が並存しているようで、そのために米国の北朝鮮政策が二枚舌的になる。韓国当局は「南北対話がとん挫したら、北朝鮮は核実験かミサイル試射を再開するだろう」「リビアのカダフィは03年に欧米と和解するために核兵器開発を放棄したが、それがゆえに抑止力を失い、今になって欧米に空爆されている。北朝鮮はそう考えて、核の放棄を拒否するだろう」と、緊張再燃を予測している。 (Analysis: North Korea diplomacy at crossroads: talk or trouble?

▼奇策が出るか

 しかし4月7日に北の金桂寛が訪中して中朝会談をした際、北朝鮮側は中国側が提示した南北和解の提案を了承したようだと報じられている。中国も天安艦事件をめぐる屈折した状況を知っているだろう(沈没現場は中国沿岸から150キロしか離れていない)から、この難問を解決する何らかの策について、北や韓国と合意したのかもしれない。 (Concocting contingency plans

 金正日は奇策が好きな人だ。日本との「拉致問題」では、02年の小泉訪朝時、日本政府が提示した拉致被害者と思われる11人のリストをすべて認めて謝罪したのが奇策的だった。日本側が提示したリストの中には、北朝鮮と関係ない失踪のケースもあったと推測されるが、北側が一部のケースについてのみ拉致を認め、残りは認めないと、日本側は北側が認めなかった部分について「そんなはずはない。リスト掲載の全員が北に拉致されたはずだ」と言ってきて日朝交渉が失敗しかねない。

 北が全部認めても大した実害がないので、金正日は、北がやっていない分まで含めて全部まとめて認めたのだろう。それで日本と国交正常化できて支援金をもらえるなら安いものだ。しかし金正日の奇策に対し、日本側は北からもらった拉致被害者のものとされる遺骨の「DNA鑑定」をして「ニセモノだ」と怒るという奇策の応酬をやって和解を回避し、日朝対立を維持した。(埋められていた遺骨のDNA鑑定をしても、土中の微生物などが入り込んでいて、遺骨の人物特定は不可能だと英国ネイチャー誌が報じた) (北朝鮮6カ国合意と拉致問題

 金正日は、拉致問題の時と同様の奇策をやるとすると、北が天安艦を撃沈したと認めて謝罪するというシナリオになる。しかし、これはありそうもない。金正日が天安艦撃沈を認めて謝罪すると、韓国軍と一触即発の対峙をしている北朝鮮軍の士気が落ちてしまう。米韓は北朝鮮のすぐ前の海域で軍事演習を繰り返している。金正日は、たとえ本当は北が撃沈したのだとしても、天安艦撃沈を認めて謝罪することは難しい。

 北朝鮮は、天安艦事件の真相究明のやり直しを求めている。ロシアはそれに賛成だが、韓国の李明博政権は「天安艦事件は北の犯行ということで確定している」と、真相の再究明を固く拒否している。態度の転換はないだろう。天安艦問題を棚上げして南北対話を開始することもシナリオとしてあるが、棚上げすると李明博政権が韓国内の右派から非難され、弱体化する。

 天安艦事件をめぐる南北の対立を解消する新たな策が何もなければ、今回の南北和解策もまた失敗する可能性が高い。どうなるか、カーターらの訪朝と訪韓が終わったら、事態が見えてくるだろう。本件については、事態の推移を見ながら、また書くつもりだ。



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