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NATO延命策としてのウクライナ危機

2014年4月4日   田中 宇

 ウクライナ危機による米露の対立が続く中、米国主導の米欧の軍事組織であるNATOが、ロシア近傍の諸国に対し、軍事支援を強化し、合同軍事演習を活発化している。NATOは、リトアニア、ラトビア、エストニア、ポーランド、ブルガリア、モルドバなど東欧諸国だけでなく、アルメニア、アゼルバイジャンなど欧州から見るとロシアの裏側にあるコーカサス諸国への軍事関与も強めている。 (Russia warns NATO over military build-up in eastern Europe) (US to Send More Troops to Eastern Romania

 NATOは、露軍が対ウクライナ国境沿いに結集し、今にも侵攻しそうなので対抗的に東欧などへの関与を強めたと説明している。しかし露政府は、侵攻の準備などしておらず状況が誇張されて語られていると反論し、不必要な東欧への軍事関与をしている理由を説明せよと逆にNATOに迫っている。露軍の動きはロシア国内の動向でしかないが、NATOの動きは国際的なので説明の必要性が高いと露外相は言っている。 (Top NATO commander cuts short U.S. visit, eyes on Russian troops) (NATO must explain military buildup in Europe: Lavrov

 昔から反露意識が強いポーランドはこれを機に、自国に1万人の地上軍を駐留してほしいとNATOに頼んでいる。ポーランドは15年もNATOに入っているのに、会議場を一つ作ってもらっただけで、米欧軍がポーランドを守りに来てくれないと不満を持っていた。 (Poland Wants 10,000 NATO Troops to `Defend From Russia'

 そもそも米国はソ連崩壊時、NATOを東欧に拡大しないと約束し、ソ連がNATOに対抗して作っていたワルシャワ条約機構を解散させている。しかしその後、米国は約束を守らず、ソ連崩壊後に混乱したロシアが弱いのをいいことに、ロシアに何も説明しないまま、東欧諸国を次々にNATOに加盟させた。NATOに対するロシアの「説明義務があるのはお前らの方だ」という憤りは、今に始まったことでない。 (露クリミア併合の意味

 NATOは冷戦開始直後の1949年、米国(米英)が西欧を傘下に入れてソ連陣営と対立するために作った軍事同盟だ。冷戦終結で敵がいなくなったNATOは、新たな存在意義を探し、コソボ紛争に首を突っ込んだ後、01年に米国が始めたアフガニスタン占領を、03年にNATOの名義にして引き継いだ。しかし占領は泥沼化し、主力の米国が軍事費削減など財政緊縮を始めたため、NATOは今年いっぱいでアフガンから撤退する。撤退するとNATOは存在意義を失い、役割が低下する。 (アフガンで潰れゆくNATO

 国際紛争に軍事介入する組織として、米欧だけで構成するNATOは不十分だ。軍事介入を世界的に決議しうる唯一の場は国連安保理で、国連ではBRICSや途上諸国も大きな発言力を持つ。NATOは、米国が欧州を傘下に入れておく政治機能を担ってきたが、欧州はEU統合を進めており、それには軍事統合も含まれる。NATOがアフガン撤退して存在意義が薄れたら、EUが軍事統合を進めて米国の傘下から出られる強い勢力になり、NATOの有名無実化と、米国の覇権衰退に拍車がかかる。 (ドイツの軍事再台頭

 米国、特に軍産複合体が、そのような悪い展開を防ぐには、NATOがアフガンから撤退を完了する前に、NATOに新たな存在意義を吹き込む必要がある。そう考えると、ヌーランド国務次官補やマケイン上院議員といった、米国中枢にいるネオコンや右派の軍産複合体の勢力が、ウクライナの政権転覆を画策し、ロシアのクリミア併合を誘発し、米欧とロシアの敵対を扇動した理由について、一つの仮説が浮かび上がる。ウクライナ危機によって、それまで比較的良好だった米露関係を敵対に戻したことで、米国が欧州を率いてロシアを敵視する戦略を、NATOの存在意義として再び保持できるようになった。 (危うい米国のウクライナ地政学火遊び

