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ロシアとアメリカは敵か味方か

2002年10月16日   田中 宇

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 1999年9月、ロシアからの分離独立を目指すチェチェン共和国に対し、ロシア軍が大規模な空爆を始める前日に、ロシアのリャザンという町で、大量の爆発物と時限発火装置が見つかる事件があった。

 当時、ロシアでは連続爆破事件が起きており、それがチェチェン人組織の犯行である可能性が高いとして、ロシア軍がチェチェン空爆を行ったのだが、リャザンでの爆破未遂事件から明らかになったことは、爆弾を仕掛けたのはチェチェン人ではなく、ロシア当局自身だった可能性がある、ということだった。

 ロシア当局は、自ら連続爆破事件を起こし、それをチェチェン人のせいにすることで、チェチェンに対する空爆や度重なる人権侵害を正当化しようとしたのではないか、と疑われている。

「チェチェン戦争が育んだプーチンの権力」参照

 それから約3年後の2002年8月23日、ロシア(チェチェン共和国)から隣国グルジアに30キロほど入ったパンキシ渓谷という地域で、ロシア側から越境していたチェチェン人ゲリラ拠点に対し、戦闘機による空爆が行われた。グルジア政府は、ロシアの戦闘機が領空侵犯して空爆したものだと主張し、アメリカもロシアを非難した。(関連記事

 一見、3年前に自作自演の爆弾事件を起こしてチェチェンへの攻撃を開始したロシアなら、このくらいの領空侵犯はやりかねない、と思われた。ところが、空爆が行われたときの状況を子細に見ていくと、まったく違う可能性が浮かび上がる。

▼ロシアを悪者に仕立てるための自作自演?

 空爆を行った戦闘機はスーホイ25という型式で、これはロシア製である。だがスーホイ25には夜間飛行装置がついていない。空爆が行われたのは早朝で、ロシアがやったとすると、パンキシから最も近いモズドク空軍基地(Mozdok)を午前4時半に飛び立たないと空爆できない時間帯だった。これは、夜間飛行装置がついていないロシア軍機には実行不可能である。

パンキシ渓谷の位置図

 実は隣国グルジアも、数機のスーホイ25を持っている。グルジアの所有機は昨年、イスラエル企業によって改造が施されており、夜間飛行が可能だ。このことから、ロシアを悪者に仕立てることを目的としたグルジア軍による自作自演の可能性が指摘されている。グルジアのシュワルナゼ大統領は、かつて崩壊前のソ連で、KGB長官を長く務めた諜報作戦のプロである。(関連記事

 アメリカ政府は、空爆を行ったのはロシア軍だとして非難したが、空爆がグルジア側の自作自演だった場合、アメリカはグルジアに騙されたことになるのだろうか。グルジアには今年5月から、アメリカ軍の特殊部隊が派遣され、グルジア軍に対し、チェチェンゲリラを掃討するための訓練を行っている。空爆が自作自演だったとしたら、アメリカは騙されたのではなく、逆に自作自演の作戦立案に参加していた可能性がある。

 グルジア側は、8月23日の空爆を「ロシア軍がやった」と非難した後、8月25日に1000人規模の軍隊(内務省部隊)をパンキシ渓谷に派兵し「ロシアからお節介な空爆を招かぬよう、自国でゲリラを掃討する」という理由をつけて、チェチェンゲリラの掃討作戦を行った。

 ところが、この掃討作戦も、見かけ倒しのものだった。グルジア国防省の幹部が「われわれは、パンキシ渓谷のどこにチェチェンゲリラが潜んでいるか知っているが、それを攻撃することはしなかった。チェチェン人ゲリラの存在は、ロシアの問題であって、わが国の問題ではない」と発言したのである。グルジア側は数日間の掃討作戦を実施したが、ゲリラを一人も捕まえなかった。(関連記事

▼石油をめぐる「敵だけど味方」作戦

 アメリカはブッシュ政権になってから、今後開発が進むと思われるカスピ海油田の利権獲得に力を入れ出し、9月には米企業が、カスピ海岸にあるアゼルバイジャンのバクー油田からグルジアを通ってトルコの港に運ぶ1800キロのパイプラインの建設に着手した。(関連記事

 内陸の湖であるカスピ海の石油を外界に運び出すパイプラインは、すでに存在しているが、従来のパイプラインはロシアを経由している。今回アメリカ政府の肝いりで米企業が建設するパイプラインは、ロシアを通らずにカスピ海の石油を運び出すことができる。つまり新パイプラインの建設は、カスピ海油田の利権からロシアを外そうとする戦略に基づいている。

 これを見ると、アメリカはロシアを同盟国とはみなしておらず、グルジアに米軍を駐留させているのも、ロシアを牽制することが目的だと思えてくる。

 とはいえ、アメリカはロシアを敵視している、と言い切ってしまうのも間違いだ。アメリカにとって、ロシアは大事な石油供給国になりつつある。10月上旬には、ロシアとアメリカの大手石油会社の経営者が米ヒューストンに集まり、初めての民間ベースの米露エネルギー会議を開いた。(関連記事

 アメリカがロシアの石油に頼るようになったのは、昨年秋の911事件以降のことだ。ロシアの石油はサウジアラビアなどペルシャ湾岸の石油より採掘コストが高いため、それまでアメリカはロシアからほとんど石油を輸入していなかった。

 だが911後のアメリカは、サウジなど中東のイスラム諸国を「テロ戦争」や「文明の衝突」における敵方と考える傾向が強くなった。ブッシュ政権の主流派である「ネオコン」(新保守主義派)の政治家たちは、サウジアラビアからの石油輸入を減らし、気兼ねなくサウジを敵視できる体制を作ろうとしている。彼らは、サウジが牛耳る産油国カルテルであるOPECも弱体化させたいと考えている。これらの体制作りの前提として、アメリカはロシアからの石油輸入を増やした。

▼アメリカはテロリストを退治するふりをしている?

