他の記事を読む

日本の解散総選挙とQE北朝鮮トランプ

2017年9月29日   田中 宇

 9月28日に安倍首相が国会を解散した。解散の真相は、いずれ野党が結集して批判を強め、安倍への不支持が広がって解散総選挙に追い込まれる前に、北朝鮮ミサイル危機による現職有利の効果がはたらいて安倍の支持率が好転している間に、先回りして解散総選挙に打って出たということだろう。

 北の危機が起きる前の安倍の支持率低下の最大の要因は「経済」だ。日銀のQEなど(アベノミクス)によって経済が好転しているように見せかけているものの、実は良くなっていない現実が、しだいに露呈している。景気回復と言われるのに、多くの国民が、生活が好転せず、悪化していると実感している。 (QEやめたらバブル大崩壊

 日銀が14年秋から加速したQE(量的緩和策)の本来の目的は、米国の連銀(FRB)がやりすぎて止めざるを得なくなったQEを、対米従属の日本(と欧州)が肩代わりすることだった(QEは、リーマン危機以来、立ち直っていない債券市場が蘇生したかのように見せるため、中央銀行が債券を買い支える策)。日銀のQEは、日本の対米従属を強化するだけでなく、株や債券の金融相場を押し上げるため、官僚機構や自民党、財界、マスコミから支持され、良い景気対策だと好意的に喧伝されて、アベノミクスの最重要な柱になった(利ざやが縮小した金融界は不満を表明)。 (米国と心中したい日本のQE拡大

 QEは、金融相場を押し上げるだけで、実体経済を改善しない。相場の上昇が経済の好転を示しているとのインチキな主張が席巻し、経済指標も微妙に操作され、国民の多くが経済好転を信じて安倍支持率を一時は押し上げた。だが、1年2年と経つうちに、好転でなく悪化を実感する人が増え、アベノミクスは行き詰まった。ちょうどタイミングが合うかたちで出されてきたスキャンダルで、野党が安倍を非難する傾向も増した。野党が結束して安倍を倒して政権交代する見通しが出てきた。 (アベノミクスの経済粉飾

 米国のトランプが北朝鮮との敵対関係を煽り、7-8月に北朝鮮の核ミサイル危機が激しくなって、北のミサイルが日本上空を飛び越すようになると、有事が現職指導者を有利にする構造がはたらき、安倍の支持率が再上昇した。それを踏まえて、安倍は、金正恩のおかげで自分の支持率が高いうちに、野党の結束が進む前に、解散総選挙をやって国会での絶対多数をめざすことにした。

 だが、ふたを開けてみると、民進党を自壊させる前原の捨て身の策によって小池と前原の結束が意外と早く進み、安倍陣営は解散前より議席を減らす、もしくは敗北する可能性が高くなった。国際的に見ると、今回の安倍の誤算は、6月に前倒し解散総選挙をやって誤算的な敗北をした英国のメイ首相と似ている。

▼経済面では、国民に希望を与えられない希望の党

 日銀がQEを続けて株価は上がっているが、人々の生活は改善されず、国民は先行きに希望を持てない状態だ。だから小池百合子は、安倍は失敗したが自分なら国民に希望を与えられると主張して「希望の党」を作り、政権奪取を狙っている。だが、小池らが政権をとったとしても、今の経済構造を転換することは、多分やらないし、できない。

 リーマン危機後、米国や日本で、中央銀行がQEによって金融相場を操作し、政府が雇用統計やGDPなどの経済指標を操作して、景気が回復しているかのように見せる粉飾が続けられている。人々は、喧伝される景気回復と裏腹に、自分の生活が悪くなるばかりなので、不満を持っている。米国では、この不満がトランプを当選させた。

 だが、トランプは当選後、QEなどによる粉飾をやめておらず、株価が上がったのは自分の経済政策が良いからだと、むしろ粉飾を拡大する方向の豪語を続けている。日本でも、政権が安倍から小池になったとしても、経済粉飾やQEをやめないだろう。粉飾を指摘すると「新政権は経済を知らない素人」と言われてしまうし、粉飾をやめたからでなく、経済政策が悪いから経済が悪化したと批判され、新政権が短命で終わってしまう。粉飾やQEを黙認し、喧伝されるインチキな分析を受け入れた方が、政治家として「賢明」だ。ただし、粉飾やQEでは、国民生活を改善できない。希望の党は、国民に長期的な希望を与えられない。 (トランプの経済政策でバブルの延命

 先進諸国の株や債券の市場は、誰かがQEをやり続けて資金供給しないと潰れてしまう。米連銀はQEをやめただけでなく、不健全なゼロ金利からの離脱としての利上げや、QEで買いすぎた債券の売り放ち(勘定縮小)をやっている。欧州中銀もQEやゼロ金利をやめていこうとしている。日銀だけが、QEとゼロ金利を続けている。日銀がQEをやめると、リーマン以上の金融危機を再燃させかねない。対米従属・日米安保の観点から、日本はQEをやめられない。金融政策は選挙の争点になっていない。希望の党は左派排除を公式に掲げる右派政党だから、対米従属重視であり、QEを続けるだろう。 (米金融覇権の粉飾と限界

