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英国の投票とEUの解体

2016年6月22日   田中 宇

 EU残留を問う英国での6月23日の国民投票を前に、欧州の大陸側では、EU統合を推進してきた上層部の人々が、英国の投票結果にかかわらず、すでにEUは政治経済の統合をこれ以上推進するのが無理な状態になっている、と指摘し始めている。 (EU Prez Admits: `We Are Obsessed With Idea of Instant and Total Integration'

 EUの大陸諸国の政治家の間では、統合に消極的な英国が離脱を決めたら、残りの各国で国家統合を加速すべきだと主張する声も強い。だが、国境検問を廃止したがゆえのテロ頻発や難民危機、ユーロを導入したがゆえの通貨危機、不景気などを受け、EUの政策や国家統合の構想に対する不信感や反感がEU各国でつのり、各国の多くにおいて、国民の半分近くがEU統合の加速に反対している。米調査機関ピューリサーチによると、EUに対する支持率は、ドイツが50%、英国が44%、フランスは38%しかない(反面イタリア58%、ポーランド72%)。 (EU Commissioner: EU countries must continue integration regardless of Brexit referendum outcome) (Beyond Brexit: Favorable Opinion of EU Plunges Everywhere, Especially France

 国民の間に反対が多いのに無理に統合を進めると、選挙で反EUを掲げる極右政党が大勝利したり、英国と同様の国民投票が各地で行われ、次々と離脱を可決する事態になりかねない。英国が残留を決めても、大陸諸国には、EU統合に反対する民意がすでに強く、統合を加速するのは危険だ。フランスで来春行われる大統領選挙の有力候補である右派政党のマリーヌ・ルペンは、自分が大統領になったら半年後にEUからの離脱を問う国民投票を実施し、それまでの期間を使ってEUと交渉し、国境検問の再開、政府予算の決定権の奪還、ユーロを離脱する権利などの国家主権の回復を目指すと宣言している。EUとは、本質的に独仏の国家統合であり、フランスが離脱に動くとEUは崩壊する。 (Le Pen seeks mileage from Brexit debate

 EUの大統領(欧州理事会議長)であるドナルド・トゥスクは5月30日に行った講演で、上記のような警告を発し「EUを完全に国家統合することはできない」と宣言した。これまで完全な国家統合を目標にしてきたはずのトゥスクが、こんなことを言うのは驚きだ。完全な国家統合(連邦化)は、EUの憲法ともいうべきリスボン協定の根幹に流れる考え方だ。それが今、統合推進役のEU上層部自身によって否定されている。 (EU president Tusk decries 'utopias' of Europe

 ドイツのショイブレ財務相も「英国がEUを離脱しても、残りの諸国が国家統合を加速してはならない」と述べている。ドイツの現政権は、中道右派のCDU(キリスト教民主同盟)と中道左派のSPD(社会民主党)の連立だが、ショイブレやメルケル首相らCDUの人々は、米英に対する親密感(従属感)が強く、統合の加速に消極的で、英国に離脱してほしくないと言い続けている。 (Schäuble warns against `business as usual' in event of Brexit

 90年代のミッテラン政権の外相など仏高官を10年以上歴任し、冷戦直後の欧州統合の基本構想を立案したフランスのユベール・ベドリン(Hubert Védrine)は、国家統合推進派だったが、最近「いま統合を加速すると、統合反対の人を増やしてしまう。いま統合加速を言っているのは、統合を失敗させたい人々(統合賛成のふりをした反対派)だ。欧州統合は一時停止すべき時期に入った」と述べている。べドリンは、国境検問廃止のシェンゲン協定と、ユーロの通貨統合を、EUの2大悪政と呼び、英国はこの悪政のいずれにも加盟しておらず、EUのおいしい部分だけ享受してきたのに、離脱したがるなんて大馬鹿だと言っている。 (Hubert Védrine: It's time for `a European pause'

 べドリンは今年2月に英国が国民投票を決めた時から「EUは国家統合を急ぐエリート層と統合に反対の市民層が分裂しており、英国がEU離脱を決めたらEUも大きな混乱期に入る」「国境検問なしのシェンゲン体制は、難民危機ですでに崩壊しており、再建にはまずギリシャをシェンゲン体制から外す必要がある」などと述べていた。 (Hubert Védrine: `Brexit would be a catastrophe'

