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北朝鮮の人工衛星発射をめぐる考察

2012年4月12日   田中 宇

 北朝鮮の人工衛星発射が秒読み段階だ。4月13日に北の最高人民会議で金正恩が最高権力である国防委員長に就任した後、14日に発射されるとの予測が出ている。日本のマスコミでは、発射されるのが「ミサイル」と報じられているが、北朝鮮は「気象観測衛星」と発表している。ロケットの先端に人工衛星を搭載し、衛星軌道に向けて打てば人工衛星だが、同じロケットに爆弾を搭載して衛星軌道より低くどこかに着弾するよう打てばミサイルだ。ミサイルか人工衛星かという議論は、北が1998年に最初に打ち上げした時からのものだ。日本ではミサイル説が強いが、米政府は当初から人工衛星説に傾いている。06年と09年の打ち上げの際は、米政府の諜報担当者が「人工衛星の発射だという北朝鮮の発表が正しそうだ」と言っている。 (北朝鮮ミサイル危機と日本) (北朝鮮問題が変える東アジアの枠組み

 北朝鮮は、外国記者団を西海の発射基地に招待して取材させ、ロケットに搭載する現物の人工衛星を公開した。米国NBCテレビはこの取材に、米国NASAの衛星打ち上げ専門家ジェームス・エーベルグ(James Oberg)を同行させた。エーベルグは、人工衛星は地上のほこりなどが付着したまま打ち上げられると計器類が不具合を起こすので、発射前の人工衛星は防塵室に入れ、公開時は透明なカバーをするか別室から見学させるのがふつうなのに、北は衛星が置いてある部屋の中に数十人の記者を招き入れて公開しており奇妙だと述べている。また彼は、もっと小さなロケットでも、公開された人工衛星を打ち上げられるはずだと言っている。しかし同時にエーベルグは、発射基地の司令室の雰囲気や技術者たちの様子は、NASAの発射基地と似ており、演技でなく本物の打ち上げ要員だろうとも述べている。 (NBC space expert on North Korea satellite launch: 'It's not a military missile ... but it's darn close'

 北が入念な演技をするつもりなら、人工衛星を防塵カバーで覆って公開しただろう。覆いをつけなかったのは、知識が低いか、準備が間に合わなかったからだろう。北が使うロケットは、弾道ミサイルと同じものなので大きめなのだろう。エーベルトは「このロケットは98%兵器だ」と述べている。ふだんミサイル発射基地として使われている基地で衛星を発射するのなら、技術者の動きも演技でなく本物だ。

 北は、金日成生誕百周年の記念事業として気象衛星を打ち上げると発表している。エーベルトは、稚拙な衛星の管理を見て、成功するかどうか五分五分だろうと述べている。北が失敗させるつもりで金日成の誕生日の事業をするはずがないので、成功しそうもないのは北の技術が稚拙だからということになる。

 今回は、これまでに北が挙行した3回と同様、人工衛星の打ち上げだろう。日本の政府やマスコミが「ミサイル」に固執するのは、その方が北を仮想敵国と見なし続け、在日米軍の駐留と対米従属の国是の継続がしやすいからだろう。日本政府は「領空に入ってきたら迎撃する」と発表したが、韓国軍は「北は前回09年に、ほぼ予定どおりの方向や角度に打ち上げた。今回もだいたい正確に打ち上げるだろうから、撃墜する必要はない。発射直後の迎撃は技術的に困難なので当たりにくく、弾の無駄になる」と述べている。米軍も迎撃について沈黙している。当たらないと迎撃体制の信頼性が落ちるので、たぶん日本も迎撃を試みないだろう。マスコミが大騒ぎして、日本国民が北の脅威を感じ「北は敵だ」と思ってくれれば十分だ。 (N Korea's neighbours get ready for rocket

▼北が通告したのに米国は発射計画を止めなかった

 北は、人工衛星打ち上げが09年に加盟した宇宙条約に盛り込まれたあらゆる国家の権利だと言っている。米国や日韓は、北の打ち上げが人工衛星だとしても、ミサイル技術を使ったものなので、北にミサイル関連技術の使用を禁じた06年と09年の国連決議に違反していると主張している。どちらが正しいか、黒白をつけがたい。 (North Korea launches satellite of love

 宇宙条約は国連決議より優先するという北の主張も一理ある。だから「国際社会」が北の衛星発射をやめさせたいと考えていたのなら、高圧的なやり方は通じない。早めに北を説得し、発射を中止するよう同意させる必要があった。しかし、国際社会を代表して北と交渉してきた米国は、衛星発射をやめさせる努力をしなかった。北は、まだ金正日が生きていた昨年12月15日に、米国に対し、今回の衛星打ち上げについて通告していたと、日本の新聞が報じている。 (DPRK 'told U.S. about plan on Dec. 15'

