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不透明が増す金融システム

2015年9月21日   田中 宇

 9月17日、米連銀(連邦準備制度)が定例理事会(FOMC)を開き、利上げを見送ることを決めた。表向き、米国の景気が回復基調にあると報じられているので、連銀がリーマン危機後のゼロ金利策を脱し、7年ぶりに利上げするのでないかと期待されていた。利上げの実際の理由は、景気回復でなく、ゼロ金利策を続けていると不況になった時の対策である利下げができず不健全なので、日本やEUにゼロ金利策(QE)を続けさせ、米国だけ利上げしてドルの健全性を回復しようとするものだ。 (米国の利上げと世界不況

 ゼロ金利の状態は、銀行の利益の源泉である利ざやを減らし、米欧日の多くの銀行が、じわじわと経営難になっている。米連銀は、米銀行界から「利上げしろ、さもなくば大量解雇に踏み切らざるを得ない」と圧力をかけられていた。 (Bankers Threaten Fed with Layoffs if it Doesn't Raise Rates And Bank Shares Got Crushed) (加速する日本の経済難) (On The Verge Of Collapse? HSBC To Cut 25,000 Jobs

 連銀上層部は利上げしたかっただろうが、できなかった。その最大の理由は、中国など新興市場を中心に、世界経済が急速に減速して不況色を強めているからだ。理事会後の記者発表で、連銀のイエレン議長が世界経済の悪化を強調したため、世界的な景気の先行きを懸念して世界的に株価が下落した。 (Dovish Fed unnerves global equity markets

 米連銀は、今回の利上げ話や昨秋のQE終了時などに、緊縮をするのかどうか、わざと明確にせず、市場を驚かせないようにしてきた。緊縮を実施しない時は「次の理事会で実施するかも」という言説をマスコミに流布させて目くらましにする策をとっている。今回も「12月の理事会で利上げすると予測する専門家か多い」といった記事が目立っている。しかし、今回の利上げ見送りの理由が世界経済の悪化であるのなら、12月や来年3月も利上げできないだろう。中国など新興市場の経済減速は始まったばかりで、来年にかけて顕在化(悪化)するだろうからだ。 (Yellen gives investors a world of worry

 連銀が利上げを見送るのと前後して、米国の銀行間の短期融資の貸し倒れのリスク(TED Spread、銀行間融資と短期米国債の利回り差)が3年ぶりの水準まで上昇した。連銀が利上げを見送ると、米銀行界が経営難に陥るとの懸念から、リスクへの懸念が上昇したと考えられる。銀行間融資の貸し倒れリスクが高まると、銀行界のうち特に破綻しそうな銀行への融資の利回りが個別に上昇し、どこが危険か一目瞭然になっていき、その銀行の破綻が早まる。この現象は、07-08年にベアスターンズやリーマンブラザーズなどが次々に潰れた時に何度か起きている。危険な兆候だ。 (Interbank Credit Risk Soars To 3 Year Highs - Is This Why Janet Folded?

 金融システムが健全な状態なら、危ないところとそうでないところの金利差がほとんどない。金利差が大きくなるほど、リスクプレミアム(リスクに対する評価額)が大きくなり、危機的になる。米連銀が利上げするなら、リスクプレミアムが小さい間にやる必要がある。さもないと、連銀が利上げ(短期金利の上昇)をやると、危ない銀行への融資金利が大きく上がり、危険さを扇動してしまう。今後、銀行経営がさらに苦しくなるだろうから、連銀の利上は今より困難になる。ゴールドマンサックスは、連銀は来夏まで利上げしないと予測している。状況が不透明な中、来夏のことなど今から予測できないはずだから、この予測は「もう連銀は利上げできない」といっているのと同じだ。来夏だと、来年11月の米大統領選挙に近すぎる。政治的にも考えにくいシナリオだ。 (Goldman Calls It: No Rate Hike Until Mid-2016) (アメリカ金利上昇の悪夢

