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腐敗した中央銀行

2016年7月13日   田中 宇

 日本や米国の株価がどんどん上がっている。米国のS&P500は最高値を更新した。さぞや、民間投資家たちがこぞって株を買っているだろうと想像される。だが実のところ、民間投資家の資金(株式ファンドの世界総残高)は、昨年の上半期から1年半の間ずっと、株式市場から資金を大量に引き上げる傾向が続いている。短期的に見ても、先日米国株が最高値を更新したのは、17週間(4か月)連続で株式から資金が流出し続けた末の出来事だった。資金が流入しないと株価は上がらないのに、資金が流出する中で株価が上がっている。誰が株を買っているのか? (S&P Back To All Time Highs After 17 Consecutive Weeks Of Mutual Fund Outflows) (The equity exodus by investors is getting worse

 答えは「日欧の中央銀行」である。日欧の中央銀行は15年以降、デフレ対策と称するQE(量的緩和策)によって債券や株を買い支えてきた。今年に入って買い支え額が急増している。シティグループの分析者(Matt King)が作ったグラフによると、日欧中銀は、今年3-6月期に合計で約6千億ドルの株や債券を買い支えている。このうちの株式(ETFなど)の割合は明確でないが、この中銀の買いが株価を支えたと考えられる。加えて、日欧の中銀が国債を買い占め、短期金利をマイナスにした結果、金融機関は利益を出すため不本意ながら高リスクな株を買わざるを得なくなっている。これらの中銀絡みの株の買いが、民間投資家の売りを上回り、米日欧の株価の異様な上昇になっている。 (Here's who's driving stocks to record heights) (The "Mystery" Of Who Is Pushing Stocks To All Time Highs Has Been Solved) (Stock Losses Force World's Biggest Pension Fund Into More Buying

(このグラフによると、米連銀は14年末にQEをやめた後、資産売却に転じている。日欧中銀がドル救済のためバブルな資産を買い込んで会計を不健全していくのをしり目に、米連銀は資産売却で健全化を目指している。また中国=EMは、昨夏の株価暴落後、それまで株価テコ入れ策として買い支えてきた資産を猛烈な勢いで売却し、健全化を急いでいる。中国の株価暴落は、中国経済の体質を破綻でなく正反対の健全化に向かわせている) (Global central bank liquidity rises) (金融バブルと闘う習近平

▼QEの失敗を認めず日欧に押し付けて腐敗が加速

 民間投資家が株式市場から逃げ出しているのは、米日欧の景気の停滞から考えて株価が高すぎるからだ。中銀がテコ入れしなければ、株価はとっくに暴落していただろう。日欧中銀は「株価の粉飾」「不正な株価操作」に手を染めている。かつて「中央銀行が株価を買い支えている」という指摘は、金融界や当局筋から「そんな不正は絶対ない」「政府敵視の陰謀論者の無根拠なたわごとだ」と全否定されていた。それほどに「中銀の株価テコ入れ」は「悪事」「不正」「禁じ手」だった。それが今や、先進国の諸中銀は、ほぼ公然と株価をテコ入れしている。中銀群は、非常に不健全で腐敗している。(中銀は、株の買い支えでなく、利下げで景気を回復し、最終的な株価上昇につなげねばならない) (PIMCO Lashes Out At "Flip-Flopping" Fed: 'Stop Focusing On The Stock Market'

 なぜこんなことになったのか。歴史的な経緯を見るとわかることがある。出発点は、債券(社債、ジャンク債)のバブル崩壊(金利高騰)である08年のリーマン危機だ。中央銀行にとって債券相場の維持、つまり金利水準を適正に維持することは最大の任務だ。金利高騰は、債券に対する信用が失墜して起きる。中銀が債券の信用を蘇生するには、買い支えなどの支援をできるだけ短期に最小限にこっそり(不透明に)やり、表向きは市場原理に沿って債券の需要が自律的に復活しているように見せることが必要だ。 (金融蘇生の失敗

