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原油安で勃発した金融世界大戦

2014年12月21日   田中 宇

 原油安が進行している。北海ブレントは1バレル60ドルを割った。OPECの盟主サウジアラビアと仲が良いUAE(アラブ首長国連邦)のエネルギー大臣は、1バレル40ドル以下に下がったとしてもOPECは相場を放置し、価格上昇を目的とした減産をしないと表明した。OPEC内では、最初に財政破綻しそうなベネズエラが減産を議論する緊急会議を開くことをさかんに提案しているが、UAEの大臣は緊急会議など開かないと突っぱね、来年のなかばに原油が底打ちするだろうから、そうしたらOPECは会議を開くと言っている。 (OPEC won't cut production even if oil below $40 - UAE energy minister

 サウジがOPECを主導して続けている原油安への誘導策は当初、サウジと米国が結託してロシアやイランを潰そうとする策だと考えられていた。私は10月の段階でそのような記事を書いたし、分析者の中には今でもそのように書いている者もいる。 (サウジアラビア原油安の陰謀) (The engineered fall of the Russian ruble

 しかし戦いを仕掛けられているはずのロシアのプーチンは、辛辣な物言いで知られる人なのに、サウジを批判する言葉をまったく発していない。プーチンは原油安について、まるで自分で決めた政策であるかのように、1バレル40ドルまで下がりそうだとか、露経済に被害を与える原油安が最長で2年続くかもしれないが国民は我慢してくれといった発言をしている。 (Putin Paints a Besieged Russia, Says U.S. Wants to 'Rip Out Its Teeth and Claws'

 先日の記者会見でプーチンは、原油安を非難しなかった代わりに、米欧の投機筋がルーブルを急落させているといって米欧を非難した。プーチンが怒っているのは、原油安自体でなく、原油安を口実に米欧勢が為替先物などを使ってルーブルを急落させ、露経済に打撃を与えていることについてだ。 (Putin Defiant, Lashes Out At West, Tells Russians Economy May Stay Weak For Two Years

 ロシアだけでなくイランの政府も、原油は40ドル台まで下がりそうだと客観的に表明している。露もイランも、喧嘩を売られたら黙っておらず、非難し返す戦略だ。米サウジが露イランを潰すために原油安の攻勢をしているのなら、原油相場に対する露やイランの発言が、もっと怒りのこもったものになるはずだ。サウジなどペルシャ湾岸諸国は、半ば公然と激安で原油を売りまくっている。それなのに露やイランはそれを非難せず、自分たちも原油安に賛成しているかのように客観的に40ドルまで下がると言っている。露イランは、サウジ主導の原油安策の標的でない。 (Oil Price Hit by OPEC Numbers as Saudis Stand Firm on Output

 マスコミの中には、サウジの原油安策の目的について、露イラン潰しと、シェール革命でサウジの影響力削減をもくろむ米国に対する仕返しという両論併記をしているものもある。しかしすでに書いたように、露イランはサウジから喧嘩を売られていない。むしろ原油安策は、サウジと露イランが結託して米国シェール革命を潰そうとするものだと、私は11月以来考えている。 (Saudi Arabia is playing chicken with its oil) (米シェール革命を潰すOPECサウジ

 サウジは以前から親米で、対米従属の安全保障政策をとってきた。サウジが米国の金融崩壊につながりかねないシェール革命潰しの策に出るのは常識で考えると理解できない。しかし一歩深く考えると、サウジは911事件で米国からテロリストの濡れ衣をかけられ(サウジ系のイスラム過激派は多いが、911が彼らの仕業だという証拠がない)、米政界を牛耳る親イスラエル勢力から敵視され、シェール革命でサウジは用済みだと言われてきた。歴史をさかのぼると、サウジは1973年の石油危機の時にも、原油価格を使って米国に経済戦争を挑んでいる。石油危機は原油高騰、今回は原油超安値という違いがあるが、構図は似ている。 (石油の国際政治

