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ロシアが意図的にデフォルトする?

2014年12月25日   田中 宇

 ロシアのルーブルの対ドル為替相場は、12月16日の前後に20%暴落して1ドル80ルーブルまで下がり、年初来で半値以下になった。株や債券も暴落した。その後、ロシア政府が石油ガスなどを輸出する国営企業5社に対し、半ば強制的にドル売りルーブル買いをさせるソフトな資本統制を開始し、ルーブル相場は1ドル55ルーブルまで回復している。当局が主要な輸出企業の外貨担当部門に政府の監督役を送り込んで統制している。中央銀行は、外貨建ての債務を返せない企業に支援すると表明した。 (Moscow orders state-owned exporters to sell foreign currency) (Russian rouble rebounds after informal capital control measures

 しかし露政府は資本規制を本格化、長期化しないと言っている。資本規制を本格的にやると、資金の持ち出し規制を嫌がる外国の投資家が投資しなくなり、資金が国外に流出するからだ。プーチン大統領の高い人気は、経済を安定・成長させたことに支えられている。ルーブルの暴落や資本の流出は経済を不安定化し、プーチンの人気が下がる。 (Informal capital controls arrest Russian ruble's slide

 今は年末なので、金融市場は12月中旬の大混乱がおさまり小康状態にある。しかし、金融混乱は一般投資家の需給の変化によるものでなく、米国のロシア敵視策の一環だ。プーチンは投機筋から消耗戦を仕掛けられているとFT紙も書いている。これは金融の世界大戦だ。米政界は、議会もホワイトハウスもマスコミもロシア敵視が席巻している。これが金融戦争である以上、来年また投機筋が露経済を混乱させる攻撃を仕掛けてくるだろう。ロシアでは、すでに銀行の経営危機も起きている。 (Putin has one weapon to protect the rouble - he must use it wisely) (IMF raises fears of global crisis as Russian bank forced into bailout) (原油安で勃発した金融世界大戦

 来年、投機筋が再びルーブルを暴落させた場合、米国の格付け機関がロシアの国債をジャンクに格下げし、ロシアの政府や民間企業が債務のデフォルト(債務不履行)を起こす可能性が増している。ロシアは来年、政府と民間で合計1200億ドルの対外債務の返済期限がくる。外貨建て債務を返済できない企業には中央銀行が外貨を融通することになっているが、中銀の外貨準備にも限界がある。投機筋の為替攻撃に対抗して中央銀行が外貨準備を使うほど、露政府自身がデフォルトしやすくなる。敵は、キーボードで数字を入力するだけでドルを作れる側の勢力だ。来年ロシアがデフォルトするのは不可避だとする見方が出回っている。 (Russia's central bank to help companies refinance debts) (Hopeful on China, Fearful of a Russian Default

 ロシア政府内では、プーチンの側近を長くつとめ、メドベージェフ首相の後任と目されているクルディン元財務相が12月22日、米欧との関係を改善しないと来年ロシアはデフォルトするかもしれないと警告した。米欧から売られた喧嘩を必ず買うプーチンに率いられた露政府の高官がこんな発言をするのは異例で、露経済が非常に危険な状態になっていることを示すものとして注目された。 (Russia faces full-blown crisis, says Kudrin

 しかし、ロシア情勢に詳しい米国の在野の分析者の中には、プーチンが来年、ロシアの政府や民間の対外債務を意図的にデフォルトさせることで、ロシアの金融危機を米欧の金融界に逆感染させ、米欧で金融危機を起こす策略をやりそうだと分析する者が出てきている。米国の元財務次官補で、最近の米国の好戦的な世界戦略を批判しているポール・クレイグロバーツは、露政府が来年の早い時期に、ルーブルは米欧からの政治意図に基づく攻撃で下落させられているのだから、露政府は報復として、米欧側が攻撃をやめてルーブルが安定するまで米欧に対する債務の利払いや償還を一時停止すると表明ないし示唆し、ロシアに債権を持つ米欧の銀行が対露不良債権を抱えて金融危機に陥ることを誘発しそうだと述べている。ロシアと米欧との経済対立が激化し、ロシアが欧州への石油ガスの輸出を完全に止める報復措置をとり、欧州経済を大混乱に陥らせるだろうとも言っている(米国はロシアから石油ガスをほとんど買っていない)。 (Paul Craig Roberts - Russia To Unleash Ultimate Black Swan Against The West

