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中東諸国の米国離れを示す閣僚人事

2016年5月24日   田中 宇

 最近、トルコ、サウジアラビア、イスラエルという中東の主要な3カ国で、地政学的な転換を意味する閣僚人事が、相次いでおこなわれた。トルコで5月5日「新オスマン主義」を掲げて強気の外交を展開し、独裁的なエルドアン大統領の側近だったアフメト・ダウトオール首相が、エルドアンによって解任された。5月7日にはサウジで、21年間続投していたアル・ナイミ石油相が解任された。イスラエルでは、親ロシアで中東和平全否定の極右党首アヴィクドール・リーベルマン(リーバーマン)が国防相に就任することになり、5月20日に軍人出身のヤアロン国防相が押し出されて辞任した。 (Erdogan poised for triumph in feud with PM) (Israeli DM Resigns, Warns Extremists Have Taken Over

 3カ国の閣僚人事のうち、これまで私が解説してきた流れに最も沿っているのは、サウジのナイミ解任だ。以前から書いているように、サウジは14年夏から、自国の石油戦略に立ち向かってくる米国のシェール石油産業を潰すため、増産によって原油の国際相場を引き下げている。昨年正月にサルマン・アブドルアジズが国王に就任し、息子のモハメド・サルマン副皇太子が石油戦略の最高責任者になってから、この傾向に拍車がかかった。 (サウジアラビア王家の内紛) (After Al-Naimi: Mirage and reality

 サウジは戦後一貫して、自国が持つ世界最大の産油余力を活用して国際原油相場を動かすことで、米欧や他の産油諸国に恩を売り、国際社会での自国の立場を有利にする石油戦略を続けてきた。サウジは1960年代から、自国が率いるOPEC(石油輸出国機構)を通じて、この戦略を実現していた。これまでのOPECの戦略的減産のほとんど全量が、サウジによる減産だった。70年間サウジの国営石油会社アラムコで働き、80年代からアラムコ社長や石油相をしてきたナイミは、OPECの立役者だった。 (OPEC From Wikipedia) (After 20 Years, OPEC Bids Farewell to Saudi Arabia Oil Chief

 一昨年からのサウジの頑固な原油安の戦略は、産油コストが高いベネズエラやナイジェリアなど中小の産油諸国を財政難に陥れ、苦しめている。これらの諸国は、OPECの場を通じてサウジに対し、原油安戦略を緩和し、原油相場を少し上げて1バレル=50ドル以上にしてほしいと懇願するようになった。以前のサウジなら、これぞ他の産油諸国に恩を売る好機と見て、減産に応じただろう。ナイミはそれをやりたかったはずだ。 (ロシアとOPECの結託) (OPEC Isn't Dead. It's Shifting Strategies

 だが、1バレル50ドル以上になると、潰れかけていた米国のシェール石油産業が息を吹き返し、米シェールを潰すモハメド副皇太子らの戦略が失敗する。ナイミと副皇太子は対立する傾向になった。4月末のOPECのドーハ会議で、いよいよ国家破綻しようとしているベネズエラなどの断末魔的な減産要請にナイミが応えようとしたところ、副皇太子が妨害する電話を入れてナイミに即時帰国を命じ、OPEC会議を潰すとともに、1週間後にナイミを解任した。 (OPEC Is Dead, What's Next?

 この経緯を横で見ていたロシア国営石油会社のイゴール・セチン(プーチンの側近)は「OPECは死んだ」と宣言した。OPECは、サウジが臨機応変に産油量を増減できる自国の能力を国際政治力に転換するための場なのだから、サウジが加盟諸国の強い減産要請を無視し続けると、OPECの求心力は失われる。サウジの権力者(副皇太子)は、OPECの存続よりも、米シェール産業を潰すことを重視した。ナイミ解任は、こうした決断の象徴といえる。 (Russia-Saudi Relations Still On Ice) (Shift in Saudi oil thinking deepens OPEC split

