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欧州の自立と分裂

2017年3月16日   田中 宇

 米国のトランプ政権誕生や英国のEU離脱によって、米英と欧州大陸諸国(EU、独仏)が政治的に離反しつつあることを受け、EUが、フランスの核兵器をEU全体に再配備するやり方で、米国が欧州大陸諸国から核兵器を搬出しても欧州の安全を保てる新構想を議論し始めている。核兵器の所有権はフランスのまま、再配備の費用は主にドイツが出す独仏共同計画だ。米軍は、独伊蘭ベルギーなどに数十発ずつ核兵器を置いており、それをフランスの核で代替していく。反核主義者や対米従属論者からの反対論も多く、フランス政府自体も反対な感じだが、議論が始まったこと自体が驚きだ。核保有国と国連安保理の常任理事国は連動しているので、核保有国の肩書がフランスからEUになるなら、安保理常任理事国の名札もフランスからEUになる。 (Fearing U.S. Withdrawal, Europe Considers Its Own Nuclear Deterrent) (MfD: EU should become a nuclear power

 昨年初め、トランプが選挙戦中に「日韓から米軍を撤退する代わりに日韓の独自の核武装を認める」と言った時、対米従属しか眼中にない日韓が静かに(だがきっぱりと)拒否したのと対照的に、欧州は、米国の安保の傘の下から出て自立した核武装体制に移行することを検討している。独仏や独蘭などは、軍事統合を進めている。ドイツは、トランプがNATO加盟国に軍事費増を求めたことを理由に、軍事費を急増している。いずれ米軍は、欧州からも極東からも出て行く。その時の準備として、欧州は軍事的な対米自立を進めている。 (英離脱で走り出すEU軍事統合) (世界と日本を変えるトランプ) (EU Considers Alliance-Wide Nuclear Weapons Program

 3月17日、独メルケル首相が訪米しトランプと初の首脳会談をする。トランプがメルケルに頼みたいことの一つは、ウクライナ問題の解決だ。ウクライナに関するミンスク停戦協定に、ドイツは入っているが米国は入っていない。トランプは、米国がどう関与すればウクライナ問題を解決できるか(そしてトランプが進めたい米露和解に近づけるか)をメルケルに尋ねる予定だという。ウクライナ問題が解決すると、米露の緊張が緩和され、米軍が欧州から出ていく傾向が強まり、EUの軍事統合や核保有再編の議論が急務になる。ウクライナが解決しない場合、ロシアの脅威喧伝が続き、ロシアに対抗するためEUの軍事統合やドイツの軍拡を急げという話になる。 (Trump To Seek Merkel's Advice On Putin, Ukraine Conflict) (In the era of Donald Trump, Germans debate a military buildup

 とはいえ、EUの核保有も軍事統合も、5月のフランス大統領選挙でマリーヌ・ルペンが勝つと、フランスをEUやユーロから離脱させる構想が推進され、欧州は分裂し、すべてふりだしに戻るかもしれない。マクロンやフィヨンが仏大統領になるなら、EUの統合は維持される。しかし、ルペンが大統領になったら、本当にフランスは、英国のようにEUから全面離脱していくのか??。それがフランスの国益になるのか??。英国は、国際社会の黒幕として機能することが大きな国益であり、EUに幽閉されたらそれができなくなるので、EU離脱にプラスの面がある。だがフランスは違う。 (Marine Le Pen and the spectre of Frexit) (崩壊に向かうEU

(フランスも、英国と並ぶ世界帝国だったので「黒幕」だという人がいるかもしれないが、そういう人は歴史教科書という詐欺文書を信じる間抜けだ。かつての英国は、世界帝国運営のリスクを減らすためフランスに帝国の権限の一部を譲渡し、英仏など列強が競ったり談合したりして世界を支配しているかのような、今に続く国際社会の体制を作った。フランスは、受動的に英国から権限を受け取っただけだ。仏のピコが英のサイクスに一杯食わせてレバノンをとったという話は、英国が捏造した「別の説明」だ。歴史は玉ねぎだ。皮を一枚むいて真実を見つけたと思うのは間違いだ。フランスの覇権運営の技能は大したことない。歴史が勝者の捏造であると考える頭が全くない日本人は幼稚でくだらない人々だ。非国民でけっこうです) (フランスの変身

