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外れゆく覇権の「扇子の要」

2016年7月12日   田中 宇

 英国のEU離脱投票から週が明けた6月27日、カナダを訪問中だったメキシコのニエト大統領が、英国のEU離脱決定を受けて、今こそメキシコとカナダ、米国の北米3か国の国家統合を進めるべきだと発言した。EUの国家統合の例を引き合いに出して、北米3か国も、戦略的、包括的な統合、同盟強化を行うべきだと語った。6月29日にカナダで北米3か国の年次サミットが行われ、ニエトはそれに出席するためカナダを訪問していた。 (Mexico president urges North American integration after Brexit

 北米3か国は94年に自由貿易圏NAFTAを創設し、経済面の市場統合を行なっている。各分野の政策協調も進んでいる。防衛も、米国とカナダが防空体制を統合して久しい。国境検問も大幅に緩和されている。年次の北米サミットは、これらの3か国間の統合をさらに進めるために毎年行われている。EUのような、国権の大っぴらな剥奪を伴う「政治統合」はないが、3か国間の隠然とした統合が進んでいる。その中でメキシコは以前から、NAFTAを国家統合の次元まで進め、EU型の「北米同盟(NAU)」にまで発展させるべきだと、折りにふれて歴代の大統領が提案してきた。 (Mexican President Demands U.S. Merge With Mexico, Canada

 北米の国家統合の構想は、米国民の間で大変に不評だ。あまりに不評なので、米マスコミは以前から「北米同盟の構想などない。出ている話は、すべて無根拠な陰謀論にすぎない」と断定している。そのため今回、ニエトが北米同盟につながる3か国の統合加速を提唱しても、それを報じたのはフランスのAFP通信社や、米市民運動系のサイトなどだけで、米国の主流マスコミは報じていない。北米同盟の構想は、存在しないことになっている。 (Brexit and the long, wistful dream of a `North American Union'

 メキシコが北米統合に積極的なのは、東欧がEUに入りたがったのと似ている。メキシコも東欧も、域内で賃金が安い国なので、市場統合が進むほど、先進地域への出稼ぎや、先進地域からの企業投資が増え、経済発展を加速できる。

 EUにおいて英国の離脱は、長期的に英国抜きのEU統合加速につながるだろうが、今のところむしろEUは、各国で英国流の離脱投票をやらせろと要求する左右両極の人気が急騰し、EUは統合と逆方向の崩壊に向かっている。そのきっかけを作った英国のEU離脱決定に触発されて、メキシコの大統領が「今こそ北米の統合を加速しよう」と提案するのはお門違いに見えるかもしれないが、それは違う。米国と欧州(EU)を束ねる役目をしてきた英国が、EUの一部であることをやめることは、米国が欧州を最重要と考える従来の世界戦略をやめて、昔の米州中心主義に戻り、メキシコやカナダを最重要な国々と考えることにつながりうる。 (英国が火をつけた「欧米の春

 英国はこれまで、米国を「米欧(米英)同盟」に引っ張っるちからを持っていた。米英が力を合わせ、「極悪」なナチスを倒したり、ソ連を封じ込める冷戦を何十年も続けたことが、世界の現代史の重要部分とされている。ナチスやソ連を、米国の介入が必要な「極悪」に仕立てたのは、英国の策略だ。米国は、英国の策略によって、欧州に過大に関与させられてきた。英国が初めて米国を欧州に引っ張りこんだ第一次対戦より前、米国は「西半球の大国」「新世界」を自称し、欧州(旧世界)のゴタゴタに関与しない姿勢をとっていた。米国が第一次大戦に参戦したのは「仲良く共存できない間抜けな旧世界が二度と戦争しなくてすむよう国際連盟を作ってやるため(ウィルソン主義)」だった。

 だが、国際連盟は英国に腑抜けにされ、ナチス台頭で米国は再び欧州に首を突っ込まざるを得なくなり、二度目の大戦を終わらせて国際連合を作って恒久平和をやり始めたら、また英国の策略で冷戦が起こされ、米国はNATOを作って延々と欧州に関与させられた。英国はその分国際社会で優位を続けた。米国の「西半球の国」としての戦略は雲散霧消していた(英国の代理勢力である軍産複合体が中南米諸国をひどい目に合わせ、米国と中南米の仲を引き裂いた)。 (After Brexit NATO to Become Washington's 'Main Tool to Control Europe'

 レーガンが冷戦を終わらせた後、米国はEU統合を置き土産に欧州から出て行く流れを開始し、北米統合の初の動きとしてNAFTAが作られた。米国は少しずつ西半球の国としての戦略を出していくかに見えたが、01年の軍産によるクーデター的な911テロ事件を機に、米国は再び劇的に世界(中東)に関与する「単独覇権主義」に引き戻された。ロシア敵視も再燃する一方、米国内ではNAFTAの不人気に拍車がかけられた。

