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中間選挙後の米国の戦略変化

2014年11月10日   田中 宇

 11月4日の米国の中間選挙(連邦議会選挙)で、議会上院の多数派が民主党から共和党に替わった。これで議会の上下両院が、民主党のオバマ大統領と対立する共和党に席巻された。共和党では、先代のブッシュ政権が好戦的なタカ派戦略を過激にやってイラクとアフガニスタンの戦争で占領の泥沼を引き起こし、米国民が厭戦的になってから、介入的な戦争と、その根本にある大きな政府主義に反対する茶会派が強くなり、好戦的なタカ派がやや影を潜めていた。しかし今回の中間選挙で何人ものタカ派が共和党から当選し、タカ派の蘇生が指摘されている。反米諸国に宥和策を採るオバマに有権者が愛想を尽かし、タカ派支持が復活したという筋書きだ。 (Hawks Triumph in Senate; Will Push More Aggressive US Policy) (The rise of Joni Ernst - and the return of the Bush-era GOP) (After Republican rout, Obama tells voters: 'I hear you'

 オバマは支持率が40%で民主党内ですら人気がなく、民主党の候補者はオバマに選挙応援に来てもらいたがらず、オバマと一緒に写真を撮ることすら嫌がる状況と報じられている。民主党候補の支援は、オバマでなく、次期大統領選に出馬しそうなヒラリー・クリントン元国務長官と、夫のビル・クリントン元大統領が走り回ったが負けた。ヒラリーは、オバマと対照的に、共和党をしのぐタカ派姿勢を見せることで、16年の大統領選を優勢にしようとしている。厭戦的な民意と裏腹に、当選を狙う政治家の多くは、できる限り好戦的な姿勢を採っている。 (Obama's Latest Speech About The Economic "Recovery" Results In Mass Audience Exodus) (Paul: Hillary Clinton 'soundly rejected'

 私が見るところ、民主党候補者すらがオバマを避けるのは、有権者がオバマを嫌っているからというより、オバマがイスラエルをしだいに露骨に敵視するようになったからだ。以前の記事に書いたとおり、オバマはイスラエルの猛反対を押し切って、イランに対する核兵器開発の濡れ衣を解こうとしている。候補者たちは、選挙で反イスラエル候補者を落選させるのがうまいイスラエルを恐れ、反イスラエルを露わにしたオバマに接近したがらない。中間選挙は「イスラエルの勝利」と言われている。 (US anger at Netanyahu said `red-hot' as ties hit new low) (What Do US Election Results Mean for US-Israel Relations?) (◆イランと和解しそうなオバマ

 好戦的で親イスラエルなタカ派が強化された共和党が両院の多数を取ったことで、米議会は、再招集される来年1月以降、ISISとの戦争の強化、イランやシリア(アサド政権)、ロシアへの敵視強化、ウクライナ戦争に対する扇動再開などが予測されている。ウクライナでは中央政府と東部のロシア系勢力が停戦を維持してきたが、米議会はそんなことお構いなしでウクライナ政府に武器を支援する議案を検討している。米中間選挙直後から、ウクライナ軍が停戦を無視して東部のロシア系を攻撃し始めた。米中間選挙での共和党の勝利で、世界は一気に戦争モードが強まった (Ukraine Lurches Back Toward Open War on East Fighting) (Prepare for War: Obama Asks Congress for ISIS War Authorization; Republican Hawks Have War Plan Prepared; Clinton-McCain?!

