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英国より国際金融システムが危機

2016年6月29日   田中 宇

 6月24日、英国のEU離脱の投票結果を受けて、世界的に金融市場が大混乱した。だが週末をまたいで6月27、28日と、株や債券、為替などの金融市場は、それほどひどい動きになっていない。英国ショックは大したことない、株も債券も大丈夫だ、日銀や欧州中銀が万全の体制で市場を守ってくれるといった、個人投資家を丸め込む、いつもの右肩上がりな「解説」が戻ってきている。

 そんな中で、ぎょっとする内容のコメントを発したのがグリーンスパン元米連銀議長だ。彼は英国のEU離脱投票後に米CNBCからコメントを求められ、以下のように答えた「(世界経済は)私が連銀に入って以来の最悪の状態だ。1987年のブラックマンデーの株の暴落を思い起こさせる」「(米欧全体で)雇用が増えても生産性が伸びない(フルタイムを解雇してパートを増やしただけで経済成長にならない)。世界的に、負債の急増、貧富格差の拡大、高齢化と年金破綻の増加で、ますます大変になる」「米国の通貨供給が異様に増えている。いずれデフレから超インフレに突然転換する。不換紙幣の破綻は昔からいつも超インフレで、今回も同じだ。前向きなことを考えるなら、金本位制に戻るしかない」「私だって明るいことを言いたいけどね(ないよ)」 (Greenspan Warns A Crisis Is Imminent, Urges A Return To The Gold Standard) (Alan Greenspan laments Brexit vote

 グリーンスパンは一昨年以来、今回と同じ趣旨の警告を何度も発している。彼は、1980年代からリーマン危機の前まで連銀議長で、不換紙幣体制の究極であり、今の金融の大黒柱である債券金融システムを創設した立役者だ。その彼が、不換紙幣体制がいずれ超インフレを起こして破綻し、「金融専門家」から「原始的」「野蛮」と揶揄される金本位制に戻るしかないと言っている。大きな権威がある人なのに、彼の一連の発言は、市場から全く無視されている。 (陰謀論者になったグリーンスパン) (金融危機を予測するざわめき

▼超緩和策をやめろと言い出したBIS

 グリーンスパンに劣らない大きな権威を持つ「中央銀行の中央銀行」と呼ばれるBIS(国際決済銀行)も、6月26日に発表した年次報告書の中で、次のような同様の警告を発している。「QEやマイナス金利といった通貨の超緩和策によって、金融市場が異様な事態になっている。やりすぎて実効性が下がっている。超緩和策はもうやめた方がいい」「超緩和策のせいで機関投資家が高リスクの資産を買わされ、市場が歪められている」「マイナス金利によって、銀行の収益性と蘇生力、融資で経済を活性化する力が失われている」。 (Too-Easy Money Is Making It Too Hard to Gauge Markets, BIS Says

 BISは、昨年の年次報告書でも「中央銀行の金融救済策が弾切れになりそうだ」と指摘していた。日銀や欧州中銀といった現場の選手はまだ猛々しく戦っているが、監督役のBISは、リングにタオルを投げ込み、これ以上戦うと死んでしまうぞと警告している。元世界チャンピオンのグリスパも、繰り返し警告を発している。しかし、いずれの意思表示も無視されている。マスコミは「英国ショックを緩和するため、欧州中銀や日銀が超緩和策を追加する」と、何の危険もないかのように平然と書いている。 ("Of What Use Is A Gun With No Bullets?", BIS Says) (What does Brexit mean for the ECB?

 BISでは、各国の中央銀行総裁会議がしばしば行われる。英国の投票に際しても、日銀の黒田総裁らがスイスのBIS本部に集まり、英国ショックをどう緩和するかが話し合われた。BISは、報告書を発表する前に、黒田やドラギに直接警告を発したはずだが、米国からの強い要請を受けて超緩和策をやっている彼らは、警告を全く無視したのだろう。 (The World's Central Bankers Are Gathering At The BIS' Basel Tower Ahead Of The Brexit Result

 国民投票がEU離脱を決めた後、英国はEUから切り離されて経済力を失うという予測が席巻し、3大格付け機関が相次いで英国債を格下げした。格下げは債券相場を引き下げるはずだが、市場では逆に英国債の相場が上昇した。これは、BISが指摘する「超緩和策による異様な事態」の一つだが、実態はおそらく裏で欧州中銀や英中銀、日銀が英国債を買い支えている。超緩和策の目的は、米国債を頂点とする先進諸国(米同盟諸国)の国債の下落(金利上昇)の防止だ。 (S&P slams Brexit, drops UK bond rating two notches

