他の記事を読む

サウジの接近で分割を免れたイラク、夢破れたクルド

2017年11月8日   田中 宇

 イラクのクルド自治政府は、9月25日に住民投票して独立を決め、11月1日に自治区の議会選挙と大統領選挙をやって権力機構を強化し、イラクから分離独立できる状態を強めていくはずだった。クルド地域の南にあるイラクのスンニ派地域を2014年から占領していたスンニ過激派のIS(イスラム国)が、米軍の支援を受けたクルド軍(ペシュメルガ)やイラク政府軍によって退治されていく時期を狙い、クルドは独立に向けて動いた。 (Independence for Kurdistan

 この動きは、単にクルドがイラクから分離するだけでなく、イラククルドと、彼らを隠然と支援してきた西隣のトルコが、IS退治後のイラクのスンニ派地域を影響圏に入れ、イラクが、イランの影響圏であるシーア派地域と、トルコの影響圏になるクルド・スンニ地域の2つに分割されていく動きにつながる予定だった。イラクの中央政府、イラン、トルコという、イラククルドに隣接する周辺の3つの国家勢力は、表向き、クルドの分離独立に反対していた。だが、このうちトルコは、イラククルドの輸出入のほとんどを握っており、貿易を止めてクルドを経済制裁し、住民投票をやめさせることができたのに、それをしなかった。トルコのエルドアン大統領と、イラククルドのバルザニ大統領は、10年以上の親しい関係だった。 (クルド独立とイラントルコの合同戦略

 イランと、その傘下のイラク政府(シーア派主導)は、イラクのスンニ派地域を統治する気がなかった。イラクの政府は、中世から03年の米軍侵攻まで、サダム・フセインの独裁など、ずっとスンニ派(人口の2割)主導だったが、イラクを占領した米国は、フセイン(バース党)の残党を敵視し、スンニ派を極度に冷遇した。米国はイラクを民主化し、国民の6割を占めるシーア派が政権をとったが、シーア派も、自分たちを何百年も抑圧してきたスンニ派が嫌いだった。米軍占領下でイラク人は反米感情が勃興し、イラク政府は米国よりも東隣のイラン(シーア派の大国)の影響下に入り、米軍は11年に撤退したが、その後もイラク政府はスンニ派を抑圧し、スンニ政治家を逮捕し、スンニ派地域への投資を全くしなかった。 (As ISIS Is Driven From Iraq, Sunnis Remain Alienated) (After Islamic State, Iraq’s recaptured territory is being neglected

 米軍のやらせのテロ戦争の敵としてイラクに置き土産されたISが、14年に決起してイラクのスンニ派地域を占領すると、スンニ派住民の間に、ISを受け入れる動きが起きた。シーア派が牛耳る中央政府から阻害され絶望していたスンニ派は、スンニ派の信仰を厳格・過激にやりたがるISやアルカイダを受容した。ISの決起後、イラン人に指導されたイラク軍(兵力のほとんどがシーア派)は、全く戦わずにモスルやキルクークといった大都市から遁走した。大油田があるキルクークには、ISの軍勢が来る前にクルド軍が入り、クルドは石油をトルコに売って自治政府の財政の大黒柱にした。 (Iraq’s Sunni Mufti: Shiite-Led Baghdad’s ‘Oppression’ Drove Kurdistan’s Independence Effort) (The End of Iraq As We Know It?

