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素考:ハリスの対抗馬は出てこない、など
2024年7月28日
田中 宇
以前にときどき「短信」として配信していた短い分析文を「素孝」と名付けて再開します。
分析記事になる前の「素」な考察、といった意味です。有料配信を増やす試行錯誤です。
▼ハリスの対抗馬は出てこない
米民主党の大統領候補選びは7月26日、オバマ元大統領がハリス副大統領を支持すると宣言した。オバマは、ハリス以外の候補を対抗馬として立て、ガチな党内選挙(予備選挙)をやることを模索していた。
だが、バイデンが不出馬を表明してハリスが候補になってから1週間たった今、まだ誰もハリスの対抗馬として出てきていない。8月19日からの民主党大会まで、あと3週間あまりしかなく、もう間に合わない。
(Obamas endorse Harris)
("She Has Our Full Support": Obamas Endorse Kamala Harris For President)
オバマのハリス支持表明は、オバマが対抗馬になってくれそうな党内の知事や議員らに声をかけたが誰も乗ってこないので、対抗馬づくりをあきらめざるを得なくなったことを示しているように見える。
このまま誰も出てこず、ハリスだけが民主党の大統領候補で、8月の党大会でそれが追認される見通しになってきた。バイデン支持を前提に、全米各州で8月の党大会の代議員に選ばれた人々の大半は、ハリス支持を表明している。
党内には、上から決めたハリスがそのまま統一候補になるのは民主主義じゃないという声もあるが、対抗馬がいないのだから不戦勝であり、それも民主主義である。
(AP survey shows Kamala Harris backed by enough delegates to become Democratic nominee)
ロイターは、トランプよりハリスの方が人気がある(44vs42%)と、サンプリングした世論調査を元に報道した。だが、調査の基盤になったサンプリング数が、民主党支持者426vs共和党支持者376で、民主党支持者の人数を多くすることでハリス支持を水増ししていることが判明した。
マスコミは、優勢なはずのヒラリーが落選した2016年の選挙以来、毎回、同じやり方で民主党の優勢を捏造し続けてきた。(2020年には劣勢なバイデンが選挙不正で勝たせた)
(Reuters 'Shock Poll' Finds Kamala Leading Trump, There's Just One Catch...)
マスコミの歪曲報道を尻目に、世界各国の政府はすでにトランプが次期米大統領になることを前提に対策を採り始めている。ドイツなど西欧諸国やEUは、トランプが西欧に冷淡に接すると予測されるので、対策を練る組織を作った。イスラエルのネタニヤフは、事実上トランプと話し合うために渡米してきた。
(German Foreign Ministry sets up ‘crisis group’ in case of Trump comeback)
候補をバイデンからハリスに差し替えても、トランプに対する劣勢の度合いは変わっていない。民主党が「勝てる」としたら選挙不正によってだが、それも得票差が大きいと不可能だ。差し替えを策動した民主党のエスタブ勢力は、それがやりたかったことなのか??。頓珍漢なことをやっているとしか思えない。
(Netanyahu Angry After Meeting With Vice President Harris)
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▼中国がパレスチナ諸派を和解させた意味
7月21-23日、ファタハやハマスなどパレスチナの14の政治派閥が北京に集まり、中国政府の仲裁を受けて和解に合意した。西岸を統治するファタハ(世俗派・元左翼)と、ガザを統治するハマス(イスラム主義・ムスリム同胞団)は2007年の選挙後から対立しており、和解は17年ぶり。
2007年の選挙でハマスが圧勝したが、ハマスを敵視する米イスラエルが選挙結果を認めずファタハに西岸統治を続けさせたのが、17年間の対立の原因だ(選挙は米国の加圧で実施したのに)。
(China Brokers Unity In Palestine)
