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ウクライナ危機は日英イスラエルの転機(2)

2014年3月25日   田中 宇

この記事は「ウクライナ危機は日英イスラエルの転機」(田中宇プラス)の続きです。

 ロシアのクリミア併合を米国が阻止できないことが露呈した直後の3月17日、イスラエルのヤアロン国防相が、大学での講演で「イラン、中国、ロシア、ウクライナなどの問題で、米国は弱さを見せてしまっている。イスラエルは米国に頼れない以上、独力でイランと対決せねばならない」と発言した。米政界は「米国はイスラエルのためにイランやパレスチナなどの問題に全力で取り組んできたのに侮辱された」「ネタニヤフ首相もヤアロンの発言を半ば黙認しており、ひどい」と発言を非難している。 (Israeli Defense Minister: U.S. Is Projecting `Weakness') (U.S. says disappointed at no apology from Israeli defense chief

 実のところ米国がやってきたことは、表向き親イスラエルだが実質的にイスラエルを追い詰めている。米国は「イラクに侵攻すると占領の泥沼にはまる」というイスラエル側の懸念を無視して「イスラエルのため」と言ってイラクに侵攻し、案の定、泥沼の占領にはまった。米国はその挙げ句、イラクを民主化してシーア派主導の親イランの国にしてから占領を放棄し、結果的にイスラエルの仇敵であるイランを強化した。 (「イランの勝ち」で終わるイラク戦争

 米国はその後、イスラエルに引っ張られてイラン敵視を強めたが、昨年シリア空爆計画の自滅的失敗を機にイランを許す方向に突然転換し、シリアとイランがロシアの傘下で復活する流れを作った。そして先日、米国はウクライナのネオナチに政権転覆させ、プーチンがロシアと露系住民の安全を守るためクリミアを併合せざるを得ないよう仕向け、米露対決を強めた。しかしBRICSは米国のやり方に不信感を強めて対露制裁の拒否を決議し、欧州も対露制裁に消極的な国が多い。ウクライナ危機は米国の国際信用を落とし、ロシアを反米・親イランに押しやっている。 (BRICS rejects sanctions against Russia over Ukraine) (プーチンを強め、米国を弱めるウクライナ騒動

 米軍は今年アフガニスタンを撤退する。アフガンからの搬出路はパキスタン経由、中央アジア・ロシア経由、イラン経由の3本だが、米国はイランと敵対しているので3本目が使えず、米パキスタン関係も不安定だ。そして米国は今回、ロシアとの対決を始めたので2本目のロシア経由が危うくなっている。米国はロシアと対立を強められる状況にないのに対立している。米国の傀儡指導者のはずだったアフガンのカルザイ大統領は、ロシアのクリミア併合を正式に支持した。もはやカルザイにとってすら、米国よりロシアの方が頼りになる状態だ。こうした現状を見ると、ヤアロンが「米国は弱さを見せているので頼れない」と思うのは当然だ。 (Karzai snubs West, backs Russian annexation of Crimea) (Putin Has Many Ways to Strike Back at Sanctions

 ヤアロンの発言で私が注目した点は、彼の発言に「米国は、意図して弱く見えるようにしている」という意味が感じ取れることだ。ヤアロンはヘブライ語で演説したのだろうが、各種の英文報道では「弱く見せる」という部分が 「Obama portrays weakness」「Washington has been showing weakness everywhere」「U.S. projecting weakness」「broadcasting weakness」となっており、米国が意図して自国を弱く見せている感じが、明瞭でないものの、にじみ出ている。ヤアロンは、講演でこの点をさらりとしか言っていないようで、この点を詳述した報道はない。 (Defense minister leans toward Israeli operation in Iran, as Obama portrays 'weakness') (Israel's defense chief says U.S. projecting weakness

 すでに書いたように、米国は911以来の13年間、強硬策をやりすぎて外交力(国際信頼性)や経済力を自滅的に落とすことを繰り返してきた。01年の時点で、米国は弱体化する必然性が全くなかった。その後のアフガン侵攻もイラク侵攻も、昨夏のシリア空爆撤回も、イランに対する制裁とその後の許容も、今回のウクライナ危機も、中国包囲網強化も、公的支援に依存した米金融救済策(QE3など)も、すべて米政府が意図して始めた能動的な策だ。いずれも、手法をもっと考えてやるべきだったのに、実際は稚拙に過剰にやって失敗し、米国の覇権を自ら崩している。 (不合理が増す米国の対中国戦略) (ドル過剰発行の加速

