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自立的な新秩序に向かう中東

2012年9月7日   田中 宇

 8月14日にサウジアラビアのリヤドで開かれたイスラム諸国会議(OIC)と、8月29日にイランのテヘランで開かれた非同盟諸国会議(NAM)という、中東、アジア、アフリカなどの発展途上諸国を集めた2つの国際会議が、中東の国際政治体制を大きく転換した。 (Egypt and Iran, new twin pillars

 以前の中東は、油田の安全を米国に守られたサウジと、ムバラク前大統領による独裁体制だったエジプトというスンニ派の2大国が、対米従属的な親米諸国として、米イスラエルが敵視するシーア派のイランと対峙する体制だった。79年のイラン革命以来、米国はスンニ派とシーア派の対立を煽る分断戦略で中東を支配し、サウジやエジプトは政権維持のため、米国の分断戦略に乗っていた。

 しかし、リヤドでのOICで、主催国のサウジは、仇敵であるはずのイランのアハマディネジャド大統領を会議に招待したうえ、サウジ国王は自分の隣の特等席にアハマディネジャド大統領を座らせ、イランとの和解を演出した。イランは、米軍撤退後のイラク(国民の6割がシーア派)を傘下に入れ、バーレーン(国民の7割がシーア派)では、スンニ派で親サウジの王政を倒すシーア派の民主化要求の反政府運動を隠然とテコ入れしている。シリアでは、サウジが支援する反政府勢力(米英諜報機関傘下のアルカイダ系)と、イランが支援するアサド政権が内戦を続け、膠着状態にある。 (Saudi king sits next to Ahmadinejad

 イラクでもバーレーンでもシリアでもレバノンでも、サウジが支援するスンニ派勢力が苦戦し、イランが支援するシーア派系の勢力が台頭ないし巻き返している。サウジ王室は、米国がイランに核兵器開発の濡れ衣をかけて制裁・攻撃し、無力化してくれると期待してきたが、米国主導のイラン経済制裁は抜け穴が多くて効果が薄く、逆に、反米感情の強まる中東やイスラム世界でイランが英雄視される傾向が強まり、イランの国際台頭を招いている。 (◆イラン危機が多極化を加速する

 サウジは、中東での米国の力が落ちていることもあってイランの影響力を認めざるを得なくなり、敵視策を懐柔策に変えることにしたのだろう。サウジとイランは引き続きライバルであり、表面的な和解のイメージと裏腹に両国関係の基本は対立的だ。だが、表面だけでもサウジがOICサミットでイランを宥和せねばならなくなったことは、中東での米国覇権が弱まり、スンニ対シーアで対立させられていた状態から、中東諸国が自立的な関係を持つ新秩序へと転換しつつあることを示している。 (◆米覇権後を見据えたイランとサウジの覇権争い

 続くテヘランでのNAMサミットは、世界の人口の55%を占める150カ国の首脳や代表が出席し、バンキムン国連事務総長も、米イスラエルの反対を押し切って出席した。サミットは、イランに核の平和利用を行う権利があることと、中東(イスラエル)と世界の核兵器廃絶を進めることを全会一致で決議した。これまで、イランが核兵器開発しているという米イスラエルが作る濡れ衣を世界が鵜呑みにして、イランが悪で米国が善という構図が流布していた。NAMサミットは、米国のイラン非難が濡れ衣であり、イランが善で米イスラエルが悪であると世界の大半の国々の代表が認めるという、善悪の逆転を引き起こしている。 (It's Cool To Be Non-Aligned

 NAMは、米ソ冷戦が激しかった1955年に、米ソどちらとも同盟しない「非同盟」を掲げ、アジア・アフリカ・中南米など発展途上諸国の団結によって米ソ対立を乗り越える新世界秩序を作ることを目標に結成され、60年代にある程度の政治力を持った。だが、米国CIAなどが、非同盟の指導者だったインドネシアのスカルノ大統領を失脚させて米国傀儡のスハルト政権を作ったり(オバマ大統領の母や義父がそれに協力していた)、米欧の金融機関が途上諸国に借金させて返済不能に追い込み、首を回らなくする累積債務問題を起こしたりして、80年代までに途上諸国の多くが自立的な状態を奪われた。 (The South gathers in Tehran) (◆CIAの血統を持つオバマ

 80年代後半にソ連が衰退する一方、米英主導の債券金融システムが世界を席巻する金融覇権が始まり、途上国の多くが米英型の経済政策を採りたがり、非同盟運動は力を失った。しかしここ数年、米軍やNATOによるイラクやアフガニスタンの軍事占領の失敗で、途上諸国やイスラム諸国の反米感情が再燃し、08年のリーマンショック以降は金融覇権体制も崩れ出した。米欧中心の世界体制が機能不全に陥り、途上諸国の人々がより公平な世界体制を求めるようになった。歴史的に非同盟に近いインドやブラジル、中国、南アフリカを含むBRICSが台頭し、米欧中心でない多極型の世界秩序を求めるようになり、非同盟諸国の国際運動が再活性化する素地が生まれた。 (A Major Failure by Washington, A Blast From the Past: The Non-Aligned Movement

