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ひどくなる世界観の二重構造

2011年5月18日   田中 宇

 私のウェブサイトの副題は「世界はどう動いているか」である。1996年ごろにサイトを立ち上げた当初は、そちらが本題だった。世界の動きをできるだけ概観的にとらえ、過去から現在、未来に向かって、世界が全体としてどのように流れているのかを分析するのが、当初から現在まで、私が試みていることだ。

 私が分析作業を続けてきて、特に2001年の911事件後の10年間、どんどんひどくなっていると感じるのは、マスコミの報道を通りいっぺん見聞したときに人々が受け取る「表に出ている世界の様相(表相)」と、報道などの情報をもとに分析していくと矛盾や説明の空白が見えてきて、それらを自分なりに洞察すると気づく「一枚めくった下にありそうな世界の様相(深相)」との乖離だ。近年は、マスコミ報道に接したときに人々が感じる説明の空白が大きくなりすぎて、多くの人がマスコミ自体に疑念を感じる度合いが増している。説明のつかないことが増え、状況に対する不確実性、不透明性が拡大している。 (Don't Mean To Be Rude, But The Economy Sucks

 深相を分析することは、往々にしてタブーだ。表相に疑問を持って深相を見ようとする分析を何の気なしに続けていると、トンデモ扱いされたり、陰謀論者扱いされたりといった、中傷や妨害的な攻撃の対象にされることが多い。以前、日本のマスコミで「裏読み、深読み」的な題名のコラムが流行ったが、ほとんど裏っぽくも深くもないものが多かった。最近は、深読み裏読み的な姿勢の記事自体、あまり見なくなった。悪評を防ぐには、タブーに触れない方がいいのだろう。

 私は全くの個人で書いているので、世間体を気にする編集者やデスクといった「上司」から没にされることがない。深相をほじくって分析記事を配信していると、中傷メールが増え、最初はぎょっとしたが、そのうちに、中傷メールがくるテーマは、米英当局が覇権維持のために隠したいことであると感じるようになった。米当局が911事件の発生を黙認した疑いとか、でっち上げた開戦の大義(大量破壊兵器)によって米英軍がイラクに侵攻したこととか、米英の当局が学界とマスコミを巻き込んで、多様な仮説の中の(できの悪い)一つにすぎない地球温暖化人為説を「真実」であると世界の人々に軽信させたことなどだ。 (911事件関係の記事

 私の記事は、世界的な影響力の薄い日本語なので、米英の、その筋の人々から中傷や圧力が来ない。だが、対米従属が国是の日本政府は、日本国民が米国のあり方に疑問を持つようになると困る。詳細は私にもわからないが、日本の当局(官僚機構)は、世論を形成するマスコミなどの言論を操作するシステムを持っていて、それで私が寝た子を起こすような深相分析をやると中傷メールが増える仕掛けなのかもしれない。私自身の分析不足や、記事が下手だから読者に誤解されるのかもしれないが、中傷メールの受信を機に再分析を繰り返しても、その後の分析の結論は、最初の結論とあまり変わらないことが多い。 (官僚が隠す沖縄海兵隊グアム全移転

▼表相と深相の乖離は解消しない

 表相と深相の乖離は、経済と政治の多方面で起きている。米経済の状況は、表相的には「不況から回復しつつある」だ。だが深相的には「米政府と連銀の大規模な赤字増と緩和策によって金融システムを延命させ、株価を押し上げ、金融機関の不良債権を裏帳簿に隠して、景気が回復しつつあると見せているだけでないか。中産階級とそれ以下の米国民の生活は悪化を続け、実質的な失業率は増加傾向だ。リーマン倒産後、債券金融(影の銀行システム)を何とか修復し、金あまり状態を再現して、米経済が延命しているが、これは金融バブルの持続的拡大であり、いずれ破綻しそうだ」となる。 (影の銀行システムの行方

 世界銀行は「2025年までに世界の通貨体制は従来のドルの単独基軸制から、ユーロと中国人民元を加えた3極体制に移行する」という予測を発表した。こうした通貨多極化の予測は、数年前からあちこちで発せられており、私にとっては珍しいものでないが、日本のマスコミや学界で、こうした予測が意味するところを掘り下げて分析することはまれだ。表相的に、ドルの基軸制の喪失問題が無視されている。 (World Bank sees end to dollar's hegemony) (失われるドルへの信頼

 表相的に無視されているテーマは、対策が真剣に論じられないし、講じられない。世界金融の中心は米国の債券金融(影の銀行システム)だが、そのシステムを設計したのはゴールドマンサックスやJPモルガンといった米国の一握りの金融家であり、その他の人々は、日本の大銀行なども含め、システムの詳細を知らない。著名な日本の「金融専門家」も、ほとんど表相しかわかっていないだろう。