 2月に起きたウクライナの政権転覆は、米国の右派が誘導したものだ。米国が、なぜウクライナを政権転覆して米露対立を誘発する必要があったのかという問いに対する答えになりそうなのが「米覇権構造の一部であるNATOを存続させるため」である。 (多極化に圧されるNATO

 冷戦後、米露が和解してロシア(ソ連)敵視がNATOの看板でなくなると同時に起きたのが、ロシアをG7(米英主導の先進国の経済サミット)に入れてG8にすることだった(98年に実現)。G8は、米欧がロシアと協調する流れを象徴するものだった。ウクライナ危機後、米欧日が実質的にG8から脱退し、G8は事実上廃止された。親露的なG8がなくなり、NATOが反露の看板を復活したことが、現状を象徴している。 (Anti-Russian sanctions are not profitable to West

 オバマ大統領自身は、恒久的なロシア敵視策を好んでいないはずだ。彼は昨年夏、いったん決めたシリア空爆をやめた時、後始末をロシアに頼み、ロシア主導でシリアの化学兵器を撤去し、その後のシリアがロシアの傘下に入ることを認めた。オバマは中東支配の一部をロシアに割譲したわけで、ロシアと協調するつもりだったことを示している。ウクライナ危機のシナリオは、米国中枢でもオバマが把握しないところで練られていたことになる。国家の最高責任者である大統領がロシアと協調するつもりだったのに、側近らの一部が状況を勝手にロシア敵視にもっていったのだから、これは一種のクーデターである。 (プーチンが米国とイランを和解させる?) (米英覇権を自滅させるシリア空爆騒動

 NATOは米英主導の組織だった。冷戦を最初に画策したのは英国であり、英国の仇敵であるドイツを恒久的に東西分割し、欧州大陸諸国を米英の支配下に置く意図があった。しかし英国は今回、危機が起きた後になって「ロシアを経済制裁するなら英金融界の利益を損なわない形にしてほしい」と表明した。英国は、危機を起こす策略に参加していなかったことが見てとれる。米国の軍産複合体やネオコンは、オバマにも英国にも言わず、ロシアを米英の味方から敵に転換させる外交戦略クーデターをやったことになる。 (ウクライナ危機は日英イスラエルの転機

 軍産複合体とネオコンによる外交戦略上のクーデターという点は、今回と、01年の911事件で同じだ。911事件の発生により、米国は国際協調的な戦略を捨て、イスラム世界との恒久的な敵対関係を醸成する「第2冷戦」的な「テロ戦争」を開始するとともに、従属する国以外を全て敵とみなす単独覇権戦略に転換した。軍産複合体は冷戦終結以来、予算削減に悩んでいたが、911によって軍事費の急増に成功した。米中枢では、それまでフセイン政権のイラクを許す気運が強まっていたが、それも911で大転換し、911の1週間後にイラク侵攻が内定した。 (911事件関係の記事) (だまされた単独覇権主義

 911後のテロ戦争やイラク侵攻と、今回のウクライナ転覆は、ネオコンが画策した点でも一致している。もう一つ言うと、1970年代の米ソ和解で冷戦が終わりそうだった時、ソ連の脅威を実際より誇張する諜報策をやり、冷戦を20年長引かせたのが、ネオコンの初仕事だった(この時、イスラエル右派と米軍産複合体が合体した)。敵の脅威を誇張する諜報の歪曲によって米軍を拡大するネオコンの手法は、70年代、911テロ戦争、イラク侵攻、ウクライナ危機のすべてで一貫している。 (ネオコンの表と裏) (ネオコンと多極化の本質

 40年続いた冷戦には、欧州大陸諸国を米英の支配下に置いておくという隠れた目的があった。今回の米露対立にも、同様の構図が見え隠れする。米露対立がなければ、NATOのアフガン撤退後、EUは軍事統合を進め、米国より協調的な対露政策を採り、対米従属から離脱しただろう。だが米露対立が起きたため、欧州は米国の側につかざるを得ず、欧州が米国に追随するNATOの体制が蘇生した。今のような一触即発の米露対立が続く限り、EUの軍事統合は対米従属の範囲を出ない、限定したものにならざるを得ない。欧州を米国覇権下に縛り続けるのが真の目的で、ウクライナの「民主化」やロシア敵視は、その道具にすぎないともいえる。 (世界のお荷物になる米英覇権

