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財政破綻したがる日本

2013年5月13日   田中 宇

 5月10日、日本国債の相場が急落した。国債など債券は、金利が高いほど価値が低い(多くの人が債券を買いたがると入札時の利回りが低くても買う人が増えるので金利が下がる。買いたい人が少なく売れ残ると、買い手が満足する水準まで利回りが上がる)。10年もの日本国債の利回りは5月10日、それまでの0・6%前後から0・7%へとはね上がった。5年ものは5年ぶりの高利回り(つまり下落)となった。 (国債金利情報) (Japanese Government Bonds Halted Limit Down; Yields Spike To 10 Week High; Worst Day In 5 Years

 東京の先物市場では、10年もの日本国債先物の相場が急落し、1日に3回も値幅制限を超えるストップ安となり、取引が停止した。日本国債市場は4月中旬にも、1週間に5回ストップ安になっている。日本国債先物の値幅制限(サーキットブレーカー)は2000年に導入され、それまでストップ安になったことは、リーマンショックの時だけだった。日銀が黒田総裁となり、強硬な金融財政策が始まって以来、日本国債はリーマンショック以来の異様な事態にある。 (Rising Japan Bond Yields Underscore BOJ's Challenge

 黒田総裁の日銀は、それまで15兆円前後だった年間の円の発行増を70兆円まで急拡大し、その資金で日本国債を買い支える政策を採っている。日銀が巨額の買い支えをしているのだから、ふつうなら日本国債は需要増で金利が低下(価値上昇)するはずだ。しかし、市場の投資家(特に外国勢)はそのように見ず、むしろ日本政府の財政赤字の巨額さゆえ、日銀が円を過剰発行して買い支えねばならないほど日本国債が脆弱化していると感じ、先物売りが行われている。 (Japanese Government Bonds: A Recipe For Disaster

 日本国債の9割は国内金融機関など日本勢によって買われている。その多くは政府の監督下にあり、財政赤字が野放図に急増して日本国債の将来に懸念を感じたとしても、買い控えたり売り払うことが難しい。国内金融界は昨年末、預金者の安全を考えると政府の言いなりで日本国債を買い増すことができないと警告し、その後、金融界が買い切れない分を日銀が買い支えている(後述するように、いまや新規発行の日本国債の7割を日銀が買っている)。国債価格を下落(金利上昇)方向に操作しうる外国勢は、国債市場の1割しかいない。しかし、それでも国債相場は危険な動きをしている。日本国債は投資先としてかなり危ない。 (円をドルと無理心中させる

 3月19日に日銀総裁が堅実派(生え抜き)の白川から、政府・財務省の殴り込み部隊である黒田に代わり、大量発行した円で国債を買い支えるマネタイゼーション(造幣による財政赤字消化)を加速した。同様の政策はリーマン危機以来、米連銀が拡大しているが、同政策は政府財政の不健全化と通貨の信用下落を招くと懸念されている。黒田就任の翌3月20日、FT紙は「超インフレに向かう日本」と題する記事を出した。 (Markets Insight: Japan sets course for hyperinflation

 FTの記事は以下のような趣旨の警告を発した。「日本は国民の貯蓄が急減しており、民間が日本国債を買えなくなり、日銀だけが国債の主な買い手になる。インフレが目標値に達したら日銀は国債買い支えをやめるが、そうすると国債は買い手がいなくなって急落する。国債金利が急上昇し、政府は利払いができなくなって財政破綻する。国債金利は物価と連動するので、インフレも目標値を超えてひどくなる。インフレが2%になると国債金利が3%になり、この場合、日本政府の税収の8割が国債の利払いで消える。日本は国債を国内消化できず、外国勢に買ってもらわねばならなくなり、日本人の税金が外国投資家に奪われ、国民の福祉にあてられなくなる」。まさに、愛(実は「売」)国的アベノミクス万歳だ。別のFTの記事によると、現在すでに新規発行された日本国債の70%前後を日銀が買っている。日銀が国債の買い支えをやめたら金利とインフレが急上昇することが必至だ。 (BoJ deflation war begets curious results

 団塊の世代の定年で日本人の貯蓄が急減していることによる危険は、IMFも指摘している。インフレが2%になると国債金利が3%になり、政府が税収のほとんどを国債利払いにあてねばならなくなることは、ほかの英文記事でも指摘されているが、日本のマスコミはほとんど報じない。 (the economic collapse of japan is now in progress - all the elements are in place for a debt crisis) (Coming 'crash' will end in a snooze