 米連銀は昨秋来、日本と欧州の中央銀行にQEを肩代わりさせ、リスクプレミアムの低い状態を維持しつつ、自分だけQEをやめて逆に利上げし、ドルを健全な状態に戻そうとしてきた。今回、米連銀が利上げを見送ったことで、日欧の中銀は、今後もしばらくQEを続けることが必要になっている(さもないとリスクプレミアムが上昇し、ジャンク債など高リスクの市場が危なくなる)。しかし、日本はもうQEを拡大できないし、欧州は拡大したくない。日銀は先日、QEを拡大しないことを発表した。 (Bank of Japan makes no change

 前回の記事に書いたように、日銀が新たにQEの買い支えの対象にできる債券が、日本にはもうない。日銀はQEを拡大できず、むしろ買える債券が減る中で、しだいにQEを縮小せざるを得ない状況にある。自民党の安倍首相の側近は、日銀はあと10兆円QEを拡大すべきだと言っているが、頓珍漢であり、市場を煙に巻くために口だけ動かしている感じだ。 (◆行き詰る米日欧の金融政策) (Abe Adviser Says Next Month Good Opportunity for BOJ Easing) (S&P downgrades Japan, doubts Abenomics can soon reverse deterioration

 先日、S&Pが日本国債を格下げした。理由は「(QEなど)アベノミクスに効果がないことがわかったから」だ。昨秋にQEを拡大した後、今春から日本経済はマイナス成長になっている。不況入りすれすれの状態だ。QEやアベノミクスに効果がないことは、S&Pの格下げを見るまでもなく、以前から明らかだ。なぜおえらい経済新聞や放送協会は、アベノミクスは効果がないからやめた方が良いと大々的に報じないのか。マスコミやその背後にいる官僚機構、安部政権の太鼓もちをしたがる人々こそ、非国民、売国奴(米傀儡)、もしくは軽信者(間抜け)である。 (S&P downgrades Japan's sovereign rating on concerns about economic outlook) (アベノミクスの経済粉飾) (逆説のアベノミクス

 日本と同様に、EUもQEを拡大しろと圧力をかけられているが、EUの反応は日本より健全だ。EUを率いるドイツのショイブレ財務相は9月初め「通貨の増発(QE)や財政赤字の拡大で経済を再建しようとすると、危機が起こりやすくなるので良くない。財政均衡を維持するのが良い」と発言し、米国などが求めるQE拡大や財政出動の政策を否定した。独財務相の発言からは、米連銀が日本とEUに、QEを拡大しろと圧力をかけていたことがうかがえる(圧力がないなら発言も必要なかった)。日銀は(実はもう拡大が不可能ないのに)今はQE拡大の必要がないと記者発表してことわり、EU(独財務相)は不健全な策だからQEは続けるべきでないと発言してことわった。今後、日欧ともQEを縮小しそうな傾向だ。QEが縮小すると、米連銀は利上げしにくくなり、逆に米連銀自身がQEを再開せざるを得なくなる。無理矢理に利上げすると、リスクプレミアムが上昇してジャンク債市場が壊れる。 (Schaeuble warns central banks of fostering a new bubble) (German finmin says must avoid reliance on debt, cenbank stimulus) (German finance minister Schaeuble warns of market bubble

 日本が、ドイツのように不健全なQEを拒否せず、米国より先に自国を財政破綻に追い込むQEを喜々として拡大してきた理由は、日本を支配する官僚機構が、官僚独裁(国会や政治家に実質的な力を与えない状態)を維持するため、米国が常に日本の上位にいて、日本が米国の傀儡である対米従属の体制を必要としているからだろう。米国は、日本を支配しているように見えるが、実のところ日本にさほど圧力をかけていない。米国が明確な圧力を日本にかけることは少ない。 (日本の官僚支配と沖縄米軍

