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「仕組まれた9・11」と中国

2002年3月25日   田中 宇

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 明日、私が書いた新しい本が書店の店頭に並び始める。「仕組まれた9・11−−−アメリカは戦争を欲していた」というタイトルで、PHP研究所から単行本として出版される(税別1400円)。

 昨年9月11日の大規模テロ事件とその後の「テロ戦争」とは、アメリカにとってどのような意味を持った出来事なのか、これまでインターネット上に発表した文章をもとに、さらに深い分析を加え、大幅に加筆した。以前書いた「アメリカで秘密裏に稼動する影の政府」など、メール配信では途中で終わっている記事の未発表の結論部分も、この本に盛り込んだ。

 アメリカの国防長官などは「テロ戦争は今後50年続く」と言っており、アメリカの現政権はテロ戦争を、今後長期間にわたって世界を支配するための枠組みとして考えていると思われる。1990年ごろまで約40年間続いた「冷戦」の続きをアメリカが始めたといえる。

 だとしたら今後の世界情勢は、911事件の意味を把握した上で読み解いた方が良い。この事件を「ある日突然アラブのテロリストがアメリカを攻めた」という表面的な見方でとらえると、世界の動きを読み間違うおそれがある。

 私の分析がすべて正しいと言い切れるわけではないが、現在と今後の国際情勢の意味について人々が考えるとき「そもそも911とは何だったのか」という原点に立ち返って考えた方が良いときがあるに違いない。そのような場合の参考書として、この本を書いた。(要するに「一度読んだら用済み」という本ではないので、みなさん買ってくださいね、ということです)

▼軍事産業が主導する外交

 先週の記事で「911事件は、中国と台湾の関係を平和なものに好転させる副作用があるかも」というようなことを書いた。(「解かれたキッシンジャーの呪い」

 ところが、記事を配信したその日、アメリカと中国の関係は、まさに台湾をめぐって急転直下、悪くなった。台湾の湯曜明・国防大臣がアメリカから招待されて訪米したからだった。1972年にアメリカが中国(中華人民共和国)と外交関係を結び、台湾(中華民国)との正式な外交関係をとりやめて以来、台湾の国防大臣がアメリカから滞在ビザを発給されて訪米したことはなかった(飛行機の乗り換えでアメリカに寄ったことがあるだけだった)。

 またこれと前後してブッシュ政権は、もし中国が台湾を軍事攻撃した場合は米軍は核兵器を使う可能性がある、という趣旨の戦争シナリオを発表した。

 これまで「911は、米中とか台中の関係には間接的な影響しかない」と思っていたが、その考えも変えねばならないかもしれない。911の裏話に出てくるのと同じ登場人物が、米中関係に登場したからだ。この登場人物とは「カーライル」という企業である。

 カーライルについては、以前の記事「テロをわざと防がなかった大統領」で紹介し、新刊本の中でさらに詳しく説明したが、ビンラディン家とブッシュ家がつながっていたことを示す実例として指摘された投資会社である。この会社には、ブッシュ大統領の父親をはじめ、カールーチ元国防長官、ベーカー元国務長官など、アメリカ共和党の重鎮政治家たちが名を連ねている。

 カーライルは、業績の良くない軍事メーカーなどを安く買収した後、重鎮政治家の政治力を使ってそのメーカーへの国防総省などからの受注が増えるように仕向け、企業の収益が大きくなって株価も十分上がったところで株を売るという手法で知られている。いわば「政治をカネに換える」ビジネスである。

 カーライルの会長をつとめるのはカールーチ元国防長官だが、先日台湾の湯国防大臣をアメリカに招待し、ビザの手配をしたのがカールーチ氏だった。カールーチ氏は、湯大臣と米国防総省のウォルフォウィッツ副長官との会合という政府間協議をセットしたほか、この2人を同席させたうえ、ボーイング、ロッキード・マーチン、ゼネラル・ダイナミックス、レイセオン、そしてカーライル傘下のユナイテッド・ディフェンスなど、アメリカの軍需メーカー各社の代表を集めて会合を開いた。アメリカと台湾の軍事関係を強化し、台湾にアメリカからどんどん高い武器を買ってもらおう、という寸法だ。

