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揺らぐヨーロッパとアメリカの同盟

2001年7月2日   田中 宇

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 6月14日、アメリカのブッシュ大統領が、EU15カ国の指導者たちと会うため、スウェーデンのエーテボリに着く直前、EUの議長国をつとめるスウェーデンのペーション首相は「アメリカの世界支配に対するカウンターバランスとして、ヨーロッパが今よりも強くなることが必要になっている」という主旨の発言をした。

 これまで、アメリカにとって西欧諸国は最も重要な同盟相手であったし、西欧にとってもアメリカが最も重要な同盟国だった。ところが今、こうした欧米間の関係が変わりつつある。それが明らかになったのが、6月のブッシュ大統領の訪欧であった。そして、欧米間の新たな関係を象徴しているのが、ブッシュを迎える際にEUの議長が発した、アメリカを仮想敵とするかのような発言だった。

▼地球環境問題をめぐる食い違い

 欧米間の緊張を高めている要因は、いくつかの種類がある。そのひとつは、ブッシュ政権が、地球温暖化防止のための「京都議定書」から離脱する立場を表明するなど、欧米間の協調によって国際的に決めたことをアメリカが守らなくなったことだ。ブッシュ政権は、国際協調より、自国の国益を優先する立場を明らかにしている。

 前任のクリントン政権は当初、京都議定書の実施に協力する態度を見せたが、米議会が反対したため、1997年の時点で、すでにそれは無理なことになっていた。しかし、クリントン政権は、ウォール街の金融機関やハリウッドのエンターテインメント業界など、国際的に展開する産業からの支持で成り立っており、欧米間の関係を悪化させるわけにはいかず、京都議定書に対して曖昧な態度をとった。

 冷戦終結後、世界に対するアメリカの一極支配が、アメリカ企業にとって大きな利益をもたらすと考えられ、そのためにクリントン政権は欧州との協調関係を維持した。しかし、1997年以来の世界通貨危機などを経た後、世界支配がアメリカに大きな儲けをもたらすとは考えにくくなった。

 その変化の延長にあるブッシュ政権を支持する産業はどちらかというと、石油など国内需要を重視する業界である。クリントン時代に比べ、欧州などとの良好な外交関係を求める圧力が少なくなった。むしろ、欧州主導で決めた厳しい環境基準をアメリカが守らねばならないことのマイナス面が重視されるようになった。

「アメリカの原子力発電と地球温暖化」参照)

▼死刑廃止やミサイル防衛構想も

 地球温暖化対策と並んで、最近のアメリカが西欧諸国のアイデンティティを逆撫でしている問題として、死刑制度をめぐる議論がある。西欧では人権や環境の問題を重視する姿勢が強く、EUに新規加盟する国は、必ず死刑制度を廃止せねばならないほどだ。

 それに対してアメリカでは、死刑には犯罪を抑止する役割があると考えるブッシュが大統領になってから、オクラホマ市の連邦ビル爆破事件で死刑判決を下されたティモシー・マクベイに対する死刑が、賛否両論が渦巻く中で執行されるなど、欧州とは別の道を進んでいる。

 西欧が人権を重視するのは、戦場となった経験がないアメリカと違い、2度の世界大戦とその後の冷戦の戦場となり、多くの人々が殺されたり弾圧されたりしたことと関係あると思われる。それだけに欧州の人々は、ブッシュ政権のやり方が自分たちに対する敵意であると受け取られる傾向がある。

 もう一つ、欧州諸国が反発しているのは、ブッシュが押し進めている「ミサイル防衛構想」(NMD)についてである。この計画は、ミサイルを撃ち落とすためのミサイル網を構築することで、アメリカ以外の国々に核ミサイルを開発する意欲を失わせ、軍拡競争を止めようとするものだ。だが、アメリカの世界支配が強まる懸念があるため、フランスやドイツ、ロシア、中国など、主要国の多くはこの構想に反対している。

 ブッシュ政権はNMDを実現することに異様に熱心だが、構想が実現するのは早くて6−7年後である。技術的な難しさを考えると、実現はもっと先になる可能性が大きい。そんな先の話について賛同するかどうか、米高官が世界各国を回って尋ねて回る姿からは、アメリカがNMDを「踏み絵」として使っていることがうかがえる。「NMDに賛成するならアメリカの同盟国だし、賛成しないなら潜在的な敵としてみなす」という踏み絵である。

▼「ヨーロッパ人は口だけ達者」

 EUは、市場の統合や通貨統合を進め、政治的な統合や、欧州連合軍の結成にも着手しており、世界的な超大国の一つとして浮上しようとしている。アメリカのみが世界を支配する体制は、EUにとって容認できないものになりつつある。EUが重視している人権や地球環境問題を、アメリカが軽視するそぶりがみられるだけに、それが強い。

 今後は、国際紛争に対する介入も、欧米間の摩擦の種となる可能性が大きい。たとえばパレスチナ問題をめぐっては、米国内政治におけるユダヤ系ロビーが強力であることから、アメリカでは「公正な仲介者」というと、イスラエルを支持することに意味するほどの状況だが、西欧諸国の多くは、むしろイスラエルを非難する立場にある。

 西欧諸国は、中東や旧ユーゴスラビアなどに対するアメリカの紛争介入の戦略に失敗が多いことを批判する向きがあるが、逆にアメリカからみると、西欧諸国は口だけ達者で、実際に命をかけて紛争介入していない、という批判になる。

 ブッシュ政権は、コソボやボスニアからアメリカの兵隊を撤退させる可能性を見せたが、これに対して西欧諸国は「撤退するな」と言うばかりだ、という批判記事が、アメリカの右派系新聞によく載っていた。「アメリカのやり方が稚拙だというなら、アメリカ兵にはさっさと帰国してもらい、欧州軍をコソボやボスニアに出せばいいのに、欧州の人々は、自分たちが血を流すのはいやなのだ」という批判である。

▼決裂はしそうにない欧米間

 このように何種類もの対立点が浮上してきた欧米間だが、今のところ、両者の関係が決定的に悪化するとは考えにくい。

 ブッシュ大統領は、環境や人権の問題でいろいろうるさいことを言い、対等な関係を求めてくる西欧諸国より、アメリカの方が強い立場に立つことを容認してくれる、日本を含むアジアや中南米諸国との関係を重要視しているように見える。しかし、欧米はともにキリスト教社会であり、中東や中国といった異教徒勢力との関係を考えると、欧米間が対立関係になることは、アメリカが敵視する中国などを有利にするだけだと思われる。

 ブッシュ政権は就任当初、ロシアに対して、クリントン時代とは一転して厳しい政策をとったが、それは中国とロシアが反米を基調に接近する事態を招いた。そのため、今回のプーチン大統領とブッシュ大統領との会合では、NMDやイラク制裁問題など、両国の対立点は何も解決されなかったのに、2人がいかに個人的に親しい関係になったかを強調する作戦がとられた。

 日米関係でも、訪米した小泉首相とブッシュ大統領が親しくなったことだけが強調されている。こうした融和戦略から考えると、ブッシュ政権は西欧諸国との関係も、同盟を維持していくと思われる。



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