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米大規模テロの犯人像を考える

2001年9月13日   田中 宇

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 9月11日、アメリカで起きた大規模テロ事件に対し、アメリカの議員や政府高官の中には「パールハーバー(真珠湾攻撃)以来の大攻撃だ」と今回の事件を位置づけている人が出てきている。

 これは、これは日本に対する批判というより、今回の事件がアメリカにとって第2次大戦以来の大きな「戦争」の始まりであることを示そうとする意図だろう(アメリカの日本に対する無神経さを表しているとも言えるが)。

 真珠湾攻撃と同様、敵の「奇襲」によって戦争が始まった、という意味で「パールハーバー」が持ち出されているように感じられる。真珠湾攻撃は舞台がハワイでアメリカ本土ではなかったが、今回はいきなり本土の中心地を攻撃されたという点では、パールハーバー以上だといえる。

 ブッシュ大統領も「これは戦争だ」と述べたし、国防総省などには、早々と今回の事件の「黒幕」だと決め付けられたアフガニスタン在住のオサマ・ビンラディンと、彼を匿うタリバン政権に対して軍事的な攻撃を始めるべきだ、と主張する人も出始めた。米政府の態勢からみて、すでにアメリカは「戦時体制」に入っているとみることもできる。

 とはいえ実のところ、1941年12月の真珠湾攻撃は、その直前まで続いていた日米交渉で、アメリカが日本に対し、仏領インドシナからの全面撤退など、当時の日本政府がのめない条件を、最後通牒として突きつけたことを受けた、日本側のリアクションとして起きている。アメリカ政府は日本軍の奇襲を予期していたが、あえて「自分たちは奇襲の被害者だ!」と騒ぐことで、日米戦争に突入するにあたり、自らの正当性を示す意図があったと思われる。

 実は今回の事件は、オサマ・ビンラディンが関与しているのだと仮定すると、「奇襲」という側面だけでなく、アメリカが先に仕掛けて「敵」が反撃してきたという裏面の事情についても、今回の大規模テロ事件は、真珠湾攻撃と似たところがある。事件が起きる前に、すでにアメリカはアフガニスタンを攻撃し、ビンラディンを殺すか生け捕りにする作戦を考え、実行に移す直前だったと報じられているからである。

▼アメリカが先にビンラディンを暗殺しようとした?

 南アジア情勢に詳しい英文ニュースサイト「Asia Times」の記事によると、アメリカが大規模テロに襲われる前日まで、パキスタンの情報機関ISIの長官がアメリカを訪問し、CIA幹部と打ち合わせをしていた。

 アメリカがビンラディンを殺すか逮捕するには、パキスタンの協力が不可欠だ。パキスタンは、タリバンがアフガニスタンのほぼ全土を支配する勢力になるまで支援していたし、アフガン内戦でタリバンの敵であるムジャヘディン諸派も、パキスタンの町ペシャワールに拠点を置いているからだ。

 パキスタンには、イスラム主義を信奉する国民の勢力が強く、彼らは皆、ビンラディンを英雄とあがめている。そのためパキスタン当局はアメリカのビンラディン襲撃計画に協力したがらなかったが、経済が破綻しているパキスタンはアメリカの配下にある国際金融機関IMFなどから緊急融資をしてもらう必要があるため、ある程度の協力をすることを約束した。

 パキスタンのISI長官は9月11日にアメリカからパキスタンに戻り、翌12日にはCIA長官がパキスタン入りして、ビンラディン襲撃に向けた最終調整を行う予定だった。ところが、その矢先にアメリカで大規模テロが起こり、CIAのパキスタン訪問は延期された。

 このことと前後して、アフガン内部でタリバンと敵対するムジャヘディン諸派勢力のリーダーのひとりであるアーマド・シャー・マスードが襲われ、その後の生死が不明の状態になっているが、これもビンラディンの指示によるものだ、とAsia Timesは報じている。

 これらの情報からは「アメリカに殺されそうになったビンラディンによる逆襲がアメリカで起きた大規模テロである」という筋書きが考えられる。だが、アメリカ政府はテロ事件の後、何とかしてビンラディンとタリバンを「犯人」として仕立てようとしてさまざまな情報を流していることを考えると、この筋書きに飛びつくことは危険だという懸念もある。

▼サウジアラビア皇太子の仲介策も失敗

 この話には前段もある。数ヶ月前、サウジアラビアのアブドラ皇太子がアフガニスタンを訪れ、タリバンの最高指導者ムラー・オマールに対し、ビンラディンをサウジアラビアに引き渡してくれるよう要請した。アメリカなど第三国に引き渡さず、サウジ国内で保護する、という条件つきだったが、オマールは拒否したという。

