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カリフォルニア電力危機を考える

2001年1月29日   田中 宇

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 数年前に通信社で働いていたころ、大阪で経済記者として電力・ガス業界の担当をしたことがあった。電力会社に行って記者会見やその他の取材をするのが日課だったが、そのときに感じたのは、発電所や送電線などの施設が、電力会社の人々にとって不可侵で神聖なものだということだった。

 彼らは、企業の社員というより、国家の原動力である「エネルギーの神殿」ともいうべき発電所を守り、そこから発せられるパワーを定められた地域のすみずみに行き渡らせることを任務とした、国教の神主か衛兵のような存在に近いように感じられた。

 夏になると彼らは、ピーク時の電力需要増を心配するそぶりを見せて、原子力発電所が必要だというトーンの記事を記者に書かせようとした。新たな「聖地」の増設によって組織の拡大を画策する彼らにとっては、そこでは電力不足こそが問題であり、電力の過剰は問題ではなかった。

 日本では電力会社は公益企業であり、利益を極大化することが目的ではなく、電力の安定供給が任務であるから、発電所が神殿のように大切なものとして扱われても不思議はないのかもしれない。だが、そんな日本の常識でカリフォルニアの電力業界を見ると、まったく違う世界に感じられる。

▼世界最大の電力自由市場

 http://www.calpx.com/に「カリフォルニア電力取引所」のサイトがある。ここは「電気の卸売り市場」ともいうべき場所で、カリフォルニア州で使われる電力の4割近くが売買されている。取引所はパサデナ市にあるが、ウェブサイトでも現在の電力の取引価格が表示され、過去の毎日の相場や、日々の市況報告も掲載されている。

 ここでは一定の経済的な信用がある企業なら、会員登録を経て取引に参加でき、パスワードで保護されたサイトを開き、電力の購入量と希望価格を入力するだけで、電力を買うことができる。ここは世界で最も大規模な電力の自由市場である。

 インターネットで市場価格で電力が買えるとは、シリコンバレーがあるカリフォルニアにふさわしい、最先端のシステムだ。これがエネルギー業界の究極の姿だとしたら、神がかった体質の日本の電力業界は、非効率で古臭いものに感じられる。

 ところが今、この究極のエネルギー業界は、崩壊に瀕している。カリフォルニアでは、まさにこの自由市場の存在が原因で、2つの大手電力会社が倒産の危機に瀕し、第2次大戦中以来という大規模な停電が起きている。先進国では死語になったはずの「停電」という言葉が、アメリカのマスコミを席巻している。どうしてこんなことになったのか。

▼原発とエコ発電で割高になった電力料金

 1970年代に起きた石油危機は、アメリカの電力業界に正反対の2つの新しい流れをもたらした。原子力発電所の増設と、風力発電やソーラーパネルといった自然エネルギーの普及である。だが、この2つの新エネルギーは、従来の火力発電などよりコストが高かった。市民の反対運動や環境基準の強化を受け、原発の建設コストは60年代に比べて3−10倍となった。

 中東諸国が外交駆け引きの道具として石油を使った石油危機の後、アメリカ議会は中東の石油への依存度を減らそうと考え、電力会社がエコエネルギーを一定の割合で購入することを義務づけた。だがその後、予測に反して石油価格は下落し、電力会社は割高な買い物を続けねばならなかった。全米で最もエコエネルギーの普及が積極的に行われたカリフォルニアではこの傾向が強く、同州の電気料金はアメリカ屈指の高さになった。

 冷戦が終わり、1994年ごろからアメリカのいろいろな産業で自由化が始まったことが、この状況を変えることになった。当時のカリフォルニア州は、冷戦終結で仕事が急減した航空機・防衛産業などの影響で不況が続いており、電力料金の高さから産業が州外に逃げていると批判されていた。

 そのため、市場の自由化によって電力料金を下げることが検討された。それまでアメリカの電力業界は、日本や欧州のように公営企業だけが手がける体制ではなかったものの、行政の強い規制下にあり、電力料金は行政が許認可し、自由な売買もできなかった。

