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暗雲たれこめる東アジア

2003年2月24日   田中 宇

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 最近、北朝鮮は危険な国だから強硬策で対抗した方がいい、という意見をよく見るようになった。これは一見、もっともな主張である。だが、いろいろ調べていくと、実は北朝鮮に対しては強硬姿勢ではなく、仲良くする姿勢(宥和姿勢)をとった方がいいのではないかと思えてくる。

 韓国最大の新聞、東亜日報が2002年3月、アメリカの代表的な朝鮮半島問題の専門家72人を対象に、アメリカの対北朝鮮政策についてどう考えるかを問うアンケートを行った。(アンケートについて報じた記事

 その結果分かったことは、アメリカ人の朝鮮専門家の86%が、宥和政策である韓国の金大中政権の「太陽政策」が、北朝鮮に対する最良の政策であると考えているということだった。それと同時に、72%の専門家が、ブッシュ政権の強硬な北朝鮮政策に反対し「悪の枢軸」という概念についても反対する意見が大半だった。

 アメリカの「専門家」は、日本の「専門家」とはわけが違う。日本では「専門家」というと、研究室にこもって浮き世離れした研究をしているか、マスコミに出て薄っぺらな論評をする人種といったイメージが人々の間にあるように思うが、アメリカでは、専門家がもっと現実的に政府の政策決定に大きな影響を与えている。専門家が入閣したり外交官の役割を負ったりする。(日本でも閣僚などに専門家を起用することが増えてきたが、必ずしも成功していない)

▼宥和策は低コスト低リスク

 アメリカの朝鮮専門家が「北朝鮮と仲良くする政策をとった方が良い」と考えている理由は、それが最も安上がりでリスクの少ない政策だから、というものだ。

 宥和策をとらない場合、北朝鮮の現政権を軍事力で潰すという方法があるが、これだと仮に一般市民の犠牲をほとんど出さずに北朝鮮の軍事施設や政権上層部だけをピンポイントで破壊できたとしても、その後北朝鮮の人々を食わせていくのに膨大な国際支援が必要となる。

 それよりむしろ、北朝鮮の現政権をなるべく早く経済開放させ、経済的に自活できるようにした方が良い。日米などが北朝鮮に対して敵対姿勢をとっている限り、北朝鮮の経済開放も進みにくいので、自活への道がそれだけ遠ざかっていることになる。

 また、南北が軍事対立する38度線の板門店からわずか数十キロ南に、1000万人以上が住むソウル首都圏があり、北朝鮮の政権を軍事的に倒そうとすれば、韓国側に大きな被害が出てしまうというリスクがある。

 東亜日報の調査によると、アメリカの朝鮮専門家の中には、現状の「太陽政策」では北朝鮮に勝手なことをさせるだけなので、北朝鮮が約束を守った場合のみ、物資援助や外交関係の締結を実現し、約束を守らない場合には厳しい態度をとるという「返報性」を強化した宥和政策が良いという意見が多い。

▼金正日は正常か

 こうした宥和策が良いという意見に対し「金正日は正常な人ではないのだから、理性で考えた政策をとるのは間違いだ」といった反対意見が考えられる。

 確かに北朝鮮では、父親の金日成の時代から、異様な個人崇拝や徹底した反対派の粛清、日本や韓国に対する突然の威嚇など、常識では理解しにくい政策が続けられてきた。だがこれも、北朝鮮が置かれた歴史的立場にそって考えると、彼らなりの戦略性が感じられる。そのため、金日成・金正日親子を精神異常だと考えない方が良いと思われる。

 北朝鮮はもともと、冷戦体制下でソ連の支援があることを前提に作られた国だ。金日成を北朝鮮のトップに据えたのはソ連である。ソ連は金日成を自分たちの傀儡として据えたが、その後の金日成は、ソ連寄りの国であることは崩さなかったが、ソ連から操られることを拒んだ。

 金日成はソ連の介入を防ぐため、敵対してきそうな政治ライバルを抹殺し、自分に対する個人崇拝の思想体制を作った。金日成は自力更正の経済体制を作ろうとしたが失敗し、一応味方だが親密ではない関係のソ連や中国が送ってくる経済支援や、本国より裕福な生活をしている在日朝鮮人からの仕送り(「祖国」からの甘言に騙されて日本から帰国した親戚を事実上の人質にした半強制的な送金)などに頼る経済運営が続いた。

 1990年代に入ってソ連が崩壊し、中国も自由経済に移行して北朝鮮と距離を置いていくなかで、北朝鮮はどこか別のところからの支援がない限り、崩壊する可能性が大きくなった。

