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移民危機を煽る米国政府

2014年7月29日   田中 宇

 ホンジュラスやグアテマラ、エルサルバドルという中央アメリカの3カ国から、メキシコを通って米国に違法に入国する未成年者が急増している。米国ではブッシュ政権末期の08年に、移民関連の新たな法律「William Wilberforce Trafficking Victims Protection Reauthorization Act」が制定された。同法は、米国と国境を接しない国々から、親族と一緒でなく子供だけでやってきて、米国に入国しようとする18歳未満の未成年の違法移民に対し、人権擁護の立場から母国に強制送還せず、米国に親族がいる場合はそこまで米当局が送り届け、親族がいない場合も法的な決定が出るまで米国に滞在を許可するよう定めている。 (What Happens To The 52,000 Unaccompanied Migrant Kids In The U.S.?

 この法律は、違法移民の人身売買を行う犯罪組織から子供を守ることを目的としている。しかし、子供だけで入国するなら強制送還されずにすむと知った中米3カ国の人々は、自分の子供、特に、就労したり自分で交通機関に乗れる14-17歳ぐらいの子供たちを、米国に送り込み始めた。「コヨーテ」と呼ばれる違法移民の運び屋に5千ドル前後を払い、米国に入国させ、すでに米国に住んでいる親族のところまで行かせ、就労させることを目的にしている。子供の人権を守るための法律が、中米3カ国の若者を米国に呼び寄せることに使われている。 (Obama shows his weakness through executive powers

 中米3カ国は貧しく、ほとんど仕事がない。子供を米国に送り出すだけで、家計を支える就労をさせて仕送りさせることができる。米国と国境を接するメキシコからの違法移民は08年の法律の対象外で、米国に入国しても当局に捕まると強制送還されるが、中米3カ国からの若年違法移民は、米国に住むことを許される。昨年まで、中米3カ国から子供だけで米国に入国しようとする違法移民は年間7千人程度だったが、昨年後半から急増し、今年はすでに6万人近くが入国している。これとは別に、母子で米国に入国する違法移民も、今年すでに4万人を超えている。中米3カ国から来た母子は、米墨国境で捕まっても、母国でギャングに追われていると言えば、とりあえず強制送還を免れる。 (Border Meltdown: Obama Delivering 290,000 Illegals To U.S. Homes

 中米3カ国からの違法移民は、米国の法律で保護されることを知っているので、メキシコから米国に入ると、できるだけ早く国境警備当局に拘束してもらおうとして、米国側に入ってすぐの道路沿いで列をなし、国境警備隊の車が通りかかるのを待っている。その数は毎日100人を超える。成人男性は一人もおらず、全員が未成年者と母親だ。国境警備隊は彼らを収容した後、事情聴取し、親族がいる米国内の町まで無料で送り出す。米政府は下請けのバス会社を雇い、公金で彼らが希望する行き先まで連れていく。 (US border crisis: `There were 150 women and children, lined up there, just waiting to be picked up'

 違法移民たちが希望する行き先に親族がいない場合も多い。その場合、行き先の町の役所が責任を持って彼らに住む場所を与えねばならない。08年の法律の定めに従い、彼らは裁判所の決定が出るまで米国内にとどまることができる。手持ちの金がない彼らは、役所からフードスタンプ(生活保護)のプリペイドカードをもらい、それで食料などを買ってすごす。違法移民の在米親族も違法移民だと、全員が強制送還の対象になるが、米当局は、違法移民の在米親族に居住権を持っているか問わないことが多い。 (Illegals Arrive in Bus and Shop at Walmart With EBT Cards

 昨年、米国に4万人以上の違法移民が来たが、そのうち裁判所の決定が出たのは約6千人だけだ。入国する違法移民が急増し、裁判所の審査が追いつかない。6千人のうち約4千人は母国への強制送還が決まったが、米当局が強制送還を実行しようと本人を探すと、すでに逃げて行方不明になっている場合が多い。逃げた者は、米国内のどこかで職探しをして生活している。昨年入国した4万人強の違法移民のうち、強制送還したのはわずか1600人だった。この制度は抜け穴だらけだ。 (Obama to grant 5 million illegals temporary citizenship status

 米国には、合計で1100万人の違法移民がいる。オバマ大統領は、人道的な立場から、このうち500万人を恩赦して居住権を与えることを検討している。これとは別に米政府は、中米3カ国のうちギャングによる人権侵害が活発なホンジュラスから来る違法移民を、難民として認定することを検討している。難民認定が決まると、ホンジュラスから米国への違法移民の流入がさらに増加するだろう。グアテマラとエルサルバドルの政府は「うちにも人権侵害をするギャングがいるのに、ホンジュラスだけずるい」と言って、米政府に、自国も難民認定してくれと頼んでいる。 (U.S. Weighs Refugee Status For Honduran Youth Displaced By Armed Conflict