 自由な売買を認め、発電所や送電設備の新設も自由化されれば、競争が激しくなって電力料金も下がるだろうとの予測から、カリフォルニアでは96年に電力の自由売買が法制化された。州住民には、電気料金の値下がりを約束し、納得してもらった。98年には電力取引所が設立され、新しい発電会社をいくつも作って競争体制に移行させるため、既存の電力会社の発電所群の半数を売却させる措置がとられた。

(ロサンゼルス市やサクラメント市など、カリフォルニア州内でも25%の地域では、自治体などが独自の発電・配電設備を持っており、民間企業に頼っていないため、自由化の対象とはならなかった。停電や、その背景となった電力の自由売買は、残りの州内75%の地域での出来事である)

▼かっては供給過剰が心配だったのに・・・

 自由化が始まったとき、カリフォルニアでは電力の発電量が、消費量を30%上回っていた(30%余っていた)。作りすぎにもかかわらず、料金が高いことが問題だった。そのため、自由化に際して心配されたのは、こんな供給過剰の発電業界に新規参入する資本家がいるのだろうか、ということだった。

 そのため、電力会社が発電所を競売に出す時も、本来なら供給不足を防ぐため、売却後も何年間か、定められた料金で元の持ち主である電力会社に電力を売るという条件つきで売るべきだったのに、より高く売ることを優先したため、強制売却条件をつけずに売り出された。州当局は、自由化を急いでいた上に、それまで原発やエコ発電の増加に電力会社を付き合わせたことに対する見返りとして、電力会社が発電所の売却で累積損失を埋め合わるようにしたのだった。

 だが、ちょうどそのころ、カリフォルニアではシリコンバレーを中心にコンピューター関連産業が伸び出し、未曾有の長い好景気が始まっていた。コンピューターを無数に安置してあるシリコンバレーのサーバー倉庫は、中小の都市の全世帯が使うのと同じぐらいの電力を消費する。電力需要は増え始めていた。

 目ざとい投資家たちはこれに気づいていたから、全米から入札者が殺到し、発電所は高く売れた。これは、いずれ供給過剰が供給不足へと転化する予兆だったが、電力会社も行政も、発電所が高く売れることだけを重視していた。

▼ボッタクリ店と化した電力スポット市場

 発電所が売却され、電力取引所がオープンした後になって、本格的な需要増が始まった。好景気につられ、メキシコなどから多くの移住者が引っ越してきたこともあり、毎月のように電力需要が増え、電力相場は昨年の初夏から急上昇し始めた。

 行政が電力業界を規制していた時代なら、需要が増えたら当局主導で発電所を作る計画が進んだだろうが、自由市場ではそうはいかなかった。発電所を作るには何年間も先まで需給を見通して投資せねばならず、需要が増えた月は増産、減った月は減産ということができない。カリフォルニアは環境基準が厳しいことも原因となって、投資家たちは様子見に徹し、誰も発電所を作ろうとしなかった。(この10年間、大きな発電所は作られていない)

 アメリカで電力の自由な取引を始めた州はカリフォルニア以外にもあるが、いずれも自由市場での取り引きは、電力量全体の2割程度しかない。残りは、発電所と配電会社との直接交渉で決まる長期契約で、安定している上に取引所で買うよりも安い。取引所で売買される電力は、一日単位の「スポット買い」なので長期契約より高値になり、電力会社からは敬遠される。

 カリフォルニアでも以前は長期契約が多かったが、供給不足がはっきりしてきた昨年の初夏以降、発電会社が長期契約を渋るようになった。今では州内の75%を占める民間電力業界の需給のうち半分以上がスポット市場で取引されることになり、電力取引所における相場は、昨年春の1メガワット時あたり30ドル前後から、昨年末には300ドル前後へと10倍になった。

 昨年以来カリフォルニア州知事は、発電所を所有する各社に対してスポット市場での売り値を下げるよう圧力をかけたが、その多くは州外の会社で、知事の権限外の場所であった。年末以降、知事はワシントンの連邦政府に泣きついたが、政権の移行期で思うようにことが運ばず、しかも知事が民主党なのに対して連邦政府は共和党のブッシュに変わったので、色よい返事をもらえないままとなっている。