ファタハとハマスは今後一緒に連立政府の樹立を模索していく。ハマスの方が多数派になっていくと予測される。アラブ諸国は、今回のパレスチナ和合を歓迎していく。
米国は、今回の中国仲裁の和解合意に対して「テロ組織のハマスを正統化するもの」として拒否している。だが、米国が今後パレスチナ側と話す場合、従来のようにファタハだけを相手にするのでなく、ハマスとの連立政府を相手にせざるを得ない。
中国は昨年、米国が敵対させてきたサウジアラビアとイランを和解させたが、今回また、米国が敵対させてきたファタハとハマスを和解させた。米国が作った敵対構造を前提に動いてきた中東政治が転換しつつある。
(Hamas-Fatah Reconciliation: China Solidifies Role as Mideast Peace Broker)
今後の問題は、イスラエルがもうパレスチナを全く認めない姿勢になっていることだ。パレスチナ(西岸とガザ)はインフラをイスラエルに依存しており、イスラエルがその気にならないとパレスチナ国家の運営・2国式のパレスチナ問題の解決は不可能だ。イスラエルを非難するのは逆効果だ。
イスラエルは、不可逆的にガザを破壊した。ガザ市民の大半がエジプトに押し出された。もう元に戻せない。西岸での土地収奪・ユダヤ人入植地の建設も進んでいる。パレスチナ側だけ2国式の準備を進めても無意味だ。
(US Rejects China's Gaza Mediation Efforts For Legitimizing Hamas)
とはいえイスラエルは、ガザを抹消できても、西岸は抹消できない。西岸市民300万人を追放できない。トランプは大統領に返り咲いたら、イスラエルに最小限のパレスチナ国家を認めさせる見返りに、サウジに頼んでイスラエルと国交正常化させる「アブラハム合意」を再び推進する。
イスラエルはそれに乗るつもりで、ガザと西岸での破壊行為によって「最小限のパレスチナ国家」をどんどん小さくしているのが、今の攻撃策なのでないか。
イスラエルは、パレスチナを破壊して小さくした後、トランプの仲裁で最小限の2国式へとUターンする。その時のためにパレスチナ側の結束を形成しておくのが、今回の中国仲裁の意味でないかと思われる。
(THE ABRAHAM ACCORDS FURTHER COMPLICATED AMERICA'S PLACE IN THE MIDDLE EAST)
イスラエルでは以前から「ガザをエジプトに、西岸をヨルダンに割譲(押し付け)すれば、イスラエルはパレスチナの面倒を見なくて済む」という提案が繰り返し出ている。エジプトもヨルダンも「パレスチナの大義(英国製)」を尊重し、この案を拒否し続けてきた。
今回、ガザはすでに不可逆的な廃墟にしたので、この提案から外せる。西岸は、土地収奪によってできるだけ小さくした上で、ヨルダンに割譲する。ヨルダンはいずれ王政が崩れてハマス(現最大与党)の政府になる。もしくは国王が権限をハマスに委譲する。
(ガザ虐殺からエジプト転覆へ)
ヨルダンがハマスになったら、西岸をもらい受けることに反対しなくなる。いずれハマス(同胞団)はエジプトとヨルダンを政権転覆して統治する。それは「パレスチナ」がエジプトとヨルダンに拡大することを意味する。
(ハマス化した)ヨルダンが(縮小した)西岸を引き取って面倒を見るなら、イスラエルは(表向き不満気に、実は)喜んで協力する。トランプの今後のアブラハム合意の本質は、これでないか。
ハマス(同胞団)は、すでにエジプトとヨルダンの最大政党(野党)だが、ファタハ(左翼政党)の系統は、エジプトやヨルダンで小さな勢力でしかない。ハマスがいずれエジプトやヨルダンを乗っ取るなら、ファタハや他のパレスチナ諸派は、ハマスとの敵対を解消して仲間になった方が良い。
NATOがヨルダンに拠点を置くことにしたが、これはヨルダン王政が欧米の傀儡であるという色彩を強めてしまい、ヨルダン国民の王政批判をむしろ強めることになりかねない。
(Jordan's quagmire: NATO sets up shop in Amman)
米国はだいぶ前から、世界各地の諸勢力が希望していることを意図的に無視して和解策をやらず、各地の勢力が迷惑がる敵対強化策ばかりやってきた。近年、米国と並ぶ大国になった中国が、米国が故意に無視してきた和解策を次々と手掛けて成功させている。中国がすごいのでなく、これまでの米国が大馬鹿(隠れ多極主義)だっただけだ。
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