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いずれ利上げを放棄しQEを再開する米連銀

2016年8月24日   田中 宇

 日本と欧州の中央銀行(日銀とECB)が、世界の金融市場をテコ入れするために続けてきたQE(量的緩和)とマイナス金利という超緩和策が、限界を露呈し、行き詰まり始めている。日銀の超緩和策が行き詰まっていることは、7月末に出した記事にも書いた。 (米国の緩和圧力を退けた日本財務省

 日銀のQEは、日本国債を買うことで資金を市場に供給し、市場のカネ余り状態を維持拡大して株価や債券相場を吊り上げる策だ(当局はマスコミぐるみで、実体経済が悪くても相場の上昇を理由に「景気は回復している」とニセの喧伝をしてきた。だがこの欺瞞が長期化してごまかしが困難になり、QEが実体経済の改善に役立たないことを、FTなど権威的な金融マスコミも認めざるを得なくなっている)。 (QE-forever cycle will have an unhappy ending) (腐敗した中央銀行

 日銀は最近、買える国債が足りなくなっている。日銀は、国内の大手金融機関に、手持ちの国債を売れと圧力をかけているが、4大銀行(ゆうちょ、三菱、住友、みずほ)の手持ちの国債は、日銀のQE拡大前の13年以来半減しており、これ以上売れない状態だ。国債は、銀行間の融資の担保として必要で、銀行は一定以上の国債保有が必須だ。日銀は、買える国債がないので、これ以上QEを拡大できない。日銀は、9月末の次回の政策委員会で、その対策を発表する見通しで、QEの規模を縮小することになるかもしれない。 (BOJ cornered as Japanese banks seen running out of bonds to sell) (BOJ Cornered as Japanese Banks Running Out of Bonds to Sell

 QEがダメなら、マイナス金利のさらなる引き下げはどうか。最優良格の債権(預金)の金利を下げることで、低い格の債権(ジャンク債など)までの全体の金利を下げ(金利が低いほど債券の価値が上がる)、金融市場を底上げするのがマイナス金利策の目的だ。しかしマイナス金利は、融資と預金の利ざやで食っている銀行の経営を悪化させる。最も低い短期金利がマイナス0・1%の現状で、すでに国内銀行界は悲鳴を上げている。これ以上、金利を下げることはできない。 (BOJ bond buying about to run into a wall

▼マイナス金利で自分の首を締めている欧州中銀

 これ以上マイナス金利を下げられないのは、欧州中銀も同様だ。欧州中銀は今年3月、それまで0・3%だった短期金利を0・4%に下げたが、同時に「金利の引き下げはこれで終わりだ」と宣言している。欧州中銀は、QEに関しても、日銀と同様、買える国債が足りない事態に直面している。 (ECB set to run out of bonds to buy – Credit Agricole

 マイナス金利の債券を買いすぎると、金利を払う(マイナス金利を受け取る)負担が増えるので、欧州中銀のQEは、0・4%以下の利回りの債券を買うことを自らに禁じている。欧州中銀のQEは主にドイツ国債を買っているが、独国債全体の4割を占める7年もの以下の期間の国債は利回りが0・4%以下で、欧州中銀が買えないものになっている。マイナス金利が市場に浸透するほど、欧州中銀が買える債券が減っていく。欧州中銀は、自分で自分の首を締めている。早ければ10月に、欧州中銀は月額800億ユーロのQEの買い上げ目標額を達成できなくなる。 (The ECB Could Soon Run Out of Bunds to Buy) (€720bn of government bonds ineligible for ECB QE