 3年かけてISが退治されていく過程で、クルド軍はIS撤退後のスンニ派地域を占領していき、クルドは実効支配地域を4割増やした。クルドが支配するスンニ派地域では「クルドと一緒にスンニ派もイラクから分離独立しよう」と呼びかける政治運動が勃興していた。クルド人のほとんどは信仰がスンニ派(母語がクルド語)なので、イラクのスンニ派(母語がアラビア語)と宗教的な齟齬がない。トルコもスンニ派だ。バルザニのクルド自治政府は、クルドがスンニ派地域を実効支配しても、シーア派のイランやイラク政府は本気で反対せず黙認すると考え、9月25日の独立を問う住民投票に踏み切った。 (Kurdish referendum inspires statehood for Iraq's Sunnis too) (The challenges of building a shared Iraqi identity

 イラン生まれのバルザニはイラン政府とも親しく、事前にイランから何らかの秘密の了承を得ていた可能性もある。スンニ派を冷遇し続け、ISの勃興を招いてしまったイラク政府とその背後のイランは、ISが退治された後のスンニ派地域を自分たちが統治するより、クルドやその背後のトルコに任せてしまった方が安定する、という考え方が、特にイランから出てきても不思議でない。イランとトルコは近年仲が良く、密約しうる関係にあった。クルド人は国家を持たないので立場が弱い。自治区の維持に、イランとトルコの両方との良好な関係が必要だ。イランもしくはトルコが本気で反対したら、バルザニは独立投票に踏み切らなかったはずだ。 (独立しそうでしないイラクのクルド

▼戦わずに全面降伏した不可解なクルド自治政府

 中東情勢は複雑なので前置きが長くなる。ここからが今回の本題だ。クルド自治政府は、9月25日に独立を問う住民投票を挙行し、90%以上の支持で可決した。だがその後、イラク政府軍やシーア派民兵団が、クルドに占領されたスンニ派地域に進軍し、本気で戦う気を見せた。10月16日には、キルクークに政府軍とシーア派民兵団が進軍し、クルド軍と激戦になるかに見えたが、クルド軍はほとんど戦わずに撤退してしまった。その後の数日間に、シンジャル、ハーナチンなどクルド軍が駐留していた他の町々でも、クルド軍は全く戦わず、進軍してきたイラク軍・シーア民兵団に地域を明け渡し、撤退している。 (Barzani: Blood of the martyrs, calls for independence are ‘not wasted’) (Kurdish Forces Abandon Territory In Face of Iraqi Offensive

 イラクのクルド地域は、アルビル、スレイマニヤ、ダフークという3つの州からなり、それぞれが地縁でまとまり、相互にライバル意識がある。クルド軍も、州ごとに異なる部隊を構成している。自治政府の独裁者バルザニ大統領はアルビルが拠点(政党名KDP)で、彼が主導した独立を問う住民投票は、他の2地域の政治勢力から、バルザニの独裁強化の手段にすぎないと批判されていた。キルクークでの戦いは、スレイマニヤの部隊(政党名PUK)が戦闘前に裏切ってイラク政府側と密約して逃げてしまったため敗北したと、バルザニが怒って発表している。だが、他の地域でも戦闘がほとんど行われないままクルド軍が撤退しており、PUKの裏切りだけでは全体像の説明がつかない。 (Iraqi Forces Take Key Installations in Advance on Kirkuk

 クルド軍は各地で撤退を続け、10月末までに、クルド軍は、03年の米軍イラク侵攻後に占領したすべての地域から撤退し、版図の4割を失い、フセイン政権時代の比較的狭い地域に戻った。クルド自治政府は、イラク政府軍との戦闘で負けて領土を失ったのでなく、イラク政府と交渉し、03年以前の領土に戻ることを了承して決行した。クルドとまた、クルド自治区と、トルコやイランとの国境の検問所を管理する権利もイラク政府に明け渡した。イラク政府がトルコとの国境を管理するのは、湾岸戦争以来27年ぶりだ。首都アルビルなどの空港の出入国などの管理権も、キルクークの石油をトルコに輸出していたパイプラインの管理権も、イラク政府に明け渡した。 (Kurds Face Transformation of Iraq's Political Map

