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台湾の政治を揺さぶるマスコミ

2001年9月10日   田中 宇

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 台湾で6月末に行われた世論調査によると、台湾では国民の33%が「一国二制度」方式による台湾と中国との統一に賛成している。その一年半前に行われた同じ調査では、一国二制度方式に賛成した人々は23%だったので、10ポイントも上昇したことになるという。(一国二制度方式とは、台湾が中国と統一した後も資本主義を続け、大陸の社会主義とは別の体制を維持するという台中統一の構想)

 この調査が報道されたとき、台湾内外のマスコミは「人々は、不況の台湾にはもはや未来がなく、経済発展を続ける大陸の方が可能性があると考え始めた」などと解説した。同時期には、台湾最大の石油化学メーカーとして大陸への投資を積極的に行ってきた「台湾プラスチック」の王永慶会長が「台湾政府は経済建て直しのため、台湾企業の大陸投資を規制する政策を撤廃し、台中間の自由往来を実現すべきで、そのために必要な《一つの中国》の認識を受け入れるべきだ」と発言して注目を集めた。

(台湾政府は過去50年間、台中間の直接の往来や通信を禁止し、貿易や通信は香港などの中間点を経由させてきた。また5年前からは、経済の空洞化を防ぐため台湾企業の大陸投資の上限額や投資可能な業種を規制したが、台湾企業の大陸投資が急増するにつれ、台湾の財界は、これらの制限の撤廃する要求を強めている。しかし「三通」と呼ばれる台中間の直接の貿易や通信の解禁には中国側の了解も必要で、中国政府は「台湾は中国の一部だという《一つの中国》の認識を台湾が認めない限り、三通に向けた交渉はしない」と言っている。このため王永慶のような北京政府寄りの台湾財界人らは、台湾政府に対して《一つの中国》を認めるよう迫っている)

▼世論調査のゆがみ

 こうした流れからは、台湾が中国に飲み込まれてしまうのは時間の問題と思えてくる。しかし、事態を詳細に読んでいくと、別のストーリーも見えてくる。

 冒頭に掲げた調査は「連合報」という新聞社が行ったものだが、これとは別に台湾政府が7月上旬に行った同種の世論調査によると、一国二制度での台中統一を支持する人は13・3%で、4ヶ月前の調査に比べて2・8ポイント低下したという結果だった。

 2つの世論調査の食い違いは、調査の実施者のスタンスの違いに関係していると思われる。連合報は、大陸との統一を目指す「外省系」勢力の新聞だ。今春、小林よしのり氏の著作「台湾論」を攻撃するキャンペーンを最初に展開した新聞社でもある。(外省系が目の敵にしている「本省系」勢力の多くは親日なので、日本を叩くことは本省系への攻撃になる)

 一方、台湾政府は本省系の民主進歩党が握っている。つまり、連合報の世論調査は、一国二制度に賛成する人が多くなるように質問の立て方を考えただろうし、政府の世論調査はその逆の方向で考えたであろうということが想像できる。

 中国敵視・親台湾の傾向があるアメリカの新聞ウォールストリート・ジャーナルは7月10日付の記事で、連合報の世論調査の質問に出てくる「一国二制度」の項は、台湾が今の中国に飲み込まれることを意味するのか、台中が対等な立場で統一に向かうことを前提としているのか曖昧であり、調査結果を偏向させようとする意図が見える、と指摘している。

▼マスコミの経営トップは外省系

 さらに言うなら、台湾のマスコミの多くは、いまだに外省系の勢力が経営権を握っている。台湾では1980年代まであらゆる権力を国民党が握り、それは学界や報道界にも及び、55年前に国民党と一緒に大陸から来た人々、つまり人口の1割しかいない外省人でないとマスコミの幹部や権威ある学者になることは難しかった。

 自由化が進んだ今では、マスコミでも多くの本省人が働いているが、経営トップはそうではない。本省系のメディアは、テレビは「民視」、新聞では「自由時報」など少数派である。

 こうした現状から考えられるのは、台湾のマスコミでは景気の状態がことさら悪く描かれている可能性があるということだ。台湾の視聴者や読者が、台湾より中国の方が経済の将来展望が明るいと思うようになれば、中国と統一した方が良いと思う人が増え、統一を推進する外省系の野党(国民党、親民党、新党)に有利な世論につながる。

 その手の策に引っかからないよう、台湾の報道に接するときは、どういうスタンスの組織が報じているニュースなのかを考えて読んだ方がいいだろう。

▼経済と民主が台湾自立を維持してきたが・・・

 台湾(国民党)の最大の庇護国だったアメリカが、1972年に中国と国交を回復して以来、一時は台湾が中国に併合されてしまうのは時間の問題とも思えたが、それを食い止めたのが「経済発展」と「民主化」という2つのプロジェクトだった。

 経済発展によって台湾が巨額の富を持った結果、その金で米国債を買ったり、アメリカの政治家に献金やロビー活動を行い、アメリカが台湾を見放すことを防ぐことができた。また、民主化を進めることにより、台湾の人々の民意に反する形での台中統一を不可能にする効果があった。

 国民党の一党独裁体制を続けていたら、アメリカが台湾を見放した場合、国民党に対して「中国と統一の交渉を進めよ」という圧力がかかる可能性があったが、民主化してしまえば「民意に反して統一を進めることはできない」と突っぱねることができる。

 経済発展と民主化のプロジェクトは1988年に李登輝が総統になってから顕在化し、外省系が政権中枢を独占していた状況が崩れ、「本島化」(本省化)を進める李登輝のもとで外省人の力は低下した。昨年5月に国民党から民進党に政権が交代し、李登輝政権から陳水扁政権に代わったことで、外省系による独占体制は完全に終わり、民主化の仕上げとなるはずだった。

 しかしその後、昨年の政権交代当時には好調だった台湾経済が悪化し「台湾より大陸に未来がある」という見方が成り立つようになり、それにともなって統一派の外省系の政治勢力が力を取り戻し始めた。民主主義の社会ではマスコミが何を報じるかによって国民が影響され、選挙の結果が変わってくるが、台湾ではマスコミを外省系が握っているので、民主化しても少数派の外省系勢力は有利な状態を維持している。

(続く)



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