 その後、米国と北朝鮮は交渉し、今年2月末に、核開発中止と食料支援との交換で和解したが、この交渉の中で米国は、北に衛星発射の中止を和解の条件にしなかった。衛星発射は、昨年末に死去した金正日が決めたことだ。後継者の金正恩としては、尊父が決めたことを簡単にやめられない。昨年末以来、米国は北の衛星発射予定を知りながら、軽く北に警告する程度で本格対処せず、日本やフィリピンなどが騒ぎ出す段になって、米政府はマスコミに「北の発射を過剰に報じるな。北のプロパガンダに乗せられるな」と事態の沈静化を試みたりしている。 (White House warns media on North Korea) (US shoots down East Asian peace

 北が衛星を発射したら、米国は2月末の米朝合意で決めた食料支援を正式に棚上げするだろう。すると北はその報復として、2月末の合意に基づいて寧辺核施設に招き入れたIAEAの査察団を再び国外退去させ、3度目の核実験をやるかもしれない。すでに北の核実験場で新たな掘削工事が始まっていると、韓国の諜報機関が伝えている。2月末の米朝合意は破綻しそうだ。 (`N. Korea preparing for third nuclear test'

 米政府の担当者は、衛星発射を止めないと米朝合意が破談すると昨年末からわかっていたはずなのに、対処しなかった。オバマ大統領自身は、米朝対話と南北対話の再開、6カ国協議の再開という、昨春に米中で合意した解決の道筋をたどりたいと考えているようだ。だが、オバマの下にいる人々の中に、米朝対話、6カ国協議の進展、北の脅威の消失、在韓・在日米軍の撤退、日韓に対する米国の影響力の低下という、今後予測される流れを阻止したい軍産複合体系の勢力が潜んでおり、彼らがオバマの気づかぬように米朝合意を破綻させるべく、北の衛星発射を黙認したのかもしれない。90年代から、米国による北との和解の試みは、進んでは頓挫し、しばらくすると再開するがまた頓挫することが繰り返され、相克的だ。 (◆転換前夜の東アジア

▼打つ手がない米国

 米政府は、北が衛星を発射したら制裁を強化すると言っている。しかし米国は、すでに北と経済関係を絶っており、これまで以上の制裁を打つ手がない。日韓にも打つ手は少ない。北朝鮮経済の手綱を握るのは中国だが、中国やロシアは、北に対して高圧的なやり方をしたくない。中露は、最近インドで開いたBRICSサミットで、外交諸問題について高圧的、武力的な解決方法を好む米欧を批判し、外交諸問題の解決を平和的な対話で行うべきだと宣言した。米国が国連安保理で北に対する追加制裁を提案しても、口だけの批判を超える内容の提案は、拒否権を持つ中露に反対されて実現しない。米国が食料支援をしなくても、北は中国から食料を得られる。 (World impotent as North Korea shoots

 米国の外交問題を決める奥の院といわれるCFRの研究者(Scott Snyder)は、衛星発射の後しばらくしたら、再び何事もなかったかのように米朝交渉が再開されると予測している。しかし、米朝交渉は再開と破綻を繰り返すばかりで、米国はしだいに交渉能力を失い、代わりに中国が北朝鮮の面倒を見るようになっている。この事態が続くと中国は、米国に頼れないと結論づけ、BRICSが朝鮮半島問題の解決を主導する新たなシナリオを描くようになる。交渉の場は国連で変わらないが、主導役が米欧からBRICSへと静かに代わる。この交代は、すでにイランやシリアの問題に関して始まっている。 (West launches barrage of hot air By Donald Kirk

 韓国では4月11日の国会選挙で、総議席300のうち、現与党のセヌリ党(保守派)が152議席と過半数を何とか制し、選挙前の162議席より減ったものの、与党の座を守った。左翼主導の野党は敗北宣言した。12月の大統領選挙で、セヌリ党の党首となる朴槿恵が勝つ可能性が強くなった。従来の李明博大統領の対北強硬策が失敗であることは広く認知され、今回の韓国総選挙は対北政策が大きな争点にならなかった。次期大統領が誰になっても、北との対話が再開される可能性が高い。 (South Korea's Ruling Party Stages Surprise Election Comeback) (The South: Busy at the polls

 米朝対話と南北対話が再開し、6カ国協議が再開されるのは、今年11月の米大統領選挙でオバマが勝ち、12月の韓国大統領選挙も終わった後の来年に持ち越されることになりそうだ。米選挙はオバマが勝つと予測されるが、逆に外交強硬派の共和党のロムニーが勝ったら、米朝対話の再開がおぼつかなくなる。しかしその場合、米国は強硬姿勢が過剰になって孤立主義の傾向を強め、中露などBRICSが問題解決の主導権をとる流れが加速するだろう。BRICSが集団的覇権勢力として台頭する腹を決めたことについては、あらためて書くつもりだ。 (Power Shift Barron's Cover) (Brzezinski Says Romney Lacks `Grasp' of Foreign Policy



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