 政権交代によって経済政策が変わり得るとすれば、それは、これまで自民党政権下で、大都市よりも地方に対し、人口比相当以上の資金を配分する努力が行われていたものが、政権交代すると、地方への資金の配分が人口比並みまで下がり、その分が都会に回される一方で、地方の過疎に拍車がかかり、それがやむを得ないこととされそうなことだ。自民党政権が、原発の再稼働に固執してきたのも、原発が地方経済の最大のカネづるの一つだった構図を何とかして維持しようとしたからだろう。政権交代は原発の全廃につながりうるが、これは地方重視の終わりを意味する。

▼右からの対米自立があり得る事態に

 もう一点、日本にとって大事なことは、外交安保政策、とくに対米従属一本槍路線がどう変わるかだ。小池は安倍以上の右派だと言われるが、小池が政権をとったら安倍よりも対米従属を強めるかといえば、そうでもなさそうだ。米国ではトランプが、北を今にも先制攻撃しそうな発言を放ち続けつつも、その一方で、韓国を壊滅させない北攻撃の方法は示されていない。トランプの北攻撃は、非現実的な「言ってるだけ」の策になっている。今の米国の対北戦略は、非現実的だ。 (北朝鮮問題の変質

 その一方で、北は日本上空にどんどんミサイルを飛ばしてくる。北のミサイルの脅威にどう対抗するかが、日本の政界に問われている。そして小池らは、希望の党の要項の一つとして「平和主義のもと、現実的な外交・安全保障戦略の展開」を表明している。この「現実的」というのが何を意味しているか、永遠の対米従属一本槍が日本にとって現実的だと言っているのか、それともトランプの非現実的な路線にお付き合い程度にしか乗らないという意味なのか、明示されていない。だが、日本がトランプと一緒に北を先制攻撃するというのは、明らかに非現実的だ。

 日本においては、どんな政治家であれ、国民からの支持の増加を狙うなら、軍事でなく外交で北の問題を解決する、という方針を好むはずだ。トランプと一緒になって北を威嚇するより、平壌を訪問して北と話をつける方が、日本では、国民の受けが良い。

 安倍はすでに、その手の路線転換を開始している。安倍は表向き、トランプと一緒に北を攻撃するかのような姿勢をとりつつ、裏でプーチンが提案した北のインフラ整備を中心とする非軍事的な北問題の解決策に賛成している。安倍は、中国敵視も静かにやめてしまっており「隠れ対米自立」の傾向を強めている。 (プーチンが北朝鮮問題を解決する) (中国と和解して日豪亜を進める安倍の日本

 小池は、日本国憲法の改定について、安倍よりも積極的だと言われる。この点も「憲法改定は米国が望んでいることだから、改定は対米従属の強化だ」という見方が正しいのかどうか、私には疑問だ。日本国憲法は、それ自体が、対米従属のご本尊である。日本は、憲法も自分で作れない、米国に作ってもらうしかなかったし、米国に作っていただいた憲法を後生大事にします、憲法で軍隊を持てないことになっているので、安保や軍事も永遠に対米従属です、というのが、憲法をめぐる日本の本質だ。

 だから、憲法改定は、日本自前の軍需産業の創設と同様、たとえ米国からの要請であっても、うかつに乗ると、日本の対米従属の構造を破壊し、官僚独裁体制を壊してしまう。官僚機構と、それにくっついている政治家などは、憲法9条に自衛隊の存在を加筆する程度の、米国に作っていただいた基本理念を変えてしまわない範囲での憲法改定しかやりたくない。 (北朝鮮と日本の核武装

 9条以外に手を付けるとなると、たとえば象徴天皇制がそのままでいいのかという話になりかねない。皇室が今の政治についてどう考えているか、国民が聞けるようにした方がいいでないか、ということになると、象徴天皇制を廃止し、天皇が政治的な権威を持てるようにする憲法改定の案なども、亡霊のように出てきかねない。戦後、日本の独裁権を天皇から米国経由でもらった官僚機構は、宮内庁が皇室の発言を封殺する皇室幽閉体制をずっと維持してきた。象徴天皇制は、官僚独裁制の一貫である。もし幽閉が解かれると、長期的に、すごいことになる。日本の右翼は官僚機構の傀儡だから、それを指摘しない。憲法改定は、大胆にやるほど、いろんなパンドラの箱を開けかねない。憲法改定に積極的ということは、対米従属や官僚独裁に対して従順ということでない。むしろ逆を意味しうる。

 小池や前原のまわりに、小沢一郎の影があることも気になる。小沢は08年に鳩山政権を作り、対米従属をやめるとともに、中国と戦略的に組む、米中バランス外交への転換を政治主導で目指した。権力を奪われかねない官僚機構は猛反対し、官僚傀儡のマスコミを動員して鳩山政権を中傷しまくって辞任に追い込み、鳩山政権は1年も持たなかった。小沢は、対米自立・中国接近を試みて潰された田中角栄の弟子として、官僚独裁を潰す「日本の民主化」を狙っている。

 鳩山政権の時のような正攻法を繰り返す必要はない。安倍以上の右翼として振る舞い、右からの対米自立を目指す方が現実的ともいえる。安倍自身、すでに似たようなことをやっている。すでに米国には、覇権放棄につながる言動を活発にやっているトランプがいる。トランプと安倍が仲良くなって以来、日本で官僚独裁の主流派だった外務省が無力化されている。政権交代が起きても起きなくても、日本が右からの対米自立を進めていく流れは変わりそうもない。



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