他の記事を読む

リーマン危機の続きが始まる

2016年6月16日   田中 宇

 6月8日、欧州中央銀行(ECB)がQE(通貨大増刷による債券買い支え)の対象を、それまでの国債のみから、社債も買う新体制へと拡大した。欧州中銀は、ユーロ圏で取引されている社債の約2割を買い支え始めた。これにより世界的に、債券の利回りが一段と低下した。6月14日、10年ものドイツ国債は史上初のマイナス金利になり、バブル状態だと機関投資家から警告された。日本でも、優良社債の金利はほぼゼロだ。日本と欧州の中央銀行は、新規国債の多くをQEで買い占め、マイナス金利策で民間銀行が中央銀行に資金を預けにくい状況を作ることで、民間金融機関が高リスクな社債を買わざるを得ないように仕向けている。 (ECB Surpasses Expectations With First Corporate-Bond Purchases) (Are German Bonds Riding a Bubble?) (Japan Marks Lowest-Ever Coupon on Corporate Bond in Toyota Sale

 国債からジャンク債まで、債券金利は世界的に異様に低くなっている。債券投資王と呼ばれたビル・グロスによると、今の世界の債券金利水準は、金融の記録があるこの500年間でダントツの最低だ。市場原理にしたがうと、債券金利は発行者(政府や企業)の健全性(財政状態、利益)に反比例する。異様な低金利は本来、異様な好景気を表す。だが、現状の世界経済は好景気からほど遠い。景気が悪いのに、米日欧中銀の超低金利やQEによって、人為的に金利が引き下げられている。これは、非常に不健全な状態だ。 (Bill Gross warns over $10tn negative-yield bond pile) (中央銀行がふくらませた巨大バブル

 民間の金融機関は、ある程度のリスクをとって高い利回りの債券に投資することで利益を出してきた。だが現状は、中央銀行の政策のせいで、不当に高いリスクをとらないと、利益どころか社員の給料すら払えない。本来、民間銀行を守るべき中央銀行が、民間銀行を苦しめる政策を延々と続けている。中央銀行は「お上」なので盾突きにくいが、銀行界では不満が高まっている。欧州中銀が社債買い支えを開始して債券金利のいっそうの低下が確定的になった6月8日、日本では、三菱東京UFJ銀行が、民間銀行を代表して日本政府や日銀への怒りを表明する意味で「国債市場特別参加者」の地位を日本政府に返上した。 (Japan’s Largest Bank Considers Quitting Role in Government-Bond Market

 国債特別参加者は、日本政府が毎回発行する国債総額の4%以上を応札することになっているが、日本国債のほぼ全量を日銀がQEによって買い占めている現状では、民間銀行が応札してもほとんど買えない。民間銀行は、余裕資金の重要な運用先だった国債購入の道を絶たれ、安全に資金を運用できなくなっている。国債を買えない特別参加者の地位などクソ食らえというわけだ。日銀のマイナス金利策によって民間銀行が危険な状態になっていることは、日銀の佐藤健裕審議委員も、最近の講演の中で述べている。彼は、日銀上層部でマイナス金利にはっきり反対する果敢な少数派の一人だ。 (佐藤日銀委員:これ以上のマイナス金利の深掘りには明確に反対) (BOJ Member Warns Japan Economy Is So Fragile, It Could Sink Into Recession Due To "Weather"

 体制翼賛が強まる日本では、マイナス金利やQEの危険性を指摘する声が少ない。マスコミは危険性をほとんど報じないし、三菱東京銀行も不満を隠然と示しただけだ。だが、ドイツでは政府や金融界がもっと明確にマイナス金利とQEに反対している。ドイツでは最近、中央銀行(独連銀)のバイトマン総裁と、政府のショイブレ財務相が、相次いで欧州中銀のマイナス金利とQE拡大を危険な政策と批判し、反対を表明している。バイトマン総裁は、超緩和策を続けるとリスクプレミアムが急騰して金融危機を起こしかねない、と警告している。 (Low ECB rates could raise risk of abrupt surge in risk premia: Weidmann) (Bundesbank Warns Of "Abrupt Surge" In Risk Premia, Asset Bubbles

 私の最近の記事にも書いたが「リスクプレミアムの急騰」とは「債券バブルの崩壊」のことだ。リスクプレミアムとは、優良債券(米国やドイツの国債など)とジャンク債との利回りの差のことで、今は日欧中銀の超緩和策によって金利差が異様に圧縮され、リスクプレミアムが史上最低の水準だ。 (バブルをいつまで延命できるか

