難所に来た中国の改革(2):債務超過に陥る銀行業界

98年11月13日  田中 宇


 この記事は「『希望の星』朱鎔基のかげり」の続編です。

 今年に入って、新聞やテレビで、よく「債務超過」という言葉を目にするようになった。日本長期信用銀行が債務超過に陥っているかどうかをめぐり、国会で煮え切らない論議が続いたり、日本の大手銀行の半分は債務超過に陥っている可能性がある、と報じられたり、といった具合だ。

 債務超過とは、会社の資産より負債が多くなってしまっていることで、現時点で資産をすべて売却し、会社を清算したら、借金だけしか残らない状態のことをいう。その会社の株を買った人は大損することになるし、その会社に融資した銀行は、不良債権を抱えていることになる。

 だから「債務超過に陥っている」と言われたら、企業にとって「死」を宣告されているのに近い。(とはいえ、本当に債務超過であるかどうかは、実際に会社を清算してみないと分からない)

 金融機関の資産の多くは、他の企業へ貸した金の債権(取り立てる権利)だが、長引く不況で融資先の会社が倒産したり、経営難で返済できないとなれば、債権の価値は下がってしまい、それがひどくなると債務超過になって、他の金融機関から金を借りられなくなり、資金繰りができなくなる。

 このような債務超過の問題を抱えているのは、お隣の中国の銀行も同じだ。イギリスの国際情勢分析雑誌エコノミスト(10月24日号)は、中国の4大銀行のうち、中国銀行を除く3行(農業銀行、建設銀行、商工銀行)が債務超過に陥っている、と書いている。

●失業を緩和するために不良債権を抱えた銀行

 とはいえ、中国の銀行が債務超過の状態になったのは、放漫経営の報いというよりも、1980年代にトウ小平氏によって定められた国家政策によるところが大きい。社会主義から資本主義へと移行する際の経済面のひずみを、国有銀行から国有企業への融資によって和らげる政策をとった結果、銀行は不良債権の山を抱えたのだった。

 4大銀行の全貸出額の80%は国有企業向けで、その半分以上が、返済されない可能性が強くなっている。

 社会主義時代の中国では、企業は利益を出すことより、従業員の生活を保障することが、大きな役割だった。従業員が多すぎて、仕事をほとんどしない人が結構いても、「全員がある程度の暮らしをできるようにする」という社会主義の目標から見れば、問題ではなかった。企業が赤字を出しても、政府がそれを穴埋めしてくれる仕組みがあった。

 1980年代になって、社会主義を脱して市場経済システムに移行し始め、1984年に中国政府は、国有企業の赤字を補填することを止めた。だが、国有企業が赤字を出さないようにするために余剰人員のクビをどんどん切ると、全国で何千万人という失業者が出てしまう。

 それを避けるため、中国政府は4行の大手銀行に命じて、国有企業の赤字を埋めるための融資をさせた。何年かすれば、国有企業は民営化し、利益を増やして借金を返し、市場経済への移行が進むするはずだった。

 だが、改革開放政策が始まってから15年以上たっても、銀行から国有企業への政策融資は、減らなかった。逆に、国有企業全体の借り入れ残高の平均は、1998年には資本金の80%程度だったのが、1995年には資本金の5.7倍も借りている状態になってしまった。

 政府が銀行を通じて金を貸してくれるから、国有企業の幹部は、合理化を進めて利益を増やそうとする気が起こりにくかった。おまけに、もうすぐ厳しい競争原理が導入される、その前に・・・、という心理から、駆け込み的な腐敗も広がり、借りた金が企業体質の改善に向かわず、着服、浪費されるケースも増えた。

●見直し迫られたショック療法

 こうした状況なので、金融界の重荷も増えるばかりだった。中国の金融市場は、まだ外国の金融機関に開放されていないが、近い将来に開放し、国際金融市場の一部にならないと、企業の資金調達などが難しくなっていくだろう、と思われていた。金融市場を国際化するには、銀行が余計な不良債権を抱えていない状態にせねばならず、国有企業への融資政策を中止することが必要だった。