 私は、戦後の米国の中枢に、自国の覇権を意図的に崩すことで、世界で経済発展(政治台頭)する地域を発展途上・新興諸国の方に大きく広げ、長期的な世界経済の発展基盤を拡大したい勢力(資本家の一部。ロックフェラー系など)がいると考え、こうした動きを、米中枢で米国の覇権を強化するふりをして実は多極化を進める(こっそりやらないと中枢にいられない)という意味で、イラク占領の失敗が確定した05年ごろから「隠れ多極主義」と呼んできた。私はその後、多くの人に嘲笑されつつも、国際政治を詳細に読み続けるほど、米国が隠れ多極主義に動かされているようだとの見方を強めている(今後、米国が違う方向に動き出したら、私の見方は変わる)。 (隠れ多極主義の歴史) (資本の論理と帝国の論理

 ニューヨークなどの国際資本家の多くはユダヤ人で、彼らは米国籍を持っていても、米国より世界全体の経済成長を重視している。宮廷ユダヤ人は、スペインやオランダ、英国、米国といった各時代の覇権国の中枢にいて、覇権が移るたびに移動してきた。ここ20年以上、米政界で最も強い勢力は右派ユダヤ人のAIPACだった。イラクやイラン、アラブ(いわゆるアルカイダ)への敵視策を立案してきた中心もネオコンなどユダヤ人だったし、ウクライナ政権転覆を画策したヌーランド国務次官補もネオコン系ユダヤ人だ。イスラエルは40年以上、隠れ多極主義の動きに巻き込まれている。ヤアロンが「米国は意図して弱く見せている」と示唆しても、何の不思議もない。米国の隠れた策を示唆したヤアロンを、米政府の高官たちが非難してみせるのも当然だ。 (覇権の起源(2)ユダヤ・ネットワーク) (Where was the U.S. Jewish outrage over Ya'alon?

 単独覇権主義をふりかざした米国のブッシュ前大統領は、イスラエル(パレスチナ)へのキリスト再臨を信じる「キリスト教原理主義」で、それがゆえに当時の米国は親イスラエルなのだと喧伝されていた。だが最近、米国の原理主義的なキリスト教徒たち、特に若手信者の間で、キリストが再臨するのはパレスチナ(西岸)なのでイスラエルでなくパレスチナを支援する動きが広がっている。米国のキリスト教原理主義が、いずれ反イスラエル・親パレスチナになるとの予測も出ている。米国は政治的に詭弁の国だ。依存するといつの間にか裏切られ、ひどい目に遭う。 (Israel is losing its grip on evangelical Christians

「イスラエルは米国に頼れず、独力でイランと対決せねばならない」というヤアロンの発言は、目新しいものでない。この手の発言は911以来、イスラエル中枢で何度も発せられている。イランがまだ弱かった以前は、この手の発言に現実味があった。しかし今、前回の記事に書いたように、イランは中東の国際政界で急速に台頭している。イランは、イラク侵攻まで孤立していたが、今ではイラク、シリア、レバノン、カタール、オマーン、ガザといった、アラブの半分近い地域を傘下に入れ、アフガニスタン、中央アジア諸国、アゼルバイジャン、アルメニアにも影響力を持ち、トルコやロシアとも親密だ。イランはもはや、イスラエルが単独で対決して勝てる相手でない。イスラエルは、自国の滅亡を覚悟しない限り、イランと戦えない。 (アルジャジーラがなくなる日) (ユーラシアの逆転) (自立的な新秩序に向かう中東

 イスラエルは地下資源に乏しいが、イランは傘下に入れたイラクを含め、世界有数の石油ガスを埋蔵しており、こんご地政学的な強国になるだろう。今後の何年かで、西アジアにおいて、イランの台頭と、米国の撤退がさらに顕在化し、イスラエルの不利が増す。イスラエルは、イランを軍事的に破壊できない以上、今後イランと政治的に和解していくしかない。イランと敵対したままだと、イスラエルはいずれイラン傘下のハマスとヒズボラから戦争を挑まれ、軍事的に潰される。イスラエルは従来、レバノンのヒズボラよりずっと強かったが、米国の軍事支援が減る今後は、しだいに形勢が逆転する。 (ヒズボラの勝利

 イスラエルがイランと和解するには、まずパレスチナ和平を具現化せねばならない。パレスチナ人がイスラエルを敵視しなくなれば、アラブやイランはイスラエルを敵視する理由が減り、イスラエルとイスラム世界との和解が俎上にのぼってくる。かつて和平に絶対反対の右派だったイスラエルのネタニヤフ首相は、今年に入って「平和の配当」「和平の果実」といった、和平支持の左派や中道派が使ってきた用語を演説の中で使うようになった。ネタニヤフは右派の与党リクードを率いているが、イスラエル国家の存続に和平が不可欠なので、右派から中道派に目立たないように転換している。 (Netanyahu's AIPAC speech: A red alert for settlers