 世銀の予測どおり、ドルが単独基軸制を失うとしたら、そのときまで米当局はほとんど何の対策もとらないだろう。対策が講じられないので、通貨体制の転換は軟着陸でなくハードランディング、つまりドル崩壊的な転換になる可能性が高い。深相分析をタブー視して陰謀論のレッテルを貼り、人々が表相だけ見るようにすることは、米英覇権を維持するためにやっているのかもしれないが、結果的に、覇権の軟着陸的な延命を不可能にする。

 政治面で表相と深相の乖離が激しい最たるものは「テロ戦争」である。「アルカイダ」について分析しようと調べれば調べるほど、実体不明な感じばかりが募る。調べるほど実体不明になるのは「ねずみ講」など詐欺の特徴だ。アルカイダは、米国の諜報機関が発した知的詐欺の産物という感じだ。世の中的には、アルカイダの専門家は諜報機関の出身者が多く「身内」で固めているので、専門家に対する取材に依存しているマスコミには、当局の知的詐欺が露呈するほど深い記事が載らない。

「アルカイダの最高指導者」だったオサマ・ビンラディンが「殺害」されたので、テロ戦争は終息に向かうだろう。ビンラディン殺害も、表相的には「事実」だが、深相的には、殺されたのが本人かどうか疑問だ。テロ戦争は、911の本当の真相が暴露されて終わるのでなく、ビンラディン殺害という表相的な事件によって、深相が隠されたまま終わりそうだ。 (ビンラディン殺害の意味

 私はかつて、いずれ表相の歪曲性の暴露と深相の事実化が進むことによって、表相と深相の乖離が解消されていくだろうと楽観的に予想していた。しかし実際には、表相と深相の乖離がほとんど縮まらないまま、テーマごと忘れ去られていくことによって終わるものが多い感じだ。テロ戦争がその一つだし、地球温暖化問題もそうだ。

 温暖化問題は一昨年、英国で暴露された「クライメートゲート」によって、温暖化人為説が著名学者による歪曲であることが判明したが、その後、温暖化問題そのものが世界的にあまり話題にされなくなり、人為説という表相のインチキさが世界の人々に広く知れ渡ることなしに、問題そのものがお蔵入りした感じだ。日本では、原発事故後の電力不足によって「二酸化炭素を出さないすばらしい原子力発電」という宣伝も消え、温暖化問題は静かに忘れられている。日本などでは、以前に温暖化人為説を声高に唱えていた人々が「クライメートゲートという小さな問題はあったが、温室効果ガスが温暖化の原因であるという『事実』が揺らぐことはない」という頑固で新興宗教的な態度を示している。 (地球温暖化めぐる歪曲と暗闘

 日本で新興宗教的な政治の様相といえば、北朝鮮問題もそうである。ポイントは昨春の天安艦沈没事件だ。表相的には「天安艦は北朝鮮が撃沈したに違いない。北が謝罪しない限り南北対話をしないと宣言する韓国政府は正しい」というものだ。深相的には「天安艦事件は原因がきちんと究明されていない。米韓は真相を隠蔽したままだ。北は犯行を強く否定している。米韓の軍艦が現場近くに無数にいた当日の状況から考えて、北の犯行の可能性は低い。米韓は、北に濡れ衣をかけた上で『謝罪しない北が悪い』と批判し、南北対話の実現を阻止している疑いがある」となる。 (米中協調で朝鮮半島和平の試み再び

 歴史を振り返ると「冷戦」も表相と深相が乖離した状況だった。表相的には、米ソの力が何十年も拮抗して一触即発の対立を続けたのが冷戦だが、深相的には、米国はソ連の力を(おそらく意図的に)過大評価し、覇権戦略の一環として拮抗状態を捏造していた疑いがある。米国がその捏造を唐突にやめて、ソ連に対話を提案して冷戦が終結したが、なぜ米中枢が冷戦をやめることにしたのか明確な説明がない。冷戦は、表相と深相の乖離が解消されないまま終わってしまった。 (ネオコンの表と裏

 この先例から見ても、今後、ドルと米国債の下落などによって米国の覇権が壊れ、世界が多極型の覇権体制に移行しても、テロ戦争や米金融危機などをめぐる表相と深相の乖離の解消は起きそうもない。同時代を生きた私などが感じた深相の部分が根拠のない話に分類されて忘れ去られ、表相の部分だけが「歴史」として定着していくのだろう。私が分析する深相に推察が多いのは事実だが、ある程度の根拠があり、空想ではない。しかし、歴史的には「空想」に分類されていきそうだ。悲しいが、歴史とはそのようなものであると認識している。

 世の中の野望ある人々は、政治家や実業家、学者などとして「歴史に名を残す人物」になることをめざすことが多いが、歴史に名を残す人は、表相的な考え方を逸脱しない人のことである。そう考えると、歴史に名を残すことも浅薄に見えてくる。



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