 これにはもちろん中国政府は反発した。ところが、前々回の記事「アメリカの挑発に乗れない中国」で書いたように、中国政府は経済改革を続けるためにアメリカと友好的な関係を維持しなければならない。しかも中国は今年、10月に5年に一度の共産党大会を控え、5年に一度の人事抗争が水面化で展開している。

 米中関係が悪化すれば、反米派が盛り返して意外な人事異動に結びついてしまうかもしれない。そのため、政権を握っている江沢民ら親米改革派は、4月末に予定されている胡錦涛・国家副主席(来年国家主席になるといわれている人)の訪米は予定通り行うと発表するなど、なるべく波風を立てたくないという態度を示した。

 中国政府が波風を立てなくても、アメリカが台湾に軍備を多く売るそぶりを示すだけで、中国政権内部の反米派は力を増す。台湾の湯国防大臣を招いたことは、ブッシュ政権にとっては中国を「悪の枢軸」に近づける効果があり、カーライルにとっては台湾に武器が売れてますます儲けが増える、という一石二鳥の戦略となっている。

▼貧しい人々を救えなくなった共産党

 中国では今、各地の地方都市で、労働者の反政府デモや座り込みなどが増えている。抗議行動をしているのは、国有企業から自宅待機を命じられ、住宅と教育、医療などだけ自分の職場に面倒見てもらっていた「下崗(シアカン)」と呼ばれる失業状態の人々である。

 中国が昨年暮れにWTOに加盟し、国有企業はいっそうの合理化を迫られている。下崗の人々に対する住宅費、医療費などの提供をやめて経費削減に成功し、売り上げも伸びれば、上海、香港、ニューヨークなどの株式市場に上場して国際的な企業へと脱皮することも夢ではない。だが赤字が続けば倒産してしまう。中国の企業経営者にとって、今年は正念場の年である。

 だから以前は下崗の人々に「住宅と医療の面倒はずっとみる」と言っていた経営者たちも、約束を破って「医療費、社宅の家賃を自己負担してくれ」と言い出している。下崗の人々は「経営者に騙された」と怒り、町の目抜き通りや会社前に繰り出して抗議行動を続ける。

 国有企業の労働組合は「彼らはもう組合員ではない」と言って助けようとしないので、下崗の人々は私的な労組を作るが、共産党は公認の組合以外は認めないので、私的労組の代表者が逮捕され、その釈放を要求して再びデモが起きる。東北三省(旧満州)や四川省などの、経営が苦しい重工業や繊維などの国有企業がたくさんある地方都市では、その都市の住民の半分以上が下崗とその家族だったりする。

 そのため、同じ境遇の人々が業種を越えて結集し、私的組合どうしが横の連帯を強め、遼寧省の遼陽という町などでは20の工場から人々が繰り出し、目抜き通りを埋め尽くす3万人の大規模デモが行われた。冷戦末期の1980年、ポーランドで「連帯」という私的組合連合ができ、その動きがやがて共産党政権を倒すに至ったが、あれと似た事態が中国でも起きる可能性がある。

 中国では農村でも失業が増え、財政破綻した地方政府が中央政府に許可なく各種の税金を増やし、税の取り立てに苦しむ貧しい農民たちによる抗議行動が増えている。中国共産党はかつて貧農と労働者のための党だったが、いまや国家制度を早く資本主義化して全体を豊かにしようとするあまり、その貧しい人々を最も苦しめる結果となっている。

 党大会前の微妙な人事抗争、下崗の反乱、そしてアメリカによる台湾を使った軍事対立の扇動が重なり、中国共産党にとっては党の存亡にかかわる厳しい時期が始まっている。



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