 この背景には、ビンラディンは1991年に追放されるまでサウジ国籍だったことと、サウジ王室はタリバンにとって巨額の支援をくれた恩人であるということがある。アブドラは、ビンラディンをめぐるアメリカとタリバンの対立を解くためにこの申し出をしたが、成就しなかった。

 サウジ王室内では王族間で対立がある。アブドラは、アラブ世界全域でカリスマ性の高いビンラディンを自分の庇護のもとに置くことで、そのカリスマ性を借りて他の王子らより有利な立場に立とうとしたのかもしれない。

▼犯人像を考える

 今回の事件の犯人について考える場合、まず、アメリカ人の犯行なのか、外国人がアメリカに来て行ったことなのか、という区分ができる。

 1995年、オクラホマシティで起きた連邦ビル爆破テロ事件では、アメリカの捜査当局は当初、中東からきたアラブ人テロリストの犯行だと断定して発言していたが、その後の捜査で、ティモシー・マクベイという「普通の」アメリカ人が狂信的な行動に走った結果の犯行であると分かった。このときの教訓から今回の事件では、最初から「外国人の犯行」と断定することは危ないという考え方が、アメリカのマスコミや政府高官の間で見られた。

 アメリカ国内の勢力の犯行である場合、極右勢力、反グローバリゼーションを掲げる過激派などの可能性がある、とする記事も見かけた。しかし、いずれの人々も「自爆テロ」を組織的に行うという思考回路からは遠いと思われる。西欧の「合理主義」的な文明のもとで育った人は、何か大事を成し遂げる時は、その結果死ぬのではなく、生き残ることが必要だという価値観を持っているように思われる。

 今回の事件がイスラム主義テロリストの犯行に見せかけたイスラエル当局筋の犯行ではないか、と書いたメールを読者からいただいたが、イスラエルでも人々の多くは西欧合理主義の信奉者なので、自爆テロの実行犯になるとは思えない。

▼イスラエル問題から米世論をそらす

 アメリカ外の勢力の犯行である場合、昨今の世界情勢からの印象論でいうと、「自爆テロ」で思い出されるのはパレスチナ人である。昨年後半に中東和平交渉が崩壊して以来、イスラエルのパレスチナ人に対する弾圧・攻撃が強まり、それに伴ってパレスチナ人の若者らが出稼ぎを装ってイスラエルに入り、自爆テロを行うというケースが急増した。

 今回のアメリカの大規模テロ事件が、仮にアメリカ当局が推測するようにオサマ・ビンラディンが指示したものだとしても、その理由として、イスラエルのパレスチナに対する弾圧の強まりがあることは間違いない。ビンラディン自身、最近放出したビデオメッセージの中で「敵はイスラエルとその背後にいるアメリカである」と言っている。

 しかし、事件から2日たったアメリカでは、ビンラディンとアフガニスタンに対して報復をするかどうかということに人々の意識を集中させ、そもそもアメリカ政府がイスラエルによるパレスチナ人に対する弾圧を支持・容認していることが、パレスチナ人とイスラム世界全体の反米感情を強め、テロにつながったということは、わざと話題にならないようにしているように見える。

 この背景には、アメリカの世論が「テロは許せないが、そもそもなぜこんなテロが起きるのかを考えると、イスラエルがパレスチナ人を弾圧していることをアメリカが支持しているからではないのか」という方向に行くことを防ぎたいアメリカ政府の意図があり、マスコミがそれに乗っているのではないか、とすら思える。

 今回の事件を機に、アメリカの世論が自国の対イスラエル政策に疑問を持った場合、ブッシュ政権がそれに呼応して外交政策を微妙に変える必要が出てくるかもしれないが、そんな動きは強力なイスラエルロビーからの圧力を受け、封じ込められる可能性がある。そうなると、ブッシュ政権は世論とイスラエルロビーとの間で板ばさみになりかねない。それを避けるため、早々と「悪役」をオサマ・ビンラディンに設定したのではないかと勘ぐれる。

 事件から2日たち、犯人につながる人々として出てきた人々の国籍は、アフガニスタン、アラブ首長国連邦、トルクメニスタンなど、アフガニスタンを中心とする「ビンラディン・ネットワーク」を感じさせるものではある。とはいえ、アメリカでは巧妙な報道管制が引かれている可能性があり、まだ犯人像に関するこれらのニュースを事実だと前提して考えない方がいいのかもしれない。

(続く)



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