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えひめ丸事故とアメリカの日本支配

2001年3月12日   田中 宇

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 前回の記事「えひめ丸事故と謝罪する技能」で、えひめ丸の事故がアメリカで日本の戦争責任問題と結びつけて報じられていることを紹介したが、多くの日本人にとって「何であの事故をこんなことと結びつけるのか」と思われる書き方をしている記事のケースは他にもある。

 ニューヨークタイムスが2月23日に載せた記事「Sub Accident Shakes Japan's Security Ties With U.S.」は「日本がえひめ丸事故を機に、アメリカとの軍事同盟に頼る度合いを下げ、独自の軍事大国へと変化していきそうだ」という論旨を展開している。そしてその証拠として、日本がアメリカに頼らずに軍事情報を得るための人工衛星の打ち上げを計画していることなどを挙げている。

 情報収集衛星と呼ばれる、日本のこの人工衛星の配備計画は、1998年に北朝鮮が日本海上空にロケット(テポドン1号)を試射した際、日本がアメリカから十分な情報を受け取れなかったことをきっかけに始まったものだが、ニューヨークタイムスの記事にはそうした背景が書かれていない。

 代わりに、日本が「アメリカが作ってあげた平和憲法を持っているにもかかわらず、今や世界最大級の軍事大国となっている」と、日本が情報収集衛星を持つことが、大日本帝国の再来につながりかねないといいたげな筆致となっている。

▼前任者が良好にした関係を壊して回る

 なぜ、こうした論調になるのだろうか。考えてみると、思い当たることがあった。ブッシュ新政権が何としても進めたがっている「ミサイル防衛構想」との関係である。

 ブッシュ大統領が選挙公約として掲げ、積極的に進めようとしているミサイル防衛構想は、どこかの敵国から打ってきた弾道ミサイルを空中で撃破するシステムで、アメリカ本土全体を守るための「アメリカ本土ミサイル防衛(NMD)」、世界の主要都市などを守るための「戦域ミサイル防衛(TMD)」などのシステムが計画されている。

 敵方から飛んできたミサイルを、ミサイルやレーザー兵器などで迎撃する計画は、アメリカでは1960年代から続けられ、40年間に約12兆円がつぎ込まれたが、いずれの計画も実用に至っていない。1983年にはレーガン大統領の「スターウォーズ計画」(戦略防衛構想、SDI)がぶち上げられたものの、冷戦の終結で計画は不要になった。

 しかしその後、88年からのブッシュ政権(父親の方)では、ソ連からではなく、イランやイラク、北朝鮮など「テロリスト国家」とアメリカが烙印を押した反アメリカの国々からの攻撃に対処するという名目を掲げなおし、SDIとは違う技術を使いつつ、「弾道ミサイル防衛」(TMD)構想を続けた。

 92年からのクリントン政権になって、計画はさらに広げられた。日本などアメリカの同盟国を守るTMDと、アメリカ本土を守るNMDとに分けて進められ、1998年に北朝鮮が打ち上げた弾道ミサイル(ロケット)がアメリカ本土まで到達する性能があるとされてから、NMDの必要性がさらに強調されるようになった。たが、昨年7月に行われたNMDの実験が失敗し、信頼できるシステムになっていないことがはっきりした。

 しかも、北朝鮮が打ち上げたのは弾道ミサイルではなく、北朝鮮が主張するとおり、建国50周年記念の衛星打ち上げ用ロケットの可能性が大きいと分かった(弾道ミサイルは構造がロケットとほぼ同じ)。このため、クリントンはNMDの推進よりも、北朝鮮に対する寛容政策をとることで、外交的に問題を解決する作戦に転換した。

 しかしその後一転して、新任のブッシュ政権は「外交交渉」より「軍事的威嚇」を重視する戦略をとっている。クリントンが放置していたイラクに対して大々的なミサイル攻撃を再開し、北朝鮮に対しても寛容政策をしばらく見送ることを表明した。中国に対しても急に敵対姿勢を強め、台湾に対する軍事支援の強化をほのめかすようになった。

 政策転換の背景には「クリントン式の寛容政策では、アメリカは譲歩させられてばかりだ」との認識が根底にあるとも考えられるが、目立つのはむしろ、ミサイル防衛計画を進めるために、前任者のクリントンが良好にした中国や北朝鮮との関係を、わざわざ壊して回っているブッシュ政権の姿である。

▼アメリカに好都合な日本と周辺国の相互憎悪

 この行為に迷惑しているのが、韓国の金大中大統領である。彼はいったんブッシュのミサイル防衛構想に反対を表明したものの、その後、黙認する姿勢に転じた。アメリカと韓国がいがみ合うことは、北朝鮮とアメリカの関係が今後急速に悪化した場合、北朝鮮に利用される可能性があるため、表だったアメリカ批判を撤回したのだろう。

 アメリカは、北朝鮮や中国を敵に回す半面、日本との関係については、軍事同盟がアメリカの主導と日本の従属というかたちで維持されるよう、注意を払っているように見える。TMDの開発には日本も予算をつけて協力している。

