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イスラム諸国の政府を強化し街頭をへこます
2025年11月3日
田中 宇
世界最大のイスラム人口を持つ東南アジアのインドネシアは、イスラエルがアラブ(パレスチナ)を押しのけて建国して以来、イスラエルを欧米植民地主義者の一部とみなして国家承認を拒否し続けてきた。
インドネシアは、イスラエルと国交がないだけでなく、自国で開かれる国際スポーツ大会に参加するイスラエル選手団にビザを出さないこともあり、10月のジャカルタでの体操の世界選手権もそれで問題になった。
(Indonesia denies president to visit Israel)
だが、イスラエル敵視なはずのインドネシアのプラボウォ政権は最近、中東政治やイスラエルに急接近している。プラボウォは10月中旬にエジプトで開かれたガザ停戦(トランプ案)の和平会議に参加し、ガザ停戦の維持や今後の和平構築のために作られる国際安定化部隊にインドネシア軍が参加することに前向きな姿勢を見せた。
安定化部隊はエジプトが率いることになっており、ほかにトルコやアゼルバイジャンといったイスラム系の諸国が参加を表明している。
(Indonesia and Israel: Preparing for normalization?)
アゼルバイジャンはイスラエルが石油と兵器の貿易などで親密にしている国で、トルコはアゼルバイジャンの親分(同じトルコ系)として、表向きのイスラエル敵視だがこっそり親イスラエルで貿易している。
それらの親イスラエル諸国と異なり、これまでイスラエル敵視だったインドネシアがガザ停戦に協力してくれたので、トランプ政権は大喜びでインドネシアを称賛した。
トランプは今回のアジア歴訪で、日韓に来る前にマレーシアを訪れ、東南アジア諸国と交流し、インドネシアを褒め称えた。
ウソや誤報が好きなイスラエル側は、プラボウォがエジプトからの帰途にイスラエルを電撃訪問するというガセネタを流して大騒ぎした(うまくいけば、いずれ訪問するだろうが)。
(Stop 'Rooting For Failure' In Gaza: Vance In Israel Lambasts Western Media)
トランプは、ヨルダンにも安定化部隊への参加を依頼したが断られている。ヨルダンは、国民の半分以上がパレスチナ人(元難民)で、ハマス(ムスリム同胞団)が最大野党だ。
安定化部隊に派兵すると、ガザでヨルダン軍がハマスと対峙して交戦になりかねず、これはパレスチナ人どうしの殺し合いになる。ヨルダン国王は、国内で野党から突き上げられて政治危機に陥りかねないので派兵を断った。
これまでの中東の政治状況からすると、派兵を断るヨルダンの対応の方が常識的で、派兵に応じたエジプトやインドネシアやトルコなどの方が画期的だ。
(US turns to Asia after Arab states reject Gaza stabilization force)
パレスチナ人どうし、アラブ人どうし、イスラム教徒どうしの殺し合いになりうるガザの安定化部隊に派兵することは、米英イスラエルの世界支配(覇権戦略)に乗せられる、傀儡的、屈辱的で良くないことと考えるのが、これまでの中東政治のあり方だった。
その思考法は、イスラエルと米英覇権を嫌う従来の(バンドン会議以来の非同盟運動に沿う)インドネシアの姿勢の基盤でもあった。
(イスラエル中東覇権の隠然性)
トルコやアゼルバイジャンについては、イスラエル(諜報界のリクード系)がコーカサスの支配権をロシアからもぎ取ってトルコ系に渡した(ロシアは代わりに、ウクライナ戦争で非米側の雄にしてやった)。
イスラエルは従来、傘下のクルド人を動かしてトルコ(やシリアやイランやイラク)に噛みつかせていたが、それも最近トルコのクルド(PKK)が武装放棄してトルコ政府との軍事対立をやめた。これも多分イスラエルの差し金だ。これらへの返礼としてトルコ系は、イスラエルのガザ停戦に協力している。
(コーカサスをトルコに与える)
だがインドネシアは、それらの枠組に入らない。インドネシアが転換する理由は何なのか。それを考えるには、インドネシアが米覇権(諜報界の主流派だった英国系)によって弱体化させられてきた1960-90年代の流れと、諜報界でリクード系が英国系に取って代わった2001年以降という、世界的な転換を見る必要がある。
インドネシアは、冷戦時代に非同盟諸国の主導役として米英覇権に対抗していた。だが1965年に容共的(親中共)なスカルノがクーデターで倒され、反共・親米的(米傀儡)なスハルトに代わった。1970年代から米国(ニクソンら多極派)と中共が和解していく前に、非同盟の雄であるインドネシアを中共側から米傀儡に転換させる米諜報界(英国系)の対抗策だったと考えられる。
(Soros, NED Could Be Behind Indonesian Protests)
冷戦後、覇権の中心が金融に移り、米英が発明した債券金融システムが新興市場(途上諸国、非米側)に拡大し始めた1997年、英国系(ジョージ・ソロスら)がアジア通貨危機を起こし、非米側の金融発展を破壊した。経済混乱の中でスハルト政権が倒された。
(ソロスは当初、英国や欧州の通貨システムを揺さぶって大儲けしていたが、その後、英国系から誘われて、非米側の金融システムを潰す英傀儡に転向して儲けを増やした。ソロスは、大儲けした資金で非米諸国の反政府運動を支援援助して政権転覆や混乱醸成・弱体化につなげる英傀儡として動いてきた。英国系の覇権の悪事を嫌うトランプやオルバンやエルドアンがソロスを敵視するのは当然だ。ソロスも元祖英国系のロスチャイルドも、リクード系も、多極派のキッシンジャーもユダヤ人。ユダヤの最大の敵はユダヤ)
(Soros Getting Ready For Showdown Against Trump Administration)
スハルトは、米国(英国系)の傀儡だったのに潰された。同時期に米国側は、キリスト教徒の東チモールを支援してインドネシアから独立させた。インドネシアやイスラム側は悪役にされた。
これらは、世界最大のイスラム教徒のインドネシアを混乱・貧困化させてイスラム世界を反米過激化してテロリストに仕立て、経済制裁して弱体化しつつ長期的な「敵」にする「テロ戦争」や「文命の衝突」の策略の走りだったと考えられる。
(Indonesian Protests: What Is Known So Far?)
