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大戦争と和平の岐路に立つ中東

2013年5月7日   田中 宇

 5月5日、イスラエル軍がシリアの首都ダマスカス郊外の軍事施設を空爆した。シリア政府が内戦での巻き返しをめざし、隣国レバノンの強いシーア派武装勢力ヒズボラに参戦を求め、シリア政府は見返りとしてヒズボラにイラン製の中距離ミサイル「ファテ110」を譲渡することにした。ヒズボラが支配するレバノン南部からこのミサイルを飛ばすと、イスラエル最大の都市テルアビブまで届く。ヒズボラは2006年にイスラエルと戦争して引き分けた過去があり、イスラエルと再戦争して勝つことをめざしている。イスラエルは、ヒズボラが中距離ミサイルを持つことを危険視し、譲渡の前に空爆で破壊することにしたようだ。 (Hezbollah: We won't let Israel, US take over Syria) (Nasrallah hints at possible Hezbollah intervention in Syria on Assad's side

 空爆を機にイスラエルとシリアが本格戦争になっていくとの予測が出ている。間もなく米軍もシリアに参戦するとの見方すらある。米イスラエルに侵攻されるかもしれないシリア政府にとってファテ110は大事なミサイルで、ヒズボラに譲渡するはずがなく、空爆の理由付けはイスラエルのでっち上げだという説もある。 (Robert Fisk: The truth is that after Israel's air strikes, we are involved

 だが、もしイスラエルがシリア内戦に参戦するとしたら、米国も同時に参戦することが前提だ。イスラエルだけ参戦して米軍が来ないと、イスラエルだけで勝つことができず、06年のヒズボラとの戦争の二の舞で途中で停戦するか、さもなくばイスラエルが潰れるまで戦わざるを得なくなる。 (大戦争になる中東) (Multiple messages in Israel's Syria strikes

 米オバマ政権は、シリア内戦に参戦する気がない。オバマは、前任のブッシュ政権がやった、米国の国力を浪費するイラクとアフガニスタンの戦争の泥沼から抜けだそうとしている。シリアに侵攻したら国力浪費の戦争に逆戻りしてしまう。オバマ政権は内部で、シリア侵攻したい国務省と、侵攻したくない国防総省が対立する構図を演出し、米政界で強い好戦派を煙に巻きつつ、シリアに侵攻せずにすませようとしている。 (No good military options for U.S. in Syria) (Obama: U.S. unprepared to rush into Syria intervention

 米軍が参戦しない以上、イスラエルだけで参戦することはない。イスラエル政府は、米国に参戦してくれと頼んでいないと表明している(頼んでも無駄だからだろう)。イスラエルのネタニヤフ首相は、空爆の理由について、シリアのアサド政権を転覆するためでなく、兵器がヒズボラにわたることを阻止するためだったと弁明している。 (Israel: Not Encouraging US to Attack Syria) (Netanyahu leaves for talks in China, but his real audience sits in a Syrian palace

 イスラエルがシリアと本格戦争する可能性は低い。だが、イスラエルの強い政治勢力である右派には、親イスラエルのふりをした反イスラエル勢力が多く混じっており、イスラエルを滅亡に追い込む中東大戦争を起こしたがっている。彼らがイスラエルをシリアとの本格戦争に引っ張り込む懸念はある。先日、イスラエル軍が議会に事前告知せず、ヒズボラとの戦争を想定した軍事演習を挙行していたことが発覚した。演習の最中に本物の戦争を始めてしまうのは、敵国の油断を誘うので開戦時によく採られる作戦だ。米イスラエルの右派が、イスラエルを中東大戦争に引っ張り込む可能性は残っている。 (IDF failed to inform defense minister of battle drill on Lebanon front

 イスラエルがこの時期にシリアを空爆した理由のもう一つは、シリア内戦で「シリア反政府派=善、シリア政府=悪」という、米欧日で流布してきた従来の構図が崩れ始めたからだ。これまで米国主導で「シリア政府軍が市民に向けて化学兵器のサリンを使った攻撃を行った」とする批判が行われてきたが、国連の調査団がシリアで調べたところ、化学兵器を使ったのはシリア政府軍でなく反政府派である可能性が高いことが判明した。 (UN's Del Ponte says evidence Syria rebels 'used sarin'

 米国が「シリア政府軍が化学兵器を使った」と間違った主張を展開したことは、03年に米国がイラクのフセイン政権に大量破壊兵器使用の濡れ衣をかけてイラクに侵攻した時と同じ構図のでっち上げである可能性が一気に高まっている。米国政府は国連の調査結果を無効としているが、世界的な世論としては逆に、いまだに米国が敵性国に濡れ衣を着せて侵攻しようとすることへの批判が高まっている。 (UN, US disagree over chemical weapons in Syria

 米議会上院では、シリア政府軍が化学兵器を使った前提で、早くシリアに軍事侵攻すべきだという主張が席巻している。茶番もここまでくると喜劇だ。 (Graham: "Growing consensus" in Senate for U.S. action in Syria

 シリアに軍事侵攻したくない米国防総省筋や、米国がシリア侵攻したら同行せざるを得ない英国筋は「シリア反政府勢力はぜんぶアルカイダだ。反政府勢力をあまり支持しない方がよい」と言い出している。 (Syria "Opposition" is Entirely Run by Al Qaeda