▼米朝関係と日本

 1990年には、自民党の金丸信副総裁らの訪朝を機に、日本との関係を改善してODA方式(戦後補償の名目で日本のゼネコンなどが北朝鮮のインフラ整備を行う。金丸ら政治家にはキックバックが入る)でカネを引き出そうとしたが、アメリカが日本に横やりを入れた。アメリカは「北朝鮮との関係はアメリカが主導する。日本が勝手に進めてはならない」というメッセージを発し、日本が再びアジアに覇権の手を伸ばさぬよう制止した。

 その後米クリントン政権は1993年、北朝鮮が小型原子炉を使って核兵器を開発しているという疑惑が持ち上がったのを機に、北朝鮮政府に対して「核兵器を作れないタイプの原子炉(軽水炉)を作ってやるから、既存の小型原子炉を閉鎖せよ。軽水炉が完成するまでの代わりのエネルギー源として石油を無償供与してやる」と持ちかけて「米朝枠組み合意」を締結した。

 この合意を皮切りにアメリカは、日韓米などの外国企業が北朝鮮に投資し、北朝鮮の経済開放を進めることによって経済的に自活させ、軍事的な瀬戸際作戦をとらせないようにした上で、しだいに豊かになった北朝鮮が内部から独裁体制を改革していく方向に持っていこうとした。

 この展開は、金正日の側にとっては、アメリカからの援助を引き出し、アメリカに北朝鮮を国家として承認させ、自国の「取り潰し」を防ごうとするもので、自活はけっこうだが、経済開放を進めてしまうと金正日の独裁体制が危機にさらされかねないのが問題だった。このため北朝鮮側は、経済支援は受け取るが、経済開放の進行を阻害する戦略を採り、米朝合意は暗礁に乗り上げた。

 北朝鮮は1998年、日本海上空に「テポドン」試射を行ったが、これは日米の側に脅威を見せつけ、アメリカを交渉の場に戻そうと目論んだものと思われる。テポドン試射で北朝鮮がミサイル技術を持っていることが分かると、アメリカは北朝鮮に対し、ミサイルの開発と輸出を止める代わりに米韓が北朝鮮を経済支援するという「ミサイル協議」をスタートさせた。2000年6月には、宥和策を掲げる韓国の金大中大統領が平壌を訪問し、南北和解に向けて動きが進んだ。

 日朝間には「拉致問題」がある。この問題を重視すると「金正日は異常だ」という結論になりかねない。だが、日朝間に国交がなく「準戦時状態」であることを考えると、北朝鮮が日本を混乱させるためにスパイを送り込もうとして、スパイ養成のために日本人を拉致してくるというのは、北朝鮮側の軍事戦略としては必ずしも「異常」ではないということになる。

▼アメリカの政策も揺れている

 クリントン政権時代には北朝鮮に対して宥和政策をとっていたアメリカは、2001年1月にブッシュ政権になってから、朝鮮専門家たちの意見を無視し、強硬な政策に転換した。北朝鮮との交渉を止め、核開発の凍結を交換条件として行われていた石油の供与など経済支援も打ち切るそぶりを見せた。これに対応するかたちで北朝鮮も態度を硬化させ、核開発の再開を宣言するに至っている。

 クリントン政権に象徴される宥和政策と、現ブッシュ政権に象徴される強硬政策との間で、北朝鮮や中国に対する政策が行ったり来たりするのは、冷戦時代の初めからアメリカが繰り返してきたことだ。

 アメリカの国益から見ると、宥和政策は、東アジアを安定させて経済成長させ、そこにアメリカの資本が投資し、投資家として儲けるという戦略である。一方強硬政策は、アジア諸国間で敵対を引き起こし、アジアが軍事的にアメリカに頼らざるを得ない状態にするという軍事面からの支配戦略だ。

 1945年に第二次大戦で日本が負けてから、1950年に朝鮮戦争が起きるまで、アメリカの東アジア戦略は宥和派が握っていたが、朝鮮戦争の勃発とともに冷戦派(強硬派)が政策を乗っ取り、宥和派は「親中国の共産主義者」とみなされて「赤狩り」の対象となった。

 宥和派は1972年のニクソン訪中で再び台頭したが、1980年からのレーガン政権では強硬派(ネオコン)が政権に入り込み、ソ連を「悪の帝国」と呼び、冷戦を再燃させようとした。だがその後、肝心のソ連がゴルバチョフのもとで一方的に冷戦のリングから降りて崩壊してしまったため、1992年からのクリントン政権では、経済グローバリゼーションの名のもとに宥和派が優勢になった。

 ところが1997年のアジア経済危機を機にグローバリゼーションが失敗に転じ、アメリカ経済も未曾有の不景気に突入しそうななかで、後を引き継いだ現ブッシュ政権には、再び強硬派が多数入り込み、911事件を機に一気に政策を乗っ取り、イラクの次は北朝鮮を「先制攻撃する」と息巻いている。