 米軍はいったんイラクから撤退したのに、今年に入って米軍が育てたISIS(イスラム国)が軍事台頭し、軍産イスラエル複合体は中東に恒久戦争の構図を作ろうとする策を繰り返している。サウジ王政が、中東を無茶苦茶にし続ける米国に対し、いい加減にしてくれと思い、米国の単独覇権体制よりも、米国がある程度退いてBRICSやEUなども入った多極型の世界体制に転換した方が良いという考えにひそかに転換するのは自然だ。 (米国を見限ったサウジアラビア

 原油相場が下がり始めたのは、今年6月にISISがモスルを陥落して台頭してきた直後だった。米軍が敵として育てたISISとの中東30年戦争の構図を確定させる前に、原油安によって米シェール産業を潰して金融危機を再発させ、米国の覇権を縮小させたいとサウジが考えたのであれば、モスル陥落後に原油が下がり始めたことに説明がつく。 (イスラム国はアルカイダのブランド再編

 原油相場がどこまで下がると米国のシェール油田が赤字になるかについて、いくつもの分析が(目くらまし的に)出ている。米シェール産業はそんな簡単に潰れないという人と、いやいや今の水準ですでに危険だという人がいる。最有力のシェール油田であるノースダコタ州のバッケンでも、1バレル66ドルの水準で油井の半数が赤字だという分析がある。 (Calculating The Breakeven Price For The Median Bakken Shale Well) (シェールガスのバブル崩壊

 石油産業は、原油相場が下落すると石油販売時に補償を受けられる価格ヘッジの契約を金融側と結んでいるが、米シェール産業はヘッジの掛け金を安くする二番底方式(three-way collar)の契約が多い。ヘッジ契約は底値以下になると差額を受け取れるが、二番底契約では、二番底の価格を割ると受け取れる差額が二番底からの起算に変わる。たとえばシェール大手のパイオニア社は、昨今の超安値を予想せず、全体の85%の油井について一番底を89ドル、二番底を73・5ドルにして契約しており、現状の安値が続くと十分なヘッジの補償を受けられない。 (Oil Crash Exposes New Risks for U.S. Shale Drillers

 半面、たとえ油井が赤字でも、金融界がシェールのジャンク債の破綻がリーマン危機の再来になることを恐れ、シェール産業の赤字をごまかしつつジャンクの発行が続くようにすれば、原油安が続いても業界が資金難にならず、金融破綻につながらない。 (Carl Icahn on a Junk Bond Bubble, Opportunities in Oil and Why Shareholder Democracy is a Myth

 米国で金融界がシェール産業を延命させ、金融危機が起こらずに来年半ばになると、米国でなくロシアやサウジの方が財政難になり、危険にさらされる。米金融界(投機筋)は、自分たちが潰れる前にプーチンを潰せとばかり、為替市場で先物を売ってルーブルを急落させている。米国では「ルーブルは急速に死に向かっている」「現状は1998年の露金融危機よりひどい。露国債がデフォルトする」といった見方が飛び交っている。 (More To Ruble's Collapse Than Meets The Eye?) (Could A Russian Default Be In The Cards?

 プーチンはドルの覇権を崩す戦略の一環として、ドルの究極の対抗馬である金地金を買い貯めてきた。ドルが崩壊するほど金相場が上がる。金融界は先物を使って金相場を下落させ、ドルの崩壊感の顕在化を防いできた。その一環としての金相場下落策なのか、ルーブルが急落すると「ロシアは資金難で、資金を作るため政府備蓄の金地金を売り払う」といううわさを仏ソシエテが流した。露政府は金売却を否定し、むしろ金地金を買い増していることが判明した。 (Russia Has Begun Selling Its Gold, According To SocGen) (Russia Busts "Gold-Selling" Rumors, Reports It Bought Another 600,000 Ounces Taking Gold Holdings To New Record High) (金地金の反撃

 今のところロシアでのプーチンの人気は高く、政界のライバルもいない。ロシアは貿易決済の非ドル化や、中国との関係を強化して欧米に頼らない経済構造への転換を急いできた。露政府は石油ガス収入で財政を回しており、国債発行残高が少ないのでデフォルトしにくい。しかし、原油安とルーブル安などによる経済混乱がこの先何カ月も続くと、露経済破綻の観が強くなる。プーチンは、経済状況がとても悪くなったら(原油安でシェール産業を皮切りに米国で金融危機を起こす)計画を変更せざるを得ないと言っている。計画変更はプーチンの政治生命を危険にする。 (Putin Paints a Besieged Russia, Says U.S. Wants to 'Rip Out Its Teeth and Claws') (Russia lurches towards financial crisis) (Ruble crisis could shake Putin's grip on power