 これと同じことを地政学分析者のペペ・エスコバルも書いている。彼によると、露政府がデフォルトを宣言すると、欧米の政府や民間が対抗措置として自国内のロシアの政府や企業の資産を没収凍結し、露側はさらにその報復として自国内の欧米企業の資産を没収凍結するとともに、欧州に対する石油ガスの輸出を停止する。対露債権を多く持つ欧米金融機関の不良債権が増して破綻に瀕し、欧州諸国は石油ガス不足に陥って経済が大きく減速する。 (What Putin is not telling us) (Russia, China mock divide and rule

 クレイグロバーツとエスコバルは、露政府筋の戦略立案者たちと親しいようなので、ロシアが意図的にデフォルトすることで米欧経済に打撃を与える策は、2人の発案でなく、プーチン政権が戦略の選択肢の一つとして考え、露政府筋が2人にリークした話なのだろう。プーチンは最近の記者会見で、来年の半ばまでに(原油安で米シェール業界のジャンク債が破綻して米国が金融危機に発展し)原油安の攻勢を完了できない場合、計画を変更すると示唆している。この計画変更というのが、露政府の意図的なデフォルト作戦なのかもしれない。 (Putin Paints a Besieged Russia, Says U.S. Wants to 'Rip Out Its Teeth and Claws'

 米国の債券金融システムは、シェール業界のジャンク債を皮切りに破綻が始まりそうなので、そこにロシアの意図的なデフォルトによる悪影響が加わると、サブプライム危機がリーマン危機につながったような展開が繰り返される可能性がある。とはいえ私には、ロシアがデフォルトしても米金融界を連鎖破綻させられるほどの破壊力を出せるのか疑問がある。英テレグラフ紙によると、米国からロシアへの債権の総額は米国のGDPの0・1%しかない。日英独いずれも対露債権がGDPの1%以下だ。こんな小さな規模だと、デリバティブのテコの原理が働いたとしても、ロシアのデフォルトで米国の金融界が連鎖破綻するとは考えにくい。 (Russia's economic crisis could easily end in yet another sovereign default

 私の分析では、ロシアが米欧に対する債務を意図的にデフォルトするとしたら、そのより大きな目的は、長期的にロシア自身の転換を通じて世界的な経済構造を転換しようとするためだ。ロシアは冷戦後、米欧と経済的・政治的に協調することを希求してきたが、米国はロシア敵視を続け、米投機筋がいつでもロシアを経済的に転覆できる状態で、エネルギー以外の産業が育ちにくく、露経済の基盤は弱い。ロシアは98年にも投機筋に攻撃されてデフォルトした。政権の座に15年いるプーチンは、冷戦後の脆弱だったロシアを強化して米国から軽んじられないようにすることで、米国がロシアと協調する路線に転じることを期待した。しかし米国はロシア敵視をやめず、長くロシアの一部だったウクライナの政権転覆を誘発して反露政権を作らせ、それをロシアのせいにして対露制裁を強めた。プーチンは米国に期待するのをやめた。 (From inside Putin's parallel universe, the crisis looks bright) (NATO延命策としてのウクライナ危機