 ネタニヤフが米国に仲裁させて進めている中東和平交渉が「枠組み合意」として結実するかどうか、4月中に見えてくるはずだ。和平交渉継続の前提として3月末に予定されていた、イスラエルによる4回目のパレスチナ政治犯釈放が行われるかどうかが、まず注目される。 (Obama desperately needs a Plan B

 安保上の唯一の後ろ盾だった米国が弱さを見せるので国家戦略を転換せざるを得なくなっているのは、イスラエルだけでない。日本も同じだ。日本は、戦後の国是だった(官僚独裁制を維持するための)対米従属を延命させるための策として、尖閣諸島の国有化を皮切りに、南京大虐殺など誇張的な東京裁判史観の否定、首相の靖国訪問などによって中国との敵対を煽り、竹島問題や従軍慰安婦問題否定で韓国との敵対を煽ってきた。 (民主化するタイ、しない日本) (日本の権力構造と在日米軍

 世界多極化の一環として、東アジアは長期的に見て、冷戦構造(米覇権)から脱却して中国中心の国際秩序に移行する途上にある。韓国や北朝鮮、東南アジア諸国は、すでに中国の傘下に入る傾向が顕在化している。日本がこの流れに抵抗せず、中国や韓国と良好な関係を保っていると、日本は中国中心の東アジア国際体制を容認したと米国からみなされ、いずれ日米安保体制を解かれ、沖縄駐留米軍にグアムに撤退され、対米従属ができなくなっていく。日本の権力(官僚)機構がこれを阻止するには、中国や韓国、北朝鮮との敵対関係をできるだけ永続するのがよい。日本が中韓朝と仲違いしている限り、米国は日米安保体制を崩しにくい。このような構図の上に、中韓朝との対立が扇動されてきた。 (日中韓協調策に乗れない日本) (まだ続き危険が増す日本の対米従属

 しかしウクライナ危機で米露対立が激化するのと前後して、日本政府は中韓朝との敵対を緩和する動きを開始している。最大のものは、これまで韓国の朴槿恵大統領と会わないようにしてきた安倍首相が3月26日、オランダでの核安保サミットで、米オバマ大統領の仲裁のもと、今政権で初めての日韓会談を行ったことだ。これは4月に予定されているオバマの日韓訪問を前に、米国が日本に「韓国と仲直りしてくれないとオバマが訪日しにくい」と圧力をかけた結果とも考えられ、4月のオバマ訪日後、日本政府は再び韓国と仲を悪くするような策を講じるかもしれない。 (US draws together South Korea and Japan

 しかし安倍は3国会談で、韓国語を話して朴槿恵の気を引こうとするなど、米国の圧力でいやいやながら日韓会談したと考えるには、サービスしすぎだ。韓国語を発して気を引こうとする安倍に対し、朴槿恵は真顔で冷たく対応したと報じられている。こうした構図から見えるのは、米国の圧力で日本がいやいや日韓会談したのでなく、日本が米国に頼んで韓国との関係改善に転換したという経緯だ。 (South Korean president unimpressed by Japanese PM's attempt to speak Korean

 安倍は朴槿恵に会談を受けてもらうために、日本が「戦争犯罪」について謝罪した93年の河野談話と95年の村山談話の撤回をしないと決定している。2つの談話の撤回を検討してきた安倍政権が、撤回しない決定を下したのだから、これは不可逆的で、安倍は今後、同じ件で韓国を怒らせる策を再発動できない。安倍が、オバマ訪日後に韓国との敵対を再開したいなら、こんな手は採らない。 (South Korea expresses relief over Abe's comments on Japan war apologies

 日本政府は、北朝鮮との交渉再開も模索している。安倍政権は、拉致問題を解決するためと言って、北朝鮮との早期に交渉再開したいと表明している。日本政府はこれまで、拉致問題は解決したいが、北朝鮮はウソをつくし、軍事的脅威を日本に与えているので交渉を再開できないと言っていた。北朝鮮は最近、ウクライナ危機を境に中露の結束と米国の覇権衰退が起こり、北朝鮮問題の解決が米国でなく中露の手に委ねられることに対する不満を表明するためか、さかんに短距離ミサイルを試射し、威嚇している。日本政府が「北朝鮮と交渉できない」とさじを投げて当然の状況だ。しかし日本政府は逆に「北朝鮮との次官級協議を予定どおり行う」と表明している。日本にとって、急いで北と交渉せねばならない状況になっている感じだ。 (Japan's Abe: Hope to resume formal talks with North Korea soon