 フランスがEUから離脱したいのは、ユーロに入ったので経済政策が失敗しても財政赤字を増やせなくなってしまったとか、シェンゲン条約のせいで移民や難民が大量に押し寄せて治安が悪化したとか、EU統合の「本質(国権剥奪など)」でなく「具体策」にまつわる部分だ。通貨統合にともなう財政赤字の条件が(倹約家のドイツが譲歩して)甘くなればユーロ圏に残ってもやっていけるし、国境検問を再開してもEU統合は進められる。ルペンは大統領になった場合、ユーロ・EU離脱の国民投票をやるぞと言って脅し、ドイツやEU官僚に再交渉を強いることができる。 (No Russian Hackers needed: Le Pen could win the French Elections

 トランプは、選挙戦から就任後までの間に、覇権運営や国益の構造について、入れ知恵されて非常に詳しくなった。ルペンだって同様になれるはずだ。ルペンになったら公約どおり国民投票をやるだろう。ユーロはいったん解体してEMUからやり直しになるかもしれない。しかし、欧州が国家統合していく長期的な傾向は変わらないはずだ。独仏伊などがバラバラの国民国家である状態だと、欧州は、今後の多極型世界において、力を発揮できない。ロシアや英国に翻弄され続けるし、国際社会における発言力が小さいままだ。 (Report: Young People in Poland ‘Predominantly Support Radical Right’) (崩壊に向かうEU

▼エルドアンがトランプに頼まれてオランダ政府と大喧嘩して選挙介入??

 EUの中心は独仏なので、ルペンが最大の問題だが、問題はルペンだけでない。欧州の多くの国で、EU統合に反対する極右や極左といわれる諸政党が台頭している。3月15日のオランダの議会選挙はルッテ現首相が率いる中道右派のVVDが第一党の座を守り、EU離脱や反イスラムを掲げる極右のPVVは議席を増やしたが野党のままだった。極右は負けたものの、エリートに支持されるVVDは、国民の間に増えた中東移民やEUに反対する心情を考慮せざるを得なくなっている。EU統合策のうち、シェンゲン体制やユーロの失敗は、もはや挽回できない事態になっており、それらに固執するエリート層の中道左右の与党の延命は、各国とも、しだいに困難になっている。 (Dutch Leader Takes Populist Turn to Fend Off Far-Right Party) (Exit poll gives Dutch PM Rutte big lead over far-right Wilders

 オランダの極右はとりあえず負けたが、極右を勝たせようと外国から頑張って介入した勢力がいた。エルドアン大統領のトルコである。エルドアンは自分の独裁体制を強化するため、4月に国民投票を行う予定だ。この投票に向けた政治活動の一つとして、エルドアンを支持する勢力は、600万人のトルコ有権者が住む欧州で、エルドアン支持の政治集会を相次いで開こうとした。エルドアンの独裁強化を懸念するドイツやオランダやオーストリアの政府が、この集会に対する許可を出さなかったので、エルドアンは「西欧はいまだにナチスだ」などと非難し、西欧側との外交的な喧嘩になった。西欧と喧嘩することで、トルコ人の反欧米感情やナショナリズムに火をつけ、自分への支持増加につなげるのがエルドアンの策略だが、意図はそれだけでない。 (Dutch conservatives, nationalists big winners from Turkey row: poll) (Turkey Vows "Harsh Retaliation" Seeks Sanctions, As Dutch PM Says "Not Apologizing, Are You Nuts"