 サウジなどペルシャ湾岸産油国では、株価が急落している。近代化の歴史が浅い湾岸諸国の金融システムは、米英金融界の支援で作られている。システムの創造主である米英金融界がその気になれば、湾岸諸国の株価を暴落させられる。サウジなどが米金融界を潰そうと動き出したので、金融界がサウジなどに報復し、株価が急落したと考えられる。 (It's Not Just Russia: Middle East In Freefall, Biggest Plunge In 6 Years

 ロシアや湾岸諸国だけでなく、世界の新興市場全体が金融危機に瀕しているという指摘がある。(日本銀行のQEなどによって資金が米国に供給されて)今後ドル高になり、ドル建てで資金調達してきた新興市場の企業の資金繰りが危ないとBIS(国際決済銀行)が警告した。 (Bank for International Settlements sounds alarm over dollar) (Even The BIS Is Shocked At How Broken Markets Have Become

 1998年のアジア通貨危機の先例のように、米金融界は自分たちが危なくなると、先に新興市場の金融を投機で潰し、資金をドルや米国債に環流させ、自国の債券金融システムの崩壊を防ぐ。今回、サウジやプーチンが起こしている原油安で、シェール業界のジャンク債を皮切りに米国で金融危機が起きそうなので、ロシアやサウジを筆頭に新興市場全体の金融を潰すことで、米金融界は自分たちを延命させようとしている。 (Emerging Markets In Danger) (Emerging markets enter slow growth era

 このように現状は、ロシアやサウジが原油安の策略を開始したのを皮切りに、露サウジなど新興市場諸国と米国との金融世界大戦が勃発している。サウジ主導のOPECが11月末の総会で原油安を放置することを決めたことが、米国に対する宣戦布告であり、金融大戦の勃発時期だった。日本は、日銀のQEがドルや米国の債券市場を救済しており、すでに米国の側に立って金融大戦に参戦している。

 この大戦は、ロシアと米国のどちらかが潰れるまで続きそうだ。ロシアが負けると、露経済は98年のロシア金融危機後のような混乱になる。当時、この混乱を収拾するためエリツィンがプーチンを登場させた。プーチンの敗北はロシアが元の木阿弥になることを意味する。一方、米国が負けると、リーマン危機後にかいま見られたような、ドルや米国債、米国覇権の崩壊である。ロシアやサウジは、何らかの勝算があって原油安の戦略を開始したと考えられるが、米国の金融システムは裏の裏があり、潰せると思っても簡単に潰れないかもしれない。 (「ブレトンウッズ2」の新世界秩序

 ロシアの経済難を見て、中国がロシア支援を検討し始めている。露中はすでに隠然たる同盟関係にある。米国がロシアを金融戦争で潰しそうになると、今はまだ表向き中立を保っている中国が金融大戦に本格参戦することが予測される。ロシアはシェール革命潰しという、相手の弱点をこっそり突く奇策でしか米国を攻撃できないが、世界最大の米国債保有国である中国はもっと強力だ。今の中国の立場は、二度の大戦で当初中立を保っていた米国が参戦したことで大戦の勝敗が転換したのと似ている。 (Russia may seek China help to deal with crisis) (China Prepares To Bailout Russia

 また最近オバマ大統領がキューバに対する経済制裁を解除することを決め、キューバ経済に資金が入っていきそうな流れが始まっているが、これは今回の金融大戦で最初の財政破綻国になりそうなベネズエラを救うことにいくらか役立つかもしれない。キューバは、ベネズエラから石油を受け取る代わりにベネズエラを経済支援してきた。オバマはロシア制裁の強化策に署名したが、これはロシアを怒らせ、プーチンが米国に対抗してくる動きに拍車をかけている。オバマは、自国を勝たせたいのか、それとも多極化に手を貸したいのかわからない隠れ多極主義的な部分がある。今のタイミングでのキューバ制裁解除も、こっそり敵を利する策の一つかもしれない。 (ますます好戦的になる米政界



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