 プーチンは対露制裁を機に、中国などBRICS諸国や発展途上諸国との経済関係を強化することで、米欧との経済関係を断絶しても露経済が成長し続けられる構造に転換しようとした。プーチンは今年5月に天然ガスを中国に長期で販売する契約を結び、中国へのパイプラインの建設を急いだ。しかし、冷戦後の25年間で構築された米欧との経済関係を短期間に中国など新興諸国との関係に切り替えるのは容易でない。そんな中、もし来年ロシアがデフォルトし、相互の資産没収によって米欧との経済関係が否応なしに断絶されると、それは露経済が依存する先を米欧から中国など新興諸国へと劇的に転換することにつながる。 (Saxo Bank CIO:"Writing Off Russia Would Be Unwise") (プーチンに押しかけられて多極化に動く中国

 米欧では「プーチンが強硬なので米露関係が悪化した。プーチンが悪い」という価値観が席巻しているが、ロシアでは「米欧がロシア敵視をやめない以上、米欧に強硬姿勢をとるプーチンは正しい」という世論が強い。プーチンの支持率は80%だ。米欧への債務を不履行にすることは、プーチンが露経済を悪化させたとして国内で非難されるのでなく、ナショナリズムの発露としてむしろ歓迎される。 (A Russian Default?

 中露間はすでに石油パイプラインが完成しており、天然ガスのパイプラインも建設中だ。ロシアは欧州でなく中国に石油ガスを売って外貨(人民元)を稼げる状況になりつつある。中国への販売収入があれば、欧州に売る分を減らしても露経済は立ちゆく。困るのは欧州の方だ。プーチンが先日、ロシアから欧州に天然ガスを送るサウスストリームパイプラインの建設中止を突然に表明したのは、来年に向けた話の前哨戦だったことになる。 (`South Stream' Halts: Russia Challenges Europe's Energy Security

 プーチン政権はロシアと中国との投資関係も鼓舞したが、伝統的にロシアは経済的に欧州を向いている。欧米との経済関係を縮小して中国やBRICSとの関係に替えるのは、ロシアの財界人(欧米とつながりを持つユダヤ系が多い)にとって抵抗があった。しかしロシアがデフォルトし、欧米との経済関係が強制的に切れてしまうのなら、その後のロシアは否応なく中国からの投資に頼らざるを得ない。プーチンによる意図的なデフォルトは、欧米との関係を切りたがらない自国の財界人に対する荒治療といえる。 (中露結束は長期化する

 プーチンは、経済成長を成功させるやり方を中国から学びたいと以前から言っていた。中国が工業生産で成功したのにロシアが成功できないのは、中国人とロシア人の気質の違いによるところが大きい。ロシアが米欧と経済関係を断絶して中国との関係に切り替えたからといって、ロシアが中国式に工業生産で成功できるとは思えない。しかし少なくとも、経済制裁や投機筋の攻撃など、ロシアが米欧から経済面で嫌がらせされることはなくなる。米国の対露制裁は有効な策でなくなる。ロシアは、米国の覇権体制の拘束から足を洗える。中国はロシアとの経済関係で儲けられる限り攻撃してこない。米国は理不尽だが中国は合理的だ。 (中国の内外(3)中国に学ぶロシア

 ロシアは石油ガスなど地下資源が豊かで、中国だけでなくBRICSや新興市場諸国の全体にとってのエネルギー供給源として機能できる。欧米に売る必要はない。販売時の通貨はドルでなく、人民元やルーブルやルピーなどで良い。ロシアがデフォルトを通じて欧米との経済関係を断ち切り、好戦的な米国の嫌がらせ策から解放されるのを見て、他の新興諸国の中に、同じようにやって米国のくびきから抜けたがる国々が出てくるだろう。これはプーチンが構想している米覇権体制からの脱却、多極化の推進につながる。 (多極化の申し子プーチン

 米国がロシア敵視や好戦的な世界戦略に走るほど、ロシア式の米覇権からの離脱がはやり、米国覇権への参加者が先細り、世界の多極化が進む。好戦論者が隠れ多極主義者であると疑われるゆえんだ。もしかすると、サウジアラビアもこっそりロシア式への参加を決めたので、頑固に増産して原油安を進めているのかもしれない。 (エネルギーで再台頭めざすロシア