 EUを離脱したがる英国は、本当に大馬鹿なだけなのか?。それに関するヒントのようなものを、フランスの70年代の大統領だったジスカール・デスタンが最近述べている。彼によると、東欧やバルカン諸国をどんどんEUに加盟させたがったのは英国で、その結果、EUは28カ国にもなってしまい、難民危機や財政危機、ロシアと対立激化などが防げなくなり、統制不能で崩壊寸前となっている。ジスカールのコメントを紹介した通信社の記事は「EUは、統合を加速しても崩壊するし、統合を停止しても各国が国権を取り戻そうとしてEUが無視され崩壊する」と書いている。 (Europe Hurts if Britain Goes. It's Worse if Britain Stays

 英国の国際戦略はナポレオン戦争前から、欧州大陸諸国を分裂させ、大英帝国が漁夫の利を得て覇権を維持することだった。2度の大戦も、その後の冷戦構造も、その構図に沿っている。レーガンの米国が勝手に冷戦を終わらせ、独仏にEUの国家統合を加速させたが、これはまさに英国の戦略を無効化するもので、米国の中に隠然と英国を潰そうとする勢力がいることを示している。欧州統合は、1950年代の欧州石炭鉄鋼共同体の時代から、米国の後押しで進められた。 (欧州の対米従属の行方

 英国は70年代から欧州統合(EEC)に参加したが、それは独仏と国家統合する気になったからでなく、欧州統合を内側から失敗させて欧州を再分裂させ、昔ながらの大陸分断策を英国が続けられるようにするためだった(それまで英国のEEC加盟希望は仏ドゴール政権の反対で阻止されていた)。冷戦後、英国はEU統合に参加しつつ、ギリシャや東欧諸国、はてはトルコまでもEUに入れようとした。英国が周縁部の多種多様な小国をEUに入れるほど、EUはジスカールデスタンが言うように統制不能になり、破綻が不可避になった。 (British diplomats admit it would be a 'risk' but tell ministers the move would be a 'symbolic gesture to Turkey'

 その一方で2011年以降、英米の投機筋が先物市場を使ってギリシャ国債を潰しにかかり、ユーロ危機を起こした。パリなどで起きたイスラム主義者のテロ事件も、ISISの生みの親が米国の軍産複合体であり、英国もその一部であることを考えると、仏国民らをEU嫌いにするための英国の策だったと考えられなくもない。昨夏からの難民危機は、トルコのエルドアン政権がEUを困らせる(壊す)ために起こしたものだが、NATOを通じてトルコと親しい米英軍産がEUの統合(対米自立)を阻止するために誘発した可能性がある。 (露呈するISISのインチキさ) (ユーロ危機はギリシャでなくドイツの問題) (ギリシャからユーロが崩れる?

 そう考えると、今回のEU離脱を問う英国の国民投票は、英国のEU潰し戦略の仕上げなのかもしれないと思えてくる。この2週間、英米中心の国際マスコミ(軍産の宣伝機関)が、英国の国民投票をめぐって大量の記事を流して大騒ぎしているが、これも、EUの大陸諸国の人々に「EUが嫌いなら、英国みたいに国民投票をやって離脱できるよ」と宣伝する意味がありそうだ。前出のルペンなどは、そのエサに早速食いついている。 (View from France: Brexit would be good for us – and the future of Europe

 英国で6月16日にEU残留支持のコックス議員が殺されて以来、残留支持が盛り返していると報じられているが、英国自身がEU離脱を否決しても、国民投票を大騒ぎしてやるだけで、欧州大陸諸国に投票熱を感染させるには十分だ。英国がEUに残留したまま、他の諸国に投票が感染して離脱に動くと、英国はEUを内部から破壊することを続けられ、効果的にEUを潰せる。フランスの経済相(Emmanuel Macron)は「感染を防ぐため、もし英国が離脱を可決したら、本当にきっちりEUを出て行ってもらう。英国を甘やかすと、他の諸国民が安直な気持ちで離脱を支持する傾向に拍車をかけてしまう」と述べている。 (Brexit: Britain is either in or out, French economy minister warns

 仏経済相はその一方で、英国が離脱を決めてもEU統合の動きを止めてはならないと述べている。これは、EUのトゥスク大統領らの「急いで統合すると反対論が急増して壊れる。統合推進はしばらく様子見が必要だ」という態度と相反している。私自身、最近の記事で「相次いで国民投票が行われて離脱派が勝ち、EUが解体しかねない」「懸念はあるが、逆にだからこそ、英国の国民投票で離脱派が勝ったら、英国勢がEUの政策決定に口出しできなくなることを利用して、独仏は全速力で財政や金融などの面の国家統合を進めようとすると予測できる」と書いた。しかしどうやら、英国の投票がEUに与える悪影響はかなり大きく、そんな単純な話になりそうもない。 (英国がEUを離脱するとどうなる?

