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中国の覇権拡大の現状<1>

2017年12月5日   田中 宇

 2050年に米国と並ぶ大国になる国家目標(中国の夢、一帯一路)を決定した10月の中国共産党大会のあと、中国は世界各地で、政治経済の影響力(覇権)拡大の動きを加速している。何か一つ特筆すべき大きな動きがあるというより、世界各地で中国の影響力拡大を示す中程度の動きが続いている。このような状態が続き、中国の覇権がじわじわ拡大し、米国の覇権がじわじわ縮小していく可能性がある。中国の覇権拡大について、大きな動きがある時だけ書いていくやり方だと事態を見誤りかねない。2-3か月に一度「中国の覇権拡大の現状」と題し、中程度の動きをオムニバス形式で綴り続けていくのが良いと感じた。今回はその1回目だ(1回坊主で終わってしまうかもしれないが)。 (世界資本家とコラボする習近平の中国

 最近配信した『ミャンマー「ロヒンギャ」問題の深層』はもともと、今回の記事の一部として書こうとしたものだ。書いているうちに長くなり、単独の記事にした。欧米やイスラム世界など「国際社会」がロヒンギャ問題でミャンマーを非難制裁するほど、ミャンマーは中国に依存するようになり、中国の傘下に入っていく。同様な構図になっているのが、ミャンマーと同じ東南アジアのカンボジアだ。 (ミャンマー「ロヒンギャ」問題の深層) (Cashes in on Cambodian Anti-American Sentiment

 カンボジアでは、1985年から32年間も独裁的に権力を持ち続けるフンセン首相に対して今夏、野党の救国党などが反政府運動を開始したが、これに対してフンセンは「米国が野党をけしかけてカラー革命型の政権転覆を画策している」と主張し、9月に救国党の党首を国家反逆罪で逮捕し、11月中旬には裁判所を動かして救国党を5年間非合法化する判決を出させ、議会の4割以上の議席を持つ救国党を解党させてしまった。 (As anti-US feeling grows in Cambodia, China cashes in) (Cambodia's opposition gives up posts after ban) (Cambodia Prime Minister Hun Sen challenges US to cut all aid to his country

 米議会はカンボジアへの経済支援の減額などの制裁を検討したが、フンセンは、カンボジアで政権転覆を起こそうとしている米国こそ極悪だとやり返し、米国に縁を切られても中国と関係強化するからかまわないと豪語している。カンボジアは中国と経済協定を結び、中国企業がどんどんカンボジアに入っている。ASEANの持ち回りの議長になると、フンセンは露骨に中国に味方し、南シナ海問題に関するASEANの共同声明から中国非難の文言を削ったりしている。米国がカンボジアを批判するほど、カンボジアは中国寄りになり、政治経済の両面で中極の傘下に入っていく。 (The Difference China Makes) (Cambodia expecting influx of Chinese investment) (Cambodian PM says has no fear of US sanctions

 中国は、カンボジアは一帯一路の重要な地域であるとぶちあげ、フンセンのすり寄りに応えている。カンボジアはもともと隣国のラオスと並び、日本からの経済支援を多く受け取り、10年ほど前まで日本の経済影響圏の一部だった。だが中国が台頭し、カンボジアもラオスも中国を最も重視するようになり、同時に米国との距離感が出てきた。対米従属の日本は、米国と対立するカンボジアなどに対して支援を拡大するわけにいかず、いまやカンボジアもラオスも、日本から中国の傘下に移ってしまった。ミャンマーも同様だ。近年の東南アジアにおいて、日本は「負け組」である(気づいてないのは日本人だけ)。 (Laos and Cambodia: the China dance) (Cambodia a key country in Belt and Road Initiative

