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軍産に勝てないが粘り腰のトランプ

2017年3月2日   田中 宇

 まず本文執筆前の予定的要約。軍産複合体に楯突きながら米大統領になったトランプだが、就任直後から軍産による多様な敵対策を受け、やりたかったはずのことが、次々とやれなくなっている。安保会議NSCを仕切っていた補佐官のフリンが対露対話問題で辞めさせられ、ロシアとの和解が頓挫した。後任のマクマスターは、フリンがNSCから外した軍産系勢力の復活や、トランプ最有力側近で軍産敵視のバノンをNSCから追い出すかもしれない。 (Bannon Out Of NSC? McMaster Prepares To Reorganize Foreign Policy Team) (フリン辞任めぐるトランプの深謀

 トランプは、オバマがやれなかった北朝鮮との核問題の非公式な交渉をやろうとしたが、政権内部からの揺れ返しで、北の代表団に対するビザ発給がドタキャンされた。石炭禁輸に踏み切り、トランプの対北交渉に同調した中国は、はしごを外された。トランプは、対露、対北朝鮮、中東など多くの問題で身動きしにくくなり、同様に身動きできなかったオバマに似た境遇に追い込まれつつある。トランプの政策は、トランプ自身が酷評してきたオバマの政策と似てきた。 (Trump’s Plans To Obliterate ISIS May Look A Lot Like Obama’s Strategy

 3月15日には財政赤字が法定上限に達する。これもオバマを苦しめた問題のぶり返しだ。上限引き上げには議会の決議が必要で、軍産傀儡議員が多い議会多数派の共和党との関係を良くしておかねばならない。トランプは、環境省や国務省の予算を削って軍事費を増やす宣言を繰り返し、軍産の歓心を買おうとしている。赤字上限を引き上げないと軍事費を増やせないので、議会共和党は譲歩しそうだ。 (Treasury To Run Out Of Cash By June – Riots Expected

 オバマ式でも、軍産の弱体化はゆっくりだが進む。シリアやイラクでは、露イランアサドの軍よって、軍産が育てたISの退治が進んでいる。米国で軍産が温存されても、中東の現場では露主導の非米勢力が軍産傀儡のISを潰す。トランプは、軍産のうち軍幹部や議員との対立を低下する一方、マスコミに厳しい態度を続けている。世論調査は、マスコミがトランプを酷評しすぎだとか、マスコミよりトランプの方が信用できるという結果だ。自作自演のテロ戦争も、濡れ衣のロシアやイラン敵視も、マスコミの歪曲報道が人々を軽信させてきた。マスコミが信用されなくなるほど、米国はましになる。この点は、オバマからトランプになって進んだ。要約ここまで。以下本文。 (Majority Finds Media Coerage Of Trump Is "Too Critical, Exaggerated": WSJ/NBC Poll) (The Three Trump Administrations

▼北核問題の解決法は交渉しかないのにそれを潰すのは軍産支配維持のため

 2月23日の記事で「中国の協力でトランプ政権が北朝鮮との非公式な交渉に入りそうだ。北の代表団が訪米するためのビザを米国務省が発給すると、交渉が始まる」と書いた。だが、その記事を書いた翌日の2月24日、午前中には、米国側で受け入れをする組織(National Committee on American Foreign Policy)の代表者ドナルド・ザゴリアに対し、国務省がビザ発給の予定を伝えてきたのに、午後になると一転してビザが発給されないことになった。それまで米国務省は、2月12日の北のミサイル試射や13日の金正男殺害がビザ発給の障害にならないとザゴリアに伝えていた。 (中国の協力で北朝鮮との交渉に入るトランプ) (Trump Administration Cancels Back-Channel Talks With North Korea

 ビザ発給がドタキャンされた理由は不明なままだ。延期なのか中止なのかもわからない。トランプ政権の中枢で米朝非公式対話の再開に反対する者がいたからとみられている。2月24日に、国連で禁止されているVXガスを使って北が金正男を殺したと報じられたので、米政府はVXという点に反応してドタキャンしたのでないかとの説もあるが、本質はそこでないだろう。米国中枢にまだ多い軍産の人々は、米朝対話が進んで在韓米軍の撤退や南北和解になると、米覇権や軍産影響力の低下になるので、米朝対話を進めたくない。軍産とトランプの戦いで、軍産が巻き返しているので、いったん了承されたビザ発給が数時間後に棚上げされたのでないかと私は見ている。 (Trump administration nixes informal talks with North Korea