 国境検問所で徴収する関税収入と、パイプラインを通じてトルコに売る石油の代金は、クルド自治政府の財政収入の2本の大黒柱だった。クルド自治政府は、収入源のほとんどを失ってしまった。10月末には、バルザニが辞任を表明した。これも、、イラク政府が、バルザニが辞めないとクルド側と交渉しないと言ったからだった。11月1日に予定されていた自治区の議会選挙の8か月延期を決定した。イラク政府は、クルド軍の規模を大幅縮小するか、イラク政府軍の指揮権の傘下に編入してしまうことを検討している。クルド自治政府の自治剥奪も検討されている。 (Iraqi Kurdistan leader Barzani will hand over presidential powers on November 1) (Iraqi Kurds Withdraw to June 2014 Lines as Offensive Continues

 クルド人は、湾岸戦争以来の27年間で得てきた自治や軍事力、領土拡張などの民族的な利得のすべてを失いかけている。クルド側は、10月16日にキルクークでイラク政府軍に少し負けただけなのに、なぜこんなに膨大な損失を受容せねばならないのか。なぜ徹底抗戦しなかったのか。政府軍があまりに強そうだったので、思わず過剰な無条件降伏をしたのか??。そんなはずはない。クルド軍は、ISとの戦闘用に米国から膨大な兵器類をもらっていたが、それを全く使わずに全面降伏した。クルド軍もイラク軍も、装備は米国製だ。クルド軍が本気になれば、互角の戦いができた。クルドは、軍事的でなく、政治的に負けたのだ。 (Iraq Will End All Kurdish Autonomy) (Iraq to end decades-old policy of semi-independent rule in Kurdistan, says PM

▼クルド・トルコ連合に代わってサウジがイラクのスンニ派地域を安定させる

 冒頭に書いたとおり、9月末の住民投票の時点で、クルド側は政治的にかなり優勢だった。その後も、クルドが政治的に前より不利になったという報道はない。マスコミ報道はすべて「周辺諸国やイラク政府の反対を押し切って住民投票を強行したクルドが、戦いに負けてすべてを失うのは当然だ」といった論調だ。周辺諸国が本気で反対していなかったと考えられることや、クルド軍が戦わずして負けたことが論点から抜け、浅薄で参考にならない。 (The Kurds Are Right Back Where They Started) (Iraqi Kurdish President Steps Down After Independence Push Backfires

 私が「これだ」と思ったのは、9月から10月にかけて、サウジアラビアがイラクに急接近し、サウジからイラクへの投資(=経済支援)が増えると決まったことだ。サウジとイラクは、90年の湾岸戦争以来、国交を断絶していた。だが、今夏以来、サウジが「イラクをイランの傘下から引き剥がす」というイラン敵視策の一環と称してイラクに接近し、国交を回復し、経済など関係を急に強化している。サウジの外相や石油相が相次いでイラクを訪問し、湾岸戦争以来27年ぶりにサウジとイラクの間を定期便の旅客機が就航した。両国は千キロ近い砂漠の国境で隣接しているが、27年間、国境は閉鎖されていた。それが今回、10月末にイラクのスンニ派地域とサウジの間の国境検問所の再開が決まり、道路の修復に入る。 (Saudi Cabinet approves opening of Iraq land border

 この件は、クルドとの関連で報じられていないが、実のところ、クルドと大いに関係ある。シーア派、スンニ派、クルドの3大民族が分立するイラクにおいて、文化的に最もサウジに近いのはスンニ派だ。サウジ人とスンニ派イラク人は、宗教や言語が同じで、文化的にも近い。最も厳格なスンニ派(ワハビズム)を信奉するサウジは、異端なシーア派を嫌悪侮蔑している。サウジがイラクで最も投資したい地域は、シーアでもクルドでもなく、スンニ派地域だ。 (Renewed Saudi-Iraq ties 'to rival Iran's influence'

