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日米協調で円キャリー取引を潰した理由
2024年8月10日
田中 宇
8月5日前後に日米などで株価の暴落を引き起こした主因は、7月31日の日銀の利上げが引き起こした円キャリー取引の巻き戻しだった。
日銀は利上げ後、さらなる利上げも辞さない強気の姿勢を見せたが、これが円キャリー取引を破壊する効果を増やした。強気を見せたのは失策だったのか、それとも意図的だったのか。私には、意図的だったように見える。
(Investors are unwinding the biggest ‘carry trade’ the world has ever seen, SocGen strategist says)
暴落の翌日、8月6日に株価は激しく反騰した。利上げ後、日本株は20%下げた後、12%上がった。同時期に、ドル円為替は、1ドル147円から142円まで上がり、再び147円に戻った。円キャリー取引が再開された観もある。
日銀は利上げに対する強気を急いで後退させ、金融市場が混乱している間は追加の利上げをしないと姿勢を変えた。これが株高・円安・キャリー取引再開につながった。
ビットコインは一時暴落した。これは元来のコイン保有者が、自分の株などの投資の追証を払うためにコインを売ったからかもしれない。
(Capitulation: Yen Plunges, Nikkei Soars After BOJ's Uchida Says "Will Not Raise Rates When Markets Are Unstable")
結局のところ、今回の乱高下は何なのか。日銀に乱高下を起こす意図があったのなら、その理由は何か。円キャリー取引は再開されたのか。このまま再び株高になっていくのか??。
米国も日本も、7月初め以来、株価はゆるやかな下落傾向にあった。これまで隠蔽してきた景気の悪化が顕在化して米国株が下がり、円キャリー取引の旨味が減って巻き戻しが始まり、円安から円高に転じ、円キャリーで作られた資金の一部が注入されて上がっていた日本株も下落に転じた。
そこに、7月31日の日銀の利上げと、8月2日の米雇用統計での失業増発表が加わり、株価暴落・円高急進・キャリー巻き戻しの加速になった。7月初め以来、円キャリーで作られた資金の50-70%が巻き戻ったと米金融界が概算している。
(Unwind of massive yen-funded carry has room to go, analysts say)
日銀は今回、ゼロ金利をやめて0.25%への利上げを決めた後、植田総裁が、必要なら0.5%以上の水準への利上げだってできるんだと強気の発言をした。だが実のところ、日本は財政赤字が巨額すぎて、0.5%以上に利上げできない。政府による国債利払いが増えすぎて財政を圧迫してしまう。植田の発言はハッタリだった。
植田は、円キャリー取引をやめさせるショック療法として、さらなる利上げも辞さずというハッタリをかました。
(Monday Massacre Brought To You By Kazuo's Carry-Chaos, Kamalanomics, & Jump's Crypto Dump)
(Japan Rushed To Calm Markets, Trigger Buying Spree With Emergency Central Bank Meeting)
円キャリー取引は、日米両方を株高にしてきた。円安の進行は、その副作用だった。円キャリー取引は、日本で起債・借り入れてドルに転換することで、ゼロ金利の日本と、短期金利5%の米国との間の金利差を利用して利ざやを稼いできた。
円キャリーが拡大するほど、日本で作った円建て資金をドルに転換して米国に投資する際に円安ドル高を引き起こし、最終的にドルを円に戻して資金を返済する際に少ない金額で済むようになる。
円キャリーの進展は、参加する投資家を大儲けさせる半面、参加してない日本国民を円安インフレで苦しめる。
円の価値の下落は、日本人の価値の下落でもある。(実質的に、対米でなく対中国で。馬鹿野郎でしょ)
(Japanese Yen Carry Trade)
日銀が利上げして日米の金利差が縮小すると、円キャリー取引の儲けが減り、日本だけでなく米国の株価が下落する。表向き各国の中央銀行はそれぞれが自立した存在だが、実のところ日銀は米連銀(FRB)の傀儡である(日本政府が米政府の傀儡であるように)。
米連銀と、その背後にいる米金融界が了承しなければ、日銀は利上げできなかった。米国側は、株価下落に拍車をかける日銀の利上げを了承したことになる。日銀は1発(0.25%)しか利上げできないのに、2発でも3発でもやってやるぜと植田がハッタリを言って積極的にキャリー取引を破壊して株暴落を誘発することも、米国は了承した。なぜなのか。
(Global Markets Rebound After Historic Bloodbath, Japan Soars)
さらにうがって考えると、米国側は日銀に利上げさせただけでなく、7月2日の雇用統計を悪い数字にして、7月5日の株価の暴落を引き起こした。日米協調で株価を引き下げた。