 英国が離脱しても早急なEU統合を進めるべきだと言っているEU高官の中には、欧州中央銀行のドラギ総裁もいる。ドラギは近年、米連銀の傀儡勢力となり、ドイツの反対を押し切ってドル救援のQE(債券買い支え)やマイナス金利策を進めている。欧州中銀(や日銀)のQEやマイナス金利は、米国の金融システムや国債を延命させる反面、欧州(や日本)の金融界や国債の自滅を早める。早急なEU統合を進めると反対論が強まってEUが潰れてしまうのなら、ドラギが早急なEU統合を提唱するのは、EUの混乱が加速して欧州の資金が米国に逃避し、米金融界の延命を促進するからなのかもしれない。 (Ahead of Brexit Vote, ECB’s Draghi Calls for European Unity

 英国の策略の結果、EUは存亡の危機にある。だが、EUを潰すことは以前に比べ、英国の国益にならないことになっている。以前(911前)は米英同盟が強固で、EUの統合を潰して独仏など欧州大陸諸国がバラバラな状態に戻ることは、仇敵ドイツを英国(米英同盟)にかしずかせることができ、英国の国益に合っていた。だが米国は、911後の単独覇権主義で英国に冷淡になり、イラクなどの失敗で単独覇権主義をやめた後も、英国との距離感が開く一方だ。米議会は、英国をもはや最重要な同盟国とみなしていない。911以前は、英国がEUを潰すことが米英同盟の強化につながったが、今はそうでない。英国は、EUを離脱しても代わりに米国との同盟を強化できず、孤立するだけだ。

 第2次大戦後の欧州統合の本質は、欧州大陸の人々と関係のない、覇権中枢における英国と米国のせめぎあいだ。戦後、英国が米国を牛耳ってロシア(ソ連)との恒久対立の冷戦構造を作り、仇敵ドイツを永久に東西に分断する体制を作ったのに対し、米国は独仏を国家統合への道に誘い、1960年代に財政破綻した英国を、独仏との国家統合に参加せざるを得ないように仕向けた。ドイツ主導の欧州国家統合に入って国権を剥奪されると、英国は永久にドイツの傘下になり、米国から切られてしまう。

 80年代のサッチャー英政権は、米金融界を誘って金融自由化(債券化)による米英金融覇権体制(紙切れに巨万の価値を与えることによる覇権)を創設するとともに、欧州統合から距離を置き、幽閉されることを避けた。米レーガン政権はサッチャーの盟友として振る舞いつつも、報復的にゴルバチョフと話し合って冷戦を終わらせ、東西ドイツの統合と、EUの国家統合の再扇動をやり、それは10年かけてユーロやリスボン協定として結実した。英国は、しかたなくEUに参加しつつも、幽閉につながるユーロやシェンゲン協定に入らず、一方でEUが東欧に拡大しすぎて失敗していくことを誘発した。

 08年のリーマン危機後、米国は金融覇権の自滅傾向を強め、それは今年、出口のないQEやマイナス金利の行き詰まりによって加速している。米国の覇権衰退が進むなか、EUは近年、統合を加速しようとしたが、ギリシャ危機や難民危機、ウクライナ危機などを米英軍産に引き起こされて阻止され、今のEU各国での反EU感情の強まりへとつながっている。英国は、EUへの幽閉を回避しているものの、その一方で米国に距離を置かれている。米国自身が覇権の衰退を引き起こしているため、長期的に、英国が米国との同盟関係を維持する意義も低下している。

 今後EUは崩壊していく可能性が高まっているが、長期的に見ると、EUがいったん崩壊するのは良いことでもある。EUは英国の策略にはまり、東欧やバルカン諸国をどんどん加盟させてしまい統制不能になっている。EUがいったん崩壊し、その後また独仏が再出発で合意できれば、もっと統合しやすい少数の国々だけでEUを作りなおすことができる。とはいえ、統合事業が破綻して「失敗」の烙印を押されたら、その後各国民の過半数が再統合に同意するのか疑問もある。いったん崩壊すると、再建に何年もかかる。特に、フランスなどがユーロ圏から離脱すると、人々はもうこりごりだろうから、通貨の再統合は民意の支持を得られず、困難になる。欧州は今後さらなる混乱期に入っていくだろうが、どのような展開になるか、まだ予測が難しい。



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