 そうした中、米欧から濡れ衣をかけられて敵視・制裁され、米欧中心の世界体制に最も迷惑しているイランが、ちょうど今年から3年間NAMの議長国になり、テヘランでサミットが開かれた。中露や途上諸国の中には、以前からイランの核兵器疑惑を米欧による濡れ衣と看破し、米欧に批判的な国が多い(IAEAの報告書をよく読めば濡れ衣とわかる)。イランは、自国にかけられた圧力をはねかえすため、BRICSや途上諸国の結束を強化して米欧に対抗し、世界秩序を米欧中心から、イスラム世界を米欧の抑圧から解放しうる多極型に転換し、中東から欧米の影響力を追い出し、イスラエルを無力化し、イランを中東の主導国の一つにするところまでやろうとしている。この策略を現実に近づけられる点で、今の時期にNAMの議長国になったことは、イランにとって好機だ。 (`Iran to open new page in NAM history') (Iran brings new direction to NAM

 NAMは、テヘランのサミットで「国連の民主化」を提唱した。今の国連は、世界秩序のあり方を決める国連の最重要機関である安保理事会が、米欧中露の常任理事国に権限が集中しており、途上諸国から見ると非民主的な体制だ。多数決で決める国連総会の地位を向上させ、世界の諸国の大半を占める途上国の権限を強めるのが、イランなどNAMの目的だ。 (Iran NAM summit - Show of International solidarity

 国連の民主化、非欧米化の圧力は高まっている。国連機関の一つIAEAでは、アラブの17カ国が、IAEA非加盟のまま核兵器を持っているイスラエルを非難する決議を、9月の総会で提起する。イスラエルは中東で核兵器を持っている唯一の国で、イスラエルに核廃絶させることは、オバマ政権も提唱した「中東非核化」や「世界的核廃絶」につながる。 (Israel angered over IAEA vote on nukes

 オバマ政権は「親イスラエル」を掲げつつ「中東非核化」を推進し、イスラエルに対して二枚舌の姿勢をとっているので、アラブ諸国が提案する中東非核化を容認する傾向がある。IAEAがイランでなくイスラエルの核を問題にすることは、IAEAの主導権が米欧から途上諸国や中露に移ることを意味する。イランが台頭し、イスラエルが不利になるのに合わせ、イスラエルや米国の右派は、イスラエルにイラン空爆を挙行させる要求を強めている。 (Israel Rails Against IAEA Vote on Nuclear Arsenal) (Tehran summit echoes to war chants

▼中東のすべての政治問題の枠組みが変わる

 イスラエルは、いずれ核廃絶を迫られて窮し、核兵器を奪われてアラブ諸国に攻め入られて国家が滅亡するなら、その前に世界を巻き込んで核戦争を起こしてやれと、イランやアラブ諸国などに核ミサイルを撃ち込む「サムソン・オプション」「ハルマゲドン」を挙行するかもしれない。その場合、中東は先行き不明の大戦争になるが、イスラエルとイスラム諸国の双方に国家的理性があり、パレスチナなど中東の諸問題を戦争でなく交渉で解決しようとするなら、今後の中東は、米欧の影響力が低下し、イラン、エジプト、サウジ、トルコという地域4大国間の交渉で動いていくだろう。そこにイスラエルがどう絡むかが、まだ見えてこない部分だ。

 喫緊の課題の一つは、シリア内戦だ。イランがアサド政権を、サウジとトルコと米国が反政府勢力を支援し、国際対立している。内戦開始後、いったん反政府軍が優勢になったが、その後、アサド政権の国軍が反政府軍からいくつかの地域を奪還した。だが長期的にみると、アサド政権は失脚しそうだ。 (エジプト革命の完成と中東の自立

 モルシー政権になって政治的に米国から自立し、中東5大国の一角を担い始めたエジプトのモルシー大統領は、OICサミットに際し、エジプト、サウジ、イラン、トルコの4カ国で、米欧抜きでシリア問題を解決する新たな枠組みを提唱し、4カ国の支持を取り付けている。モルシーはその後、テヘランのNAMサミットにも出席し、アサド政権を強く非難する演説を放った。シリア代表は怒って退席したが、親アサドのはずの議長国のイランは、モルシーの発言を黙認した。 (Mursi Lashes Syria, Sparks Walkout at NAM Summit

 このような流れをみて、イスラエルの新聞は、イランが最終的にアサド政権を見放し、その見返りとして中東の国際政治において大国の立場を得る道を選ぶだろうと分析している。 (In Syria crisis, Iran seeks regional power even if it means losing Assad

 代わりの政権を用意せずアサド政権を潰すと、シリアはスンニ派とアラウィ派が殺戮しあう長期内戦になる。従来、米国やサウジは、この混乱のシナリオを描いていた。半面、エジプトの新提案は、代わりの政権を用意してからアサドを辞めさせる案と考えられる。長らくシリアの野党だったムスリム同胞団を強化して新政権をとらせるつもりだろう。シリアの同胞団はもともと、モルシー大統領が属するエジプトの同胞団と兄弟組織である。 (Morsy on path-breaking visit to China, Iran