 ビザ発給は、米国の民間団体(National Committee on American Foreign Policy)と、北朝鮮の学術団体との3月上旬の交流会合のためのもので、政府間交渉でなく「トラック2(北の代表は事実上の当局者なのでトラック1・5と呼ばれる)」の会合でしかない。だが、この会合の開催に合わせるかのように、中国が、北に言うことを聞かせられる最強のカードの一つである北からの石炭輸入の停止に踏み切っている。中国が石炭禁輸のカードを切ったことは非常に重要だ。私はてっきり、トランプが北との1・5トラック会合の5年ぶりの米国での開催に踏み切るものだと考えた。 (North Korean officials are preparing to come to U.S. for talks with former officials) (North Korean state media say China dancing to US tune) (中国の協力で北朝鮮との交渉に入るトランプ

 だが、私の分析は48時間経たないうちに「はずれ」になってしまった。トランプは、オバマが進められなかった北核問題を進めると考えて石炭禁輸という強いカードを切って援護射撃した中国は、はしごを外された。北との恒久対立を望む日本や韓国の対米従属派は安堵しているだろう。北朝鮮の国営通信社は、石炭禁輸に踏み切った中国を「米国のリズムに合わせて踊っている」と非難する異例の署名記事を出した。中国の対北石炭禁輸は、今年末までだ。米朝のトラック1・5の会合は、延期されただけでいずれ米国で開かれるのか、それとも昨年までと同様、米国以外の場所で開かれるのか、もしくは全く開かれなくなるのか。そのあたりはまだわからない。 (China and North Korea Reeal Sudden, and Deep, Cracks in Their Friendship

 トランプ政権は、北の代表団に対してビザ発給をドタキャンした後、北の核問題を解決する政策を練り直し、軍事の先制攻撃によって北の核兵器を破壊する選択肢と、北の政権を何らかの方法で転覆する選択肢を加えたことが報じられている。これまで、トランプ政権の対北戦略は明らかでなかったが、トランプは選挙戦中に北との直接交渉に言及しており、先制攻撃や政権転覆でなく、交渉で解決する選択肢がこれまで検討されていたと考えられる。 (White House Is Exploring Use Of Military Force Against North Korea) (China May Be Pressing US to Talk with North Korea

 先制攻撃や政権転覆は、15年以上前のブッシュ政権時代から言われているが、いずれも実現不能な戦略だ。北の先制攻撃や政権転覆を目指すと宣言することは、北核問題を解決する気がなく、米国が日韓を軍事的に傘下に入れて北と対峙する冷戦構造を永久に維持する軍産複合体好みの策をとると言っているのに等しい。ビザ発給の撤回によって米朝交渉につながる道を閉ざすとともに、先制攻撃や政権転覆を言い出したことは、米国中枢での軍産との戦いで、トランプの優勢が急速に失われていることを示している。 (Time to Test Diplomacy with North Korea

▼イスラム敵視をやめたがるのは偏見解消でなく中東支配継続のため

 駐米ロシア大使と「話した罪」で、安保担当大統領補佐官を辞任したフリンは「イスラム教のテロリストの問題性(悪い点)が、イスラムの教えそのものの中にある」と考えていた。だが、フリンの後任の安保補佐官となったマクマスターは「テロリストたちがイスラムの教えを誤解しているのが問題で、イスラムの教え自体は悪くない」という考え方をしていると報道されている。これだけ見ると、フリンがイスラム教に偏見を持っている危険人物で、マクマスターが正しいという話になる。しかし、私が見るところ、この話は偏見の有無で見るべきでなく、国際政治の観点でとらえるべきだ。 (◆フリン辞任めぐるトランプの深謀) (New NSC chief pushed Trump to moderate his language on terrorism