 今年7月にウクライナ上空で起きたマレーシア航空機MH17の墜落事故は、MH17を追尾していたウクライナ空軍機が撃墜した可能性が強まっている。しかし米欧日などのマスコミはそれを無視して「プーチンが全部悪い」節の大合唱を続けている。 (Western News-Suppression about the Downing of MH-17 Malaysian Jet) (German MP: "Germany Has No Evidence of Who Shot Down MH17, Sanctions Russia Anyways") (ウクライナの対露作戦としてのマレー機撃墜

 ドイツのジャーナリストは、米国のタカ派がウクライナ当局をそそのかし、ウクライナの原発で自作自演の爆発を起こしてそれをロシアのせいにする策略をやるのでないかと懸念している。(私が見るところ、ウクライナのポロシェンコ大統領は反露派のふりをした隠れ親露派なので、米タカ派にそそのかされても、動くふりをして動かないと思うが) (`German politicians are US puppets'

 共和党は軍産イスラエルだけでなく、金融界や大企業とのつながりも深い。共和党主導の米議会は、米連銀に圧力をかけて、来年後半と予測される連銀の利上げ傾向の開始時期を遅らせたがっている。米連銀は、失業率が下がりつつあることを理由にゼロ金利をやめて利上げに転じようとしているが、共和党は、失業率など見ず、インフレ率が上昇しない限り利上げしないことにしろと連銀に求め始めている。(失業率もインフレ率も粉飾されているが) (GOP Senate Takeover Puts Fed on Hot Seat) (仮想現実化が進む世界経済

 共和党主導の米議会は、大企業の意を受け、米政府が日本やアジア太平洋諸国と交渉しているTPPに関しても、オバマ政権に早くやれと要求しそうだ。このほか、オバマが新設した官制健康保険制度「オバマケア」を共和党が潰そうとしていることや、カナダから米国に原油を運ぶキーストーンXLパイプラインの建設問題(オバマは環境保護を理由に消極的だが、石油ガス業界と結びつきが強い共和党は推進したい)なども、今後焦点になるだろう。 (Republicans to pressure Obama on pro-business reforms) (US seeks to create economic cooperation for its own benefit - Putin on TPP) (WTOの希望とTPPの絶望) (Republicans Lay Out Agenda: Repeal ObamaCare, Authorize Keystone, Save The Children

 共和党主導になる米議会と、オバマとの対立点は多いが、当面の最大の対立点はイランの核問題だ。この件は、米欧がイランに核兵器開発の濡れ衣をかけて経済制裁してきたが、オバマが昨秋、濡れ衣を解いてイランを国際社会に受け入れようとする動きを開始し、イランと暫定合意を結んで一時的に制裁を緩和した。暫定合意が定める期限は11月24日で、この日までに米欧(米英仏露中独、P5+1)は、核疑惑を本格的に解決する正式合意を締結する可能性が強まっている。 (Senate will push for overview of Iran deal, Lindsey Graham says) (A move towards a nuclear deal with Iran) (イランと和解しそうなオバマ

 米議会と背後にいるイスラエルは猛反対しているが、オバマ政権は締結合意を強行しそうだ。オバマがイランとの合意に署名しても、共和党主導の米議会はそれを批准しないことが確実だ。中間選挙前、下院多数派を民主党が持っていた時代から、議会は上下院ともイランとの合意批准に反対だった。軍産イスラエルに牛耳られる議会が批准しないとわかっていても、イランとの合意を締結するオバマの意図は何なのか。 (Top Dems to Obama: Congress Must Be Included Now in Iran Nuke Talks

 オバマ政権が進めていると目されるシナリオの一つは「イラクとシリアで米国がISISと戦って勝つために、イラクとシリアに影響力を持つイランの協力が不可欠だから、イランに協力させる見返りとして核合意を結ぶ」というものだ。オバマは先月、イランの最高指導者ハメネイに、米軍がISISとの戦争に本格参加することと、米イランが核問題で合意を結ぶことを抱き合わせで進める(イランが核協約を結ぶなら、米国はイランの対ISIS戦争に協力する)ことを提案する手紙を出している。この手紙の中でオバマは「米軍はシリア領内のISISを空爆するが、アサド政権を潰す気はない」とイランに約束している。 (Obama sent letter to Iran's Khamenei; Israel kept in the dark) (Obama says P5+1 gave Iran 'a framework to re-enter the international community'