 しかし、米国の単独覇権主義は、中東各地での(意図的な)過激な好戦策の連続的な失敗によって破綻し、NATO(軍産)のロシア敵視の強要から離脱すべくEUが政治統合を進めようとするなか、英国が国民投票でEU離脱を決めた。英国はこれまで、欧州(EU)の一部として存在することで、米国を欧州に引っ張りこんできた。英国がEUの一部でなくなると、米国を欧州に引っ張るちからが大幅に減少する。この国際政治力学の変化は、何年もかけて表面化していく。 (UK-US special relationship shaky following Brexit vote

 今後しだいに米国にとって「欧米」というくくり(大西洋主義、国際主義)が重要でなくなり、対照的に、それ以前にあった「米州」「北米」というくくり(米州主義、孤立主義)が重要になる。メキシコのニエト大統領は、そのような転換点である英国のEU離脱を見て「今こそ北米3か国の統合を加速すべきだ」と宣言したと考えられる。

▼英国は米国をユーラシアにつなぎとめるハトメだった

 大西洋主義から北米主義への転換は、時間がかかるし一直線でない。米国覇権の低下が顕在化し、米国内の政治状況が根底から変わらないと、転換は進まない。今秋の大統領選挙で、クリントンはロシア敵視が強く大西洋主義だ(彼女は中国包囲網もお気に入りの策で、反露と反中の両方を掲げる強力な軍産系)。半面、トランプは孤立主義的で、ロシア敵視やNATOを批判している。だが同時に彼はNAFTAや国家統合に反対している。大西洋主義への反対が北米主義に直結していない。 (As the E.U. falls apart, North American leaders seek unity in Ottawa today

 だがその一方で、これまでの世界体制の中で、英国が非常に重要な「扇子の要、ハトメ」(もしくはpivot、ピボット)の役割を果たしてきたのは確かだ。英国は、米国は欧州やユーラシアにつなぎとめておく「ハトメ(鳩目)」だった。EU離脱によって、英国の役割が低下していくのは間違いない。 (How About an Amerexit from NATO and Other One-Sided Military Alliances?

(英国の真似をして70年代以降、イスラエルが米国を中東につなぎとめるようになり、その延長でイラン敵視、イラク侵攻、リビアやシリアの内戦などが起きたが、これらはすべて米国にとって失敗で、イスラエルというハトメもすでに外れ、ネタニヤフはプーチンに擦り寄り、アフリカ諸国と関係強化している) (Ethiopia backs Israeli bid for AU observer status

 911以来の米国は、放っておくと好戦性(武力で理想主義を実現しようとして失敗すること)を過激に拡大してしまう。英国は、米国の暴走を止めて「正常」の範疇に戻す役目を果たしていた(一緒にイラクに侵攻して失敗に付き合ったのがその一例)。だが今、英国(やイスラエル)というハトメが外れたことで、米国の覇権体制はバラバラになっていく。

 ハトメが外れても、まだ今のところ扇子の羽が従来通り重なったままなので何も起きていないが、知らずに扇子をパタパタあおぐと、バラバラに壊れる。覇権運営上では、米国の好戦策に歯止めがかからなくなり、ロシアや中国に対する敵視を異様に強めていくことが「パタパタ」にあたる(それは、すでに具現化している。NATOはロシアを異様に敵視している)。

 独仏伊は、米英とロシアの両方と仲良くしたい。豪州や東南アジアやインドは、米日と中国の両方と仲良くしたい。だが、米国やNATO(軍産)が露中を敵視しすぎると、これらのバランス重視な国々が、バランスをとれなくなる。耐えられなくなったまともな国から順番に米国を敬遠するようになり、覇権の崩壊が顕在化する。(日本は世界の動向を無視して米国に最後まで従属する) (加速する中国の優勢) (欧米からロシアに寝返るトルコ

▼米国をつなぎとめようとイラク侵攻に参加して失敗した英ブレア

 こうした「覇権のハトメ役」としての英国の役割を如実に示す報告書が、7月6日に発表された。それは、03年の米国のイラク侵攻に英国が参戦したことの違法性について、英政府の依頼で調査した結果を書いた「チルコット報告書」である。報告書の発表を好まない米国の圧力で、11年の調査終了から5年も遅れてようやく発表された同報告書は、イラク侵攻の大義となった「イラクの大量破壊兵器」が存在している根拠がないのに、諜報の調べを歪曲して開戦されたと結論づけている。当時のイラクのフセイン政権は、英国にとって脅威でなく、戦争以外の外交手段で封じ込めることができたのに(不要な)戦争をやってしまった、とも書いている。 (Iraq inquiry) (What is the Chilcot Inquiry?

 当時の英国のブレア首相は、英諜報部が「イラクは大量破壊兵器を持っていない」「フセインは脅威でない。戦争でなく外交で封じ込められる」と忠告し、米国民も百万人規模のデモをやって侵攻に反対したのに、それらを無視して、単独でイラクに侵攻しようとする米ブッシュ政権にわざわざついていき、米国と一緒にイラクに侵攻し、一緒に占領の泥沼にはまった。今回のチルコット報告書は、ブレアのイラク参戦の違法性を明確に指摘している。 (Chilcot Report: Tony Blair Told George W. Bush, “If We Win Quickly, Everyone Will Be Our Friend.”