 フリンの考え方だと、ISやアルカイダだけでなく、厳格(強硬)なイスラム教を国境とするサウジアラビアやGCC(ペルシャ湾岸アラブ産油諸国)も悪い奴らだということになり、米国はサウジやGCCの対米従属を許すなという「多極化」の方向になる。対照的にマクマスターの考え方は、米国がサウジなどを傘下において、テロリストを退治するふりをして強化する軍産による「永遠のテロ戦争」を可能にする。マクマスターが軍産傀儡で、フリンは軍産敵視だったことになる。 (National security adviser: Term 'radical Islamic terrorism' isn't helpful

 イスラムテロに対し、トランプの最有力側近である首席戦略官のスティーブン・バノンも、フリンと同じ考え方だ。フリンが追放されても、バノンが残っている限り、トランプ政権の傾向は変わらない。新任のマクマスターは、トランプの演説から「過激なイスラムテロ(Radical Islamic Terrorism)」という言い回しを削除しようと動いたが、バノンに阻止された。2月28日のトランプの議会演説には、この言い回しが使われている。しかし、マクマスターだけでなく、マティス国防長官やペンス副大統領も軍産系くさいから、バノンがいつまで突っ張っていられるかわからない。 (How ‘New Cold Warriors’ Cornered Trump by Gareth Porter

 トランプは今回の議会演説で、防衛費の増加に上限を設けていたオバマ政権の政策(sequestration)を撤廃し、防衛費を急増させると表明した。トランプは選挙戦中から、防衛費の急増を繰り返し宣言してきた。防衛費の急増は、トランプが軍産敵視を放棄して軍産にすり寄った(もしくは最初から軍産だったのに、当選のために反軍産を掲げていた)と見えなくもない。だが、歴史をひもとくと、トランプ(や隠れ多極主義のネオコン)が模範とするレーガン大統領は、軍産に味方してもらうために防衛費を増やしつつ、ソ連と和解して実際に軍事力を使う必要性の方を低下することで、軍産を無力化した。 (Officials: Trump Will Ask for $54 Billion Increase in Military Spending

 トランプも、レーガンにならって、ロシアとの和解や、極右や極左を扇動して欧州の対米従属体制を壊し、ISを使った軍産の永遠のテロ戦争を潰すことを試みている。米国の支配層全体に網を張っている軍産は非常に強く、トランプは1ヶ月も経たないうちに次々と譲歩させられている。しかし、レーガンの例から考えて、トランプの防衛費急増策は、軍産を垂らし込むためであり、トランプの「投降」ではない。 (Trump pledges ‘greatest military build-up in American history’

(米国の対欧州戦略は、レーガンが西ドイツをけしかけて欧州をEUとして国家統合させて対米自立させようとしたが、英国の策略もあり、ドイツなどはいつまでも対米従属から抜けたがらず、トランプになってEUの国家統合を破壊する方向に逆転して対米自立を煽り続けている。EUは、レーガンが始めてトランプが終わらせる。黒幕は、最初から最後まで米国もしくは米英だ。独仏は人として二流だ。米国に扇動されても動かない日本や韓国はもっと下の三流。独自の影響圏を広げている中露やイランは、米英と並ぶ一流だ。中国に負けて悔しかったら日本も日豪亜ぐらいやれ) (崩壊に向かうEU) (欧州の対米従属の行方) (見えてきた日本の新たな姿

 オバマ前政権は、米国の防衛費を削るために予算に上限を設けたが、軍産は防衛費以外の名目で実質的な軍事費を増やすなど、抜け穴を次々と作り、実際の軍事費は増加し続けてきた。トランプは、抜け穴だらけで実効性が以前からなかった防衛費上限制度を廃止することで、議会共和党など軍産勢力を垂らしこもうとしている。トランプは同様に、オバマが定めたものの金融界によって抜け穴だらけにされて実効性がなくなっている金融規制法(ドッドフランク条項)も、議会垂らしこみのために廃止しようとしている。 (Trump Vows Record Military Spending, End of Sequestration

