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利上げを準備する米連銀

2015年12月6日   田中 宇

 米国の元下院議員ロン・ポールは、米連銀(FRB)などの当局が、自国の景気を粉飾し、実際は不況なのに、失業率やGDPなどの経済統計を歪曲して発表し、景気が回復しているかのように見せていると、以前から分析してきた一人だ。彼は、連銀が利上げを計画していると以前から示唆し続けていることについて、実際の景気が悪いのに、景気の過熱をふせぐための政策である利上げを、連銀が挙行するとは思えないと分析し、連銀は今にも利上げしそうなことを言って金融市場をテコ入れしたいだけで、実際に利上げが行われることはないと言い続けてきた。 (ひどくなる経済粉飾

 しかし最近、彼は言い方を変化させている。12月1日、彼は以下のように述べた。「米経済は、連銀が偽装しているより悪い状況にあるのだから、連銀が利上げに踏み切ることはないだろうと、今でも私は思っている。だが(最近)連銀は、もし利上げしても大した悪影響を起こさずやりきれると信じているようで、金融市場にもそう信じ込ませようとしている。(利上げはありうるが、利上げすると経済がさらに悪化するので)連銀は行き詰まっている。土壇場で新しい理屈を持ち出して、利上げをやめるかもしれない」 (Manipulation of the Dollar At Play - Former Congressman Ron Paul

 連銀が、12月15-16日の理事会(FOMC)で利上げするための準備をしている兆候が、いくつか出てきている。FOMCに向けて、米国の景気回復が軌道に乗っているかのような見方や数字が、相次いで出されている。米経済の成長見通しが引き上げられたり、「雇用の回復が鈍化しているが、これは連銀にとって利上げを見送る要因でなく、利上げ開始後、いつ次の利上げをするかを考える材料になる」といった見方が出たりしている。 (US third-quarter growth revised higher) (The Jobs Report Probably Won't Change the Fed's Mind on Liftoff

 また、米国が利上げによって金融緩和策(バブル維持策)をやめていく代わりに、欧州中央銀行(ECB)が最近、緩和策(QE)を拡大するそぶりを見せたことも注目だ。米国がやめる緩和策を、欧州や日本の中央銀行が肩代わりするのは、昨秋、米連銀がQEをやめると同時に日銀と欧州中銀がQEを拡大して以来の、米日欧の中央銀行網の「お家芸」だ。日銀は、すでに日本政府が新規発行する国債の全量を買い上げているので、これ以上QEを拡大できない。だから、世界の注目が欧州中銀に集まった。 (◆日本と世界で悪化する不況とバブル

 欧州中銀のドラギ総裁は11月下旬に「デフレを解消するために何でもやる」と宣言し、今年初めから続けているQEを拡大すると示唆した(QEの真の目的は、バブル維持による金融界の救済だが、それを「デフレ解消」が目的だと粉飾することで、批判が出ないようにしている)。ドラギの宣言と前後して、米連銀のイエレン総裁は、米経済の回復に自信を持つ発言を発し、12月に米国が利上げすると同時に欧州がQEを拡大してバランスを保つシナリオが市場の期待をふくらませた。 (Mario Draghi Is About to Become the World's Market Risk Manager) (European Stocks, US Futures Surge On Last Minute Hopes Of "Extraordinary Policy Easing" By Mario Draghi

 だが、ドラギが12月3日に発表した方針は、今までと同じ月額600億ユーロのQE(債券の買い支え)を今後も続けることだけで、市場が期待したQEの増額を行わなかった。落胆が広がり、株や債券が世界的に下落した。 (`No limit' to ECB action to hit targets, pledges Draghi) (The Beginning Of The End Of The Cult Of Draghi) (ECB pledges to extend easing until March 2017 `or beyond'