 米欧日とも、株も債券もここ数カ月、史上最高値を何度も更新する上昇傾向が続いている。QEなど中銀群の超緩和策の目的は、株や債券の市場の大幅下落による金融危機の発生を防止することであり、史上最高値を更新することではない。それなのに史上最高値を更新し続けねばならないのは、上昇でなく横ばいだと、市場が不安定になりやすく、相場を維持しにくいからだろう。上昇を維持するには、中銀群によるQEの総規模を拡大し続けるか、マイナス金利を深掘りし続けるしかない。欧州中銀は8月に入って、毎週のQEの実施額を、132億ユーロから137億ユーロに増やしている。超緩和策は不断の規模拡大が必要だ。だが、すでに書いたように、超緩和策を担当する日欧とも、QEもマイナス金利も、これ以上枠を拡大できない限界に達している。 (ECB weekly bond-buying accelerates) (Fifth of ECB corporate QE bonds bought at negative yields

▼欧米に恩を売るための英中銀のQE再開

 最近、行き詰まる欧州中銀を助けてくれる勢力が現れた。EUからの離脱を決めた英国の中央銀行である。英中銀は8月4日、7年ぶりに利下げするとともに、英国の国債を半年間、社債を1年半買い支えるQEを、4年ぶりに再開すると発表した。英国はリーマン危機後3年間QEを続け、米国主導の債券金融システムの延命に協力したが、QEの長期化は英中銀の勘定を不健全に肥大化するため、12年にQEをやめていた。英中銀は、QEが不健全なことだと知っているはずなのに、再開した。これは英政府が、EU離脱決定後、自国の影響力の低下を食い止める策の一つとして、EUや米国の負担を肩代わりして不健全なQEをあえて再開し、EUや米国に英国の重要性を認めさせる策と考えられる。 (BoE's plan for bonds draws backlash in some quarters

 すでに書いたように、7月末に日銀が政策委員会で、これ以上QEもマイナス金利も拡大できないことを露呈した。金融システムの延命を日欧の超緩和策に頼ってきた米連銀は、日銀がダメなら欧州中銀に超緩和策を拡大させるしかないと考え、EUに圧力をかけただろう。だが、欧州中銀にも超緩和策を拡大する余力がない。EU主導役のドイツは堅実を好み、超緩和策の拡大を放漫とみなして反対している。しかし、世界のどこかの中銀が超緩和策を拡大しないと、世界的に相場急落、金融危機再燃の危険が増す。 (Bank of England cuts interest rates to 0.25% and expands QE) (英国より国際金融システムが危機

 そこで、EU離脱後の国際影響力の低下を食い止めたい英国が名乗り出て、利下げとQE再開を「離脱決定後に悪化した経済を立て直すため」と称して挙行することで、ドイツと米国に恩を売った。英政府は今後、EUとの離脱交渉で、政治的にEUを離脱した後も、英国企業がEU市場に好条件で参入し続けられるよう、EU主導役のドイツを説得する必要がある。そのために英国は、欧州中銀に期待されていた利下げとQEを英中銀が肩代わりすることにしたと考えられる。 (Will renewed QE and an interest rate cut help the UK avoid a Brexit hit?

▼日銀に押しつけたQEを再び受け取らざるを得ない米連銀

 英中銀のQE再開により、日銀の限界露呈によって生じた「穴」が埋まり、世界の株や債券の相場は上昇傾向を維持できている。これで何カ月か、見かけの好調さが続くだろう。だが、おそらく来年前半までに、次なる超緩和策の拡大が必要になる。マスコミは、日銀や欧州中銀が今後また超緩和策を拡大するかのように報じ続けているが、これは投資家の懸念を払拭するための目くらましだ。日欧ともに、超緩和策を拡大できる余力がもうほとんどない。無理して拡大するとしても、あと一回ずつだ。 (万策尽き始めた中央銀行

 英国のQEは、自国の名を売るためであり、不健全なQEに深入りしないだろうから、これ以上の拡大は望めない。残るは、世界の大黒柱である米連銀が、14年からやめているQEを再開するしかない。対米従属の国是を維持するため、日本は米国から不健全なQEを肩代わりした。だがもう日銀は限界だ。QEの総額を増やす役目は、いずれ再び米連銀のところに戻ってくる。 (米国と心中したい日本のQE拡大