 中米3カ国の人々は、子供だけ、もしくは母子で米国境にたどり着くだけで、米国の好きな都市に無料で連れていってもらえて、住む場所や生活費も無料で与えられ、幸運なら2-3年後に米国の定住権をもらえる。定住権がもらえなくても、他の違法移民に混じって米国のどこかで仕事を見つけて生活していれば、そのうち米政府からの恩赦で定住権がもらえるかもしれない。定住権をもらえれば、他の親族を母国から呼ぶことも夢でない。もらえなくても、違法移民として米国で生活し続けられる。これは中米3カ国の貧しい人々にとって非常においしい話なので、3カ国から米国にどんどん人が押し掛けてくる。米国は「移民危機」に見舞われている。 (White House Hid Huge Spike Of Families Crossing Border

 この問題の状況で驚きなのは、米政府と米議会が、違法移民の流入を抑制せず、強制送還の拡大もせず、違法移民の大量流入を放置・看過もしくは扇動していることだ。米政府(民主党オバマ政権)と、米議会の民主党は、人道的な見地から違法移民の強制送還を慎重にやるべきだと言っている。ラティーノ(中南米出身の米国在住者)の政治団体の多くは民主党支持で、違法移民に対する恩赦を米政府に求めている。今秋の中間選挙を有利にしたい米民主党は、違法移民に厳しい態度をとりたがらない。一方、米議会の共和党は、背後にいる米財界が低賃金労働者としての違法移民の増加を好んでおり、これまた違法移民に寛容だ。 (Pelosi: turning away illegal immigrant children like Pharaoh rejecting Moses) (Obama Prepares To Send National Guard To Texas As Flood Of Immigrant Children Overwhelms US

 7月上旬には、メキシコとグアテマラの大統領が共同で記者会見し、中米3カ国からメキシコを通って違法移民として米国に向かうため、旅券を持たずにグアテマラからメキシコに入国してくる人々に対し、メキシコ政府が入国時に72時間の通過許可証を発行し、従来のように強制送還せず、違法移民が無事に米墨国境まで行けるようにする新制度を発表した。 (Mexico & Guatemala announce agreement to make illegal passage to U.S. easier

 この新制度は、08年の米法律の抜け穴を使って米国に移民したい自国民をグアテマラ政府が支援し、メキシコ政府もそれを認めたことを示している。この新制度をめぐる驚きは、グアテマラ(など中米3カ国)とメキシコが積極的に違法移民を送り出す制度を作ったことに、米国が文句を何も言わず、黙認していることだ。中米3カ国とメキシコは親米諸国で、米国からの経済支援も受けているので、違法移民の積極送り出し制度を発表する前に、米国に相談したはずだ。オバマ政権は、違法移民の積極送り出しを了承したことになる。 (Mexico made deal to send more illegal aliens to the U.S.

 違法移民の増加に寛容な米国の連邦政府や連邦議会と対照的に、押し掛けてくる違法移民の対処に追われる米国南部の各州や市町の多くは、連邦政府が違法移民に厳しい態度をとることを望んでいる。カリフォルニア州では、違法移民のためのシェルターを作ることを、町議会で否決する動きが起きている。否決した町議会には、ラティーノの政治団体の群衆がやってきて「ラティーノに対する人種差別だ」と非難して騒いでいる。 (California City VOTES "NO" To Child Illegal Migrant Shelter!

 米墨国境に面するテキサス州の知事(共和党)は最近、違法移民の流入を止めようと、千人の武装した州兵(国家警備隊)を米墨国境の警備にあたらせることを連邦政府に申し出た。米国は平時に米墨国境に武装した兵力を配備していない。州兵は、テキサスの州法に基づいて、違法移民を逮捕する権限を持っている。連邦政府が違法移民を逮捕せず入国を事実上奨励していることに業を煮やしたペリー・テキサス州知事は、州兵を国境に派遣して違法移民の逮捕に乗り出そうとした。 (Texas National Guard Could Get Power to Make Arrests at Border, FEDS NOT HAPPY

 しかし連邦政府は「州兵は十分な訓練を受けていない」「NAFTAに基づく自由往来を勘案すると、米墨国境が武装警備されているのは良くない」などとテキサス州兵の派遣に反対した。結局、州兵は公務執行を妨害されない限り違法移民を逮捕せず、違法移民の入境を看過する前提で、米墨国境に派遣されることになった。 (General: Guard to take observation role at border

 ネブラスカ州では、連邦当局が州政府に何も知らせず、米墨国境から連れてきた違法移民を同州内に置き去りにしていった。あとでこれを知った州知事が連邦政府に抗議し、他の各州の知事も、自分の州に違法移民を置き去りにするなと、連邦政府に抗議している。連邦政府は、違法移民の世話を州や市町に押しつけようとして抵抗されている。 (Iowa Gov. Terry Branstad to Feds: Don't Dump Illegals in My State

 米国では今、新たな雇用がほとんどない。求職活動をあきらめる人が増えて名目の失業率は低下しているが、実質的な失業率は増加して20%前後になっている。各地でホームレスが増えたが、財政難でホームレスを救済できない各都市は、街頭で寝たり物乞いする行為を違法化する新条例を作り、ホームレスを強制排除している。 (Paul Craig Roberts: "The US Economy's Phantom Jobs Gains Are A Fraud") (In many cities throughout the US it is now a crime to beg, loiter or sleep in public) (Is Yellen Being Misled By Employment Statistics?