テロ戦争は2001年の911事件で始まった感じになっているが、実は違う。もともとのテロ戦争の構図は、冷戦後も英国系が世界を支配し続けるために1990年代後半に始めた。多極派とリクード系が、それを米覇権(英国系)の自滅策に転換した。
911事件は、リクード系が米諜報界に入り込んで、すでに始まっていたテロ戦争を、米英覇権を自滅させる策に換骨奪胎するために、リクード系が多極派に誘われて引き起こした、諜報界や覇権のクーデターだった。
(覇権転換の起点911事件を再考する)
途上諸国や新興諸国は、先進諸国のように民主主義の詐欺システム(二大政党制とか)が未発達でうまく機能しておらず、為政者は独裁的、弾圧的な策をとらざるを得ない。
その状況下で、英国系は民主や人権の重視を求めて途上諸国を加圧・制裁し、ソロスとかが途上諸国の反政府運動・民主化運動・少数民族・マイノリティなどに資金援助して活動させる。こうした「人権外交」によって途上諸国は弱体化させられ、多極化を阻止して英国系の世界支配が恒久化できる。
日米欧の人々は「良いこと」として途上諸国の民主化運動を支持するが、それは実のところ途上諸国の人々を苦しめている。人々は「うっかり英傀儡」にされているのに気がついていない。
(人権外交の終わり)
アラブなどイスラム諸国の多くは米傀儡政権だが、米傀儡が露呈しているので人々に支持されず「街頭」(ハマスや同胞団やヒズボラ)はいつも反政府的だ。反政府運動を抑えるために政府が強硬策をやると米欧から人権侵害と非難され、政府はますます弱くなり、街頭の怒りが続く。
この構図が、米英によるアラブ支配を恒久化してきた。この構図の中でイスラエルは従来、米英の一部だった。
(サウジはまだイスラエルと和解しない)
だが最近、イスラエルやトランプが違う構図を作っていると思われるふしがある。イスラエルはハマスやヒズボラといった、アラブ諸国の「街頭」を率いていたイスラム主義勢力をどんどん殺して潰しているが、アラブ諸国の政府は倒されておらず、街頭の反政府運動は意外に強くならない。
私は以前、ガザ戦争が続くと「街頭」の不満が拡大し、エジプトやヨルダンの政権が倒されてハマス化する(それがイスラエルの策略だ)と予測・分析していたが、全く外れている。
イスラエルは米諜報界を握っており、有益な情報をアラブ諸国の政府に注入することで、政府が街頭を封じ込めて弱体化を防げるようにしているのでないか。ヨルダン国王は臆病なのでガザ派兵を断ったが、エジプト政府はガザ派兵を主導すると言っている。
(イスラエルの拡大)
イスラエルは、言うことを聞く協力的な諸政府には、有益な諜報を与えて強化してやる半面、シリアのアサドやイラン、イエメンのフーシ派政権など敵対的な諸政府には、諜報力を駆使して政権転覆や空爆による破壊をするという、両面的な戦略をとっている。
アサド政権は2週間で潰された。これを見て、サウジから中共までの独裁者たちがビビっている。そして、こうした流れを見たインドネシアのプラボウォは、イスラエルに接近することにしたのでないか。
インドネシアでは8月に学生らが始めた反政府運動が急拡大しかけたが、うまく鎮静化されている。政府がイスラエルに接近すると街頭が抑止される。
(Saudi Arabia's path to normalization with Israel threatens a regional rupture)
臆病なヨルダン国王に象徴されるように、イスラエルと地理的に近いアラブ諸国は、まだ英国系の人権重視体制の残滓があるので、巨大な人道犯罪を犯したイスラエルと和解することを恐れている。
だがインドネシアはイスラエルから遠い。イスラエルは、世界最多のイスラム教徒がいるインドネシアを引き付け、影響力かあるインドネシアがサウジなどアラブ諸国を説得してアブラハム合意に入れ、イスラエルと和解する流れを作りたい。
インドネシアとサウジがイスラエルと和解すると、イスラム世界のイスラエル敵視は山を越える。イスラム世界の「街頭」や、欧米のリベラル派・市民運動は今後もイスラエルを敵視するだろうが、街頭の力は弱まっている。今後は「人々(を自称するリベラル派やイスラム主義者など英傀儡)」よりも、政府や国家が強くなる。
(Pakistan’s Gaza assignment: Policing resistance for Trump’s 'peace')
今回も、新たな仮説や見立てをいくつも考えねばならず、まとまりのない文章になっている。パキスタンとサウジの軍事同盟の話とか、パキスタンとアフガニスタンの対立とかも、この話と関係ありそうなのだが、うまくつなげられないでいる。ガザ停戦の継続も危うい。今後さらに考える。
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