 米連銀は08年のリーマン危機後、14年秋まで3次にわたるQEとゼロ金利を続けたが、米連銀の勘定の不健全な肥大化が限界になったため、日欧にQEを肩代わりさせ、自分たちは基軸通貨であるドル健全性を守るため利上げに転じた。それから2年、日欧のQEとマイナス金利がそろそろ限界に達している。このまま米連銀が、ドルを健全化する利上げに固執してQE再開や利下げをやらないと、いずれ株やジャンク債の好調さが失われ、何かのきっかけで急落に転じ、金融危機が再発する。最近、米国の著名投資家が、相次いで相場の下落を予測するようになっている。ロスチャイルドは、ドルを手放して金地金を買っている。 (Paul Singer Says "Everyone Is In The Dark"; Warns Of "Sudden, Intense Market Breakdown") (ジャンク債から再燃する金融危機) (Why Rothschild is Shifting From US Dollars to Gold, 'Other Currencies') (Bill Gross Warns "Central Bankers Are Destroying The Engine Of The Real Economy"

▼デフレが超インフレに転換するとグリスパ

 米日欧の中銀群が超緩和策を拡大できないと見るや、相場を下落させて儲けようとする投機筋が動き出す。他の機関投資家も懸念を増し、様子見に転じる。中銀群が超緩和策で作ってきた相場の上昇力が減り、投機筋などが作る相場の下落力が増し、相場が崩れる。これを放置すると、利回り上昇(債券の信用下落)がジャンク債からいずれ米国債にまで波及し、グリーンスパンが7月末に指摘した、デフレから超インフレへの劇的な転換が起こりうる。グリスパは「日本もいずれデフレから超インフレに転換しそうだ」とも言っている。 (Alan Greenspan: NIRP In Japan “not going to last very much longer”) (Fmr. Fed Chair Greenspan: Inflation is Starting to Rise) (Greenspan `Nervous' Bond Prices Too High as Treasuries Sell Off) (Greenspan Confirms Elazar Inflation Predictions) (What Alan Greenspan Is Most Worried About

 そんな事態になる前に、米連銀はまず利上げをやめて、QEを再開して相場をテコ入れするだろう。米連銀は先日の夏の避暑地(ジャクソンホール)での討論会で、米日欧の中銀群の余力低下について議論する。米国のQE再開(QE4)は、それ自体が「終わりの始まり」を意味するもので、危機の再発を1-2年先送りできる程度にすぎない。だが、米日などのマスコミは従来同様、そのような論調を報じず、人々に危機感を持たせないことで、延命を少しでも長くしようとするだろう。金融危機が近づいているという指摘は、素人の間違った見方として無視される。 (Questions about central bank firepower loom at Jackson Hole) (利上げできなくなる米連銀

 「経済を正しく語れるのは(金融界の傀儡たる)マスコミや専門家だけ」という権威主義の強化が、金融システムの延命に力を貸している。「国際政治を正しく語れるのは(外務省の傀儡たる)マスコミや専門家だけ」というのと全く同じ構図だ。だが、こうした虚構の強化は、一般の人々に知らされずに起きている金融崩壊(米覇権の崩壊、国際政治の分野では多極化)の傾向を止めるものでなく、事態が顕在化した時にはもう手遅れ、という結果を生むだけだ。 (リーマン危機の続きが始まる) (金融を破綻させ世界システムを入れ替える

 悲観的な呪いの言葉みたいな記事を書き連ねるのでなく、対策を考えろという人がいるかもしれない。だが、世の中の大多数の人がマスコミの歪曲報道を軽信し、安倍首相がG7で発した危機再燃の警告すら「安倍は頭がおかしい」などと市民に言われてしまう現状では、対策を考えても、それが広く支持されることはない。 (G7で金融延命策の窮地を示した安倍



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