 中銀群の超緩和策の結果、米独日などの国債は史上最高値の水準だが、ユーロ圏内でもイタリアやポルトガルといった南欧諸国の国債は、英国ショックによって下落(金利上昇)している。米欧日の中銀群の超緩和策はもともと、買い支えや短期金利の利下げによって、国債だけでなくジャンク債まで広範に価値を引き上げ(金利を引き下げ)、国債とジャンク債の利回り差を圧縮してバブル崩壊を防ぐ策だった。 (Downside risks to Japan's economic outlook increase following Brexit; BoJ likely to expand QE

 しかし、金利が目一杯マイナスになり、買い支えも発行量のほとんどになって超緩和策が限界に達している今(BIS的に言うなら「弾が尽きた状態」)、中銀群は高格付けの国債しか買い支えられなくなり、ジャンク債や低格付け国債の金利上昇が放置され、バブル崩壊につながる金利差(リスクプレミアム)の拡大が起こりかけている。今回は何とか乗りきれても、次のショックがどこかで起きることが繰り返されると、中銀群はしだいに超緩和策の効果を発揮できなくなり、安倍首相がG7で予言した「リーマン危機の再来」が現実になる。イタリアの銀行界が破綻しかけている。ドイツ銀行も経営難だ。すでに「次のショック」の萌芽があちこちにある。 (G7で金融延命策の窮地を示した安倍

 グリスパは2010年ごろ、10年もの米国債の利回りを「炭坑のカナリア」と呼んでいた。米国債の利回りが3%を超えて急上昇すると危険だと言っていた。しかしその後、長期米国債の利回りは下がる一方で、今や史上最低の1・4%台だ。全く安全じゃないかと思うかもしれない。だが、これはQEとマイナス金利によって起きている。坑道に致死性のガスが充満しているのにカナリアは元気で、よく見るとカナリアのかごが密閉されて酸素注入されていた、といった感じだ。 (危うくなる米国債) (アメリカ金利上昇の悪夢

▼超緩和をやめると危機再発、続けても銀行が潰れて危機再発

 マスコミや投資家は、日欧中銀がマイナス金利をさらに下げることを期待しているが、BISも指摘したとおり、マイナス金利は金融機関を経営難に陥れ、金融の機能を自滅させて経済を破壊する。これ以上のマイナス金利は弊害の方が大きい。英国ショックで、英欧の銀行株が暴落した。現状のマイナス金利でさえ、このまま続けると欧州の銀行が連鎖破綻し、リーマン危機の再来を招きかねない。銀行を救うためにマイナス金利をやめると、連動してジャンク債の金利が高騰し、リスクプレミアムが急拡大して、こちらもリーマン危機の再来になる。中銀群は、どんな手を打っても窮地を脱せない「詰んだ状態」にある。 (Brexit may force ECB into more policy easing: analysts) (リーマン危機の続きが始まる

 日欧の中銀が無理して超緩和策を進めたのと対照的に、米連銀は超緩和策をやめて利上げしてきた。米日欧の中銀にとって最も重要なのはドルの安定なので、ドル安定のために米国だけ利上げし、日欧が超緩和策を肩代わりしてきた。この事態に対しドイツでは、ドルを救うためにユーロ(欧州中銀)が犠牲になるのは不当だとする議論が強まり、学者ら市民団体が欧州中銀の超緩和策を違法行為だとして訴えた。英国ショック直前の6月21日、ドイツの憲法裁判所がこの訴えを棄却し、市民側が敗訴した。 (German Court Rejects Legal Challenge to ECB's Bond-Buying Program

 裁判で負けたものの、ドイツでは欧州中銀のマイナス金利やQEに対する反対論が渦巻いている。一昨年来、独政府は超緩和策に反対し続けたが、欧州中銀のドラギ総裁が勝手に米連銀と話を進めてしまった。米国の最も強い代弁者だった英国が、今回の投票を機にEUの中枢から抜け、欧州中銀に対するドイツの影響力が今後強まると、欧州中銀が超緩和策をやめていく可能性がある。しかし、すでに欧州(や日本)は、重篤な緩和中毒患者だ。慎重にやらないと、これまたリーマン危機の再来になる。 (バブルをいつまで延命できるか

 今回の英国ショックで失われたものはまだある。それは「米国の利上げ」だ。英投票前、すでに米連銀は6月の利上げを見送り、やるとしたら9月という状況だったが、英投票後、12月にも無理だろうという状態に後退した。日欧の超緩和の戦いは、すでにBISがタオルを投げ入れており、超緩和策の効果が今後さらに低下するのは確実だ。中国は、公式な政策としてバブル潰しを続けており、今年は経済が回復しない。世界経済は悪化の傾向だ。米連銀の利上げの可能性は下がり続け、日欧の犠牲のもとにドルが蘇生する道は遠のいている。 (利上げできなくなる米連銀) (金融バブルと闘う習近平