 シーア派主導のイラク政府はこれまで、国内のスンニ派を嫌い、スンニ派地域の面倒を見たくなかったので、ISが決起したらすぐ政府軍が遁走して後始末をクルド人に任せ、IS退治後にクルドが独立傾向を強めてスンニを影響下に入れることも黙認しかけた。だが、中東最大の大金持ちであるサウジが、投資や経済交流によってスンニ派地域の面倒を見てくれるのであれば、もうクルドに頼む必要もない。サウジがスンニ地域で活動しやすいように、スンニ地域を軍事的に完全にイラク政府の傘下に取り戻し、国境もすべてイラクの管理に戻し、クルド軍をできるだけ撤退させるのが良い。イラク政府のアバディ首相は、分裂しかけていたイラクの統合を再強化した指導者として人気を高め、来年の総選挙で勝って続投できる。 (Is Iran seeking to impose its influence in Iraq's liberated Sunni areas?

 イラククルドの背後にはトルコがいるが、トルコに対しては、サウジがスンニ地域の面倒を見ることになったので協力してほしいとサウジとイラク政府で説得したのだろう。10月初め、イラクのアバディ首相がトルコを訪問し、その後トルコのエルドアン大統領がイラクに来ている。トルコとサウジの関係は、前から良好だ。シリア内戦で、一緒にアルカイダやISを支援した仲だ。クルド自治政府が採掘してトルコに送っていたキルクークの石油は、イラク政府が採掘して送る態勢に変わった。クルドのパイプラインはイラク政府のものになった。エルドアンに入ってくるカネの量は変わらない。いやむしろ、サウジから新たな裏金をもらえるかもしれない。サウジの登場後、エルドアンはバルザニを見捨てた。バルザニは辞めざるを得なくなった。クルドはまたもや周辺国から使い捨てにされた。 (Iraq, Saudi Arabia agree to resolve differences

 サウジがイラクに接近したのは、表向き、イラクをイランから引き剥がすイラン敵視策の一環だ。だが、イランは、サウジがイラクに接近することに反対していない。反対なら、イランの保守派メディアがそのような論調を載せるはずだが、彼らは中立的な論評しかしていない。イランは実のところ、イラクが安定するのでサウジの参入をひそかに歓迎している。 (Iran's media unconcerned with Iraq-Saudi Arabia rapprochement

 サウジ王政は最近、イランを敵視する声明を毎日のように放っている。だがその裏で最近、イランとサウジは昨年以来の国交断絶状態を改め、目立たないように関係改善している。両国は10月25日、スイスの仲裁で、相互に、相手国にあるスイス大使館に自国の外交代表部を置くことを決めた。サウジがイラン敵視を以前より強めているのなら、今のタイミングで両国間の外交機能を強化するのはおかしい。サウジの対イラン戦略は表と裏がある。 (Switzerland to represent Iran interests in Saudi and vice versa

 サウジのイラン戦略に表裏がある理由は、サウジのイラン敵視がトランプの米国に引っ張られてやっているものだからだ。10月22日、サウジがイラクと協力関係を強化する協定を結んだリヤドの会合には、米国からティラーソン国務長官がやってきて同席した。サウジとイラクの和解は、米国がイラン敵視策の一つとして後押しし、実現したと報じられている。「イラン敵視策」なのに、イランは迷惑していない。サウジがスンニ派地域の面倒を見てくれるとイラクは安定し、イラン傘下のイラク政府が従来より楽にイランの統一を維持できる。 (US pushes Saudi Arabia, Iraq on united front to counter Iran

 サウジ王政は「イラクの安定と国家統合維持に協力する」と発表している。この戦略によって迷惑しているのは、イランでなくクルド人だ。クルドのバルザニ大統領は、辞任を表明した10月末の演説の中で、米国に見捨てられたと言って米国批判を展開した。バルザニは、米国だけ批判してサウジやトルコを批判しなかった。その理由は、バルザニが辞めた後も引き続きサウジやトルコがクルドを経済支援するからだろう。 (America Has Become Dispensable in Iraq