 従来の米サウジの戦略は、親イランのアサド政権を潰し、シリアを親イラン(アサドは非スンニのアラウィ派)から反イラン(スンニ主導)に転換することを目的とし、サウジ主導のスンニがイラン主導のシーア(非スンニ)を潰したいサウジ王政の国家戦略と、スンニとシーアを恒久対立させたい米英イスラエルの中東戦略に基づいていた。一方、モルシーの新提案は、シリアをムスリム同胞団の政権にするという、同胞団が漁夫の利を得る策略であるものの、中東を米英イスラエルの傀儡下から解放し、地域の主要国間の協調で、シリアを再び安定させようとする安定重視の枠組みと考えられる。

 サウジは、イランを無力化できないものの、アサドを追放することで、シリアを親イランから離脱させられる。イランは、アサドが辞めてシリアがイラン傘下から離脱するのを看過せねばならないが、代わりに地域大国の一つとして公式に認められ、中東での米欧イスラエルの影響力を低下させるという大きな目標を実現でき、国際社会における自国の立場を大幅に強化できる。トルコは従来、アサドに言うことを聞かせて中東での影響力を拡大しようとしていたが、シリア内戦の長期化でそれが失敗し、窮している。モルシーの新提案は、トルコの面子を保てる点で歓迎されている。

 シリアの隣のレバノンも、長らく米欧(米仏)が国内政治に介入し、この30年ほどはシリアが対抗的にレバノンに介入し、対抗してイスラエルが介入して対峙し、最近ではイランがシーア派武装勢力ヒズボラをテコ入れし、ヒズボラは事実上の与党にまで台頭した。今後、米欧の影響力が低下して中東諸大国間の協調が強まれば、レバノンも新たな枠組みで安定化が模索されるだろう。似たようなことは、シリア、トルコ、イラク、イランに分割されて住み、百年前から英米イスラエルの中東介入の道具にされていたクルド人についてもいえる(複雑なので詳述しない)。8月のOICとNAMで示された中東政治の新たな方向性は、中東のあらゆる政治問題の枠組みを変えそうだ。 (Can Egypt Defuse the Iranian Nuclear Crisis?

 最近、モルシーもアハマディネジャドも「最も重要なのはパレスチナ問題だ」と言っている。中東で米欧の支配力が弱まり、代わりにイスラム側の4主要国の協調体制が組まれていく中で、もう一つの中東の地域大国であるイスラエルは、これとどう絡むのか。協調できるのか戦争しかないのか、問題が全く未解決だ。イスラエルがイスラム側と協調するなら、パレスチナ問題で譲歩せねばならない。国連が何度も決議したもののイスラエルが無視しているパレスチナ和平案に沿って、西岸入植地群や東エルサレムの占領をやめてパレスチナ人に返還する必要がある。 (At Islamic conference, Egypt's Morsi calls for regime change in Syria

 イスラエルの内部には、イスラエル国家が潰れてもかまわず占領地の返還に絶対反対する「親イスラエルのふりをした反イスラエル」の右派が巣くっている(多くが米国出身)。パレスチナ問題は、アラブとパレスチナの交渉の問題でなく、イスラエルが国内右派の妨害を乗り越えて交渉に座につけるのかという、イスラエル(もしくは在米を含むユダヤ人)内部の問題になっている。 (Abbas: Settler attacks carried out under IDF watch

 今のところ、イスラエルは右派の妨害を乗り越えられていない。米国とイスラエルの仲も、潜在的に悪化している。米国は「イスラエル(亡き)後の中東情勢に対する準備をしている」との指摘すら出ている。聖書に書いてあるので不可避とされる「ハルマゲドン」が起きるしかない。 (US Preparing for a Post-Israel Middle East?

・・・と書きつつ、実は私は、ハルマゲドンが起きる可能性を低く見積もっている。世界のシステムを立案するニューヨークあたりのユダヤ人たちは、イスラエルの滅亡と中東の核戦争を本気で起こしたいのでなく、そのようなものが起きそうだと世界とイスラエルをたきつけて、イスラエルをぎりぎりまで追い込み、イスラエルが米欧を見限って、中露など多極型新世界秩序の側に転向し、多極化を積極推進する方に押しやろうとしていると、私は考えている。 (◆多極化に呼応するイスラエルのガス外交

 エジプトのモルシー大統領は、NAM出席のためイランに行く前に、中国を訪問した。エジプト経済を中国式に改善する案も出てきた。オバマ大統領は就任直後のモルシーに親書を書き、米国に招待したが、モルシーが向かったのは米国でなく、中国だった。モルシーは覇権の多極化を見据えており、中東安定化の一環として、中国などBRICSとの協調を強めたがっている。多くの読者は「多極化」より「ハルマゲドン」の方が、はるかに気になるだろう。しかし、今の世界の流れの本質はハルマゲドンでなく、多極化にある。 (Morsy on path-breaking visit to China, Iran



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