 米国のシェール産業はしぶとい。シェール革命は、米金融界の世界戦略の一つだ。シェールの石油ガスは、既存の石油ガス田よりも開発開始から産出までの期間が1年未満と短く、巨額の投資が必要だが、短期間で生産量を増加できるので、これまでサウジだけが独占していた臨機応変の国際価格調整機能を、米金融界が奪うことができる。シェールの石油は、巨額投資が必要な上に油井の寿命が2−5年と非常に短く、金食い虫だが、金利の低さと原油国際相場の高さが維持されている限り、持続可能だ。従来の石油と異なり、シェール石油が採れる地域は世界的にかなり広く、業界全体としての枯渇がない。 (Will U.S. Shale Stage A Comeback As Oil Nears $50?) (米サウジ戦争としての原油安の長期化

 しかも米金融界は、サウジが持たない機能として、先物市場を使って原油相場を動かす力も持っている。ゼロ金利と、1バレル50ドル以上が10年も続けば、世界の石油市場の盟主はサウジでなく米国になり、産油諸国の多くがサウジを無視して米国にすり寄り、OPECはすたれる。サウジの権力者が、OPECの世話を放棄して米金融界との果し合いに注力するのは当然と言える。 (If OPEC is dead, how is Saudi Arabia still calling the shots in the oil market?

 サウジが米金融界に勝つには、原油相場の低迷で米シェール産業がたくさん倒産するだけではダメだ。超低金利が続く限り、サウジが増産策をやめて原油相場が50ドル以上に上がったら、再び金融界がシェール産業に投資して採掘が開始される。シェール産業というゾンビを潰すには、背後の黒幕である米金融界をバブル崩壊させ、ジャンク債の金利を不可逆的に高騰させねばならない。サウジが勝つには、米国でリーマン危機を再発させることが必要だ。 (ジャンク債から再燃する金融危機

 何度も述べてきたように、リーマン危機の再発は、ドルや米国債の崩壊、米国の覇権衰退を意味する。親米の、しかも安保面の対米依存が強いサウジが、米国の覇権衰退を目指すはずがない、と思う人がいまだに多いかもしれない。しかし、サウジの頑固な原油安戦略の目的が米シェール産業潰しにあることは、米国の金融界やエネルギー業界の専門家たちが書いているブログなどで広く認められている。米金融界ごと潰さないとシェール産業を潰せないというのは私だけの分析だが、原理的に考えて間違いない。 (U.S. Shale Or Saudi Arabia- Who Is Winning The Oil Price War?) (金融を破綻させ世界システムを入れ替える

 サウジの権力者である副皇太子は最近、サウジ経済を石油依存から急速に脱却させる「ビジョン2030」という国家戦略を発表した。米欧の多くの筋から「非現実的」とみなされているこの計画は「これから石油に依存しなくなるから、原油安が永久に続いてもかまわない」と、副皇太子自身が豪語できるようにするための目くらまし的な見せ物だ。内容を真剣にとらえる方が間違っている。 (Saudi Arabia's post-oil future

 サウジの米国離れに合わせるかのように、米議会ではサウジ政府を911テロ事件の犯人扱いする濡れ衣的な立法が進められている。米大統領候補のドナルド・トランプの顧問(Kevin Cramer)は、OPECを不正な国際カルテルとして違法化するための法律の草案を作っている。米国がサウジやOPECを敵視するほど、サウジの王政内でナイミら従来の親米派が弱くなり、副皇太子ら反米・非米的な勢力の権力が強まる。米政界のサウジ敵視は隠れ多極主義的だ。 (Trump Advisor Pushes Bill to Investigate OPEC Over Unfair Trade Practises

 ナイミ石油相の解任は、米国の金融界や石油産業との「果し合い」に注力するという、サウジ権力者の決意表明である。同様に、イスラエルで親露極右のリーベルマンが国防相に就任することも、イスラエル権力者(ネタニヤフ首相ら)の米国離れを物語っている。この動きはおそらく、米国でドナルド・トランプが大統領になりそうなことと連動している。それは「トランプ台頭と軍産イスラエル瓦解」の記事の後半に書いた。 (トランプ台頭と軍産イスラエル瓦解