米当局は近年、雇用統計などの指標を計算する際に前提条件を恣意的に変えるトリックなどで粉飾しており、悪い数字を出す時も恣意性が疑われる。
また、いったん暴落した直後に日銀が強硬姿勢を後退させ、株価の急反発を引き起こしたのも、事前のシナリオに沿ったものだった可能性がある。
キャリー取引の巻き戻り(株安、円高)は7月初めから始まっており、日銀が利上げしなくても巻き戻しの傾向が続いたはず。なぜ日銀は、利上げの持ち玉が少ない中で、今回のタイミングで、やらなくても良かったと思える利上げを挙行したのか。なぜ米国は、日銀に利上げをやらせたのか。
(Recession Triggered: Payrolls Miss Huge, Up Just 114K As Soaring Unemployment Rate Activates "Sahm Rule" Recession)
(Apocalypse now or later? What the stock market collapse means and what the Fed fears most)
日米ともに、経済は以前から(コロナ以来ずっと)不況だが、当局や権威筋はそれを隠し、連銀の裏金や円キャリー取引、米財政赤字の急拡大などで株価や債券価格をつり上げてきた。
つり上げた株価は最近、下落し始めている。これは「弾切れ」の要素があるかもしれないが、今回の日銀の利上げなどを見ると、理由は弾切れでなく、キャリー取引潰しによる意図的な株価引き下げ(と、直後の半値戻し)である。これは何なのか??
(Futures Soar, Yields And Oil Jump After BOJ Capitulation Nukes Yen, Restarts Carry Trade)
私が疑っているのは、米大統領選の絡みだ。トランプが勝って返り咲きそうだが、トランプは米金融界や連銀を取り込んで味方につけている。
トランプは、連銀のパウエル総裁に対し、選挙前に利下げなど株価テコ入れ策をしないでくれたら任期満了(2026年)まで続投させてあげるよと提案した。
トランプはまた、米金融界を代表するJPモルガンのジェームズ・ダイモン会長を財務長官として起用する案を流布している。
(Trump Reveals Key Pillars Of "Trumponomics": Low Taxes, Sky High Tariffs, Powell Not Fired, Treasury Secretary Dimon And Much More)
トランプは、連銀や金融界が近年やってきた、不況やインフレを隠蔽した金融相場のつり上げ策をそのまま継続、もしくは加速させ、2029年に自分の政権が終わるまで粉飾的な株高債券高を維持しようとしている。
トランプは、国際政治や米覇権・地政学的な大転換・多極化を進めたいが、自分の人気保持のため、任期中は米金融覇権やドル・米国債の崩壊を起こしたくない。
そして、トランプが連銀や金融界を味方につける際にまず要求していることが「民主党を有利にするな。オレの当選に協力しろ」だ。
(US probably in recession – ex-Fed insider)
大統領選の投票日まであと3か月。金融界の中で民主党に味方する筋が株価をテコ入れするなら今だ。キャリー取引を再燃させれば、不況を無視して株価がつり上がる。
共和党の候補がトランプに決まったころから、キャリー取引が巻き戻り始め、株価が下がり出している。これは、トランプに味方する筋が、選挙前のバイデン政権下で株価を引き下げ、トランプ当選から就任後にかけて再び株価をつり上げようとするシナリオに見える。
(Why Did the Global Stock Market Crash And Who is to Blame?)
そして、それに対抗して、民主党に味方する筋が、キャリー取引の再燃と株価の反騰を目論んだ。さらに、それを阻止するため、続投したいのでトランプの味方になったパウエルの連銀が、日銀を動かして利上げと円キャリー巻き戻しの加速と暴落を引き起こしたのでないか。
徹底的に暴落させてしまうと、選挙後に反騰させられなくなる。だから暴落した翌日に暴騰させ、キャリー取引を半分だけ巻き戻した、とか。
(Markets Down - Risks Up)
こんな推測(妄想?)が、今後の現実の流れと合致するのかどうか、大いに疑問ではある。今後もずっとキャリー取引の巻き戻しが続き、トランプが返り咲いても株価が戻らないかもしれない。米国では、商業不動産バブルの崩壊も進んでいる。
しかし、すべての悪い状況を全く無視して、最近まで株価が上り続けて史上最高値を更新した。多くの人が、不況を好況と歪曲するマスコミ権威筋の大ウソを軽信しているのも事実だ。トランプは、政治に関する大ウソ構造を破壊する気だが、経済に関する大ウソの構造は(任期末まで)維持する。
(Is New Global Financial Crisis Round the Corner?)
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