 いずれリーマン危機が再来し、金利上昇がジャンク債から米国債にまで波及すると、グリスパが予言する「デフレ(マイナス金利)から超インフレ(金利高騰)への突然の転換」が現実になる。それがいつ起きるかだが、人々が「そんなこと起きるはずがない」と思っている間は、高格付け国債に対する信用が保たれて金利が上がりにくく、なかなか起きない。だから、グリスパやBIS、安倍晋三らによる金融危機への警告を、マスコミや金融界はかたくなに無視する。しかし、英国ショックや大銀行倒産などが起きると、一時的に信用が大きく失墜し、各国当局がそれを乗り越えられないと金融危機になる。 (In a world of potential Lehman moments, Japan just climbed to the top spot

 金融当局はかつて、システムの延命のための粉飾や、蘇生のための仕掛け作りを民間金融界にやらせ、自分たちは手を汚さない(信用を落とさない)ようにしていた。その事態はリーマン後に変わり、米財務省が公金でAIGなどを救済したり、中銀群がQEやマイナス金利を手がけるようになった。しかし、これらの策は金融を蘇生でなく延命させただけで、今や延命策も尽きかけ、中銀群は自分たちの超緩和策が不健全であることすら隠せなくなっている。あちこちから警告されても無視して延命策を続けないと金融破綻を引き起こす事態になり、中銀群はなりふり構わぬ状態になっている。延命策の終焉が近づいている。 (The $100 Trillion Bond Market's Got Bigger Concerns Than Brexit

▼残留派が優勢だと金融界がウソをついた?

 金融界は自分たちの破滅を望んでいないはずだが、中には先物売りを仕掛けておいて金融界を破滅させて大儲けを企む奴らがいる。リーマン倒産時、リーマンのCDS(倒産保険)を空売りして儲けつつ倒産に追い込んだのは、他の投資銀行やヘッジファンドだった。英国の国民投票でも、似たような破壊工作があった可能性がある。 (米金融界が米国をつぶす

 投資銀行など金融機関は、公開される世論調査よりも多額の金をかけて、公開されるものより正確な調査をやっていた可能性が高い。金融界では、そのように考えられていた。そして、投票日の数日前から、公開される調査では離脱派優勢の結果が出ていたが、為替市場では残留派勝利を予測するかのようにポンドがドルなどに対して上昇した。多くの人が「金融機関の調査では残留派が優勢のようだ」と考えるに至った。 (Brexit and markets: the big questions this week

 投票日になると、ユーガブの世論調査が、それまでの離脱優勢から、一転して残留優勢の結果を発表した。投票が終わった直後、離脱派の独立党のファラージ党首も「残留が優勢のようだ」と、敗北宣言めいた発言を発した。為替相場はポンドの上昇傾向が続いていた。鋭い金融分析で知られる米国のブログ「ゼロヘッジ」も、相場から判断して残留が100%の勝算だと書いた。投票終了後、キャメロン首相は、残留派の勝利を確信しているかのように、家族でゆっくり夕食をとった。だがその後、開票を進めてみると、最後まで離脱派優勢のままで終わってしまった。離脱優勢が揺るがないのを見て、途中から英国の為替や株が暴落し、金融相場は世界的に大混乱となり、円高が急伸したりした。 (David Cameron thought victory was his at 10pm on Brexit eve) (When Brexit Has Come And Gone, The Real Problems Will Remain

 最も正確なはずの金融界の非公開の事前調査は、間違えた結果を出したのか。いやむしろ、非公開の調査結果は、僅差で離脱派が勝つことを予測しながら、調査を実施した金融筋は、市場の他の勢力や官邸、英政界などの関係エリート筋に、調査結果と正反対の「残留派が僅差で勝つ」という間違った予測を流し、キャメロンもファラージもユーガブも個人投資家もそれに流された結果、残留が勝つと思ったら離脱が勝ち、市場が暴落し、あらかじめ暴落方向に賭けていた金融筋が大儲けしたのでないか。

 金融界の中でもジョージ・ソロスは大損したと指摘されている(これもウソかもしれないが)。投機筋の全員がぼろ儲けしたわけではない。裏で何が起きていたか確かめようがないが、暴落や破綻をひどくして儲けようとする奴らが金融界にいる可能性は高い。リーマン倒産は、米国の金融覇権を破壊した。英国のEU離脱も、既存の米英覇権を壊す方向だ。暴落や破綻を意図的にひどくする勢力は、自分たちの儲けだけでなく、覇権の多極化を画策しているようでもある。 (金融を破綻させ世界システムを入れ替える) (Soros Suffers Major Loss On Long Pound Trade Ahead Of Brexit



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