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いずれ始まる米朝対話

2016年6月9日   田中 宇

 北朝鮮が核兵器の開発を進めている。先日はIAEAが、北は寧辺のプルトニウム抽出用の原子炉と再処理施設を再稼働したようだと発表した。北は、6カ国協議の進展を受け、07年から寧辺の施設を止めていたが、昨秋、米国に届く核兵器を作るため寧辺を再稼働すると宣言していた。北は、核兵器開発を、敵視をやめない米国などに対処するための正当な自衛力の強化であると主張し、金正恩の権力掌握と国威発揚のために核を使っている。米国などが北に強硬な姿勢をとるほど、北が核保有に固執する図式が、数年前から続いている。 (North Korea has reopened plutonium plant: IAEA

 中国は北に対し、経済支援を強めてやるから核開発をやめろと以前から圧力をかけている。これに対して北は、「核兵器保有は経済発展と同じくらい大事なので核開発をやめる気はない」と返答する意味を持つ「並進路線」を、昨年初めから繰り返し表明している。中国と米国は「並進路線を認めない」「北は並進路線を成功させられない」とする認識で昨年から一致していると報じられている。 (Is North Korea's 'Byungjin Line' on the US-China Strategic Agenda?

 だが北は、米中の反対を無視している。今年5月の朝鮮労働党大会でも、並進路線を国家戦略として採択している。その一方で北朝鮮は、核実験やミサイル試射を繰り返している。北はすでに、自国の憲法に「核保有国である」と明記する条項も入れている。北は並進路線を堅持している。「並進路線は認めないし失敗する」という米中の戦略の方が失敗している。北が成功し、米中が失敗している状態を認めることは、マスコミと外交専門家(軍産)の多くにとってタブーだから、この失敗状態は無視されることが多い。だが無視されている間にも、北はどんどん核武装を進めている。 (The curious love-hate relationship between China and North Korea

 北に対する米国の目標は、核を廃棄させることだ。寧辺の核施設を壊して代わりに兵器転用できない軽水炉を作る90年代のビル・クリントン政権の「枠組み合意」に始まり、経済制裁や軍事力で北の政権を転覆するブッシュ政権の策、北が核廃棄しそうもないのでその役を中国に押し付ける「6カ国協議」など、この四半世紀にいくつかの策が試みられたが、どれも成功していない。 (The North Korea Threat: America's Limited Options

 オバマ政権は8年間を通じ、ブッシュ政権から経済制裁と6カ国協議を引き継いだだけで新たな策をほとんど打ち出せず、北はむしろ核開発をどんどん進めている。北は「米国が、対話に応じ、米韓演習などの軍事挑発をやめるなら、核開発をやめてもよい」と繰り返し表明している。だがオバマ政権は「悪い奴とは話し合わない」「北核廃棄は中国にやらせる」というブッシュ政権以来の姿勢を踏襲し、北との対話をしていない。今秋の米大統領選で、民主党のヒラリー・クリントン候補は、オバマの姿勢を踏襲している。 (US must de-escalate tensions with North Korea: Analyst) (Obama Spurns North Korea Offer to Suspend Missile Program

 米国の外交政策の立案に影響力を持っている政府元高官、学者、マスコミなどで構成される外交専門家たち(軍産複合体の一部)は、北を敵視するばかりで、北に核を廃棄させることについて万策尽きた感じになっている。北との話し合いについて、彼らは「交渉しても北が核を廃棄することはない」「部分的な廃棄だけで、米国や韓国に大きな譲歩を求めてくる。北を得させるだけ」などとして強く反対している。しかし、軍産系の人々は「交渉はダメだ」と言うばかりで、替わりの策を提示できなくなっている。 (Six Reasons Why Trump Meeting With Kim Jong Un Is a Very Bad Idea