 米国の一般市民の多くは、連邦政府が、国民(納税者)の失業増と貧困化を放置する一方で、違法移民の大量流入を扇動し、入国後の違法移民を公金で救済していることに不満を持っている。しかし連邦政府は、そうした世論を無視し、違法移民の流入を看過・扇動している。 (1,000's of Tent Cities Across America While Obama Pays Millions to Keep Illegals

 世論の圧力を受け、米政府は7月14日に今年初めての中米3カ国への違法移民の強制送還をホンジュラスに対して行ったが、その人数はわずか40人だった。 (Border Crisis Causes Support for "Immigration Reform" to Drop

 その一方でオバマは7月14日、大統領令で「オバマケアに加入した違法移民は、恩赦を受けて米国への居住権を得られる」という新規定を発布した。オバマケアは、オバマ政権が国民皆保険をめざして昨年に新設した官制健康保険だが、保険料が高く、ウェブの加入システムの不可解な長期不稼働もあり、加入者が非常に少ない。この大統領令は、違法移民にどんどん恩赦を出していきたいオバマ政権が、どうせならオバマケアの加入増と結びつけようと考えた悪知恵だ。 (Obama Issues Executive Order Granting Amnesty to Illegals who Enroll in Obamacare

 移民危機は、オバマ政権自身が起こしたものだという見方もある。米政府は、今回の移民危機が始まる直前の今年1月、17歳以下の外国人の親族同伴でない子供たち6万5千人を運べるバス会社(運送会社)を求める広告を出している。これはまさに今回の移民危機で起きている事態と同じであり、移民危機はオバマ政権が画策して起こしたものだという説につながっている。 (Children's immigration crisis From Wikipedia

 また米政府は昨年7月、違法移民用の住宅(シェルター)を整備するための政府補助金を、全米各都市が受け取ることを義務づける新規定を作っている。これは、中南米から米国への移民流入の完全自由化を求めるラティーノの政治団体「ラザラ(La Raza)」などのロビー活動によって作られた規定だ。オバマ政権は、ラザラなど民主党系のラティーノ政治団体と組んで、違法移民の流入急増を引き起こしたと批判されている。 (Obama Quietly Passed Housing Rule To Force Cities To Accept Illegal Migrant Border Criminals

 オバマ政権が違法移民の流入を扇動するのは、既存の移民政策の枠組みをわざと壊すことで、もっと良い移民政策の制定につなげようとする創造的破壊戦略(クロワード・ピブン戦略。Cloward-Piven strategy)だという見方がある。しかし、違法移民の大量流入を扇動した上で全員を恩赦して定住権を与える今の米政府のやり方は、無策そのものであり、新たな何らかの移民政策につながらない。 (Crush the System: Cloward-Piven Stategy On The U.S. Border

 米国で、英語が話せない人は、違法移民を含む米国民の10%を超えている。そのほとんどは中米から来た貧困層だ。彼らは、中産階級から貧困層に転落した米国民と、低賃金化する雇用と、縮小しつつある福祉を奪い合う状況にある。移民危機は、米国の貧困拡大、財政難、行政機能の低下、社会不安増、治安の悪化、暴動などにつながる。米国の覇権衰退や、世界支配からの撤退の引き金を引きかねない。 (Immigration Policy Promoting Collapse of America

 覇権との関係でいうと、米国が移民危機に見舞われ、ラティーノ政治団体が「米墨国境の往来を自由化せよ」と叫ぶのと同期して、ペトラウス元CIA長官(元米軍幹部)や、民主党の主力議員であるペロシらが、米国・メキシコ・カナダを一つの連邦(EU型の超国家組織)にしていく「北米同盟」の構想に言及しているのが気になる。北米同盟はNAFTAを強化したもので、米国が北米同盟を重視するようになると、世界を一極支配する覇権国であることを軽視し、米国は米州のみを管轄し、ユーラシアなど他の大陸はEUや中国やロシアなどに任せればよいという「多極型世界」の容認、多極化推進につながる。 (Petraeus And Pelosi Make Case For North American Union

 特に、不倫スキャンダルで辞任してすでに公人でないペトラウスは、6月末の講演の質疑応答の中で「米国のあとに来るものは北米(同盟)だ」と端的に述べている。移民危機を皮切りに、米国の国家としての機能低下、米墨のなしくずし的な国境機能の低下などが起こり、それと同期して、いつ起きても不思議でない米金融バブルの崩壊が起きると、今は絵空事にすぎない「北米同盟」「米国の孤立主義化」が急進展するかもしれない。米政府が移民危機を煽る理由は、移民政策のリセットでなく、世界的な覇権構造のリセットが目的かもしれない。以前は疎遠だった米国とメキシコのどうしの関係が近年になって親密になり、米軍がこれまでやっていなかったメキシコ軍に対する訓練支援を開始したことも気になる。 ("After America Comes North America," Gen. Petraeus Boasts) (Pentagon Expands Training Of Mexican Military



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