 エルドアンは、特に今回の選挙直前のオランダを標的にした。外相ら2人の閣僚を相次いでオランダに派遣し、オランダ国内でのエルドアン支持集会で演説させようとした。集会を許可しないオランダ政府は、外相の専用機がロッテルダムの空港に着陸しようとするのを拒否し、すでにオランダ国内にいた家族担当相を強制出国させた。トルコとオランダの外交関係は一気に悪化し、ロッテルダムでトルコ人の暴動が起きた。この事件は連日大きく報道された。 (Erdogan calls Dutch government ‘Nazis’ after Turkish foreign minister’s plane prevented from landing in Netherlands) (What the Dutch Want

 エルドアンの意図は、トルコ国内の反欧米感情の扇動だけでなく、オランダ人の中東移民排斥感情、反イスラム感情を扇動し、移民排斥や反イスラムを掲げる極右政党PVVを有利にしたかったと考えられる。PVVなど、欧州各国でEUに反対する極右や極左の政党が台頭するほど、EUは解体傾向になって弱体化し、西欧を敵視するエルドアンにとって有利になる。トルコは昨年来、ロシアに急接近しており、もはやNATOやEUをこっそり敵視している。EU側では、今回の対立を機に、トルコをNATOから追放せよとの声も出ている。EUだけでなくNATOも解体に近づいている。 (Germany warns of Turkey’s NATO departure as Ankara-Amsterdam tensions soar) (Turkish FM accuses Germany of meddling in Ankara’s internal affairs ahead of April referendum

 さらにもう一歩深く考えると、もしかするとエルドアンは、トランプ陣営に頼まれて西欧との対立を扇動したのかもしれない。従来の西欧のエリート支配は、対米従属や軍産従属が非常に強い。メルケルやEUの上層部は、ウクライナ問題が米国の軍産によるロシア敵視のインチキな濡れ衣策であると知りながら、米国と一緒にロシアを敵視してきた。イラクの大量破壊兵器や、イラン核兵器開発、シリア内戦はアサドが悪い、リビアの混乱もカダフィのせい、などなど、米国が捏造した濡れ衣敵視策の全てに、西欧諸国は唯々諾々とつき合ってきた(その一因は、米国覇権の黒幕である英国がEU内にいたからだが)。 (Turkey to reevaluate refugee deal with European Union: Minister) (テロと難民でEUを困らせるトルコ) (危うい米国のウクライナ地政学火遊び

 西欧は、エリート支配を破壊しない限り、軍産の傀儡のままであり、トランプは軍産との果し合いに勝てない。トランプ陣営は、極左極右が好きだからでなく、中道左右の欧州エリート支配を破壊するために、ルペンら欧州の極右極左をこっそり支援している。この戦略との関係で見ると、反西欧の扇動で国内での人気と権力を伸ばしたいエルドアンは、まさに「同志」である。 (米欧同盟を内側から壊す) (欧州の対米従属の行方

 EUが、軍産の傀儡である従来の状態から離脱するには、いったん極右極左の台頭によって、政権転覆されるのが手っ取り早い。軍産の一部であるマスコミが「とんでもない奴ら」と報じる勢力に、いったん権力を取らせる必要がある。極右やトランプが偏見や人種差別を助長している点しか見ようとしないリベラル派は、その浅薄さゆえに、知らずに軍産の傀儡になっている。差別を敵視するリベラル派は「善行」がしたいのだろうが、実際には軍産という「極悪」を助けてしまっている。 (European defence policy after Trump and Brexit) (欧州極右の本質

▼日欧のドル支援策が尽きかけているのに利上げで健全さを装う演技を続ける米連銀

 EUは、安保面だけでなく経済面でも、従来の対米従属のままではうまくいかない。EUの中央銀行であるECBは、14年以来、EU経済を良くするためでなくドルの延命に協力するために、マイナス金利や、債券を買い支えるQE(量的緩和策)を続けている。ECBのドラギ総裁は、ドイツなどの中央銀行当局者がいくら反対しても聞かず、頑固にQEを続けている。ドラギ(と黒田)は米金融界の傀儡になっている。QEは、ドルや米国の債券金融システムを延命させるだけで改善せず、むしろバブルを膨張させ長期的に破綻に向かわせる。 (欧州中央銀行の反乱) (万策尽き始めた中央銀行