 安全保障でも経済でも「米国の圧力」と指摘されているものの多くは、日本が断りたければさしたる問題もなく断れるものだ。それを、外務省など官僚機構は「米国の絶対の命令」であるかのように「解釈」して国民を軽信させ、官僚独裁のための道具として使っている。本来、官僚は政治家(国民の代表)より下位にいるはずだが、戦後の日本では、米国(特に軍産複合体)が、日本の政治家よりさらに上位にいて、米国の意志を官僚が勝手に代弁(偽装)して政治家にやらせることで、官僚が米国になりすまし、事実上、政治家を下位においている。官僚が隠然独裁権力を維持するため、対米従属が必須になっている。ドルの強さ(米国覇権)が維持され、対米従属が維持できるなら、官僚機構は、QEのやりすぎで日本国債がデフォルトしてもかまわない。官僚にとって、国民の幸せよりも自分たちの権力維持の方がはるかに重要だ。 (米国を真似て財政破綻したがる日本) (日本経済を自滅にみちびく対米従属

 話をもとに戻す。もう一つ、リスクプレミアムの上昇が起こりつつあるのが、米国シェール石油産業だ。先進諸国のエネルギー調査機関であるIEA(国際エネルギー機関)は先日、来年にかけて米国のシェール石油が減産するという予測を月例報告書の中で発表した。来年、非OPEC諸国で日産50万バレルの減産が起きるが、その80%が米シェール産業だとIEAは予測している。シェール産業は昨秋来の原油安の中で、無理に増産し、売上増で何とかしのいできた。 (Saudis are winning their war on shale oil) (Cheap oil `slams brakes' on US shale production

 シェール産業は、油田開発に巨額の資金を必要とし、債券金融のかたまりのような産業だ。米シェール産業の大幅な減産は、増産による延命策が限界に達し、資金調達ができなくなって倒産が相次ぎ、業界ごと破綻していくことを意味する(IEAは先進国の機関なので、米国の産業の破綻をはっきり書きたくないのだろう)。シェール産業は10月に金融界から利回りなど融資条件の定例見直しを受ける予定で、その後資金調達コストが上がって経営難に陥って大減産するのかもしれない。 (IEA Sees U.S. Shale Oil Shrinking in 2016 on Price Slump

 シェール業界の債券は、米国のジャンク債(高リスク債)市場の大きな柱の一つだ。シェール産業の崩壊は、米債券市場のリスクプレミアムの急騰になる。IEAの発表は、マスコミも肯定せざるを得ない「確実」な予測だ。シェールの債券が崩壊したら、米連銀は利上げでなく正反対のQE4が必要になる。 (Opec expects higher demand for its oil as shale production slows) (米サウジ戦争としての原油安の長期化

 米国も加盟するIEAが米シェール産業の減産(破綻)を予測したのは驚きだが、これに負けない衝撃は、各国の中央銀行で構成されるBIS(国際決済銀行)が、中央銀行群がやっているQE(量的緩和策)の不健全性を正面から指摘する報告書を出したことだ。BISの分析部門のトップ(Claudio Borio)は、9月11日に発表した四半期ごとの分析書の中で、米連銀など世界の中央銀行が行ったQEによって世界経済は負債総額が急増して負債過多の脆弱な状態になっており、米連銀が利上げすると危険だと警告した。 (US interest rate rise could trigger global debt crisis) (BIS Quarterly Review, September 2015) (Dependence On Central Banks Is "Unrealistic And Dangerous"

 在野の分析者の中には、米連銀が2011年にQEを始めた当初から、QEは金融システムを一時的に延命する効果のみで、長期的には金融バブルを膨張させて危険だし、景気対策にもデフレ対策にもならないと警告していた人々がけっこういた。米連銀や日銀などは、QEの危険性を十分に知りながら、リーマン危機後になかなか蘇生しない米国の金融システムを延命させるため、やむを得ず、景気対策だとかデフレ対策だとかウソを言ってQEを続けてきた。BISの分析者も、そんな中央銀行関係者の中にいたはずだ。それなのにBISは、米連銀がQEをやめて何とか利上げして健全な状態に戻ろうともがいている今ごろになって、QEは悪い政策だと言い放ち、米連銀が健全化のためにやろうとしている利上げを「やると危ない」と反対している。BISの分析は正しいが、遅すぎて米連銀にとって有害だ。 (金融大崩壊がおきる) (米国と心中したい日本のQE拡大) (Global Economy Nearing a "Structural Recession"