▼テロ警報と北朝鮮

 現ブッシュ政権のアジア政策はこれまで、政権内の宥和派(中道派)と強硬派(タカ派)との綱引きのなかで揺れ続けた。イラクには先制攻撃を行うが、北朝鮮との危機は対話で回避する、とブッシュ大統領が言い、一貫性のなさが米国内外で批判されているが、これも政権中枢が割れていることからくる矛盾である。

 ブッシュ政権内部では今、今イラク侵攻を始めるか、それとももっと国連による査察を続けるかという選択をめぐり、中道派とタカ派がぎりぎりの攻防を続けている。もし近々イラク侵攻が行われるのなら、タカ派が勝利することになり、次は北朝鮮政策をめぐる攻防が始まる可能性が大きい。

 金正日はこれまで、アメリカからの経済援助や国家としての認知を得るために、ミサイルや核兵器をちらつかせてきた。だが、米政権の主導権が中道派からタカ派に完全に移ってしまうと、この方法は逆効果になるかもしれない。

 北朝鮮との緊張関係で、アメリカのタカ派が利用しそうなのは、「北朝鮮の核ミサイルはアメリカ西海岸まで届く」と言われている点である。アメリカのタカ派は「巨大な敵」を欲している。911事件で米国民は「テロの恐怖」に突き落とされ「危険な奴らはどんどん先制攻撃した方がいい」というモードになっている。FBIなどは根拠のない「テロ警報」を流し、後で「無根拠だった」と新聞がすっぱ抜いても、ほとんど問題にされない状態になっている。(GAO: Justice Dept. Inflated Terror Cases

 イラクが米本土に届く武器を持っていなくても、イラクを叩いてしまえという世論が根強い。その一方で、アメリカでは反戦運動も広がり出し、911事件から1年半が過ぎて「テロ警報」の嘘臭さに気づくアメリカ人が増える可能性もある。

 そんななか、北朝鮮が米本土に届く核ミサイルを持っているかもしれないということが米マスコミで今後強調され始めれば、再びアメリカ人の頭の中をパニック状態に引き戻し、米中枢のタカ派としては、世論を気にせず心おきなく戦争ができる状態を続けることができる。

 米国民は、テロ被害の恐怖感にとりつかれた中毒患者のような存在だ。国民が正常な感覚を取り戻しかけると、再び政府内のタカ派が国民の腕に次の「麻薬」を注射する。ビンラディン、サダム・フセインに次ぐ3本目の注射器は「金正日の核兵器」である。これが打たれると「宥和政策の方がいい」という朝鮮専門家は非国民扱いされ、とにかく北朝鮮を先制攻撃すべきだ、という主張が強くなる。北朝鮮が異常なら、アメリカもなかなか異常である。

▼在韓米軍撤退が持つ2つの意味

 そんななか韓国では、北朝鮮と宥和政策をとり、アメリカとは距離を置こうとする盧武鉉政権がスタートする。米タカ派のラムズフェルド国防長官は、韓国からの米軍の一部撤退をほのめかしている。

 在韓米軍の縮小は、以前から取りざたされていたものだが、中道派的な縮小と、タカ派的な縮小は、言葉は同じでも中身が180度違う。中道派による在韓米軍縮小は、北朝鮮に対する宥和策と抱き合わせで少しずつ行うもので、北朝鮮の警戒を解き、朝鮮半島を安定させるためのものだ。

 タカ派による在韓米軍縮小は、北朝鮮を煽りつつ、韓国側が対立を煽る米タカ派に文句をつけてきたところで一気に米軍を韓国から引き揚げ、北朝鮮をさらに煽って「第2朝鮮戦争」の瀬戸際まで東アジアを持っていこうとする戦略だ。

 日本人にとっては、南北朝鮮が統一して強力な国家になり、中国と意気投合して日本を威圧するシーンを想像すると危機感があるかもしれない。南北朝鮮が再び戦場になれば、1回目の朝鮮戦争と同様、日本に「戦争景気」をもたらすかもしれない。日本人を拉致した金正日が自滅するのはざまあみろだ、という人もいるかもしれない。

 しかし、朝鮮半島の人々が大国の都合で何回も戦争に巻き込まれるのは、人間として正視に耐えないことである。これではあまりに正義がない。まだイラク侵攻も始まったわけではないし、南北朝鮮の指導者たちも、アメリカの戦略に引っかかるほど間抜けではないとも思えるから、ここに書いたことは杞憂かもしれない。今後も情勢ウォッチを続けたい。



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