 アメリカの軍事的な傘から出て独自防衛をめざすヨーロッパ諸国は、ブッシュ新政権が打ち出したミサイル防衛強化策には反対する姿勢をとっている。そのため、日本はアメリカのミサイル防衛に巨額のお金を出してくれる、唯一の外国の金づるとなっている。

 この流れで考えると、ブッシュ政権が北朝鮮に対して寛容な政策を止めてしまったもう一つの理由が浮かび上がる。北朝鮮を危険な国として置いておくことで、日本がアメリカのミサイル防衛体制にすがりつく状態を続けるよう仕向けられる、ということである。

 ところが、日本では「北朝鮮のミサイル試射の際、アメリカは十分な情報をくれなかった」として、独自の情報収集衛星を打ち上げる計画を検討している。これが進むと、アメリカのミサイル防衛計画への日本の参加が限定されることになりかねない。

 そう読み解くと、ニューヨークタイムスが「日本独自の情報収集衛星は、アジアが懸念する日本の軍事大国化につながる」と書く政治的背景が見えてくる。アメリカ主導の日米軍事同盟に少しでも不安が生じると「日本は軍国主義に戻るかもしれない」という対日批判の論調がアメリカで出て、日本がアメリカの軍事産業に貢献する元の体制に引き戻そうとする力が働くようになる。

 えひめ丸事故の後、日本で米軍に対する抗議の声が強まると「日本は戦争責任を果たしていない」という論調がアメリカで出てくるのも、同様の背景があると思われる。

 この線を延長して考えると、「戦争責任問題」などをめぐり、日本人と、韓国や北朝鮮、中国などの人々が憎み合う状況が維持された方が、アメリカの対日軍事戦略には好都合だということになる。北朝鮮や中国が反日の国として存在する以上、沖縄駐留米軍が日本にとって不可欠であり続ける一方、日本が米軍の傘下から出て独自の軍備を増やそうとすれば、中国や韓国、北朝鮮が猛反対してくれるからである。

 日本人と、中国や朝鮮半島の人々が、相互の嫌悪を乗り越えることができれば、この矛盾を解決できるが、日本も中国も韓国も、冷戦後は「民族主義」が強まる傾向がみられ、逆にますます解決困難な状況が立ち現れている。

▼民主主義が及ばないアメリカの外交政策

 そもそも、クリントンからブッシュへの大統領交代とともに、アメリカの東アジア外交が激変した経緯は、米国内の民主的な手続きを経ていないように思われる。昨年のアメリカ大統領の選挙戦では、外交政策が争点にならなかった。投票前に3回、大統領候補どうしがテレビカメラの前で討論するディベートがあり、それが選挙戦のハイライトだったが、そこでも外交問題はほとんどテーマにならなかった。

 外交問題で行われた発言といえば、中東和平問題をめぐり、ゴアが「イスラエルを支持しつつ、誠実な仲介役として和平交渉を進める」と言ったのに対して、ブッシュが急いで「ぼくもイスラエル支持で、誠実な仲介役をする」と答えたことぐらいだった。

 敵対する2つの勢力を仲介するときに、どちらか一方を支持すると明言しつつ「誠実な仲介者」を自称するのもおかしな話だが、それ以上に興味深かったのは、共和党も民主党もイスラエルロビーを異様に恐れているということが「ぼくもイスラエル支持です」とブッシュがあわてて発言したときに感じとれたことだった。

 外交問題が大統領選挙の論争テーマにならない一因は、アメリカの有権者が外交問題に関心を持たないからである。アメリカでは、冷戦時代には「ソ連とどう対立していくか」が大統領選挙の争点になることが多かった。だが冷戦後の問題としては、世界的なイデオロギー対立より、隣国どうしで殺し合う地域紛争の方が目立っている。身近な場所で国際紛争が起きていないアメリカの人々は外国の出来事に無関心になり、選挙でも外交が語られなくなった。

(その半面アメリカでは、外交政策が国内政治の裏取引の材料によく使われるようになった。イスラエルロビーがその最大級のものだ)

 その結果、アメリカの外交政策は、選挙という民主主義の手続きを経ずに決まるようになってしまった。ブッシュ大統領は、クリントン前大統領とはかなり異なる外交戦略を持っていたことが就任後にはっきりしてきたが、それが投票前のディベートなどで発表されることはなかった。新聞の分析記事などとして書かれただけだった。

 民意の支持をとりつける必要がなく、ブッシュ個人と側近たちの考え方だけでアメリカの外交政策が決まり、世界中の国々がアメリカの政権交代にともなう政策の急変に振り回され、一喜一憂している。これは世界全体にとって良くないことではないか。

 アメリカ国内でも、大統領が交代するたびに外交方針が変わるのはマイナスであるという論調は存在する。冷戦後初めて大統領選挙があった1992年、すでに外交雑誌「フォーリンアフェアーズ」は「冷戦終結後の今こそ、アメリカ外交の将来を国民的に論じる必要があるのに、米国民は冷戦の終結とともに外交への関心を失っている」と嘆く記事を載せている。外交に関心がないのは日本人も同じだが、アメリカは世界を一極支配しているだけに、特に深刻な問題といえる。



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