 日欧がQEを拡大できないので、金融界は、自分たちの金融システムを守るため、民間のバブルを膨張させる延命策を強化している。07年の金融危機の元凶になった「サブプライム住宅ローン債券」も、サブプライムという名称を使うと投資家に忌避されるので「ノンプライム」という名称で復活し、増発されている。 (Riskier mortgage bonds are back - but don't call them subprime) (Las hipotecas subprime ahora se llaman "non-prime"

 米連銀が利上げできないことがわかり、米国の債券金融システムやドルが健全性を取り戻すことが難しいとわかった。米連銀は行き詰まっている。だが、しかし一直線で金融が崩壊に向かうわけでもない。新興市場から逃避した資金が米国債市場に入り、米国債の価格上昇(利回り低下)が起きている。米国債は簡単に崩れない。事態が不透明になり、方向感が失われている。金融当局や金融界は、統計や報道のあり方も握っているので、金融システムが行き詰まるほど、人々に行き詰まりを感じさせないよう、統計や報道をごまかし、事態はいっそう不透明になる。いずれ金融崩壊が起きるとしたら、それは突如として起きる。不透明さの増大は、危機が増していることを意味している。 (The Fed is Now Cornered) (Yellen gives investors a world of worry

 ロンドンなど世界各地で、金地金の配給遅延がひどくなっている(日本では起きていないようだ)。ロンドンの金地金は、中国人やインド人が買いあさって母国に送ってしまったので、ロンドンは地金の在庫が払底している。東南アジアや欧州など、地金の在庫が減った地域では、金商社で金地金を買っても、くれるのは「証書」だけで、現物の金地金を手にするまでに何カ月もかかる。「金の取り付け騒ぎ」が静かに起きている。現物を早く受け取りたい人はプレミアムを払わねばならない。プレミアムの高騰が、金地金の実際の価格の上昇である。 ("It's Virtually Impossible To Get Physical Gold In London") (Gold demand from China and India picks up) (金地金の売り切れが起きる?

 価値が信用に基づいていない金地金は、ドル(信用だけが命の不換紙幣)の最終的なライバルであり、金融界はドル防衛策の一環として、先物を使って金相場を引き下げ続けている。だから、金融崩壊が近づいても金相場は上がらないが、代わりに現物不足が起きている。 (Gold and Silver Bullion Demand Very Robust - Delays and Premiums Rising) (操作される金相場) (通貨戦争としての金の暴落

 金融システムが崩壊すると、金地金の相場が高騰するが、その時が近いとは思えない。今後、債券金融システムが危なくなると、テコ入れのために米連銀が利上げをあきらめてQE4を開始するだろうが、そうするとまず金相場の引き下げに資金が使われ、金相場が再び大きく下がりそうだ。金相場の大幅な高騰は、ドルや債券のシステムが完全に壊れた後にならないと起きないだろう。「金地金が輝くのは、ドルが不換紙幣であることが完全に露呈した後だ」と、ドルの不換紙幣性について詳しい元下院議員のロン・ポールが指摘しているとおりだ。 (金暴落はドル崩壊の前兆

 また米国では最近、株価の急落が近いという指摘があちこちから出ている。ノーベル賞を取った経済学者ロバート・シラーは最近、相場の分析から、米国の株価が明らかなバブル状態になっていると警告した(マスコミは当然、シラーは間違いだと指摘する「専門家」の意見を多く流布している)。金融システムにとって、株式より債券の方がずっと重要だ。金融界は、債券市場が危険になると、株式の急落を誘発・容認し、株式から債券に資金が移動するよう仕向けて、債券を延命させる。金融崩壊が起きるなら、その前に株価の急落が起こる。 (Shiller issues fresh warning about stock bubble) (格下げされても減価しない米国債) (Shiller Ditches U.S. Stocks, Says It's a 'Dangerous Time') ('Absolutely not': Reaction to Shiller bubble warning



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