中国の激動が始まった

97.03.11

 トウ小平氏の死去の直後、日本の新聞報道の主力の見方は、中国では混乱は起きないだろう、というものだった。しかし、先週の中国を見ていると、どうもそんなことはないようだ、という気がしてくる。今後の中国の混乱を予想させるできごとが、北京で立て続けに起きている。


●全人代で突き上げを食う北京政府首脳陣

 北京では3月1日から、国会にあたる全国人民代表者会議(全人代)が開かれた。従来、全人代では共産党と政府が出す議案に反対する議員はほとんどおらず、「全人代拍手」(右手を斜め下に、左手を少し右上にして手をたたき、顔はにこやかに。党と政府の偉業を賞賛する予定調和的な拍手の仕方)の嵐となるのが常だった。だが、今回はずいぶんと様相が違う。全国から来た議員たちが、江沢民主席や李鵬首相、朱鎔基副首相ら政府首脳を鋭く批判する発言が相次いだ。

 たとえば、朱鎔基副首相が「国営企業の経営問題は、今後3年間で解決する」と誇らしげに発言した時は、ある議員が立ち上がり「そういう計画は、まったくの絵空事だ。政府はまだ国営企業問題の有効な解決策を見つけ出していないのではないか。だから、3年で解決するはずはない。このままでは10年、30年たっても解決しないだろう」と言い放った。実際、北京政府が国営企業改革を言い出してから10年近くたっているのだが、以前から「3年で解決する」と言い続けており、突き上げが起きるのは当然である。

 また、議員の一人である湖南省ショウ陽市の孔令志市長は、政府が国営企業の建て直しばかり重視して、民間企業の発展を軽視しているとして、李鵬首相が提起した政府活動報告を批判した。(ちなみに孔市長は孔子の74代後の子孫だそうだ)

 国営企業の実質的な失業者(中国語で「下崗」と呼ばれる)の人数は、政府発表では全国で1000万人となっているが、議員の一人は発言の中で1500万人と言い、別の筋が明らかにした数字では4300万人にも達しているという。都市人口の約1割にあたる人数だ。

 中国の「工人日報」によると、労働者の約5%は、月収が65元(約1000円)以下で、最低限の生活を営むことすら難しい状態となっている。純粋社会主義の時代より、生活レベルが下がったという人も多いはずだ。失業者のうち60%前後は女性で、東北3省(旧満州)、四川省や雲南省などの中西部、狭西省、内モンゴルなどの「戦備後方」は、全産業に占める国営企業の割合が高く、失業者も多くなっている。

 全人代での、ある議員の発言によると昨年、湖南省で、長い間失業手当を受け取れないことに不満を爆発させた数万人の失業中の労働者が、武器を持って幹線道路や鉄道を占拠し、交通を遮断するという実力行使に出た。また「中国信息報」によると、集団で北京の中央政府に直訴しに行く地方の労働者も増えている。

 湖南省からきた議員の中には、炭鉱で働いて模範労働者になり、議員に選ばれた人もいた。50代の採鉱夫であるこの議員は、一か月100元(約1500円)で5人の家族を養っているが、生活は非常に苦しいと語った。こうしたことが、全人代の議論で中央政府の首脳が突き上げを食う背景にある。
 模範労働者とは、政府が全国民に対して「こういう人になりなさい」と言うことで、模範労働者のストーリーが人々の感動を呼んでいた時代もあった。だがもはや、模範労働者とは「働いても働いても、生活は楽にならない」ということを体現している人になってしまった。そんな中で、法や秩序を守りたいと思う人が減るのは当然かもしれない。

(この項の事実関係は、3月2日から5日にかけての星島日報を参考にした)


●北京に乗り込んできたイスラム特攻隊


 懸念されるもう一つの動きは、イスラム教徒が人口の過半数を占める「中国のパレスチナ」、新疆ウイグル自治区で独立武装闘争が、北京での爆弾テロに発展したことだ。3月7日午後7時半、帰宅ラッシュで乗客を満載した北京の市内バスの中で爆発があり、少なくとも3人が死亡、30人以上が怪我をした。台湾の中央通信社の報道によると、トルコに本拠がある亡命ウイグル人組織「東トルキスタン自由組織」が犯行声明を発表した。

 この手のテロは現代中国始まって以来のことで、3月11日付のウォールストリート・ジャーナル・アジア版は「ついに中国も、テロリズムという、欧米諸国と同様の悩みを抱えるに至った。このことがきっかけで、中国が欧米諸国と接近していく可能性もある」などとする記事を掲載した。