 プーチンがやろうとしているのはロシアという国家を使った壮大な実験だ。失敗すると1・4億人のロシア国民の生活が破壊される。リスクが大きすぎるかもしれない。しかし歴史的に、ロシア人は国家を使った壮大な実験に慣れている。ロシア革命とその後の社会主義の実験が、その最大のものだ。ソ連崩壊後も、ロシアは国家制度が何度も大転換している。米欧では、ロシアとの関係を大事にしないと危険だ、ロシアをデフォルトさせない方が良いという主張も出ている。こうした主張は、米国覇権を守ろうとするまっとうなものだ。しかし米国では、議会も大統領府もマスコミも、ロシア敵視の好戦策が席巻し、合理的な主張が通らなくなっている。 (The West should not let Russia fall apart

 米国は実体経済が衰退しているのに、金融のトリックと統計のごまかしで、まるで景気が隆々と回復しているかのような幻影を人々に対して見せている。米国覇権の傘下に残る国々は、このごまかしの構図の延命に積極的に荷担しなければならない。日本がその最たる例だ。ごまかしの構図に荷担するほど、米国を真似て、中産階級の崩壊(大多数の国民の貧困化、貧富格差の増大)や、実体経済の悪化を看過し、長期的に国を滅ぼす策(いわゆるアベノミクス)を続けねばならない。 (アベノミクスの経済粉飾) (経済の歪曲延命策がまだ続く?

 ふつうに考えると、国を滅ぼすごまかしの策など、どこの国の指導者もやりたくない。しかしいったん「同盟国」になると、米国の覇権から抜け出すのは難しい。まるで暴力団とか警察組織、CIAのようだ。欧州では、ドイツ(が率いるEU)が、米国覇権のごまかしの構図から抜けたくても抜けられない状況にある。米国はEUに、早くQE(ユーロを大増刷して債券を買い支える策)をやれと圧力をかけている。歴史の教訓から増刷に大反対なドイツは抵抗している。 (European QE Postponed Indefinitely? Leaked EU Draft Shows "Lack Of Political Cover" For Draghi

 来年もしロシアがデフォルトして欧米との経済関係が断絶すると、先進国の中で最も困るのはドイツなどEU諸国だ。大きなマイナス成長になるだろう。ドイツやEUの上層部では、この際だからインチキな金融トリックで成長幻影をふりまくだけの米国に追随するのをやめて、露中が作るBRICSの多極型の覇権体制の方に鞍替えしたいと考える人が増えるだろう。しかし、欧州の上流階級には対米従属で儲けてきた人も多い。「敗戦国」のドイツだけでEUを方向転換するのは難しい。 (EU2 Europe's lonely and reluctant hegemon

 このような行き詰まりの中で、欧州の方向転換を可能にするかもしれない国は、意外なことに、英国だ。英国は伝統的に反ロシアだが(ロシア革命で生まれた国際共産主義運動は、大英帝国に取って代わる世界体制をめざした)、リーマン危機後、中国にすり寄っていちはやく人民元のオフショア市場をロンドンに作るなど、きたるべき多極型の世界の中でロンドンを国際金融センターとして機能させることで英経済を存続させようとしている。

 ロシアがデフォルトを通じて中露結束や多極化を進めるなら、英国はロシア敵視を引っ込め、バブル化がひどくなる米国覇権から隠然と距離を置きつつ、ロシアに接近して和解せねばならない。いずれ英国は、対露政策でドイツと同じ立場になる。ドイツを2度も大戦で負かしてきた英国は、ドイツよりもずっと老獪な外交技能を持っている。フランスやイタリアは、前から親露的だ。英国とドイツが結束すれば、EUは米覇権から足を洗い、親露姿勢に転換し、多極型の世界体制に参加できる。



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