 そんな中、米政界での軍産の影響力が低下していることを察知して反軍産・非軍産の姿勢で米大統領選に出馬して優勢を得ている共和党のドナルド・トランプが先日、当選したら金正恩と話し合いたいと表明した。5月中旬にロイター通信のインタビューでトランプが最初にそれを表明したとき、在米(国連)の北朝鮮代表は「選挙のプロパガンダにすぎない」と一蹴していたが、数日後には北朝鮮の国営メディア(DPRKトゥデイ)に、中国人の学者が書いた論文という体裁をとって、トランプを支持称賛する文章が掲載された。 (North Korean envoy rejects Trump overture to meet leader) (《트럼프충격》으로 보는 《한국》의 정체성) (North Korean state media op-ed calls Trump 'wise,' Clinton 'dull'

 トランプは6月3日にも「外交専門家は(金正恩と)話し合っても無駄だと断言するが、やりもしないで断定するのは馬鹿だ。話し合った方が有用だ。彼ら(外交専門家)は米国をダメにしている」と述べ、金正恩と話し合うつもりがあることを改めて表明した。トランプは、相矛盾する発言を行うことで知られているが、金正恩と会う気があると繰り返し表明したことは、それが出まかせや目くらましでなく、本気でやるつもりであることを示している。 (Trump reaffirms intention to talk with Kim Jong-un) (North Korea ♥ Trump

 マスコミはすべて軍産的にトランプを酷評するかと思いきや、そうでもない。英ガーディアン紙は「トランプもたまには良い案を出すもんだ。北との対話は良い。戦略的忍耐とか言って北を放置したオバマの戦略は失敗だった。(1972年の)キッシンジャーやニクソンの中国訪問に相当するものが必要だ。かつての毛沢東も、今の金正恩も核兵器を持っている。だからこそ会いに行き、交渉せねばならない」とトランプを評価している。 (At last a good idea from Donald Trump: dialogue with North Korea

 トランプが米大統領になって金正恩と会うと、どんな話になるか。金正恩は、米国が北を敵視するのをやめたら核開発をやめるという、すでに北が繰り返している提案をするだろう。米朝が敵対をやめることは、1950年に始まった朝鮮戦争が休戦でなく終結することになり、在韓米軍が駐留し続ける必要が大幅に減じ、トランプが言っている「韓国(や日本)における米国の軍事負担を減らす」ことにつなげられる。

 北が核開発をやめることは、北に核を廃廃棄させることではない。北は、新たな核兵器の開発をやめるだけで、すでに作った7-8発と推定される核弾頭はそのままだ。北は(1)新たな核兵器を作らない、(2)すでにある核兵器の性能を引き上げない、(3)核開発技術を輸出しない、という「3つのノー」を受け入れ、その見返りに、米国や韓国との和解、朝鮮戦争の正式終結、在韓米軍の撤退を得られる。「3つのノー」は、今年初めにオバマと同じ民主党のウィリアム・ペリー(ビル・クリントン政権の国防長官)が提案した(私はこの案を見て、実現可能なのでオバマ政権下で推進されるのでないかと思ったが、そうはならなかった)。 (北朝鮮に核保有を許す米中

 この案は、好戦的でない現実的な策を好む中国の考え方にも合致している。トランプは、北朝鮮の問題は、北に最も言うことを聞かせることができる中国が責任持って解決すべきだと言っている(この点はクリントンもサンダースも同じ姿勢だ)。今後の米国は、中国が反対するやり方で北に核廃棄させることをしないだろう。トランプは、この「3つのノー」に近いものをシナリオとして持ち、北と交渉しようとするだろう。 (北朝鮮の政権維持と核保有) ( Commentary: Trump, Clinton play the `China card' against North Korea

 3つのノーのシナリオだと、北が核を何発か持ったまま、米国から敵視を解かれ、在韓米軍に撤退してもらえる。在日米軍も風前の灯となる。米国が北と和解すると、対米従属の韓国や日本も、いやいやながらであっても北と和解せねばらない(それが6カ国協議のシナリオでもある)。だが、在日・在韓米軍が撤退もしくは大幅縮小すると、日韓は米国の核の傘の下から出されてしまう。北は核を持ったままなのに、日韓は丸腰の状態になる。米国のやり方に対する日韓の不満が募る。北に対抗するため、自前の核を持つしかない、という議論が日韓で出てくる。そこで出てくるのが、トランプが以前に発した「日韓が核武装を望むなら、それを許す」という発言になる。 (世界と日本を変えるトランプ