 黒田の日銀は大量発行した円で、日本国債だけでなく、高リスクの不動産信託なども大量購入している。リスクを取り込みすぎて危険な状態になっていると、日銀の理事会で問題になった。日銀は従来、自分たちが危険なことをやっていると認めない戦略だった。危険なことをしているという内部の懸念が公開されると、日銀自体に対する信用が揺るぐからだ。今回、日銀内部の議論が公開されたのは異例で、それだけ日銀が危ない状態ということだ。日銀はアベノミクスで使い捨てにされそうだ。 (Bank of Japan reveals concerns over easing policy

 米国のヘッジファンドの中に、4月初めから「日本国債は破綻に向かっている」と指摘する者(ヘイマン・キャピタルのカイル・バス、Kyle Bass)が出始めた。5月に入り、同じ指摘が声高に繰り返されている。「日本国債はサブプライム債券バブル崩壊(リーマン危機の元凶)を超える危機に見舞われるだろう」とも予測しているバスは、日本国債を先物売りしつつ「日本国債の破綻は時間の問題だ」と叫んでいる。こうした行為は「悪」であるし、FTもテレグラフ紙も、日本国債の破綻を予測する記事のネタ元は同一のバスであり、大山鳴動ネズミ一匹的に、騒ぐ方に問題があるともいえる。だが、たかがネズミ一匹の言動で「大国」日本の国債が揺らいでいるのだから、やられてしまう方にも責任がある。 (Kyle Bass: it's the beginning of the end for Japanese bonds) (Japan is 'adding a Ponzi scheme to a Ponzi scheme' telegraph) (Japan bear warns on unfolding debt crisis

 日本国債が急落した5月10日は、円相場が1ドル100円を超えて円安になるとともに、日本の株価が1日で3%上がり、アベノミクス礼賛が席巻した日でもある。国債が少しぐらい下がっても、それ以上に株価と「日本経済」が好転しているから良いじゃないかと反論がありそうだ。しかし、本当に日本経済が好転しているのか、大きな疑問だ。日本では、円安のおかげで日本車の輸出が増えたと報じられるが、米国の権威ある(笑)ウォールストリート・ジャーナルは「日本車輸出増の主因は円安でなく、世界経済が不況から脱して成長していることからくる需要増だ」と書いている。 (Unearned Praise for Abenomics

 日銀による量的緩和策で金利が下がり、国内企業が銀行から借りる資金の金利が下がって調達しやすくなり、景気が回復するという見方もある。だが実際には、国内大手銀行(みずほコーポレート銀行など)から企業への融資の金利が、逆に上がる傾向だと報じられている。国内銀行界には、黒田の日銀が行う前代未聞の過激で人体実験的な緩和策に対する懸念があり、先行きの不透明感からくるリスクを織り込んで融資の利回りが、安倍政権の期待と逆に、上昇している。これでは景気が良くならない。 (BoJ deflation war begets curious results

 株価は景気の先行指標であると言われる。株価が上がっているのだから景気が良くなる(はずだ)と喧伝されている。しかし、たとえば不動産業界を見ると、東京のオフィスビルの空室率が悪化し続け、戦後最悪を更新しているのに、不動産関連株は急上昇している。株価が最も上昇した10社のうち5社が不動産関係だ。企業が雇用を拡大してオフィスビルの空室が減ることはないが、カネあまり現象を扇動する黒田日銀の量的緩和策によって土地購入の不動産バブルが拡大し、不動産関連株を高騰させている。1980年代のバブル崩壊前を思い出せる。 (Abe fires up Japanese property stocks

 アベノミクスで、株や土地を持っている人は儲かって笑いが止まらないかもしれない。だが、衰退する日本企業が増え、終身雇用制が崩れ、国民の間に貧富格差が急拡大する今、株や土地を買える余裕資金を持つ人は急速に減っている。日本より先行して貧富格差が急拡大した米国では、株式投資をする人の比率が大きく下がっている。アベノミクスの大きな恩恵が株高だとしたら、ほとんどの国民はその恩恵を受けられず、金持ちがいっそう富むだけで、貧富格差に拍車がかかる。アベノミクスは日本の実体経済を良くしていないので、いずれ株は大幅下落し、その時に株を売り逃げせず持っている軽信的で間抜けな個人投資家は大損し、金持ちから貧乏人に転落するだろう。 (As Stock Market Reaches Record Highs, Americans Owning Stock Drops to Record Low

 資産が少ない貧しい人々には、株価上昇による恩恵でなく、円安による燃料費の高騰による生活苦の拡大がすでに与えられている。株価は3割上がったかもしれないが、同時期に石油の輸入価格も3割上がった。日本企業にとっては、円安による輸出利益の増大より、エネルギー輸入価格の上昇による減益要因の方が大きいと指摘されている。 (Yen's decline hits cost of power in Japan