 だが、当時の米連銀のバーナンキ議長は、債券市場への公的資金の明示的な巨額注入(ヘリコプターで資金を市場全体にばらまく)が最良の策だと主張する勢力の一人で、米連銀が造幣した巨額資金でジャンク債を買い支えるQEを急拡大した。巨額な資金注入を明示的にやり続けた結果、債券市場は自律的に復活するどころか、逆に公的資金に依存する中毒状態に陥った。QEは大失敗したが、バーナンキの連銀は失敗を認めず、対米従属の日欧にQEを肩代わりさせ、連銀自身はQEをやめて自分だけ利上げに転じる健全化を開始した。 (Kuroda Is Trapped As The BOJ Can't Ease Any Further: Here's Why) (米国と心中したい日本のQE拡大

 自爆的な任務を子分たちに押し付けて親分だけ生き永らえようとする不正行為は、米日欧全体の腐敗を加速した。米日欧の全体で、雇用統計やGDPを粉飾したり、QEの資金の一部で株価をテコ入れしたりして、経済が好転しているかのように見せることが横行するようになった。腐敗が最もひどいのが米国と日本だ。日銀自身は不健全なQE急拡大に反対したが、米国からの圧力を受け、対米従属の日本政府(安倍政権、財務省)が日銀総裁の首をすげ替え、不正な政策であるQEなど超緩和策の拡大に踏み切った。不正はどんどん拡大し、日銀の公金注入による株価つり上げが常態化した。(安倍政権が終わるころまで金融崩壊を延期する策だ) (金融システムを延命させる情報操作) (アベノミクスの経済粉飾) (BLS: Employed Up 67,000 in June; Unemployed Up 347,000

▼本土決戦しろと言いに来たバーナンキ

 今回「ヘリコプター」バーナンキ連銀前議長の名前をわざわざ出したのは、彼が来日して7月12日、日本がドル救済のための超緩和策をどう拡大したらいいかについて安倍首相や黒田日銀総裁らと会談し、それを機に超緩和策の副産物である株価が急騰し、円安ドル高が一気に進み、6月24日の英国EU離脱ショック以来の円高局面を終わらせたからだ。バーナンキからの忠告を受け、日本政府と日銀がどんな新たな策をやるか、まだ確定していない。巷間言われているのは、ヘリコプターマネー策の具現化として「政府がゼロ金利の超長期(永久)国債を大量発行し、大規模なインフラ整備をやり、国債は日銀がQEで買い支える」というものだ。 (Bernanke Says Bank of Japan Still has Tools for Further Easing) (Here Is What Ben Bernanke Told The Bank Of Japan

 これは要するに、不評だった赤字国債による昔のハコモノ行政の復活である。株価のつり上げ、統計指標の粉飾など、当局による経済犯罪はすべて許される時代になっているのだから、赤字国債によるハコモノ行政という悪事の復活など屁でもない。日本は今後、財政破綻するまでマイナス金利を続けるだろうから、国債金利は(破綻まで)永久にゼロで、日本政府はいくら赤字国債を発行しても金利を払う必要がなく、永久に発行し放題だ。素晴らしい。 (Can 'Helicopter Ben Bernanke' Save Japan?) (Japan is Taking Ben Bernanke's Stimulus Advice 13 Years Late) (Are We Living In "A Riskless World", Deutsche Asks

 実のところ、この「永久」は、それほど長い期間でない。消費税も上げないまま、歳入の裏付けなく赤字国債を大量発行すると、日本国債に対する国際信用が失われ、3大格付け機関が日本国債をジャンクの方向に格下げしていく。今はマイナス金利でデフレとされる状況だが、格下げされていくと金利が高騰して財政破綻に至り、同時にひどいインフレに転換する。赤字国債の大量発行をやると、破綻に至るまで長くて数年だろう。 (Fitch Cuts Japan's Credit Outlook To Negative) (Bernanke's Black Helicopters Of Money