 ここで再分析が必要になるのが、北朝鮮という国が持つ危険性をどう見るかだ。「北は崩壊寸前で、崩壊するならその前に日米韓を核攻撃してやると考えかねない。北と交渉すると譲歩を余儀なくされて危険だ。空爆して一気に崩壊させるのも難しいので、経済制裁しつつ放置して崩壊を待った方がいい」というのが従来の専門家の見方だ。だが現実には、北はいつまでも崩壊しない。北の政府は、政権を脅かさない範囲で、少しずつ民間経済の存在を許容し、北の市民生活は、90年代後半の飢餓から脱して好転する傾向が続いている。崩壊しないなら、むしろ外国勢が北の経済発展を助けた方が、政権が安定し、外国との戦争する態勢で政権を維持する必要がなくなり、北は好戦的な態度を採らないようになる。 (Sanctions Alone Won't Stop North Korea Doug Bandow

 米韓はこれまで、北の政権を崩壊に追い込み、崩壊した北を韓国が併合するシナリオを考えてきた。崩壊した東ドイツを西ドイツが併合したやり方だ。東ドイツはソ連の完全な傀儡で、ゴルバチョフに見放された直後に東ドイツは崩壊した。だが北は、1960年代から「主体思想」と銘打って、ソ連にも中国にも支配されるのを拒否し続け、なんとか崩壊せずにやってきた。北は東独と全く違う。 (The curious love-hate relationship between China and North Korea

 今も、北は食料とエネルギーの多くを中国からの輸入に依存しているのに、中国の圧力を無視して核開発を続けている。中国は激怒し、中朝関係が悪化しているが、中国は北との国境地域の混乱を恐れ、北への食料エネルギー輸出を止める経済制裁に踏み切れない。北は、中国に依存しているのに、中国に負けていない。かつてソ連からの経済支援に依存していたのにソ連の言うことを聞かなかった金日成の策と同じことをやり、なんとか成功している。北は「まつろわぬ国」だ。非常にしぶとい。 (Why China takes a softly-softly line on North Korea) (御しがたい北朝鮮

 トランプが米大統領になって北との交渉が進むと、北は核武装したまま米韓と和解し、在韓米軍が出て行く流れになる。南北は、形だけ「連邦制」を採用し、南北協調のための組織が作られるかもしれない。だがそれはお飾りで、北の体制は何も変わらない。北は、政権維持が危険にさらされると考えて、南北間の市民の往来も自由化しないだろう。それでも米朝が和解すると在韓米軍が出て行き、南北間は冷たい和平の関係になる。南北間の対立は中国が仲裁することになる。

 北は、米韓と和解して外敵がいなくなると、結束が崩れかねない。だから北は対外開放を少しずつしか進めない。だが、朝鮮半島の新たな(戻ってきた)覇権国(宗主国)である中国は、人権や民主化をうるさく言わず、現実主義で安定だけを重視するので、北は独裁を続けやすい。今の独裁者である金正恩はまだ30歳前後ととても若く、内部の権力闘争で殺されない限り、彼の独裁政権はこの先40年ぐらい続く。その間に、北は時間をかけて経済発展し、対外開放しても政権が崩れない状態になるかもしれない。

 米国が北と交渉し始めると、その先にあるのは上記のような、米国が朝鮮半島から出て行き、代わりに中国の覇権下に入っていく流れだ。北はなかなか変わらない。北を取り巻く大国である米国、中国、ロシアは、いずれも北を従属させることに失敗している。今後、これらの大国が改めて北に圧力をかけても、従来と同様、言うことを聞かせられないだろう。

 大国に従属せずにしぶとく生きてきた北と対照的に、韓国と戦後日本は、米国に従属するだけの人生を送ってきた。米国が東アジアから出て行く傾向になりそうな今後、自立的にしぶとく立ちまわる鍛錬をしていない日韓は、経済的に北より大きいものの、政治技能的に北より弱い。日本は伝統芸として「鎖国気味に生きる」縮小均衡の道があるが、韓国は政治的に北に振り回され、大変な時代がくる。

 最近、ブッシュ政権で北核6カ国協議の米国代表として対北交渉にたずわっていたジョセフ・デトラニが、金正恩が早ければ今年8月(中国共産党95周年祝賀会)に初の外遊として中国を訪問するかもしれないと指摘している。金正恩が中国に行くとしたら、それは金正恩が国内の権力掌握を一段落させ、米中が望む3つのノーを受け入れつつ、代わりに米中が何をしてくれるのか交渉を始めるという意味だ。 (China-North Korea rapprochement?