 そのため、今年3月に就任した朱鎔基首相は、銀行から国有企業への融資を減らし、企業幹部の汚職を厳しく取り締まることにより、国有企業の「ぬるま湯的体質」に冷水を浴びせた。ショック療法で人々の「やる気」を引き出し、市場経済化を一気に進めようとした。

 だが、こうした計画は、今年夏以降の経済成長の鈍化により、大きな見直しを迫られている。景気が悪いので民間企業の雇用も増えず、国有企業から民間への転職ができないまま、失業者ばかりが増え、国民の間に不満が高まった。クビきりや給料や年金の未払いに怒った人々が、企業や、その監督官庁である地方政府の建物を取り囲む抗議行動を起こすことが増えている。

 「役所を取り囲む抗議行動が起きたら、事が大きくならないうちに解散させるとともに、地方政府が企業と従業員の間に立って仲介役をせよ」という指令が、中央政府から地方政府へ下っている。不満を持つ人が多いので、一つの企業の紛争が、大規模な反政府行動に発展しかねない状況だから、こんな指令が必要になっている。

 また中国政府は、共産党の支配に反対する民主活動家の地下組織が、不満いっぱいの失業者たちと結びつき、全国的な反政府運動に発展することも恐れている。

●「公共事業」という名の国有企業延命策

 この苦境を乗り切るため、朱鎔基首相が打ち出したのは、公共事業を増やして経済成長を取り戻し、失業を減らす、という政策だった。これは、日本政府が不況対策として打ち出してきた公共事業拡大策と似ているように見えるが、よくみると違う。

 今年拡大した公共事業は、道路や港湾などのインフラ(産業基盤)整備にも金が回るものの、一方で国有企業の設備増強など、企業の経営難を救うためにも使われる。そして、その金は政府の財政から直接出るわけではなく、国有銀行からの貸し出しが主力となっている。

 何のことはない。いったんは止めた銀行から国有企業への政策融資を、名前だけ変えて「公共事業拡大」とした上で、再開しているのである。

 しかも中国の企業は今、生産設備を増強する必要など、ほとんどない。今年に入って消費が落ち込み、作っても売れない状態だ。それなのに中国政府は、今年の経済成長を何とかして8%台にしないと失業者が増えて社会不安が広がるので、企業に対して「もっと作れ、もっと作れ」とハッパをかけている。

 そのため、全国の商品在庫の合計額は、1年前より10%ほど多くなり、中国全体の消費の半年分にもあたる額が、売れずに倉庫に残っている状態だ。明らかに、今は生産を拡大するときではない。

●国際化に対して慎重になる中国政府

 とはいえ、そもそも中国の金融市場を国際的に開放しなければならない、というかつての必要性は、もはや薄れてしまっている、という事情もある。以前は「国際化に未来がある」と信じられていたのだが、世界的な金融危機が起きてからは、「国際化すると危機に巻き込まれる」という考え方が広がりつつある。

 金融界を国際化しないのなら、銀行は債務超過の状態であっても大して問題ではない。むしろ、社会の安定に貢献するという、旧来の役所的な役割の方が大切だ、ということになる。

 中国政府は、以前には世界の自由貿易クラブであるWTOに早く加盟し、貿易を盛んにすることが必要だと考えてきたが、最近ではWTOの早期加盟は目指さない、とアメリカ政府関係者に漏らしたりしている。こうした動きと合わせて考えると、中国政府が経済を国際化することに対して、一時的にではあれ、消極的になっていることがうかがえる。

 世界の先行きがますます不透明になる現状のもとでは、こうした慎重な姿勢もまた、必要なのかもしれない。

 

 


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Party issues edict in fight against unrest

 中国の中央政府が地方政府に「失業者の暴動に備えよ」と檄を飛ばした、という内容の記事。サウスチャイナモーニングポスト、9月11日。

星島日報
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