 ロシアは以前から「チェチェンの独立運動は、オサマ・ビンラディンらアルカイダによって支援されている」と指摘している。アルカイダが仇敵であるという点でも、米露の思惑は一致するはずだが、この面でも、よく見ると事態はもっと複雑だ。

 アルカイダに支援されたチェチェンゲリラが潜んでいるグルジア国内のパンキシ渓谷での掃討作戦を展開しているはずのグルジア軍と、それを支援している米軍は、すでに述べたとおり、ゲリラを本気で退治しようとしていない。

 パンキシ渓谷は、グルジアの北東周辺部の山岳地帯にあり、グルジア政府の国家権力が部分的にしか及んでいない。こういう種類の場所は、アフガニスタンやソマリアなどと同様、アルカイダなどの国際テロリスト組織が潜り込むのに格好の地域である。パンキシ渓谷はアメリカにとって非常に危険な場所であるはずで、だからこそ今年5月に米軍特殊部隊がグルジアに入ったのだが、アメリカに支援されたグルジア軍は、ゲリラ掃討作戦をやるふりだけして、本気でやっていない。

 パンキシ渓谷の事態は、フィリピンのミンダナオ島と似ている。アメリカが軍事顧問を派遣し、現地国の軍隊にイスラム系ゲリラ掃討のための訓練をほどこしながら、実際にゲリラ掃討を完遂する気があるのかどうか疑わしいという点で、同じような状態だからだ。( 「再び植民地にされるフィリピン」

 パンキシやミンダナオの例を見ると、アメリカ政府は、イスラム過激派テロ組織を本当に退治したいと考えておらず、退治するふりをすることで、世界を支配する作戦の一つとして使いたいのではないか、と思えてくる。

 ロシアのプーチン大統領は9月下旬、アメリカのイラク攻撃に反対するのを止める代わりに、ロシアがグルジアを攻撃するのをアメリカは黙認せよ、との交換条件を、ブッシュ政権に対して出した。

 プーチンは「グルジアのパンキシ渓谷にはチェチェンを支援するアルカイダがいるのだから、パンキシでの掃討作戦をきちんとやらないグルジアをロシア軍が制裁するのは、アメリカが進めるテロ戦争に協力していることになる」という理屈を展開した。

 だがアメリカ側は「パンキシにアルカイダがいる可能性は低い」と反論し、プーチンが提示した交換条件を断った。テロ戦争を口実として侵略行為を行うという戦略をプーチンに真似されて、米政府は「パンキシにアルカイダはいない」という本音を言わざるを得なくなった。(関連記事

▼実はイスラエルを有利にする

 アメリカは、石油やチェチェン・グルジア問題を使い、ロシアに対して「敵だけど味方、味方だけど敵」の戦略を採っているが、こうした作戦を立てたのは、最近の私の記事によく出てくる「ネオコン」(アメリカ政権内の極右派)である。ネオコンは「アメリカよりイスラエルの利権を大事にしている」とリベラル派の米評論家から揶揄されるほどイスラエル寄りだが、石油やチェチェンを使った対ロシア政策も、イスラエルにとって有利になるような仕掛けがしてある。

 たとえば、カスピ海のバクー油田からグルジアを通るパイプラインの行き先はトルコの港だが、トルコは中東におけるイスラエルの大事な同盟国だ。最近のイスラエルは「トルコやヨルダンと同盟することで、イラク、サウジ、シリアといった反イスラエル色の強い国に対抗する」という戦略をとっており、トルコ支援はイスラエルの重要な国家戦略である。

 そして、その一方でアメリカがサウジアラビアの石油に頼らなくても良いようにロシアの対米石油輸出を増やすのも、イスラエルにとってプラスだ。これまで、米国内でイスラエル系のロビー団体に振り回されたくない政治家は「イスラエルを支持したいのはやまやまだけど、石油の大口供給者であるサウジがパレスチナ問題で不満を持っているので、そうもいかない」と言い、圧力をかわすことができた。だが、サウジの代わりにロシアからの石油供給が増えると、そういう逃げ口上が使えなくなる。

 最近のアメリカの対ロシア政策には、ネオコンを通じたイスラエルの国家戦略が見え隠れしているが、その一方で、ロシアのプーチンも使われてばかりいるわけではない。プーチンは最近、イラン、イラン、北朝鮮といった、ネオコン勢力がブッシュに言わせた「悪の枢軸」諸国に接近した上で「イラクやイランとつき合ってほしくなければ、何か補償せよ」と言い、アメリカから有利な条件を引き出そうとしている。

 だがこれまでのところ、プーチン政権よりブッシュ政権の方が上手だ。昨年10月、アメリカがアフガニスタン攻撃を始める際、ロシアの「裏庭」だった中央アジア諸国にアメリカの臨時基地を置かせてもらう条件として、ブッシュ政権はロシアとの貿易上の規制を緩和することを提案した。プーチンはこれを飲み、米軍のアフガン攻撃が実施されたが、交換条件だったはずの貿易規制緩和は、米議会で否決され、実現しなかった。

 プーチンは、アメリカからコケにされるかたちとなったが、それでも強い態度に出られないのは、今のロシアが軍事的にアメリカよりずっと弱いからだ。「軍事力がすべて」というアメリカ政府の方針は、世界中の人々から嫌われているが、戦略として効果があるという現実面から見ると、十分に道理が通っていることになる。



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