▼国民生活の改善を強調して支持を集めるトランプと、軍産便乗のトランプ非難に終始し民意獲得の努力を怠る民主党

 トランプは軍産との戦いで苦戦している。だが、2月28日の議会での演説は、CNNにると、米国民の78%に支持された。その理由は、演説の大半が、米国民の雇用や社会保障、医療、教育などについての語りだったからだ。軍産傘下で米国の世界支配ばかり気にしているマスコミは、トランプの演説は中身がなかったと批判している。マスコミだけ見ても本質がわからないが、トランプの演説自体を聞いたり読んだりすると、彼が米国民に支持されることで政治力を維持拡大し、軍産と戦い続けようとしていることが感じられる。 (President Trump's Address To Congress: Key Highlights And Full Text) (Trump Sends Mixed Messages on War in First Speech to Congress) (Donald Trump brings softer tone to ‘America First’ theme

 トランプは今回の演説で、NATOを強く支持すると表明した。ロシアについては一言も語らなかった。1月20日の就任演説が、軍産エリートに対する宣戦布告に満ちた革命の檄文だったのと対照的に、今回の議会演説は、全体的に喧嘩腰の論調をできるだけ少なくしている。強敵である軍産から不要に突っ込まれることを避けるため、言葉尻を調整し始めた感じだ。これを見て、トランプは、軍産との敵対を避けつつ軍産(冷戦構造)潰しを進めたレーガンと同じ、洗練された感じを増したという分析も出ている。トランプはしぶとい。対露和解や対北交渉は、しばらく延期だ。だが、もうやらないわけではなさそうだ。 (The Speech: Trump Tried to Win One for the Gipper) (In speech, Trump tries to turn from divisive to deal-maker) (Take It from a European: NATO Is Obsolete) (トランプ革命の檄文としての就任演説

 米国でトランプと軍産が戦っている間に、中東では、米国抜きの安定化が進んでいる。ロシアやエジプトやヨルダンは、アサド政権のシリアをアラブ連盟に再加盟させ、アサドとサウジを和解させようとしている(これは次回に書くつもり)。アサドはイランの傘下にいるので、これはイランとサウジ、シーアとスンニの和解につながる。その上で、イスラム諸国とイスラエルとの間で一定の戦争回避策がとられれば、米国抜き、ロシア主導の中東の安定化がぐんと進む。トランプが殺されたり弾劾されたりせずに政権を維持して軍産に抵抗しているだけで、米露が和解できなくても、中東は米国の覇権下から出ていく。欧州も、ナショナリズムの勃興で対米自立の方向に引っ張られていく。(東アジアの三流諸国は先行き不透明だが。三流と言われて田中宇に逆恨みのメールを書く前に日豪亜推進の市民運動でもやってみろ) (不透明な表層下で進む中東の安定化) (The Arab Summit may bury hatchet with Assad) (潜水艦とともに消えた日豪亜同盟

 独特なやり方と言い回しで民意の支持拡大に努める共和党のトランプと対照的に、米民主党は、ロシアが不正介入したので米大統領選に負けたんだという、軍産謹製のロシア敵視の濡れ衣戦略に便乗してしまい、トランプ陣営はロシアのスパイだと無根拠に叫ぶばかりで、なぜ自分たちが民意の十分な支持を得られなかったかを考察反省せず、今後の選挙に備えていない。多くの鋭い分析を出しているジャスティン・レイモンドが、そう書いている。トランプは、米連銀を巻き込んでバブルを維持して金融危機再発を先延ばししつつ、WTOを無視して国内の雇用拡大にいそしみ、共和党を垂らし込んで弾劾を防ぎ、身辺警備を徹底して暗殺を防げば、民主党を再度破って再選し、軍産支配を潰す暗闘を続けられる。 (Enemy of the Year: Why Russia? by Justin Raimondo) (フリン辞任めぐるトランプの深謀) (White House Prepares For Trade War, Warns US "Will Not Be Bound By WTO Decisions"

 今回は、中東の記事の続編を書くはずだったが、トランプ政権の危機を感じ、それを先に書いた。書き出す時にはかなり悲観的だったが、書きながら分析するうちに、意外とトランプがしぶといことに気づき、最後は楽観的に終わっている。最近トランプについて書くときはいつもそうだ。 (Welcome to the post-American era



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