 EUの盟主であるドイツは「他に天然ガスをEUに供給できる国がないのでロシアを敵視できない」と言って、米国に追随した対露制裁に抵抗している。米国の粗暴な覇権運営にうんざりしているドイツは、早くEU軍事統合をやって対米従属から離脱したいだろう。しかし、たぶん米国側はそれをお見通しで、今後さらに激しい米露対立を誘発し、対立を「第2冷戦」的に恒久化することをめざし、EUが対米従属から出ていけないようにするかもしれない。(「テロ戦争」を、失敗した第2冷戦であると見るなら、今回の米露対立は「第3冷戦」になる) (ユーロ危機からEU統合強化へ) (金地金不正操作めぐるドイツの復讐

 米軍が今年、アフガンから円滑に撤退するため、撤退路の一つであるロシアとの関係を悪化できないという考え方もできる。しかし軍事産業から見ると話が逆で、兵器や装備をアフガンから持ち帰らず現場で廃棄した方が、新たな兵器や装備の予算を獲得できて好都合だ。 (Putin Has Many Ways to Strike Back at Sanctions

 冷戦開始時、最初は欧州戦線だけだった米ソ対立が、1950年の朝鮮戦争によって東アジアに拡大している。現状を冷戦の再開とみなすと、いずれ対立構造が東アジアに波及し、特に朝鮮半島の対立再激化につながるかもしれない。だから、北朝鮮が最近急に短距離ミサイルを試射したり核実験再開を示唆するなど、好戦的な態度をとっているのだとも考えられる。 (Strategic impatience on North Korea

 今回の米露対立が冷戦構造を再生する試みであるとして、それは長続きするのだろうか。第2冷戦と見なせる911以来のテロ戦争は当初、数十年続く(続けたい)と言われていたが、米中枢のネオコンらが過激にやりすぎたため逆に米国の力を浪費し、13年後の今、テロ戦争は終結宣言なしに、すでに事実上終わっている。 (テロ戦争の終わり) (テロ戦争の終わり(2)

 今回の米露対立も、テロ戦争と同様、米国の力を浪費する傾向だ。米欧に制裁されたロシアは中国などBRICSに頼る傾向を強め、ロシアがBRICSを率いてドル崩壊をめざしたり、米国抜きの多極型世界システムを作る流れが始まっている(ネオコンは隠れ多極主義者だ)。米欧とBRICS全体との冷戦に発展すると思う人がいるかもしれないが、それは経済面から起こりにくい。今後の世界経済の牽引役は、何十億人もの貧困層が中産階級(消費者)に脱皮しつつある中国インドなどBRICSだ。資本家や大企業に牛耳られる米政府は、ロシアだけとなら徹底対立できるが、BRICS全体とはあまり対立できない。 (覇権体制になるBRICS

 EU諸国は国際紛争を戦闘でなく外交で解決することを好み、軍事費を減らす傾向が長く続いている。NATOが東欧で急拡大しているが、NATOの兵力や資金の大半を出すのはEUでなく米国だ。米政府は厳しい緊縮財政の中にある。オバマ政権は米軍をイラクとアフガンからようやく撤退し、リビアやシリアへの派兵を見送った。米国は、もう他国に軍事介入したくない。ポーランドが切望しても、NATOの地上軍は来ないだろう(ポーランドはいつも米露独英に踊らされる悲しい道化役だ)。 (ロシアと東欧の歴史紛争

 NATOの東欧急拡大は、ロシアを怒らせるための「口だけ」の可能性が高い。すでに述べたようにオバマ自身、ロシアと長期対立する用意がない。米露対立は、BRICSが結束して米国覇権を無力化する動きを加速するだけで、長くても数年で終わりそうだ。近年の傾向を延長すると、米国は今後、一方で無茶な敵対戦略をあちこちの国に対して仕掛けつつ、他方でその敵対を途中で放り出す策を繰り返し、孤立主義と、多極化の容認と、中産階級の没落(経済的衰退)を強めていくだろう。



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