 バーナンキは安倍や黒田に会い「日本はまだデフレ対策(超緩和策)をいろいろやれる。弾は尽きていない」と語ったと報じられている。これは、最近の無茶苦茶な経済政策を見て、さすがにプロパガンダまみれの日本の経済専門家たちでさえ「日銀は弾切れだ。もう超緩和策を拡大できない。拡大すべきでない」と言い出していることを否定したものだ(日銀や政府が今後、超緩和策を拡大しないなら、バーナンキ訪日の最大の目的は、口だけで短期的に株高円安にすることだ)。日本にドル延命の超緩和策を肩代わりさせたヘリコプター・バーナンキとしては、ここで日本に無条件降伏されては困る。「まだまだ戦える。本土を焼き尽くしても(財政破綻しても)戦え」と言いに来た。勇ましい「本土決戦」の呼び声に、株や為替の市場は大歓声をあげ、相場が急騰した。 (BOJ skeptics calling time on Kuroda's two-year target) (Bank of Japan Will Need to Slow Bond Purchases, Ex-Director Says

 前回の昭和20年には、本土決戦に踏み切らず、国体護持とか理由をつけ尻込みして敗北を選んだ。今回はどうか。日本政府は、赤字国債の大量発行という、まだやっていない超緩和策に踏み切るかどうか。日本が完全に米国の傀儡なら、対米従属以外に護持する国体がないのだから、最後まで米国の言いなりになり、一線を越えて財政破綻まで進むだろう。この自滅策を防止すべきと考える勢力が、日本の政財官界にどれだけいるかが問われる。財政出動しなくても、超緩和策に出口がなく、軟着陸や蘇生が無理であることには違いないのだが。 (日銀QE破綻への道) (Helicopter Money Is Putting the Yen's Value at 'Great Risk': Noguchi

 日欧という同盟諸国を巻き込みつつ、米国の風変わり(異様)な政策理論が米覇権自体を自滅させていく点で、ドル(債券金融システム)救済のための異様なQEやマイナス金利は、「中東の強制民主化」の政策理論に基づいて敢行し大失敗したイラク戦争や、911後の米国の中東戦略(テロ戦争)と似ている。私の「隠れ多極主義」の仮説を加味するなら、イラク侵攻もQEも、米国の覇権を自滅させて世界を多極化するために仕組まれた策だった、ということになる。QEには出口がない。永久に続けることもできない。いずれ日欧は力尽き、QEを続けられなくなる。その後は米国自身が再びQEを背負い込む必要がある。いずれ、米国の債券金融システムやドルの基軸通貨性は維持できなくなる。 (多極化への捨て駒にされる日本) (Koo: QE Has Failed In Europe, The UK And Japan

 バーナンキは最後まで超緩和策(バブル拡大)に固執するが、その前の米連銀議長で、バブルの原点たるそもそもの債券金融システムの創設を手がけたグリーンスパンは近年、金融に対する態度を180度変え「ドルのバブル崩壊は不可避だ」「(債券金融システム全否定の)金本位制に戻るしかない」と盛んに発言している。米国の金融ブログは「自説に固執するバーナンキは誠実だが、現実が見えておらず賢くない。現実を見据えてドル崩壊を予測するグリーンスパンは賢いが、以前に自分がバブルのシステムを作ったことを棚上げしており誠実でない。賢くてしかも誠実だったのはボルカーだけだ」という趣旨の分析を書いている。 (After a misbegotten credit bubble and $60 trillion more of debt, Alan “Bubbles” Greenspan returns to gold) (英国より国際金融システムが危機) (陰謀論者になったグリーンスパン

 日本はバーナンキの説に沿って動いている。対照的に、昨年から国内の金融バブルを潰す政策をとり続け、自国通貨を金本位制に近づけて、グリーンスパンの説に沿って動いているのが、日本の仇敵である中国だ。最終的にどちらが生き残りそうであるか、非国民と呼ばれたくないので書かない(もう呼ばれてるって?)。中国なんかに負けるもんか。本土決戦万歳(糞)。 (金本位制の基軸通貨をめざす中国) (加速する中国の優勢



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