 オバマは中間選挙の直後、ISISと戦うためイラクに米地上軍を増派することを決め、イラクとシリアで戦争を本格化することを認めるよう、議会に求めた。これは、議会が望む「戦争拡大」を遂行するから、核疑惑を解決してイランをISISとの戦争に協力させることに同意してくれという、オバマから議会への提案に見える。 (Obama To Request Authorization for Iraq and Syria War) (Obama Seeks War Authorization for ISIS Conflict

 イランはすでに、傘下の革命防衛隊(事実上のイラン軍)やヒズボラ(レバノンの国軍より強いシーア派武装勢力)をイラクに送り込み、ISISと戦うイラクのシーア派やクルド人の軍勢を支援している。これまでほとんど表に出てこなかったイラク駐留の革命防衛隊の司令官の動静が最近よく報じられるようになり、司令官がクルド軍の幹部と笑談している写真が公開されたりした。これはイランが米国に「約束どおりISISとの戦いに協力していますよ」と示すための動きだろう。 (Key Iran General, Hezbollah the Driving Force Behind Iraq's War on ISIS

 ISISの強さは仮想現実的だ。報道(プロパガンダ?)によると、ISISはこれまで少数なのに無敵の強さを誇っていた。しかし最近、ISISの劣勢を伝える報道が目立つようになっている。他方、米当局が「安心して支援できる穏健派(反アルカイダ、反ISIS)のシリア反政府勢力」と太鼓判を押して支援してきた武装勢力(Harakat Hazm)が、簡単にアルカイダ(アルヌスラ)に投降し、米国からもらった武器を持ってISISに合流したとの報道も出てきた。全体として「イランと米国が力を合わせればISISを倒せる」という新たな報道(プロパガンダ)の流れを作りたいようにも見える。 (Islamic State suffering setbacks in Syria and Iraq) (Pentagon Downplays Mounting Losses in Iraq, Syria) (Syrian rebels armed and trained by US surrender to al-Qaeda

 米議会は、好戦派のふりをしつつイラン敵視を解消しようとするオバマのやり方に賛成しないと考えられる。オバマは秘密裏にイランの指導者に手紙を出したが、オバマの側近の誰かがイスラエルのスパイであるらしく、イスラエルはそのスパイから手紙の件を知らされ、マスコミにリークして暴露した。とたんにイスラエルの傀儡色が強い米議会は「どんなものであれ、オバマがイランと合意するなら、議会はそれに反対して潰す」と騒ぎ出した。議会の突き上げを受け、ケリー国務長官は「イランの核問題を、中東の他の問題と絡めて解決することはない」と表明させられた。オバマのイラン合意策は、議会に阻止されるだろう。 (Official: Israel independently learned of secret U.S. letter to Iran) (Senate will push for overview of Iran deal, Lindsey Graham says) (Kerry says no link between Iran talks, other Middle East issues

 米当局の中でも国防総省は、オバマのやり方に批判的だ。ISISの幹部の多くは、米軍が運営していたイラクの監獄内で知り合い、米軍が監督する監獄内で過激な思想を身につけた。ISISは、国防総省(とイスラエル)が、中東に強大な敵を再度作って米軍が中東での恒久戦争をやれるようにするために養成した組織という観がある。米国の財政や覇権の無駄な消耗を減らしたいオバマは、短期間でISISを潰したいが、中東での恒久戦争を望む国防総省やイスラエルは、ISISを潰したくない。イスラエルは、シリアで負傷したISISやアルカイダの兵士数百人をイスラエルの病院で手当している。 (`Israel hospitals treating Syria militants') (イスラム国はアルカイダのブランド再編) (敵としてイスラム国を作って戦争する米国

 中間選挙前、オバマがISISに対する空爆を決めて以来、米政府内では、ISISを本気で空爆して潰したいオバマと、ISISを空爆するふりをして維持強化したい国防総省の対立が続いている。最初は「誰が空爆対象を決めるか」でもめ、次は国防総省から「シリアでの空爆はアサド政権を強化してしまっている」との批判が出た。オバマの命を受け、軍人の批判を鎮めようとしたヘーゲル国防長官は軍人から非難され、軍内の支持率が26%まで低下し、共和党が「国防長官を交代させろ」と叫んでいる。 (Syria airstrikes spur White House infighting over benefit to Assad) (Hagel Blasts Syria Strategy in Memo) (Hagel Approval Rating Just 26 Percent Among National Security Workers, Troops