 しかし、この状態が人為的、歪曲的で不自然なことは、投資家の多くがすでに気づいている。超緩和策は無限に続けられないので、いずれ終わる。ジャンク債の相場を高く(金利を低く)する上げ底の超緩和策が終わりに向かうと、リスクプレミアムが高騰する。投資家は、日欧中銀が超緩和策をやめそうだと感じただけでおびえて債券を売り、それが引き金となってリスクプレミアムが急騰し、バブルが崩壊しかねない。急騰は08年のリーマン危機や、その前段のサブプライム危機の時に起きたほか、小規模なものは13-14年に米連銀がQEをやめて日欧に肩代わりさせていく過程でも起こり「緩和縮小時の市場の癇癪」を意味する「テーパー・タントラム(taper tantrum)」と呼ばれた。今は、当時よりもさらに強く、中銀群が債券バブルを扇動しているので、いずれ緩和策をやめる時に、ひどい崩壊が起こりうる。独連銀総裁や独財務相の指摘は正しい。 (超金融緩和の長期化

 日本では消費税の増税が延期され、政府の収入源がその分減り、財政難が強まるとの見方から、債券格付け機関のフィッチが日本国債を格下げした(安定的から悪化傾向に引き下げ)。格下げは5月末から予測されていた。日本国債は格下げされたのに、欧州のQE拡大を受けて相場上昇(金利下落)している。消費増税の延期は、日本経済が悪化していることを示している。日銀の超緩和策は、日本経済に良い効果をもたらしていない。だが、それに対する議論も分析もほとんどないまま、超緩和策が続けられている。 (Fitch cuts Japan outlook after delayed tax hike) (Mizuho CEO Warns Japan Sales Tax Delay Is "Admission Abenomics Has Failed"

 EUで最も経済が強いドイツは、EUを主導する国だ。ユーロの強さの基盤は、ドイツ経済の強さだ。ユーロ圏の中央銀行である欧州中銀は、域内諸国の中央銀行の総意で政策を決めるが、そこにおいてドイツ連銀は最大の影響力をもっている。それなのに、今の欧州中銀は、ドイツの反対を無視してQEやマイナス金利の拡大を続けている。独連銀や独財務省は、欧州中銀が3月にQEの拡大を決めた後、QE拡大への反対を繰り返し表明しているが、ずっと無視されている。 (Behind Wolfgang Schäuble's attack on the ECB) (No urgent need or room for fiscal expansion in much of euro zone: Weidmann

 中央銀行は政府や議会から自立した存在とされ、ショイブレ財務相などドイツ政府の政治家が欧州中銀の政策に介入することを批判する記事もある。しかし、欧州中銀(や日米中銀)の超緩和策は明らかに危険で、それに反対する方が正しい。欧州中銀が日銀と同様の超緩和策を同じタイミングで拡大しているのは、米連銀(FRB)が日欧中銀に超緩和策をやれと圧力をかけているからだ。基軸通貨のドルを管理する米連銀は、金本位制の時代から、西側世界の中銀群に対して影響力を持っており、1985年のプラザ合意以降は、日欧(G7)の中銀群が米連銀主導の金融システム安定策に協力することになっている。

 欧州中銀のドラギ総裁は、14年夏に訪米して米連銀の会議(ジャクソンホール)に出た時以来、ドイツの反対を押し切ってQEを行う姿勢を取り続けている。日欧中銀のQEやマイナス金利策といった超緩和策は、日欧人自身が立案したものでなく、米連銀の政策の一部である。日本は政府が対米従属一本槍なので、超緩和策が危険でもかまわず拡大しているが、ドイツはそうでない。欧州中銀は、ドイツの意に反して米連銀の傀儡にされ、QEを拡大している。米連銀は、欧州中銀をドイツから奪って乗っ取り、危険な超緩和策を拡大させている。 (ユーロもQEで自滅への道?

 次に出てくる疑問は、なぜ米連銀が日欧に危険な超緩和策をやらせているのかということだ。私は毎日米欧の国際政治経済に関する分析をできる限り読んでいるが、この疑問に納得できる答えを与える文書を見たことがない。自分で推測するしかない。これまで私は、米連銀がQEをやめて短期金利をゼロから2%程度に戻し、ドルを健全化するため、QEを日欧に肩代わりさせたと考えてきた。しかし、短期金利2%という大したことない余力を得るためだけに、全世界の債券金利を「不当」とわかるぐらい異様に下げるのはおかしい。 (日銀マイナス金利はドル救援策

 08年のリーマン危機で崩壊した米国中心の債券金融システムは、その後あまり蘇生していない。米連銀は、日欧も巻き込んだ超緩和策によって金融システムに資金を注入し、蘇生したかのように見せているが、資金注入をやめるとシステムは死に体に戻る。システムは瀕死で、超緩和策という人工呼吸器がないと死んでしまう。システムの瀕死状態は報じられず、多くの人は、システムがとっくに蘇生して元気に景気回復を楽しんでいる(だから株が上がる)と思っている。だが、株価の上昇も、景気や雇用の回復も、超緩和策とそれに連動する政府指標の粉飾の成果であり、見せ物にすぎない。 (ドルの魔力が解けてきた) (ひどくなる経済粉飾