 同報告書によると、ブレアはイラク侵攻直後、その後の中東全域の政治崩壊を的確に予測する発言を側近に対して行なっている。ブレアは状況を良く把握していた。それなのに、事前に大失敗の可能性が高いとわかっていた米国のイラク侵攻に、頼まれもしないのについていった。なぜなのか。報告書やマスコミ記事は、その理由を書いていない。 (Iraq Inquiry From Wikipedia

 私の分析は「ブレアは、911以後の米国が単独覇権主義を暴走して自滅してしまわぬよう、米国をまともな覇権国にとどめておくハトメ役を果たそうとした」というものだ。911事件は、冷戦後約10年続いていた米英金融覇権体制に対する、軍産(イスラエル)によるクーデターであり、911によって米国の世界支配の中心は、金融から軍事(テロ戦争、イスラム敵視策)に戻った。 (Tony Blair's Day Of Reckoning

 911は、単に米国の覇権の中心を経済から軍事に転換しただけでなく、米国が同盟国を無視し、米国だけの単独で世界支配をやり出す転換だった。パウエル国務長官は、同盟国重視を説いたが無力化され、ブッシュ政権を牛耳ったチェイニー副大統領やネオコンは、英国との関係すら軽視して単独でイラクやアフガンに侵攻したがり、それに反対するフランスは米政界から敵視され、米議会の「フレンチフライ」が「フリーダムフライ」に改名された。911は、米国を同盟国無視に押しやる「ハトメ外し」だった。 (Chilcot Inquiry slams UK's role in Iraq war

 英国のブレアは、米国が同盟国無視の単独主義を暴走せぬよう「何があっても私はあなたの味方です」と言って必死にブッシュにすりより、開戦大義の欠如を知りながらイラク侵攻に付き合った。ブレアは、イラクやアフガンへの軍事侵攻をできるだけ短期間に終わらせ、米英など同盟国の負担や消耗をできるだけ少なくしようとした。だが結局、ブレアの策は失敗し、米英同盟軍は8年もイラクに駐留し、アフガンには15年後の今も駐留している。しかも米国はその間、オバマ政権になっても英国との関係を軽視する傾向を変えなかった。ブレアは、米国をつなぎ止められなかっただけでなく、英国で戦争犯罪を非難されることになった。 (Chilcot and the End of the Anglosphere

 そうした失敗談の総集編とも言える今回のチルコット報告書が、英国のEU離脱可決の直後に発表されたことは興味深い。報告書は、米国の他の同盟諸国に「米国に擦り寄って同盟関係を維持しようとすると、英国のように、戦争犯罪に手を染めた挙句、米国に邪険にされ続け、大損するだけだ」という教訓を知らせている。英国に次いで米国のイラク戦争に協力的だった豪州では、当時のハワード首相が弁明に追われた。(日本だけは完全無視で、逆方向の対米従属強化に走っている) (Australia needs its own Chilcot inquiry into Iraq war, former defence head says

 英国が連続的に発した、EU離脱とチルコット報告書は、英国が米国の世界戦略に影響を与えて(牛耳って)覇権体制を永続化する従来の世界秩序の終わりを象徴する2つの動きだ。米国覇権をまとめていたハトメが次々と外れていく。それは(軍産傘下の官僚機構が隠然独裁する)日本で良く言われるような、世界を無秩序に(無極化)するものではない。そうでなくて、諸大国を米国の下に束ねていたハトメが外れるほど、諸大国は自国の地政学的な利益に沿って動く傾向を強めると同時に、諸大国がBRICSやG20や国連などのもとで、ある程度の協調をして安定を確保する多極型世界体制への移行になる。米国自身も、世界覇権主義から米州主義へとゆっくり動いていく。 (How Russia, China are Creating Unified Eurasian Trade Space) (Russia Is Far From Isolated

 米国覇権の最後の大きなハトメ、束ね役として残っているのは「ドル」「債券金融システム」だ。安倍政権や日銀は、米国から連銀前議長の「ヘリコプター」バーナンキを東京に呼び、大量発行したゼロ金利国債を日銀がQEで買うことで作る巨額資金を、日本国民にばらまく「ヘリコプターマネー(財政ファイナンス政策)」をやる(もしくはやりそうな雰囲気を醸し出す)ことで、株高と円安ドル高を無理矢理に引き起こし、ドル延命に貢献している。 (Fearing Confiscation, Japanese Savers Rush To Buy Gold And Store It In Switzerland) (英国より国際金融システムが危機) (金融を破綻させ世界システムを入れ替える

 しかし、このような無理矢理な政策がいつまで効果を持つのか疑わしい。日本(と欧米)の金融政策はどんどん無茶苦茶になっている。マスコミはそれを全く指摘しない。欧州では、イタリアの金融界とドイツ銀行が危険な状態で、欧州の銀行破綻がリーマン危機を再来させるかもしれない。いずれ世界的な金融危機が再来すると、覇権の最後のハトメが外れ、米覇権の崩壊と多極化に拍車がかかる。



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