 シリア内戦をめぐっては、米欧やサウジアラビアがシリア反政府勢力(アルカイダ)を支持し、アサド政権を倒そうとしている一方で、中露やイランはアサド政権を支持している。米国覇権に従属する勢力が反政府支持で、多極化(反米非米)勢力がアサド支持だ。化学兵器を使ったのがシリア反政府派であり、反政府派がアルカイダであることが暴露された今、シリア問題をめぐって米国覇権勢力が弱まり、多極化勢力が強まっている。アサド大統領は4月にトルコのテレビ局の取材に対し「シリアの危機は、米国覇権の終わりと、BRICSの覇権勢力としての台頭を引き起こす」と述べていたが、1カ月経って、その指摘が当たっていたことが見えてきた。 (Assad: Syria Crisis marks the End of the Uni-polar World and the Rise of the BRICS as Global Power

 化学兵器を使ったのがシリア反政府派であると暴露したが国連だったことは、世界的な意志決定の権限が、米国から、BRICSや発展途上諸国が動かす国連へと移っていることを象徴している。国連は「中東非核化」にも力を入れており、今年中に中東非核化サミットを開く必要があると、エジプトやロシアが強く主張している。中東非核化とは、イスラエルに核兵器を廃棄させることと、米国がイランにかけた核開発の濡れ衣を解くことを意味しており、イスラエルにとって大きな脅威である。 (US 'regrets' Egypt walkout at nuclear talks over Israel's defiance of resolution) (Moscow Urges Mideast WMD-Free Zone Conference

 米国のブッシュ前政権の米軍の統合参謀本部長が「シリア政府が化学兵器を使ったというウソを流したのはイスラエルだ」と言い出している。ブッシュ政権の現役時代にはイスラエルべったりだったのに、今になってイスラエル潰しに荷担するという、隠れ多極主義的な言動だ。 (Former Bush official: Syria chemical weapons could be `Israeli false flag operation'

 米国の影響力が低下する中、イスラエルは国家存亡の危機に陥っている。イスラエル国家が戦争による破滅を回避して存続するには、パレスチナ和平(2国式)や、イランやアラブ諸国との和解が不可欠になっている。米国は、親イスラエルのふりをしてイスラエル潰しを画策する過激に好戦的な右派(隠れ多極主義者?)に席巻されている。イスラエルは、米国に頼っている限り、パレスチナやイラン和解できず、国家存亡の危機を脱せない。 (Israeli MP: US Pressure Complicates Peace Talks

 イスラエルが国家存続したければ、米国でなく、ロシアや中国に和平を仲介してもらうしかない。そのような状況下、イスラエルのネタニヤフ首相と、パレスチナのアッバース大統領が、5月5日から同時に中国を訪問している。表向き、2人の訪中は偶然に時期が一致しただけで、両者が中国で会談することはないとされている。ネタニヤフ訪中の主目的は、イスラエル製品の中国市場での拡販など、FTAの締結までを視野に入れた経済関係の強化だという。 (Netanyahu and Abbas in separate China visits

 しかし、ネタニヤフが中国に向けて出発したのは、イスラエルがシリアを空爆し、シリアが反撃してくるかもしれない重大なタイミングだ。経済が主目的なら、訪中を延期したはずだ。ネタニヤフの訪中の真の目的は、経済よりも緊急で重要な案件と考えるのが自然だ。中国政府は以前から「ネタニヤフとアッバースが中国で会いたいと思うなら、いつでもお膳立てしますよ」「中国はこれからもっと中東問題に関与していくつもりだ」と言っている。 (China offers to host Netanyahu and Abbas at Beijing meeting

 ネタニヤフもアッバースも、米国が仲介する限り中東和平が進まないことを身にしみて知っている。ロシアに仲裁を頼む手もあるが、ロシアは米国や欧州と中東の利権を奪い合ってきた長い歴史があり、米欧がロシアの中東介入を好まない。中国なら中東では新参者で、歴史的、地政学的なしがらみが少ない。 (多極化に呼応するイスラエルのガス外交

 加えて中国は、米欧から経済制裁されているイランを経済面で後ろから支えており、誇り高いイランに言うことを聞かせることができる数少ない大国だ。ネタニヤフがイスラエルの国家存続に必須なイランとの和解を進めるなら、中国に頼むのが効率的だ。ネタニヤフは習近平との会談で、イランやシリアの問題について話し合うことになっている。 (Netanyahu heads to China for Iran, Syria talks) (イラン核問題と中国

 イランは6月14日に大統領選挙を予定している。選挙戦が始まり、何人もの候補者が、イスラエルを敵視することをやめる方針を提唱している。アハマディネジャド現大統領は、イスラエルと対立することでイスラム世界の世論の支持を集める戦略を採ったが、その結果、イスラエルとユダヤ人の影響が強い米欧がイランを敵視制裁し、イランが経済的に困窮する現状を招いた。イランの大統領候補たちはこの点を突き、イスラエル敵視策をやめるべきだと言っている。イランは大統領交代の後、イスラエルとの和解交渉をひそかに始める可能性があり、中国の仲裁が生きてくる。 (Iran softens tune on Israel) (Could Iran's attitude toward Israel change after its next presidential election?

 最近、ロシアの軍艦が初めてイスラエルの港に寄港した。これも、イスラエルが中露に接近しようとすることの一例かもしれない。 (In a First, a Russian Warship Docks in Israel

 イスラエルが国家滅亡の危機を脱することができるか、まだ未定だ。聖書に書いてあるとされるイスラエル滅亡戦争(ハルマゲドン)が、キリスト教原理主義者たちの主張どおり、いずれ起きる事実であるとするなら、イスラエルは中露の仲裁を受けてパレスチナやイランと和解して国家存続することに失敗し、右派によって自滅的な中東大戦争を引き起こされ、核兵器を使わざるを得ない事態になる。 (キリストの再臨とアメリカの政治) (イランとアメリカのハルマゲドン



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