 バスの爆発が起きたのは、中国政府の首脳が多数住んでいる中南海や天安門広場から数百メートルしか離れていない場所だった。北京では、3月5日にも市内の市場で爆発事件があり、2月下旬には新疆ウイグル自治区の中心地のウルムチ市で市内バスが爆発、2月初旬には隣国カザフスタンに近い新疆の町イーニンでウイグル人の暴動が発生するなど、漢民族が支配する中国からの分離独立を目指すウイグル人の活動とみられる事件が相次いでいる。

 新疆ウイグルの独立運動は、1980年代初頭、中国が改革開放を始めて、新疆と、カザフスタンなど、同じくイスラム教徒の国である中央アジアの国々との国境が開き、貿易だけでなくイスラム原理主義思想が入ってきたことがきっかけで盛り上がった。
 中央アジアの国々の国民も、新疆のウイグル人と同系列のトルコ系民族で、19世紀までは新疆が「東トルキスタン」、カザフスタンなどが「西トルキスタン」と呼ばれ、一体の地域だった。そのため、双方の人々の間には親近感があり、イランやアフガニスタンとの人的な交流もある。イスラム原理主義が伝わりやすい環境なのである。
 (トルコ系の人々は1500年以上も昔、新疆のあたりだけに住んでいたのが、次第に西に居住範囲を拡大し、イスタンブールまで行き着いた。だから、亡命ウイグル人の組織はトルコにある)

 作者の見るところ、ウイグル人が暴力的なテロ活動を始めたのは、アフガニスタンでイスラム原理主義集団「タリバン」が全土のほとんどを制圧したことと関係ある。タリバンは、イスラム原理主義を中央アジア全域に広げたいのではないか。もしかすると、ウイグル人が国境を接するトルクメニスタンを通ってアフガニスタンに密かに招待され、そこでテロ活動の訓練を受けているかもしれない。ただし、タリバン自身は、そういった関与を否定している。

 事件の背景には、中国の経済開放が進むに従って、経済だけ開放してく政治は開放しない(自由選挙をしないとか)ということが難しくなっているという、中国内の現状もある。新疆だけでなく、チベットでも政治的な自由を求める動きがあり、それに対して中国政府は厳しい弾圧をしている。

 ウイグル人やチベット人が独立を求める背景には、圧倒的多数を占める中国人が、それらの少数民族を劣った人々としてみる傾向が強いことへの反発もある。中国では、辺境の人々を野蛮人とみる歴史があるが、そうした見方が今でも意外に変わっていない、と作者は中国を訪れたときに感じた。日本人する見方も、1000年前とあまり変わっていないのではないかとすら感じる。たまたま中国のラジオ漫才を聞いていた時、「日本人」という言葉が、馬鹿にする響きとともに語られていたのを聞き、その感を強くした。人間は、差別されているな、ということは敏感に感じるものだ。

 中国政府にとって恐いのは、イスラム教徒が「敵」と見なした相手への攻撃は、「最後の一人まで戦う」という非妥協さを持っていることだ。日本の戦時中の特攻隊のように、自殺的な攻撃も厭わない若者もいるだろう。しかも、ウイグル人の絶望的な戦いが続くうちに、もともと中国と親しかったパキスタンやイランを含むイスラム諸国は、ウイグル人に味方し、中国を敵と見なす傾向が強まると予測される。

 もし中国が、中東へのある程度の影響力を残したいと思うのなら、早めにウイグル人の独立、または自治拡大を認めた方がいいかも知れない。だが、トウ小平氏という後ろ盾を失った江沢民政権がそんなことをしたら、右派やその他の政府内の敵対勢力に厳しく攻撃され、失脚してしまう可能性もある。八方塞がりの状態である。

 また、中国では最近、武器の密売が盛んになってきており、しばしば大量の武器保有の摘発が報じられる。暴力団や秘密結社も増えており、政府にとって危険なのはウイグル人だけではない。今の中国は、わずかなきっかけから、混乱が急拡大する危険性をはらんでいる。

 こうした文脈からすると、北朝鮮の黄書記が韓国大使館に亡命申請した際も、中国政府は非常に慌てたはずだ。「北朝鮮を支持せよ」などという主張を、社会主義堅持を求める右派の政治家たちにされたら、トウ氏死去の直後ということもあり、江沢民氏ら現政権がどうなるか分からなかったからだ。

 ファー・イースタン・エコノミック・レビューなどは、こうした危険性を指摘し、「江沢民政権は近いうちに、天安門事件の弾圧を批判的に再評価するなど、政治的な改革に踏み切らざるを得ないだろう」などとする論調を載せている。

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