 社債市場が巨大な米国と異なり、欧州と日本では、債券市場の規模が小さく、債券市場の大部分は国債で、すでに購入可能な債券の大半をQEで買い支えている欧州中銀は、日銀と同様、QEを拡大する余地が少ない。しかも、EUの主導役であるドイツは堅実な経済政策を好み、野放図な政策であるQEを、当初からいやがっていた。おそらくドラギ(米ゴールドマンサックス元副会長)は、欧州がQEを肩代わりして米金融界をテコ入れしないと、米国のバブルが再崩壊して欧州も大打撃を受けると言って、反対するドイツ勢を説得し、今年初め、無理矢理にQEを開始した。国際政治面の米国の覇権もシリアなどで低下する中、米国を救済するQEの拡大にドイツが賛成するはずもなく、ドラギは「何でもやる」と宣言する「口だけ作戦」以上のことをやれなかったのだろう。 (The Gold Market) (ユーロもQEで自滅への道?

 米連銀が利上げすると、その分、金融バブルを維持するための緩和策の総量が減るが、欧州中銀も日銀も、減った分の埋め合わせができない。日銀の11月の政策決定と、欧州中銀の先日の決定で、それが確定した。このまま米連銀が利上げすると、実体経済のさらなる悪化だけでなく、バブルを維持する力が減り、株の大幅安や、金融危機の再燃に結びつきかねない。その点が、ロンポールの「連銀は土壇場で利上げをやめるかもしれない」という予測の背景にありそうだ。 ("Central Banks Are Out Of Dry Powder" Stockman Warns "Another Financial Crisis Is Unavoidable"

 欧州中銀のQE拡大は口だけに終わったものの、米連銀が利上げするつもりで欧州中銀に緩和策の肩代わりをさせようとしたことを示すものとなった。もう一つ、米連銀の利上げの準備と思われる動きは、金地金相場の下落だ。金相場は11月末、長らく下値線とみられてきた1オンス1080ドルを割った。その後何度も、買い上がろうとする資金が入るたびに、1050ドル以下に引き戻す売りが入り、低い水準に封じ込められている。 (Gold down on strong US dollar) (Gold price: is a rates hike finally priced-in?

 金地金の現物は、中国やインドなど世界中で非常によく売れており、新興諸国の中央銀行も金準備を増やすため地金を買いあさっている。現物の需要を見ると、金相場が高騰するのが自然だ。だが、国際金市場では、金融界が、現物需要の何百倍もの資金を先物売りに投下して、金相場を引き下げている。連銀の利上げでドルが不安定な状態に入る前に、地金の相場をできるだけ下げ、ドルの窮極のライバルである金地金の価値を安いところに封じ込めておく策が行われているように見える。 (Gold Demand in China Heading For Record and Reserves Increase 14 Tonnes In October) (U.S. Mint Gold Eagles See Sales Surge, Silver at Record) (通貨戦争としての金の暴落) (金地金の売り切れが起きる?

 米連銀は「景気が回復しているので利上げする」と言っているが、実のところ、米国の景気はリーマン危機後の不況から大して回復していない。米国経済の7割は消費で成り立っているが、小売りの状況は悪化を続けている。従来、小売店が不振なのはインターネット通販で買う人が増え、人々が店に行かなくなったからだと言われてきたが、通販と小売店の両方で多く使われているクレジットカードの決済総額が、今年の感謝祭の商戦で、昨年より1・2%減ったことが、バンカメの調べでわかった。消費が減っているのに、景気が回復するはずがない。 (Credit Card Data Reveals First Holiday Spending Decline Since The Recession) (The "Real Stuff" Economy Is Falling Apart) (Sears reports 3Q loss

 当局による景気の粉飾は、この3年ほど、米国と日本で行われている。これは米日のQEの時期と重なっている。QEはもともと、リーマン危機後、蘇生しない米国の債券金融システムの生命維持装置として、債券を買い支えるために行われていた。だがQEは、副産物としてゼロ金利の金あまり状態を扇動し、この資金で株高や債券高が起こり、あたかも景気が回復しているかのような状況になった。当局は、正直に「株高はQEが原因です。景気は悪いままです」と言うべきだったが、株高は政権の人気取りに便利だし、政府への影響力を拡大(TPPのISDSが象徴)している大企業にとっても株高はうれしい。そのため、米日ともに、経済統計を粉飾して好景気が演出され、マスコミもこの粉飾に乗り、人々は簡単にだまされている。 (金融システムを延命させる情報操作) (揺らぐ経済指標の信頼性