 日銀はQEの一環として日本株のETFに対する買い支えを続けている。日銀はすでに日本株ETF全体の半分以上を保有し、日経225の225社のうち200社以上において、ETFを含んだ場合のベストテンの株主の中に、日銀が入っている。日銀は、ユニクロの株の9%、キッコーマンの5%を持つ大株主になっている(中国の国有企業を笑えない事態)。日本の株高は、景気でなく、日銀の買い支えによって引き上げられている。これは米連銀が考案した見せ物戦略の「成果」の一つだ。 (In Shocking Finding, The Bank Of Japan Is Now A Top 10 Holder In 90% Of Japanese Stocks) (BOJ’s ETF Position Risks Becoming Too Big to Exit, Lawmaker Says

 米連銀は、この見せ物状態を続けていれば、そのうち本当に景気が回復して超緩和策や指標粉飾が必要なくなると期待しているのだろう。しかし、だとしたら、今の超緩和策をいつまで続けるかわからないのだから、緩和策の寿命が長くなるよう、無理せずできるだけ軽度に続けるのが良い。過激なマイナス金利でなく、少しプラスの低金利の方が良い。無理して過激策をやらねばならない時は、システムの瀕死状態が特にひどくなり、緩和策を過激にやらないとバブル崩壊(死に体化)を引き起こす場合だけだ。 (The $16 trillion in U.S. dollar assets held outside of America will be sold in a panic

 日欧の中銀は今まさに緩和策を過激化している。緩和策を過激化し、世界の金利を史上最低に落とさないと、米国のジャンク債などが投資家の信用を失って買われなくなり、リスクプレミアムが急騰してしまう状態に、すでになっているのでないか。そう断言できる明確な根拠はない。だが、前代未聞の過激で異様な金利引き下げ策の裏に、前代未聞のシステム危機の状況があるのでないかと考えるのは当然だ。 (金融を破綻させ世界システムを入れ替える

 原油安の長期化で、ジャンク債発行で運営してきた米国のシェール石油会社の資金難が続いている。米国では、住宅ローンや自動車ローンの分野でサブプライム債券が再拡大している。リーマン危機は完治していない。米日欧中銀の延命策が尽きたら、危機が再燃する。リーマン危機の「続き」がいつ始まってもおかしくない。G7伊勢志摩サミットで安倍首相が「リーマン危機が再燃しそうだ」との警告を発し、世界的に陰謀論者扱いされたが、その後の異様な金利引き下げ策を見ると、安倍の警告は正しかった感じがする。 (G7で金融延命策の窮地を示した安倍

 ジャンク債の危機が再燃するなら、その前に株価が大幅下落するだろう。株価の下落を容認し、株式市場にたまっている資金を債券市場に流入させることで、債券金融システムを延命させようとするからだ。債券は国債につながっているので、政府にとって株価より債券相場の方が重要だ。ジョージ・ソロスをはじめ、著名な投資家の何人かが、最近、相次いで株価の下落と金地金の上昇を予測するようになっている。 (Why we shouldn’t ignore the warnings of some star investors) (Paul Singer Joins Icahn, Soros; Warns "It's A Very Dangerous Time To Be In The Market", Buys Gold

 株やジャンク債と対照的に、金地金は最近、上昇傾向を予測する記事が米欧のマスコミから発せられている。金地金は、価値が信用でなく、地金自身の希少性や輝きに依存しており、ドルや債券といった信用に依存する資産の究極のライバルだ。ドルや債券の信用が揺らぐほど、金地金の需要が増える。金相場は、先物市場で金融界によって引き下げられるので、超緩和策で資金供給が続く限り、地金の需要が増えても相場が上がりにくい。だが、超緩和策が失敗して下落用の資金供給がなくなると、地金が高騰する。すでに新興市場諸国の中銀群は、きたるべき転換に備え、地金をさかんに買い増している。 (Fed caution, Brexit risk boosting Gold price, with $1,400 a possibility, says ANZ) (Gold Back in Fashion? Why Precious Metal Has Made an 'Amazing Comeback'

 英テレグラフ紙は、世界の諸中銀が金地金を貯め込んでいることを紹介した4月の記事の中で「ドルのインフレに備えるため」に中銀が地金を備蓄しているのだと、おそろしいことをさらりと書いている。ドルでなく金塊を備蓄通貨にせねばならないほどの「ドルのインフレ」とは、物価高騰を超えた、ドルの基軸通貨の地位の終わり(ドル崩壊)を意味している。 (Gold is the spectre haunting our monetary system