 安倍政権が目標のインフレ2%を達成したら国債金利が3%になり、税収の8割が国債利払いにあてられることはすでに書いた。この目標が達成されると、国民の福祉や教育にあてられる予算が急減する。これも貧困層の生活を直撃する。円安が加速し、百円ショップは中国などから輸入する商品の原価が百円を超えて「百円」の看板の掛け替えを迫られる。インフレは、2%に達したらすぐにもっと上がって5%超になりそうだ。

 民間企業が多い首都圏や関西中部圏は、日本政府が財政破綻しても経済が何とか回るかもしれない。だが、その他の地方はダメだ。地方は、政府財政を使った公共事業が唯一最大の経済活動であるところが多く、政府の財政破綻とともに公共事業が急減し、公務員も減らされて雇用がなくなり、荒廃がひどくなる。TPPで日本の地方経済を支えてきた農業も衰退する。

 アベノミクスは長期的に見て、日本に大きな悪影響を与える。急速に衰退する日本経済にとどめの一撃を与える結果になりかねない。すでにテレビは貧乏で子沢山の家庭が6畳一間のアパートに8人で生活しているような光景を延々と映す番組を好んでやっている。福祉もなく貧乏でも文句を言わない国民意識の形成に余念がない。

 日本の政府やマスコミは以前から「デフレ」と「円高」を問題視し、強制的にインフレを起こすのが良いとしてアベノミクスが支持されている。だが私が見るところ、デフレは、工業製品の生産地が日本国内から中国など人件費や原価の安いところに移ったことによる価格低下(価格破壊)の結果であり、悪いことでない。円高も、ここまで国内の産業空洞化や工業生産の国際化が進んでしまうと、日本経済にとってさしたる問題でない。円高はむしろ、燃料や食糧などの輸入価格を引き下げる良い面があった。

 デフレと円高への対策として、日本政府は民主党政権時代から、円をドルに負けないぐらい大量発行して通貨の価値を引き下げる量的緩和策をやってきた。その本当の目的は、デフレ対策でなく、円が、国際基軸通貨であるドルをしのぐ強さにならないようにする、対米従属と(日本が世界の極の一つに押し上げられないようにする)多極化防止の策であると私は考えてきた。 (米国を真似て財政破綻したがる日本

 米国の覇権は瓦解しつつある。ドルと米国債は単独覇権的な基軸通貨だが、円と日本国債は違うので、日本の方が先に財政破綻するだろうが、米国もいずれ財政破綻し、ドルは単独基軸通貨の座を降りる。日銀が今の過激な緩和策をやめたら、円と日本国債は破綻していくだろうが、同様に、米連銀が量的緩和策(QE3)をやめたら、米国はリーマン危機の再来的な債券バブル崩壊が起きる。米連銀は最近、日本を真似て「インフレが2%に達するまで金融緩和策を続ける」と言い出している。良い理屈だと思って採り入れたのだろう。 (Why the Fed Worries Inflation Is too Low

 日米は「自滅型金融緩和策」の同盟体になっている。日本は対米従属を維持するためにアベノミクスをやっているのだから、これは成功だ。「最愛の米国様と一緒に死ねて幸せです」という感じだ。しかし同時にアベノミクスは、東アジアで中国と並ぶ大国だった日本を衰退させ、東アジアで中国だけが地域覇権国である状況を作り出している。

 米オバマ政権は「アジア重視」という名の中国包囲網を形成しているが、これは長続きしない。今後、米国の覇権が陰るとともに、親米的なアジア諸国も中国を敵視し続けられなくなり、包囲網は穴だらけになる。そうした中、もし日本が中国をしのぐ(もしくは肩を並べる)大国であり続けるなら、日本は米国が持っていた中国包囲網を継承し、日中が長く東アジアを二分する事態になる。しかし、米国が衰退する前に日本を自滅的緩和策やTPPに引っ張り込んで衰退させると、東アジアは米国覇権衰退後、中国だけが地域覇権国となる。 (米中関係をどう見るか

 これは、日本人にとって耐え難い未来像だ。だが、世界の構造を米単独覇権体制から中国などBRICSと米欧が立ち並ぶ多極型体制に転換した方が世界経済が発展すると考えているらしい米国中枢の資本家層にとっては、米国の覇権衰退後、中国だけが極になる方がアジアが安定し、その分大きく経済成長できる。こうした多極化策(中国押し上げ)のために、米国の中枢が日本にアベノミクスやTPP加盟をやらせ、日本を衰退させようとしているのでないかと私は考えている。



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