 リーベルマンは極右政党「イスラエルわが祖国」の党首だ。同党はイスラエルの極右諸政党の中で唯一、ネタニヤフ政権の連立に入らず、野党の側にいる。その一つの理由は、リーベルマンが親ロシア姿勢で、イスラエルは米国よりロシアと組んだ方が国家存続しやすいと考えており、対米関係のみを重視する他の極右(入植者群)と折りが合わないからだ。ネタニヤフ自身は、ロシアとの関係を重視し、昨年までリーベルマンを外相や戦略担当相に就けていたが、この間、他の極右勢力は、イスラエル国内で中東和平(2国式)を推進する母体だった外務省を解体することに注力し、イスラエルの外交が機能不全に陥ったため、対露関係の改善も進みにくかった。 (中東和平の終わり

 だがその後、昨年後半にロシアがシリアに軍事進出して成功し、ロシアがイランを経由してイスラエルの仇敵であるレバノンのヒズボラ(シーア派武装勢力)に言うことを聞かせられるようになり、ロシアと軍事関係を強化することがイスラエルの安全確保に直結するようになった。イスラエルがシリアに返還したくないゴラン高原の問題も、ロシアに頼むことで有利な展開を期待できる。半面、これまでイスラエルが唯一の後ろ盾としてきた米国は、シリアの今後をロシアに任せてしまったことで、イスラエル周辺地域の軍事政治状況に対する影響力が劇的に低下した。 (中東を多極化するロシア

 リーベルマンの戦略は、親ロシアと中東和平の放棄を抱き合わせにしている。イスラエルはこれまで、表面上だけでもパレスチナ国家の創設(2国式)による中東和平の実現を目標として掲げることで、2国式の達成を目標とする米欧との協調態勢を国家戦略としてきた。EUが本気で2国式を推進したいと考える傾向が強いのに対し、米国とイスラエルは、推進するふりをするだけで本気の推進を望まなかった。マスコミは、こうした実情を隠蔽し、欧米イスラエルが2国式の実現を「強く」望んでいるのにパレスチナ人の「テロ」のせいで進展しないといったウソの「解説」を流布してきた。2国式の建前を守って欧米との協調関係を維持することが、イスラエルの国益に沿っていた。

 だが昨秋の露軍シリア進出以来、中東でのロシアの影響力が急拡大する半面、米国の影響力が急低下した。ロシアは、米欧とともに中東和平の采配役である「カルテット」に入っているが、ロシアは教条的に人権主義に固執する米欧と異なり、空論的な人権より現実的な安定を重視する。ロシアの台頭により、2国式の建前を守ることは、イスラエルの安全保持に不可欠でなくなった。 (Former Attorney General Comes Out Against Lieberman's 'Death to Terrorists' Bill

 イスラエルの入植活動家(極右)の多くは、米国から移民してきたユダヤ人だ。彼らは米政界を牛耳ることが最重要で、そのため建前的に2国式の支持した上で、裏でパレスチナ国家の創設を不可能にする西岸の入植地拡大を手がけてきた。だが、近年は右派の過激化が進み、2国式重視の建前が外れつつあった。対照的にリーバーマンは最初から、2国式なんか必要ない、パレスチナ自治政府など潰してしまえといった、欧米から見ると他の極右より過激な姿勢を打ち出しつつ、ロシアと仲良くしている。イスラエル政界でリーベルマンが力を持つほど、他の極右が2国式を無視する方に引きずられ、欧米とイスラエルの関係が悪化し、ロシアに頼らざるを得なくなる。 (西岸を併合するイスラエル) (As defense minister, Liberman also becomes 'czar' of West Bank

 パレスチナ国家の建設予定地であるヨルダン川西岸は、中東戦争によってイスラエルが占領した地域なので、占領者であるイスラエル軍が軍政を敷き、隣接するイスラエル国内と法的に別物だ。1993年のオスロ合意依以来、西岸はイスラエル軍とパレスチナ自治政府(PA)の共同管理になっている。リーベルマンが防衛相になると、PAを無視したり潰したりする傾向が強まるだろう。 ('Netanyahu-Liberman government showing signs of fascism,' Ehud Barak says