 ドルの下落予測については、FTも暗号文のような不気味な記事を出している。「ドル高局面の終わり(Endgame for dollar bull run approaches)」と題する記事は、以下のような趣旨だ。ドルや米経済は「病気」であり、米国が利上げして日欧が利下げしているのに、ドル安の傾向が今後ずっと続く(米日欧中銀がんばってもドルは下がる)。ドルは下がってまた上がるという周期的なものでなく、ドルが高い状態自体の終わりが近づいている。米連銀がQEをやめてからドルは4割上がったが、これ自体が(日欧にQEを肩代わりさせても4割しかドル高にならなかったので)ドルの弱さを示している。日欧はドル安を嫌がるが、それ以外の世界の大半(中国など新興諸国)にとってドル安は好ましい(今後加速するドル安は、米欧日を弱体化し、BRICSを強化する。つまり多極化に貢献すると読める)。この記事は、浅く読むと為替相場の予測だが、深読みすると経済覇権転換の示唆だ。 (Endgame for dollar bull run approaches

 昨年末から予測されていた日本の今年の傾向は円高ドル安だ。日本がQEとマイナス金利で自らを弱め、米国が利上げして強化しているのに、円高ドル安の傾向が続いている。今年初め、そして最近と、債券金融システムが危ういという懸念が強まるたびに、円高ドル安が加速する。これは、米国の金融システムが崩れかけているので「ドル安」(テレグラフ紙的に言うならドルのインフレ)になるのでないか。日欧の中銀が必死に自分たちを弱くしているので状況が緩和され、危機として認識されていないが、すでにドル崩壊、ドルの危機、リーマン危機の再来、多極化につながる米覇権(ブレトンウッズ体制)の瓦解が始まっているのでないか。今の状況は、そのような疑念を抱かせる。 (金融蘇生の失敗

 中銀群はもう余力がないので、リーマン危機の続きが起きたら、誰もその危機の火を止められる者がおらず、覇権体制を瓦解させる大惨事になる。ジャンク債から始まった債券危機が、米国債の金利上昇まで波及すると、米国債のデフォルトや預金封鎖が起こりうる。米国債のデフォルトは、最近まで想像を絶する事象だった。だが、5月下旬にドナルド・トランプが「もし米国債の金利が上がったら、債権者と米国債の償還について再交渉する」と発言したあと、デフォルトが想像の範囲内に入るようになった(彼は米露和解など、いくつものテーマで常識を覆すことをやっている)。リーマン危機はブッシュ政権の任期末に起きた。今年はオバマの任期末だ。リーマン危機の続きが起きても不思議でない。任期末に金融危機が起きると、政権交代とともに常識を覆して新たな戦略をとれる。 (Donald Trump’s Idea to Cut National Debt: Get Creditors to Accept Less

 米国債がデフォルトすると、日本もお家芸の「殉死」をやりたがり、日本国債もデフォルトし、預金封鎖、大恐慌になる道をめざすだろう。米金融システムが危うくなると円高ドル安になるということは、本来、ドルが崩壊しても円が生き延びる構図を示している。だが実際には、日本の権力を握る官僚機構が頑固な対米従属なので、米国が弱体化すると、日本も無理して弱体化し、自滅してしまう。日銀が近年、日本自身に一つもいいことがないQEやマイナス金利を延々と続けているのが好例だ。

 中国は昨年から当局が金融バブルを退治しているので、米日がデフォルトしても、中国に波及しにくい。米日の崩壊後、人民元は強くなり、日本は資産を中国人に買い叩かれるようになる。大嫌いな中国に、永久に土下座せねばならなくなる。 (金融バブルと闘う習近平

 この記事を何日もかけて延々と書いているうちに、米連銀は6月15日の理事会で利上げを見送った。米連銀は今年、もう利上げできないだろうとゴールドマンサックスなどが分析している。金融システムの不安定化に拍車がかかりそうだ。 (Dollar retreats as dovish Fed holds rates

 6月23日の英国の国民投票は、EU離脱が可決されそうな感じが強まっている。先日ドイツで開かれた「世界支配者たちの秘密会議」といわれるビルダーバーグの年次会議の議長をつとめたフランスの財界人(Henri de Castries)が、英国がEU離脱を採択する可能性がとても高いと表明した。これは強烈だ。英国の国民投票でEU離脱が決まると、それが引き金になって米欧の金融危機が起きるかもしれないといった見方も出ている。 (Bilderberg Chairman Warns Brexit Possibility "Extremely High") (Axa CEO Warns There's an `Extremely High' Probability of Brexit



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