▼サウジが米国の子分としてテロ支援してきたのをやめると中東は安定する

 米国とサウジは、イラクをテコ入れすることがイランを喜ばせていることに気づいていないのか?。そんなことはないだろう。トランプの米国は、覇権放棄=多極化の戦略を推進しており、反米のイランを敵視する政策を掲げつつ、その政策によって実はイランを強化している。 (トランプの新・悪の枢軸

 サウジの立場はもっと不透明だ。ムハンマド・サルマン皇太子(MbS)が権力を握る今のサウジは、イエメン戦争、カタール制裁、シリア内戦でのISアルカイダ支援、先日レバノンのハリリ首相を呼びつけて辞任に追い込んだ件、今回紹介したイラクと和解した件など、いずれもイランやその傘下の勢力と戦うことを目的に掲げた戦略だが、すべてうまくいっておらず、すべての件でイランを強化する結果になっている。 (Hezbollah says Saudi 'imposed' Lebanon PM's resignation) (米国に相談せずイエメンを空爆したサウジ

 米国は中東の国でないので、わざとイランを強化する(米国を牛耳るイスラエルを弱体化させ遠ざける)隠れ多極主義の策略が十分ありうるが、サウジは中東の国なので、イランが強くなりすぎるのは困る。サウジのMbSは、トランプに命じられて稚拙なイラン敵視策をやらざるを得ず、失敗の連続に直面している。 (トランプのイラン核協定不承認の意味

 しかし、それと同時に言えるのは、サウジがイラクのスンニ派地域を経済的にテコ入れして安定させると、スンニ地域からISやアルカイダが再勃興してくることを防ぐ。スンニ地域は米軍のイラク侵攻で破壊されて以来、14年間ほとんど何も再建されずに放置されている。それをサウジが復興させると、スンニ地域とイラク全体が一気に安定し、テロ活動も減る。サウジは80年代以来、米国(軍産複合体)の言いなりでアルカイダなどスンニ派の国際テロ組織を支援してきたが、イラクへの投資は、サウジが国際テロ支援をやめていくことを意味しうる。 (カタールを制裁する馬鹿なサウジ

 サウジのテロ支援は、中東が戦争や混乱から脱せない一因となってきた。サウジがテロ支援ををやめて、代わりに中東全域のスンニ派諸国の再建に投資するようになると、中東はぐんと安定し、サウジはスンニ派諸国の盟主として再び尊敬されるようになる。サウジが、シーア派の盟主であるイランとの敵対をやめれば、サウジとイランが協力して中東や北アフリカを安定させていける。これが理想的な将来像だ。 (Iraq may be coming to the end of 40 years of war as the government wins two big victories

 もし今の米国が軍産(ヒラリーとか)の政権だったら、サウジのテロ支援からの足抜けを許さなかっただろうが、トランプは反軍産であり、サウジが米国に愛想をつかしてテロ支援やイラン敵視をやめていくことを(こっそり)歓迎するだろう(表向き激怒してみせるだろうが)。サウジは、米国の中東覇権が失われ、代わって露イランが台頭していく傾向が今後も変わらないことを知っている(だから先日サウジ国王が史上初めて訪露した)。いつまでも米国についていくことはない。サウジのMbS皇太子は、王室内の自分たち以外の諸派を粛清し、自らの権力を強化しているが、これはきたるべきサウジの対米関係、対イラン関係の見直しをやりやすくするための準備なのかもしれない。 (In Shocking Purge, Saudi King Arrests Billionaire Prince Bin Talal, Dozens Of Others In Cabinet Crackdown

 クルド人はまたもや国際政治の激変の中で使い捨てにされて夢破れ、自治を失ったが、イラクは国家の分割を免れ、安定を獲得できそうな結果になっている。サウジが本気でテロ支援をやめていくなら、中東全体が安定する。表向き、トランプがイランとサウジの戦争をけしかけている感じだが、よく見ると、それと逆方向の動きになっている。



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