 パレスチナ人がゲリラ戦の抵抗運動(インティファーダ)を強め、イスラエル軍の戦闘の負担が増える。米軍との結びつきが強いイスラエル軍内は対米強調派が多いこともあり、軍はリーベルマンの防衛相就任に反対している。2国式や対米協調の無視、PA潰し、西岸入植地のおおっぴらな拡大は、イスラエルの以前からの傾向だが、リーベルマンの防衛相就任は、これに拍車をかける。 (Israeli DM Resigns, Warns Extremists Have Taken Over

 イスラエル極右は、建前2国式・対米牛耳り的な主流派と、反2国式・親露的なリーベルマン派に分類できるが、米国の大統領選挙では、クリントンが主流派、トランプがリーベルマン派と結託する傾向だ。ネタニヤフの強い支援者で、しかも米共和党への大献金者でもある在米ユダヤ人財界人シェルドン・アデルソンが、今回の米大統領選でトランプを強く支持している。アデルソンは、共和党の主流派や右派がトランプを嫌っているのを見て、共和党がトランプを統一候補として受け入れるなら、共和党の政治資金不足を一発で解消できる1億ドルを献金してやると提案している。 (Sheldon Adelson backs Trump trip to Israel after $100m pledge, sources say

 アデルソンは、7月の共和党大会前にトランプを連れてイスラエルに行き、ネタニヤフとトランプを会わせて親密化しようともくろんでいる。これらの動きを総合して考えると、トランプが米大統領になってパレスチナ国家創設に対する冷淡な態度を強め(トランプのイスラム敵視策を活用)、米国が無関心さを増す中で、イスラエルはリーベルマンの主導でパレスチナ人を弾圧して西岸から追い出す策を強める一方、自国の安全保障は米欧でなくロシアとの関係強化で守っていくというシナリオが見えてくる。イスラエルがこの路線への転換を決意すると、既存路線に沿ってイスラエルにすり寄って当選を目指していたクリントンが見捨てられ、トランプの当選が確定的になる。

 パレスチナ人にとっては、今よりひどい時期が始まる。対照的にイスラエルにとっては、もしパレスチナ人を完全にヨルダンに追い出すことができれば、2国式の場合よりも国家的な安全保障が増す。2国式の場合、創設されたパレスチナ国家がイスラエルを敵視し、アラブ諸国などからの武器支援を受けると、中東戦争が再発してしまう。 (Israeli Hardliners Harden Further

 米政府はすでに現時点で、自らが中東和平を仲裁することをせず、フランスやエジプトなどに新たな和平の仲裁を任せている。右傾化するイスラエルは、フランスやエジプトの動きをほとんど無視している。ネタニヤフは、国際的な批判をかわすため、極右のリーベルマン(イスラエル我が家)だけでなく、中道派の政党(シオニスト連合)も連立政権に入れて中東和平交渉を担当させる構想も出している。しかし、これは目くらましだ。リーベルマンは国防相として、和平交渉で決まったことを無視して西岸の占領を強め、和平交渉は従来と同様、雲散霧消して終わるだろう。 (Netanyahu reissues unity government offer to Zionist Union

 イスラエルもサウジアラビアも、これまで米国との関係が何より大事だった。両国は今後、米国離れをしていくと、自国が「中東の国」であることを意識せざるを得なくなり、周辺諸国との関係が重要になる。イスラエルとサウジ、イスラエルとイラン、サウジとイランの関係は、これまで敵対のみだったが、今後しだいに協調していく必要が増す。各国が協調するほど、中等は安定し、経済成長も戻ってくる。米国(米英)は、中東を分断と戦争の地域にすることで支配してきた。今後、英米が敷いた構図が崩れ(英米による中東分断策の一環として置かれた)パレスチナ国家は(おそらくクルド国家も)創設されなくなるが、その代わり、長期的に見ると中東は安定し、経済発展する地域になる。 (Israel: The rise of the new 'messianic elite') (イスラエルとロスチャイルドの百年戦争

 長々と書いてしまった。トルコについては改めて書く。



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