 カンボジア、ラオス、ミャンマーだけでなく、ASEAN全体が、中国の覇権拡大に対して全く抵抗をやめてしまっている。中国の経済力の拡大は急速であり、中小諸国の集まりであるASEANは個別に切り崩され、結束して中国に批判的な姿勢をとれなくなっている。中国とASEAN諸国の対立に、米日豪が首を突っ込んできた南シナ海紛争も、最近ではASEANが対立的な姿勢を弱め、外野である米日豪だけが騒いでいる問題と化している。 (Chinese hegemony spreading across ASEAN

 史上初の中国とASEANとの合同海軍演習も行われることになった。海難救助など、軍事色がない分野に限定した演習で、近年中国と対立関係にあったシンガポールがASEANを代表して中国と協議し、合同演習の実施を決めた。南シナ海問題だけでなく、チベットや台湾の問題に関しても、ASEANは中国を批判しない。ASEANだけでなく、中国の経済支援を受けるアジアアフリカ東欧中南米などの諸国が、南シナ海チベット台湾など中国が抱える問題に関し、中国を支持する姿勢をとるようになっている。 (China and Asean to go ahead with first joint naval exercise in sign of greater engagement

▼中国とインドの関係、日豪印の結束は米国抜きでも進むのか?

 中国とインドの関係は、依然としてあまり良くない。中国は今年6月、ヒマラヤのインドとの国境地帯にある親インドな国ブータンの近傍で突然に軍用道路の建設を開始し、ブータンを影響圏と考えるインドが中国の行動を非難して軍を前進させ、中印の軍隊が小競り合いとなった。この問題は8月末に中国軍の突然の撤退で終わっている。中国は10月の党大会前に、隣接諸国の中で唯一中国との関係が悪いインドを軍事的に威嚇し、その威嚇を「成功裏」に終了させることで、党大会での習近平の権威を鼓舞する目的があったと考えられる。 (India's military steps up operational readiness on China border) (India and China end Himalayas border stand-off

 その後、中国側からのインドへの挑発はないが、こんどは逆にインド側で、11月下旬にコビンド大統領が中国と領有権を紛争(インドが実効支配)しているアルナチャルプラデシュ州を訪問し、中国がインドを非難した。 (China upset as Indian president visits disputed border region) (Hidden agenda behind China-India Himalayan showdown

 インドと長く敵対するパキスタンは、カンボジアやミャンマーと同様、米国から敵視される傾向を強め、米国に敵視されるほど中国に依存する状態が続いている。米政権がオバマからトランプに代わった後、米国のパキスタン敵視、インド宥和が強くなっている。パキスタンが中国の傘下に入っていく中で、パキスタンと敵対構造にあるインドは、中国と和解するわけにいかない。中印対立は、BRICSの5か国の中で唯一の対立関係となっている。 (中国の一帯一路と中東

 インドは、米トランプが安倍首相に進めさせている米日豪印4か国による中国包囲網の「戦略的ダイヤモンド」にも加わっている。4か国会議はトランプのアジア歴訪時の11月12日にマニラで開かれており、ちょうど1か月後の12月12日に、こんどはインドのデリーで開かれる予定だ。だが、なぜかそこには米国が参加しない。日豪印3か国だけで次官級の会合を開く。豪州とインドの初めての2+2会合も予定されている。 (Australia, Japan and India Trilateral in Delhi on December 12) (India-Australia maiden "2+2" talks on December 12

 以前から予測されていたことだが、TPPなど経済分野と同様、安保分野でも、トランプの米国は、日豪など海洋アジアの同盟国を誘って中国包囲網を作りかけるが、途中で抜けてはしごを外し、アジア勢だけでやらざるを得ない状態に追い込む。アジア勢だけでも結束しうるが、中国敵視にならない。そんな余裕がない。トランプはこの策略によって、日豪など海洋アジア諸国を米国抜き・中国と敵対しないかたちで結束させ、アジアの国際政治体制を多極化しようとしている。 (安倍に中国包囲網を主導させ対米自立に導くトランプ