 ここまでの説明だと、QEを恒久化し、永久にゼロ金利を続けるのが、株高や債券高につながって好都合な策になる。しかし、これはまさにバブル膨張だ。永久に続けられるものでなく、いずれバブル崩壊が起きる。最近、JPモルガンやシティといった米大手銀行が次々と、景気悪化や株下落の予測を出している。実際の景気は何年も前から悪いのだから、この予測は、株や債券が間もなくバブル崩壊して下落しますよという予測だ。 (JPMorgan Warns Of "Eye-Catching" 76% Probability Of Recession) (How Bull Markets End

 バブルが再崩壊してリーマン倒産のような危機が再来するなら、米連銀は対策を用意する必要がある。米連銀にとって最重要なことは、ドルの基軸通貨性と米国債の信用という、米国の経済覇権の原動力を守ることだ。利上げは、ドルと米国債の信用を守るために必要だ。米国債の信用が維持されれば、債券金融システムが再崩壊してジャンク債が「紙くず」になる際、資金は米国債に逃避し、米国債が守られる。すでにジャンク債市場は下落の傾向だ。 (Corporate debt downgrades hit $1tn worth of issues) (Money Is Becoming Unmanageable: Hedge Funds Post Losses, Face Outflows

 利上げによってドル高が維持されると、金融危機になっても、その影響は米国よりむしろ新興市場に先に出る。新興市場から資金が逃避して米国債などドル建て資産が買われれば、きたるべき金融危機で先に崩壊するのは、ブラジルや中国など新興市場になる。米国が利上げして日欧がQEを維持すれば、米国より先に日欧が潰れる体制にもなり、日欧や新興市場が防波堤になり、米国の覇権が守られる。 ("If The Federal Reserve Does Not Raise Rates Next Month, Then That Is The Biggest `No Confidence' Vote For The U.s. Economy, And That Is Going To Melt Down This Market.") (Why The Fed Has To Raise Rates

 米連銀が利上げするのは、米銀行界に利ざやを稼がせてやるためでもある。銀行の伝統的な儲けは預金と融資の間の利ざやであり、ゼロ金利策は利ざやを潰すので銀行の経営を圧迫している(代わりに、銀行の新規業務である債券や株の投資が儲かる)。格付け機関のS&Pは最近、米国の8つの大銀行をいっせいに格下げした。銀行は、バブル崩壊の危険だけでなく、ゼロ金利策の長期化による利ざやの縮小に直面し、経営が苦しくなっている。この点でも、米銀行界から連銀に「早く利上げしろ」と圧力がかかっている。 (S&P downgrades raft of US banks

 米連銀が12月16日に利上げするのかしないのか、それによって米金融界と世界経済に何がもたらされるのか。今回利上げを見送って、来春にまた騒ぐという選択肢もあるが、来年になると世界経済の不況がさらに深刻になり、ますます利上げしにくくなる。今回利上げして、何も悪影響が顕在化しない可能性もあるが、利上げは0・25%という小幅だろうから、今後さらに利上げを続ける必要があり、そうなると悪化する実体経済との乖離がさらにひどくなる。連銀は12月に利上げしても、数カ月内に景気の悪化を認めて再利下げやQE再発を余儀なくされるとの予測も出ている。 (Here Is The Complete Scenario In Which The Fed Hikes Rates, Starts A Recession, And Launches QE4

 多くのものが粉飾され、マスコミや当局の説明があてにならないうえに、一般の金融システムよりもさらに上位にある、人類の覇権体制を支えてきた債券金融システムの延命の話であるだけに、前代未聞で、先行きが不透明だ。今後の展開を見ながら、さらに分析していく。



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