 最近、イラクでISISの幹部が集まって会議しているところを米軍が空爆し、幹部が多数死んだと報じられている。シリア軍は、ISISに奪われていた大都市アレッポを包囲し、奪還しようとしている。これらの動き読むと、ISISを強い敵として育てようとする国防総省の策が、ISISを本気で潰そうとするオバマ政権の策に上書きされつつある感じがする。しかし、まだ事態は流動的だ。 (U.S.-led airstrikes target gathering of ISIS leaders in Iraq) (Syria Surrounds Aleppo, Another Blow to US War Strategy

 オバマが軍産イスラエルや議会の裏をかいてイラン問題で勝利した場合、議会がオバマの弾劾に動くかもしれないと指摘されている。オバマ自身が勝たずに問題が解決された方が良さそうだ。 (Iran giveaway: Obama showing he'll take any nuke・deal

 オバマは、イランの核問題を解決する合意を締結しても、米国とイランが和解するのをあきらめている可能性がある。オバマは、P5+1とイランの交渉を成功させ、イランに対する核兵器開発の濡れ衣を解くところまでできるが、その先の、米議会にイラン制裁法を停止させるところまでやれそうもない。そのためオバマは、イランが米国以外のBRICSなどとの関係を強化して経済発展できるところまでやって、米国自身とイランの和解をやらないかもしれない。イランはその線でかまわないと考えていると報じられている。 (Iran Hardliners Hope for Nuclear Deal Without US Rapprochement

 オバマは昨夏、米国(軍産)がシリアに化学兵器使用の濡れ衣をかけた時、問題の解決方法として、ロシアに解決策を任せ、ロシアが主導してシリアの化学兵器を全廃する見返りに、シリアのアサド政権(とその後ろ盾だったイラン)がロシアの傘下に入ることを容認した。アサド政権がロシアの傘下に入って復活することを防ぐため、今年に入って軍産イスラエルがISISを台頭させたとも考えられる。 (プーチンが米国とイランを和解させる?) (シリア空爆策の崩壊) (イランを再受容した国際社会

 この流れの延長で考えると、オバマが今後イラン核問題を解決する実働役をロシアに任せても不思議でない。すでに、イランがウラン燃料の濃縮工程を止め、代わりに濃縮をロシアが引き受ける解決策が取り沙汰されている。ロシアは以前からイランの原発建設を受注している。シリアでは、反政府派の指導者が集団で最近モスクワを訪問し、ラブロフ露外相らとシリア内戦の解決策について協議した。シリア政府は、共和党の議会席巻で米軍がアサド政権を空爆し始めるのでないかとおそれ、ロシアに地対空ミサイルS300を売ってくれるよう懇願している。S300はかなり性能が良いので、配備されると米軍はアサド政権の拠点を空爆できなくなる。 (Russia's Key Role in Iran-Nuke Deal By Gareth Porter) (Ex-Syria opposition chief says he discussed conflict with Moscow) (Fearing U.S. air strikes, Syria asks for Russian S300

 中東の全ての事態が流動的になっている。東エルサレムではパレスチナ人がイスラエルへの抵抗運動(デモ、インティファーダ)を再開し、欧州諸国などが、イスラエルを非難する意味でパレスチナ国家を正式承認するぞと脅し始めている。すでにスウェーデンはパレスチナを承認した。オバマ政権は、国連安保理で今後提案されそうなイスラエル非難決議に対し、いつまでも米国が拒否権を発動できるものでないと言い始めている。パレスチナ問題も目が離せない。 (European states threaten to recognize Palestinian statehood) (US veto at Security Council may no longer be a given



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