 今後ユーロがいったん解体されると、対米従属のECBの機能もいったん解体される。ECBのリセットは、ユーロ(もしくはその後釜の共通通貨)の長期の安定と発展を確保するために必要だ。ECBは、今後ユーロが解体されなくても、すでに破綻していく運命にある。ECBは債券を買いすぎて、これ以上QEをやれない状態だ。4月からQEの月額を800億ユーロから600億ユーロに減らし、おそらく来年になるとさらに減らす。QEの縮小は市場への資金注入の減少を意味し、株や債券の急落を引き起こしかねない。ECBと並んでドル救済のQEを展開してきた日銀も、今年から実質的に債券の買い支え額を減らしており、日銀もQEを減らさざるを得ないほど不健全な財務状態になっている。 (Japan Begins QE Tapering: BOJ Hints It May Purchase 18% Less Bonds Than Planned) (When, Mr. Draghi?

 日欧がQEを減らすと、ドルを延命する資金力が低下し、リーマン的な債券金融危機の再燃の可能性が高まる。米連銀は3月15日に利上げしたが、この利上げは、金融システムが不安定化する中で挙行されている。日欧がQEを減らす分、米連銀がQEの再開や利下げをせねばならないはずだが、連銀が利上げできず、利下げやQEが必要であると市場が感じてしまうと、ドルや債券への不信が増し、金融危機になりかねない。連銀の利上げは、ドルが健全性を保っているという演技のために必要になっている。しかし、日欧中銀の限界が露呈していく中で、今後いつまでこの演技を続けられるのか、市場の信用が続くのか、危うさが増している。 (Trapped Between Mario and Marine, the Only Way Is Up for European Bond Yields) (ECB debate intensifies over rate rise before QE ends

 このように、政治経済の両面で、EUの存続が難しくなっている。この状況の皮切りは、昨年6月の英国のEU離脱決定だ。あれ以来、他のEU諸国にも、離脱をめざす政治運動が感染し、EUを解体しようとする極右や極左の台頭に拍車がかかっている。だが同時に、EUを対米従属に縛りつけていた一つの勢力だった英国がEUをやめるのが決まったことで、EUは対米従属のくびきを解かれ始め、それまで「NATOがあるから必要ない」とされていた軍事統合の加速や、今回の記事の冒頭に書いた、米軍の撤退を見据えた核抑止力の統合への議論が行われるようになっている。 (英国の投票とEUの解体) (英国が火をつけた「欧米の春」) (Sweden's Far-Right Gaining Ground As Social Problems Mount

 最近は、EUの内部を、早く統合する(1軍的な)諸国と、ゆっくり統合する(2軍的な)諸国にわける2段階統合論も出てきている。これも、英国がEUで大きな発言力を持っていた時には語られていなかった。英国は、意図的にEUを弱体化するため、東欧諸国を炊きつけて2段階統合論に激しく反対させ、潰してきた。 (Goodbye Old EU, Hello New Multi-Speed Europe) (A multi-speed formula will shape Europe’s future

 EUの上層部(既存エリート層)としては、極右や極左に選挙でEU各国の権力を奪われてEUがいったん解体(リセット)されてしまう前に、今の混乱のどさくさに紛れて、軍事統合や2段階統合体制への転換を急ぎ、EUを強化し、対米自立もさせていきたい。もしかすると対露和解もやりたいかもしれない。それらがEU各国の選挙での政権転覆より先に行えるのかどうかあやしいが、EUが解体と再編、自立と分裂の間で激しく動いていることは確かだ。 (‘We’ll never become a state’ Juncker says EU superstate dream is OVER amid voter backlash



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