 3月17日には、拉致被害者の横田めぐみさんの両親がモンゴルでめぐみさんの娘のキム・ウンギョンさんと面会した。安倍政権内でも飯島勲・内閣官房参与は、めぐみさんはすでに死んでいるとの北朝鮮の主張を日本側が認めたことになりかねないとして、この面会が政府の戦略として良くないと反対する姿勢を示している。飯島は17日の時点で、日朝の次官級交渉にも否定的だった。面会はもっと上層部の、おそらく安倍首相自身の意志で行われた感じだ。

 対米従属策としては北朝鮮との恒久対立が好ましいので、外務省など官僚機構は面会に反対したのだろうが、安倍自身は、模範とする小泉元首相が成し遂げられなかった拉致問題の解決を自分がやることで歴史に名を残すことを優先しているのだろう。安倍の姿勢の背景に、日本はもう対米従属を続けられないのだから、北との恒久対立をやめて拉致問題を解決しても良いはずだ、という見方がありそうだ。 (安倍靖国参拝の背景

 3月26日には石原慎太郎が講演で、12年の尖閣諸島の国有化について「中国を刺激してしまう間違った政策だった」という趣旨の発言をしている。尖閣の国有化はもともと石原自身が都知事時代に渡米したとき、米国のヘリテージ財団にそそのかされて「尖閣の土地を東京都が買い取って公有地にする」と宣言し、石原に中国敵視の道具に使われるぐらいなら国有化した方がましだという野田政権の判断で、国有化されている。米国の傀儡として尖閣国有化への道を扇動した中国敵視の石原自身が、国有化は中国との対立を煽ったので失敗だったと言うとは、全く馬鹿げている。 (尖閣問題と日中米の利害) (中国敵視は日本を孤立させる

 石原発言で注目すべきは「石原はけしからん」という点でない(彼は、敵から「けしからん」と言われることを成功と思う人だ)。米国とつながっている、尖閣紛争の原点たる石原が「中国敵視を煽った尖閣国有化は失敗」と宣言したのは、米国がもはや中国敵視策や尖閣紛争を歓迎していないこと、米国の後ろ盾を失った日本が尖閣紛争で中国敵視を続けるのが得策でないと石原ですらが思っていることを示している。 (頼れなくなる米国との同盟

 日本をめぐるこれらのことを総合して考えると、ウクライナ危機勃発後、オバマ政権がまだ中国包囲網策を維持しているかどうか、確かめるべき状況になっている。米国はロシアとの敵対を最重視し、中国敵視策をすべてやめる決定をしずかに下し、それを日本政府の上層部に伝えてきた可能性がある。米英ではすでに、米国がロシア敵視のために中国を宥和しそうだという記事が出ている。そのような前提で考えないと、安倍が朴槿恵に韓国語でおべっかを言いつつ会談してもらうとか、日朝交渉を再開するとか、石原が中国敵視の尖閣紛争の扇動を自己否定する発言を放つことの説明がつかない。 (Obama will meet Xi Jinping of China in attempt to isolate Russia over Ukraine) (Hoping to Isolate Russia, US Woos China on Ukraine

 米国がロシア敵視策を理由に中国と和解し、日本がはしごをはずされるのだとしたら、それは1972年にニクソン政権が、ロシア敵視を理由に中国と和解した時と同じ構図だ。この米中接近の後、中国は国際的な優位性を増し、ベトナムから西沙諸島を軍事的に奪っている。今の状況で米国が中国敵視をやめたら、国際的に日本の弱体化と中国の台頭が加速し、中国は日米同盟の強さを試すことも兼ねて、軍事的に尖閣諸島を奪いにくるかもしれない。 (中国は日本と戦争する気かも

 とはいえ中国では最近、テレビなどが反日的な放送を控えるようになったとも伝えられている。中国は、尖閣を奪うよりも、米国にはしごを外されて困窮する日本を諭しつつ許してやり、日本人を自発的に土下座へと誘導するのが得策だろう。日本人は世界の大きな動きを知覚できないまま、長期の対米従属の後、しずかに長期の対中従属に入るのかもしれない。

 この記事の前段「ウクライナ危機は日英イスラエルの転機」には英国の話も書いたが、今回は長くなったので、英国の話はあらためて書く。



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