 以上の事態は、トランプが米大統領になるのが前提だ。クリントンが大統領になると、オバマ時代の「制裁しつつ北の崩壊を(無駄に)待つ」姿勢が保持されるという予測が多い。だが、本当にそうなのか?。私が気になるのは、クリントン家に、16年前にトランプと同じことをやろうとした者がいることだ。01年まで大統領だったヒラリーの夫のビル・クリントンは政権末期、北と和解するために平壌を訪問して金正日と会うことをめざし、オルブライト国務長官を訪朝させるところまでやったものの、時間切れになっている。

 なんとしても大統領になりたいヒラリーは今回の選挙で、米政界を席巻してきた軍産複合体の支持を得るため、これでもかというぐらい好戦的な姿勢を打ち出している。これは彼女が本当にやりたいことなのか?。昔の女性解放運動的に言うなら「戦争は男たちがやりたがるもの」でなかったのか。夫のビルは大統領だった8年間、冷戦後の緊張緩和の中で軍事産業の合理化など軍産を縮小させる策を採り、軍産との激しい闘いにさらされた。大統領夫人だったヒラリーは、軍産がいかにひどい奴らか、身にしみて知っている。ビルの次の大統領となったブッシュは軍産に牛耳られ、馬鹿げたイラクやアフガンの占領をやって大失敗した。その次の現オバマ政権も、主な課題は軍産との闘いだった。 (軍産複合体と闘うオバマ

 大金持ちのトランプは、軍産の選挙資金に頼る必要がないので選挙期間中から好き放題に言っているが、ヒラリーはそうでない。選挙に勝つために軍産の言いなりになってみせているが、当選した後は、どうやって軍産を出し抜くかを考える日々になる。そうでなければ大統領になる意味がない。ヒラリーが大統領になったら、夫やブッシュやオバマと同様、就任したその日から、軍産との闘いになる。 (トランプ台頭と軍産イスラエル瓦解

 ヒラリーが大統領として功績を残せるとしたら、それはすでにオバマが勝敗をつけた中東でなく、まだ手がつられらていない対北朝鮮か、対ロシアになる。好戦策はやり尽くされて行き詰まっており、新しいことをやるなら逆方向の協調策になる。財政難がひどくなっているので、インフラ整備や教育といった国内政策は難しい。ヒラリーは大統領夫人だった時代、健康保険の整備をやろうとしたが、それはその後「オバマケア」としてすでにやられている。オバマケアは、若い人の加入が少なく保険料収入の不足から今後運営難が予測され、これからヒラリーが手を付けると貧乏くじを引くことになる。功績を残すなら外交面の協調方向で、北朝鮮との対話開始は取り組みやすいテーマの一つだ。クリントン家は夫婦関係が良くないとも伝えられるが、ビルは大統領の先輩としてヒラリーに、自分がやり切れなかった北との対話をやることを勧めているのでないか。

 好き勝手に言えるトランプは、ロシアや北朝鮮と話し合いたいと言いまくっている。ヒラリーは、そんなトランプの外交姿勢を酷評するが、内心うらやましいと思っているはずだ。彼女自身が大統領になったら、好戦派から現実策に静かに転換し、トランプと似たことをやりたがるだろう。2期8年やりたいならなおさらだ。冷戦後の軍産を支えていたイスラエルは、すでに米国を牛耳る策から離れており、軍産を無力化するならこれからだ。次の米大統領が誰になっても、米朝の交渉が始まるのでないか、と感じられる。もし何も始まらない場合、北の核武装が進み、制裁だけして放置する米国の対北政策の破綻がますます露呈する。ヒラリーは無策を批判され1期で終わる。いずれ誰かが米国を代表して北との話し合いを始めざるを得ない。 (中東諸国の米国離れを示す閣僚人事



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