▼家賃より高くなった電気料金

 卸売価格が上がったら、一般の商品を売る小売店なら小売価格を値上げして対応するが、カリフォルニアの電力会社は、一般家庭向け電気料金の変更を許されなかった。これは自由化を始める際、電力会社は値下げ競争を恐れ、また消費者団体は値上げを恐れた結果、家庭向け電気料金を2002年まで(もしくは以前に累積した電力会社の赤字が消えるまで)凍結する決定がなされたためだった。

 身動きがとれなくなった電力会社は赤字を増やし、今年1月16−17日には「太平洋ガス電力」(PG&E)と「南カリフォルニアエジソン」の2社の電力会社が相次いで資金難に陥り、倒産寸前の状態となった。電力会社が電力を買えなくなったため、州内の各地で停電が起きる事態となった。

 一方、96年の発電所売却で過去の累積赤字をすべて帳消しできた「サンディエゴガス電力」は、99年7月から一般家庭向けの固定料金制をやめ、電力卸売価格に基づいた料金を徴収する体制にした。(電力各社の日本語名は筆者による意訳)

 その結果、同社はPG&Eなどのように倒産の危機には陥らなかったものの、サンディエゴ市など約300万人の電気料金は、昨年夏から高騰し、平均的な家庭の月の電気料金は、自由化以前の50ドル代から、今では120ドル代にまで上がった。家賃が安い地域では、家賃より電気料金の方が高いという事態になっている。

 電力料金の高騰で、温室栽培の花を作っている農家も被害を受け、今年のバレンタインデーには、愛のプレゼント用の花が売れるほど赤字が増える農家が続出するとの予測も出ている。シリコンバレーでは、電力危機を嫌って州外への移転を検討する企業が増えていると報じられている。昨秋以降、アメリカの景気は不安定な時期に入っているだけに、アメリカ経済の大黒柱であるカリフォルニアの電力危機は、アメリカ全体の景気低迷や、ひいては世界的な不景気の引き金となりかねないとする分析もある。

 カリフォルニア州政府では緊急の対策として、州が発電会社から電力を買って電力会社(送電会社)に掛け売りするとともに、州として発電所を買い取ることも検討している。今年じゅうに新しい天然ガス火力発電所を建設する計画もあるが、エコロジー派の市民たちは「どさくさ紛れに環境に悪い発電所を作ろうとしている」と反対している。

▼電力自由化そのものをやめるべきか

 今回のカリフォルニアの騒動は、自由化政策を軽率に進めると大変なことになる、という教訓を残したが、自由化そのものが冷戦後の正しい道なのかどうか、ということになると議論は分かれる。

 経済自由化を礼賛する英国エコノミスト誌などは「自由化そのものが悪いのではない。やり方を間違えたのが悪いのだ」という趣旨の社論「When the lights go out」を掲載した。だが、この論調は私に、かつて左翼の人々が「社会主義そのものが悪いのではない。ソ連や中国の指導者が私利私欲に走り、やり方を間違えたのが悪いのだ」と言っていたことを思い出させる。

 電力自由化は、イギリスや欧州大陸ではある程度成功しているし、アメリカでもペンシルベニア州やテキサス州などではカリフォルニアほどの失敗はしておらず、世界全体としてみれば、電力自由化に社会主義と同じ失敗の烙印を押すことは、まだ正しくない。

 とはいえ、カリフォルニア州以外の自由化地域では、まだ電力が供給不足になったことがないから、自由化が破綻していないだけであるとも考えられる。カリフォルニアの電力取引所では、発電会社が相場を釣り上げる価格操作が行われていた疑いが濃く、FBIなどが捜査に乗り出しているが、こうした釣り上げは、電力取引所が「自由市場」である限り、避けにくい。電力自由化には、必ず料金急騰の恐れがつきまとうことになる。

 カリフォルニア州では「電力自由化などしなければよかった」と多くの人が思っているだろう。そう考えると、大阪の電力会社の人々が持っていた発電所に対する神聖視を「古臭い」と一蹴してはいけないように思えてきた。



★英文の関連文書



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