 とはいえ、日本も米国も上層部に対米従属の勢力が強く、米国抜きだと国際的な結束を熱心に進めたがらない。経済のTPPはカネが絡むので何とか進むが、安保分野の日豪印の結束は、今後もゆっくりとしか進みそうもない。中国は、その間にどんどん覇権を拡大する。対米従属の国是が邪魔になり、日本も豪州も国力を低下させていくことになる。

▼アフリカ。ジンバブエのクーデターを事前に相談されてた中国

 アフリカで、欧米に敵視されるほど中国に依存して傘下に入る国の象徴がジンバブエだ。ジンバブエは欧米に経済制裁されて超インフレが続き、自国通貨が使えないので人民元を通貨として採用している(ビットコインも通貨として使われている)。ジンバブエでは11月、37年も軍事政権を維持してきた独裁的なムガベ大統領が、後継者に決まっていた側近で副大統領のムナンガグワ(軍人)を突然に辞めさせ、代わりに自分の妻グレースを後継者に据えようとした。これに反対する軍部が11月15日にムガベを軟禁してクーデターを起こし、ムガベに辞任表明させ、ムナンガグワを後継の大統領に就任させた。 (Zimbabwe Coup Leader Traveled to China One Week Before Arresting Mugabe) (What the Mugabe coup says about China’s plans for Africa

 このクーデターを率いた軍のチウェンガ司令官(Constantino Chiwenga)は、クーデターを起こす数日前に中国を訪問し、中国の国防相や軍幹部に会っている。表向き、定例的な表敬訪問だと言っているが、ムガベを辞めさせてムナンガグワを大統領にするクーデターを起こすことについて、事前に中国の承認を得たと考えられる。中国の承認を得ないと、大統領交代後、中国に経済支援を続けてもらえず、ジンバブエは経済破綻してしまう。クーデターにも使われたジンバブエ軍の装備の多くが中国製だ。中国は、ジンバブエの宗主国となっている。アフリカの多くの国が中国から経済支援を受けてインフラ整備や軍備増強をやっている。すでにアフリカの宗主国は欧州から中国に替わったといえる。 (The rise and rise of China) (China's road to growth in Africa

▼サウジが米国離脱・中国寄りに転換すると覇権構造が変わる

 最近の1か月間に起きたことの中で、長期的に中国の覇権に最も大きな影響をもたらしそうなのが、サウジアラビアのモハメド・サルマン皇太子(MbS)がやり出した強硬策の外交戦略だ。MbSに強硬策をやらせている黒幕は米トランプ政権だ。イエメン戦争、カタール制裁、シリアのテロ組織支援、レバノンのハリリ首相の強制辞任、イラクをイランの傘下から引き離すためのイラク経済支援、イスラエルへの接近など、MbSが手がけた策略の多くは、最終的に失敗してサウジの国益を損ねるように設計されている。今は、サウジの失敗がどんどんひどくなる時期だ。今後、サウジはアラブやイスラム世界における威信を失い、イランの風下に立たされる事態になっていく。 (サウジアラビアの自滅

 いずれMbSは、米国に騙されて国力を大幅に浪費したことを悟る。米国依存をやめる場合、代わりに結束する相手は中国やロシアになる。石油をドルでなく人民元で決済するシステムが急拡大する。これは長期的に、ドルの基軸性の大幅低下につながる。いずれ起きるサウジの米国離れが、世界の覇権構造の大転換を加速する(同様に東アジアでは、北朝鮮核問題の絡みでいずれ起きる韓国の米国離れ・中国寄りへの転向が、東アジアの覇権構造を大転換する)。サウジが対米従属をやめて中露に接近するなら、イランを敵視し続けるわけにいかず、和解までいかなくても相互に存在を認め合う「冷たい和平」の関係になることが必要で、それが中東の安定化につながる。

 米国は、経済面のQE、政治面の政権転覆といった無茶苦茶な戦略から抜けられない。金融も政治も、米国抜きの方が世界は安定する。中国が作る世界秩序が「良い」のではない。米国が運営する世界秩序を(意図的に)「悪い」ものにしたままなので、代わりの「ましな」体制として、中国ロシアなどが作る多極型の世界秩序があるということだ。

▼テロ支援国家カタールに、テロ退治のコツを教えてもらう

 中東は政治・社会の状況が複雑だ。200年以上、中東に影響力を行使してきた欧米は、中東の政治社会の状況を細かく把握している。イスラム教徒の信仰の過激化を扇動して敵として仕立て、恒久的な「テロ戦争」を画策するなど、中東をめぐる外交・諜報に関する欧米の技能は、なかなかのものだ(わざと失敗しているが)。ロシアも、帝政時代からの長い南下政策の歴史がある。最近中東に関与するようになった中国は、このような技能を持っていない。そのため中国は、たとえば天然ガスの大産出国であるカタールからガスを大量に買い、その代わりにカタールから中東のテロリストの動向を教えてもらっている。 (China's Growing Security Relationship With Qatar

 カタールは、ムスリム同胞団やアルカイダ、ISISなどのイスラム主義勢力、テロ組織を支援してきた。カタールはその絡みで今年、米サウジから敵視され窮している。その中で中国はカタールとの協調関係を維持し、カタール側から感謝されている(同時にサウジとも付き合っている)。カタールはテロ組織を支援してきただけに、テロ組織の動向について詳しい。中国は、中東各国やアフガニスタンなどでインフラ整備や経済援助活動をしているが、作業員がテロリストに攻撃されたり誘拐されたりする。それを予防するために、カタールからの情報が役に立つ。テロ支援国とつきあって、テロ対策の手法を学んでいる。アフガンの過激派タリバンはカタールに事務所(外交代表部)を持っている。中国は、カタールの仲裁でタリバンと交渉できる。

 アフガンやシリアでは、中国の新疆からウイグル人のイスラム主義者たちが数百人単位で、ISやアルカイダに志願兵として入っている。ウイグル人のテロリストは残忍さで知られている。テロや戦闘の技術を磨いた彼らが中国に帰国するとテロをやらかすので、中国政府としては、現地で殺してしまいたい。中国軍は、カタールやシリア政府から情報をもらい、シリアに特殊部隊を派遣してウイグル人のテロリストを殺すことにしている。ウイグル人はトルコ系民族なので、トルコが移動の手引きをして、ウイグル人のテロリストをシリア北部に送り込んだ経緯がある(トルコと中国は、今では仲が良い)。 (China To Deploy Elite Troops In Syria To Fight Alongside Assad's Army

▼先進諸国にどんどん入り込む中国のスパイ

 中国は、経済支援や、地下資源と交換のインフラ整備により、新興諸国や発展途上諸国に対する影響力を拡大する一方で、先進諸国に対するスパイ行為も進めている。ニュージーランドでは今夏、中国系の国会議員ジャン・ヤン(Jian Yang、楊健)が中国のスパイだったことが発覚し、楊が議員になっていく過程でNZ当局がヤンに対してほとんど調査していなかったことがわかっている。 (China-born New Zealand MP probed by spy agency) (Yang’s heavily redacted citizenship application

 ヤンは、中国軍が運営している洛陽外国語学院で学生と教員をしていた軍事諜報部員だった。中国軍にスパイとして育てられた中国人が、欧米諸国や日本などに渡航して、学界や市民運動などに参加し、スパイであることを露呈せずに活動し続ける。これが中国の国際戦略の一つだ。NZのケースは、その一端にすぎない。習近平政権になって、中国は世界に対するスパイ活動をどんどん強化している。 (Resisting China’s magic weapon) (Inside China’s secret ‘magic weapon’ for worldwide influence

 リベラルで警戒が甘いNZは、中国にとってスパイを送り込みやすい国の一つだ。おそらく日本も、中国が嫌いなくせに日本にいる中国人に対して甘々で、おひとよし(間抜け)な国なので、中国のスパイに(嘲笑されつつ)入り込まれまくっている。 (China's influence over New Zealand at 'critical level' - academic



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